ティー・ブレイク: 2008年11月アーカイブ

不況で経営状態が悪化した企業のあおりを受けて、内定を取り消され
る学生が増加しているという。
あまりにもひどい話である。学生のほうにまるっきり否はないのだから。
景気動向の読みの甘かったツケを内定済み学生に押し付けるなんて
どう考えても腑に落ちない。でもまぁ長い目で見れば、そういう会社利
益中心主義のところに入らなくてよかったとも言える。その会社に入っ
ていれば、いずれなんらかのかたちで不条理な仕打ちを受けるだろう。
そう考えて新しい道へ進むしかない。まちがっても会社を訴えてやると
かそういう方向に向かわないほうがいいと思う。弁護士になってそうい
う会社を撃退してやろうというなら話は別だが。
わたしの時代も就職は厳しかった。ただ、わたしは景気がどうあろうと
大学在学中の早くから公務員を目指すことを決めていた。
世間では毎回講義に出てコツコツと勉強してよい点を取る学生と、先
輩や同級生のノートをかき集めておなじ点を取る学生とでは後者のほ
うが有能とされる(以前も書いたと思うが)。しかし公務員だけはちがう。
一所懸命勉強したものが報われる、そう信じていた。模擬試験では国
家II種、地方上級はすべてA判定だった。絶対希望していた埼玉県の
一般行政上級に合格できる自信があった。
しかし公務員ももはや学力だけを求められる時代ではなくなっていた。
わたしは大学4年のとき、1次試験に受かったが面接などがある2次
試験で落ちた。もはや民間に切り替えるなどという選択肢を見失って
いたわたしは卒論もほっぽり出して大学も卒業し、ひたすら勉強した。
そしてまた2次試験で落ちた。最終的に国家II種に合格し、国立大学
に採用になった。
まわりのにんげんと極力絡まず、勉学と労働に明け暮れる大学生活を
おくるようなにんげんは官民問わず受け入れられないというのが現実
だったのである。

ただ、あとで大学の人事課に聞いたところによると、最終的に採用に
なった国家II種の面接試験の評価は非常に高かったそうである。わ
たしはただ自分の殻に閉じこもっていただけだったのだ。やろうと思
えば友だちのノートを集めることだって得意になれるにんげんなのだ。

いまの仕事をしていて、すごくそう思う。

円高のせいでCPU(中央処理装置、パソコンの心臓部)/メモリ/
HDD(ハードディスクドライブ)が安くなっているらしい。
いまメインで使っているWindowsマシンも5年も使っているので、
そろそろ買い替えを考えてもいい時期だと思うのだが、さしあたって
必要性を感じない。
ただ、エンコーディング(動画ファイルをコンパクトなサイズに変換す
るなど)にはやたら時間がかかる。だいたい寝る前にセットして朝で
きあがっているみたいな感じだ。でも別にそれを急ぐ必要もないし、
ある意味"スローライフ的"でいいんじゃないだろうか。

じつはずいぶん前の話なのですが、ここの電話回線をフレッツ光にし
たのです。そのときNTTかおそらくその下請け業者とのあいだに一
悶着あったのですが、客観的にわたしのほうに理があると言えるかど
うか迷っていたのでいままで書きませんでした。みなさんはどう思わ
れるでしょうか?
わたしはネットからフレッツ光を申し込んで指定された工事日に家で
待機していました。そして工事業者が来たのですが木が邪魔でケー
ブルが引けないと言うのです。
それで木を切ったら連絡してくれということでその日来た業者は帰っ
てしまいました。
ここでひとつ疑問。その既設のルートに電話線を引いたのは業者な
わけで当然うちがあとから木を植えたわけではありません。やがて木
が邪魔になることを想定せずに電話線を設置したのは業者に否があ
るのではないでしょうか? 当然電話線はわたしの所有物ではありま
せん。なのになぜ伐採作業をこちらがやらなければならないのでしょ
うか?
結局、わたしは自力で木を伐採したのですが、既設の電話線にその
木がのしかかってしまったのです(ここがわたしにも否があるかなと思
える点なのですが)。
このままではまずいので業者を呼ぶと、「これは弁償ものですよ」と言
い放ちました。そんな言い草があるのでしょうか? 少しはそちらの否も
認められないものか、そのときはそう思いました。
結局あらためてほかの業者(いままで来た業者はすべて別のにんげん)
がのしかかった枝をのける作業をしてくれましたが、そこでも「こっちに
通せばいいんじゃないんですか?」とまるでひとごとのように別ルートの
敷設の可能性をほのめかしていました。それじゃなんのために木を切
らせたんですか? 業者同士の意思統一がまるでできていなくて消費者
であるわたしがいいように振り回されたかたちじゃないですか。

やっぱりこんな田舎のNTTの下請けということで、競争のない業界にい
るからこんなふうになってしまうのでしょうか?
いや、アンタのほうが悪いという意見、甘んじて受けます。一般のひとの
感想が聞きたいです。

今日は少しばかり専門的な話を。
なにせわたしも"文系"なのでざっくり説明しますと、ふつうWeb
アプリケーションには大まかに言って、実際にユーザーの目に
触れる『ユーザー・インターフェイス』の部分と、その裏で入力さ
れたデータを処理する『プログラム』の部分があります。
『プログラム』はさらに『サーバーサイド・プログラム』と『クライア
ントサイド・プログラム』に分けられますが、ふつうプログラムと
言ったらサーバーサイド・プログラムを差します。クライアントサ
イド・プログラムは『スクリプト』という言い方をされることが多い
ようです。
ふつうユーザー・インターフェイスを制作するのは『デザイナー』
とそのひとのおこしたデザインをHTMLという言語で実際にWe
bページに表現する『コーダー』といわれるひとがおこないます。
この二役を兼ねることはよくありますが、デザイナーはスクリプト
やプログラムのことはあまり詳しくないことが多いです。またコー
ダーもデザイナーほどではないにしても"そっち系"はあまり通じ
てないひとが多いようです。
逆に『(サーバーサイド)プログラマー』はデザイナーやコーダーの
仕事(デザイン系と言っていました)のことはよくわかっていない
ひとがほとんどで、わたしの知っているひとはスクリプト(JavaScr
ipt)のこともまったく知識がありませんでした。
従来のサイト構築方法ではプログラマーがユーザー・インターフェ
イスの一部を担わざるを得ない構造になっていたので、最近よく
聞かれるユーザビリティとかデザイン性が損なわれる結果になって
いました。
そこでユーザー・インターフェイスの部分(ViewとControl)とプログ
ラムの部分(Model)をシステム設計上分離して、それぞれが自分
の担当分野に専念できるようにしたのがこのフレームワークです。

一見するとすごく合理的なように見えますが、わたしの知る限りそう
簡単にことはうまくいかないことが多かったように思います。
わたしもこのフレームワークを使ってシステムを創っていますが、結
局ある程度相互間の知識がなければ、システムがうまく動かないと
き、責任のなすりつけ合いが起こってしまうのです。以前わたしがス
クリプト作成を担当していたページに表示上の不具合が出たことが
ありました。わたしのスクリプトに問題がないことには絶対の自信が
ありましたが、わたしがエラーの原因を突き止めなければならなくな
りました。
結局、その不具合の原因はブラウザのバグに対処したスクリプトを
コーダーのひとがうまく組み込んでいなかったからでした。

わたしはいちおうデザインはともかくコーダー、スクリプター、プログラ
マーの経験を"広く浅く"持っていたので対処できましたが、そういう
ひとが最低ひとりはシステムに絡んでないと、このフレームワークも
思うように機能しないのではないかと思います。

ただ、わたしのように全部独りでやる場合も、非常に制作しやすい方
法だとは思います。

今日、渋谷に行ってきたので、話題の岡本太郎さん作のこの作品を観
てきました。
かつて岡本太郎さんは、「グラスの底に顔があったっていいじゃないか
!」と言ってウィスキーのノベルティー・グッズとしてグラスのデザインを
手がけました。
一部の芸術家は「芸術の安売りだ!」と声を荒げました。しかし、岡本
さんにとって芸術とお金はリンクしないものなのでしょう。
この『明日の神話』という作品も、本来なら作品の劣化を防ぐため、気温
や湿度の調整などの設備の整った施設で保存されるべきではずです。
でも岡本さんはそういうのを極端に嫌うひとだったようです。
作品をガラス越しに展示されることを嫌い、「傷がつけば、俺が自ら直し
てやる」とさえ言っていた岡本さん。その意向を汲み、この作品はあえて
劣化の危険の高いかわりにみんなの目につきやすいこの場所に展示さ
れることになったそうです。
岡本さんはお茶の間ではエンターティナーでもありました。「へんなオジ
サン」をあえて演じてたような気がします。

ただ、正直この『明日の神話』を観ても、個人的にはなにも感じませんで
した。芸術センスが無いのかな?

明日の神話

昨晩初めてテレビ画面で目撃した。
揺れの大きい地点は北海道道東ということだったので、北関東のここ
にはまったく関係なかったのだが、実際地震のあったところではどんな
感じだったのだろうか?
速報では北海道道東に地震が来ることが推定される旨のテロップと音
声が流れたが、どの程度の地震かどうかまでは伝えられなかった。こ
れだけでは過剰反応してしまうひともいるのではないかと推測される。

この緊急地震速報は地震の主な揺れの原因となるS波が各地に到達
する前に、その波の前兆となるP波をとらえて地震を予測するものだが、
P波だけでは実際のS波の規模を推測することは難しい。したがってこ
のように「地震が来る」程度の速報しか出せないのである。

緊急地震速報の該当する地域に当たったら、とりあえず最悪の事態を
想定して行動するしかないのであろう。

この型破りで印象的なフレーズで始まる井上陽水の『傘がない』。
筑紫哲也さんはこの曲を聴いてそんな若者が社会に関心を持ってもら
えるニュース番組を作りたいと考えたと言われています。

でも、それは本音かな? とわたしは疑っています。

筑紫さんはかつて『最後のニュース』のことを陽水さんに「あれは"ラブ
ソング"でしょ?」とたずねたことがあります。『最後のニュース』は『傘が
ない』の延長線上にある曲だと踏まえると、筑紫さんも本当は『傘がな
い』は"ラブ・ソング"だと思っていたのではないでしょうか?

筑紫さんに対しては左右いろいろな方から賛否両論がありましたが、個
人的には『ジャーナリスト』としてではなく、ひとりの『にんげん』としてバ
ランスのとれた方だなと思っていました。「社会を正す」(カギ括弧つき
の)『ジャーナリスト』としてよりも、むしろ情にあふれた一個人としての筑
紫さんにつねづね魅力を感じていました。
筑紫さんが『傘がない』を好きな理由は自分自身が『ジャーナリスト』であ
る前に『にんげん』であることをよく理解していたからではないでしょうか?

遅ればせながら、ご冥福をお祈りします。

夏川結衣さんに似てません? っていうか逆ですね、夏川さんが余さ
んに似てるんですね。


余貴美子
この笑い方とか...


余貴美子
こんな表情とか...


余貴美子
ホントに52歳ですか? 美しすぎます!

振り返ってみると、わたしは決して集団でリーダー的な存在になること
はなかったが、わりとプロデュース的なことは多くやってきた。
古くは中1のときの『家ん中横断ウルトラクイズ』、中3のときの『激突!
関が原ギャグマッチ』
、高2のときの修学旅行では班長として旅行の
計画の具体的な詰めを引き受けた。高3のときの文化祭ではヨーヨー
釣り模擬店の事実上の責任者として他の野球部員に指示を出してい
た。

あっ、それってリーダーってことになるのかな?

社会人になってもオフ会の幹事は何度もやったし、職場でもお笑いライ
ブやボーリング大会開催の中心人物になった。

学生のうちはまわりが同級生だけのことが多かったのでかなりの権力
をもった存在としてまわりを動かしていたが、社会人になるといろいろ
なひとがいるのでけっこう苦労した。でも、それらのイベントの責任者と
して失敗と呼ばれるようなことはほとんどなかったと思う。
そういう役割っていわゆる"空気を読む"ことが大事だったりするので、
若いときに比べていまはむかしほど上手くはできないような気がする。

来年のM-1挑戦も基本的にはわたしがリードすることになると思うが、
むかしほど自信を持って望めないだろうと思う。でも、いまの若い芸人
を観ても笑えるうちはまだ感覚は若いと思うのだがどうだろう?

『善意』と『悪意』という言葉は、法律用語では特別な意味があるとい
うのをご存知だろうか?
『善意』とは、「ある特定の事情を知らない」ということで、逆に『悪意』
はそれを知っているということである。

むかし鈴木善幸元首相が『共和』汚職事件に絡んだ献金疑惑で国会
に参考人として出席し、「善意の保管者として預かった」などと釈明し
たことがあった。おそらく元首相はその意味で使ったのだろうが、一般
的にはあまり知られていない使い方なので、彼の意図とはちがった解
釈をされ、「善意とはどういうことだ!」と憤ったひとも当時おおぜいい
たようだ。
民法でも善意と悪意で取り扱いがちがってくるものはけっこう多い。
例えば所有権の取得時効(簡単に言うと、そのものの所有者と認めら
れるために必要な占有の期間)は善意の場合10年、悪意の場合20
年と決められている。
他にも『果実』というのも特殊な用語だ。「元物(収益を発生する元にな
る物)から生じる収益」のことで、例えば『賃貸用マンションの賃料』な
んてのも果実(法定果実)である。

なんてことをむかしはまじめに勉強したもんだ。いまやなんの役にも立
っていないが。

若いひとたちにとって『ドラえもん』とはどんな存在なのだろう?
やっぱりテレビアニメのイメージが強いのかな?
われわれの世代に比べると、『ドラゴンボール』のほうがポピュラー
な存在なのだろうか?

わたしにとってドラえもんというとどちらかというとコミックのイメージ
が強い。というのも、ドラえもんがアニメ化されるかなり前から、わた
しは小学館の学年誌で読んでいたからである。
小学生の低学年時くらいから小遣いをドラえもんの単行本購入につ
ぎ込み、友だちに貸し出していた。近所では有名な『ドラえもん博士』
だったのである。
だからドラえもんがアニメ化されるという話を聞いたとき、飛ぶように
喜んだ。ついにあの世界がブラウン管で表現されるときが来たのだ
と。
それにしても「ドラえもん=大山のぶ代」は大正解だったと思う。
声優が代わったいまでもドラえもんの真似といえば大山のぶ代の口
調になってしまう。その感覚は「ルパン=山田康雄」に近い。もっとも
声優が亡くなってもモノマネタレントがあとを次いだ例などルパンくら
いだろうが。

プロフィール(6/23更新)

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