彼のボクシングは見ごたえがあった。スピードはあまりなかったが
パンチが重く、一発のパンチをきっかけに逆転KOを何度もしてきた。
試合後のインタビューもわたしは楽しみにしていた。たどたどしい
日本語でうまく話す内容が伝えられてるかどうかなんてお構いなしに、
一方的にしゃべりまくって喜びを表現する。
試合中のファイターとしての姿とのギャップが余計彼を愛嬌よく
感じさせた。
彼の名はグレート金山、本名イ・ドンチュン(李東春)韓国から
渡ってきたいわゆる“輸入ボクサー”である。韓国のボクシングジム
に所属していたときに2度の世界戦を経験しているが勝ちに恵まれず、
韓国にいてはもうチャンスはないと玄界灘を渡ってきた。日本に来て
からも決して恵まれた環境とはいえないボクサー生活を送っていた。
所属していたジムの会長が夜逃げしたこともあった。
彼は交通事故で負った腰の怪我とも戦いながらチャンスを待った。
そしてついに日本タイトルを賭けて戦うときがきた。
試合はチャンピオンペースで進み、最終ラウンドを迎えた。
そしてついに金山のパンチがチャンピオンを捕らえる。
残り20秒のKO勝ち。金山はリング上で喜びを爆発させる。
「やったじょ~。」
(韓国語には“ザズゼゾ”の発音がない)
その後も腰痛に悩まされながら、7度の防衛を重ねた。
そして迎えた8度目の防衛戦で敗れてしまう。
わたしはこの試合を観ていないので詳しくは書かないが、多くのひとが
「不当判定」と語っているような内容の試合だったらしい。
この判定に憤ったボクシング・ファンが再戦のための署名を募り、
かなりおおぜいのひとがそれに同調したという。
ある少年漫画雑誌(!)までもがこの一戦のことを特集し、再戦を
呼びかけた。そこでは韓国人、イ・ドンチュンの愛すべき人柄についても
触れられていた。
日本人はここまで異国人に対してもフェアな扱いができるように
なったのかと感心させられた。
その甲斐があったのか、再戦は実現した。
しかし試合は目を覆うような喧嘩マッチになったらしい(わたしは
この試合も観ていなかった)。
今度は明確な現チャンピオンの勝ち試合だったらしい。
わたしはそのとき再戦が行われたことも知らずに、いきなり金山の
死を知らされた。
あの試合後しばらくは意識があったのだが、その後昏睡状態となり、
治療の甲斐なく帰らぬひとになってしまったという。
彼には結婚を約束した日本人女性がいた。故郷のテグ(大邸)には
すでに彼がボクシングジムを経営するための土地が購入されていた。
前述の漫画雑誌で、「日本を恨んでませんか?」と聞かれた金山は
「とんでもない! 日本にきてほんとうによかったよ。」と答えて
いたのが日本人のわたしにとってのせめてもの救いである。
辰吉が奇跡の世界タイトル奪取をしたとき、
「亡くなった、亡くなった僕の親友である
グレート金山選手に今日の事を伝えたいです。」
と涙ながらに語った。
辰吉と金山は「辰ちゃん」、「ドンチュン」と呼び合う仲だったのである。
辰吉が現役にこだわる理由のひとつに彼の存在があるような気がして
ならない。