ティー・ブレイク: 2008年7月アーカイブ

いまから書く話は決してわたしの自慢話を聞かせたいわけでは
ない。中小のIT企業の厳しさを知ってもらいたかったので書か
せていただく。
いまから7年前、2001年4月にわたしは都内のあるIT企業に
アルバイトとして採用された。
そのときわたしの技術力を評価してくれたのがNさんという正社
員の方だった。実質その評価のおかげで、わたしは採用された
ようなものだった。
Nさんは少々とっつきにくい方で、会社で会話をすることは、仕事
のこと以外皆無であった。
やがてわたしは正社員に昇格し、仕事も自分の専門分野だけで
なく、人手が足りないときは専門外の仕事も回され、それなりの
結果を出していた。
NさんはいわゆるITバブル時期に採用されたようで、かなりの年
俸をもらっていたようだ。しかしNさんは自分の得意分野はめっぽ
う強いが、それ以外の仕事をやろうとしなかった。
そんな感じでお互い働いているうちに、いつの間にか同僚の評価
はNさんをわたしが追い越していた。
しかし、会社の取締役はバイト上がりのわたしよりもNさんを評価
していたようだった。それがおそらく同僚の声のおかげで、会社で
はわたしのほうが必要な存在だということになっていったようだ。

そしてわたしがバイトで採用になってから約1年半後、Nさんを含
む会社の約半分の社員がリストラになった。
Nさんからしてみれば、評価して採用した人物に"下剋上"された
かたちになったのである。

いまNさんはなにをしているか知らない。このブログを観ているひ
とには公務員の方が多いと思うので、民間とはこういうシビアなと
ころなのだということを知っていただけたらと思う。

むかし『谷口六三商店』という、さくらももこ脚本のコメディ・ドラマがありま
した。久世光彦演出の昭和テイストとさくらももこの独特の世界観が融合
した、とっても楽しいドラマでした。
その出演者に相楽晴子さんが谷口家の次女役で出ていて、長女役が夏
川結衣さんでした。
このドラマは全体的に見どころ満載なのですが、なかでも相楽さんと夏川
さんの体当たり演技は当時話題になりました。
相楽晴子さんといえば『スケバン刑事II』の『ビー玉のお京』が有名ですが、
ほかにもたくさんのテレビドラマ、映画などに出演し、また深夜番組のMC
なども務めていました。

女優としての評価も上がる一方で、そのうえMCなども器用にこなす彼女
の才能はとても貴重でした。ところが1995年、突然仕事で知り合ったア
メリカ人男性と結婚し、ロサンゼルスに渡ってしまいます。
そこで彼女はご主人のアシスタントとして制作会社や広告会社との窓口
として交渉ごとのすべてを担当していました。

そして9.11テロ事件を期にハワイへ移転すると、ご主人の仕事も好転し、
自然に囲まれた充実した生活が送れるようになりました。

相楽さんは現在田舎町にあるギャラリーで働いているそうです。時給は8ド
ル。それでも豊かな自然に囲まれたこの場所で働くことをとても気に入って
いるそうです。
アルバイト以外にも仕事を抱える忙しい毎日。俳優の仕事に未練はないの
だろうかと尋ねると、「もちろん俳優の仕事はとても好きなんですけど、今は
家族の側で暮らしたいんですね。だからしばらく俳優業はお預けです。でも、
俳優という仕事の良いところは、いくつになっても、その年なりの役柄が演じ
られるということです。だから私の場合は引退ではなくて、環境が整うまでの
間の休業なんです。」とのこと。

考えてみれば『谷口...』で姉妹を演じた夏川さんと相楽さん、歳はほとんど
おなじだったものの女優としての素質は当時はるかに相楽さんのほうが夏
川さんに勝っていたと思われます。いま、相楽さんは俳優業を『休業』し、夏
川さんは本格派俳優としてどんどん評価を伸ばしています。
もちろん以前書いたように、夏川さんも順風満帆にここまでやってこれたわけ
ではありません。

ひとの人生って本当にわからないものですね。

関西のひとは二人称で『自分』という言葉を好んで使う。
最初は違和感があったが、いまは慣れた。
でも、言われ慣れていないので、なんとなく上から目線で
呼ばれているような気がしてあまり気分のいいものではない。
関西のひとは相手の気持ちを察して、東京へ来たらそれくらいの
気遣いはできないものなのか?

このひとはもともとキャスターとしても、バラエティータレントとしても
優れた才能を持ったひとだと思う。
そんなこと、いまさら言わなくてもわかっていることだろう。
『ニュース23』の出演回数は5回、今回の『サキヨミ』はなんと1回だ
け。自己最短記録更新である。
あれだけの才能がありながらどうして自分を律することができない
のであろう? やはりこのひとはいくらキャスターとしての能力があっ
ても報道に携わる資格はないと思う。

またいままでのようにバラエティーでその能力を存分に発揮すれば
いいんじゃないの?

わたしが韓国の次に興味がある国がフィンランドである。
森と湖に囲まれた自然豊かな国土と先進的な北欧型福祉制度。
携帯電話などのハイテク産業が盛んで、教育制度は世界の模範と
される。
徴兵制を敷いているというのも興味がある。
そして、世界最高のシャドー・ストライカー、ヤリ・リトマネンの母国で
ある。
詳しく知ることができればよいことばかりではないこともわかるだろう
が、いまわたしが知るかぎりでは世界でいちばん理想的な国だ。
しかしわたしの知識はまだ取っ掛かりに過ぎないので、もっと詳しく
理解して、いつかは現地へ訪れてみたいと思っている。

わたしの育った町では、夏休みに小学生を対象とした字別ソフトボ
ール大会があった。
大会までそれぞれの字に分かれて各自練習するのだが、夏休みに
入るまでは監督の指導なしに児童だけで練習をしていた。
夏休みに入る時点ではわたしの住んでいる字は同じ小学校のなか
でもいちばん弱かった。町のなかでも田舎の小学校にもかかわらず
である。
夏休みに入って、本業が大工の監督さんが早朝毎日練習を指導す
るようになった。
そして大会の初戦、相手は街のチームで、のちには中学の野球部
でいっしょになるような奴らがたくさんいるような強豪チームであった。
ところがどういうわけか、うちのチームが勝ってしまった。いま考える
と奇跡としか考えられない。将来野球部どころか、運動部に入っても
卓球部くらいの子どもたちが大仕事を成し遂げたのである。

いま冷静に勝因を考えてみた。うちの字の子どもたちは決して運動
能力は高くなかったが、みんな素直だった。監督の指導にしっかりと
従い、練習も真面目に取り組んでいた。その結果、夏休みになって急
激に実力がついたのだろう。

そのあと不戦勝があって、準決勝だったと思うが、うちのチームは惜
しい試合をしながら敗れた。
誰も大会前までうちがここまでやるとは思っていなかった。
逆にわたしが高校のときは、明らかに格下の相手にもともと守備のい
いチームだったはずがエラーのオンパレードで敗れた。
われわれに慢心があったのはまちがいなかった。

やはりスポーツは運動能力だけでは推し量れないものなのだろう。

やはりというか、そんなに甘くはなかった。
ただおそらく合否線上のあたりのはずなので、その気になって
新聞などできちんと勉強すれば、今年の第2回検定では受かる
ような気がする。
ただ、いまはそんなにがんばる気になれない。新聞をゆっくり読
むのはいまの自分にはけっこうヘビーなのだ。

いずれにしてもこの検定、おそらく1級とってもなんの役にも立た
ない。

プロフィール(6/23更新)

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