ティー・ブレイク: 2008年1月アーカイブ

引っ越しが完了した。引っ越し費用は上記のとおりである。
ほかにも23,000円の見積もりを出した業者もあったが、予約が埋まっ
てしまい2番目の業者にした。
引っ越し作業はたいへんな重労働である。作業員は2人で、あれだけ働
いてここから差し引かれるわけだからかなりわりに合わない気がする。

わたしには絶対できない。
ダンボール2個分の本をいっぺんに運ぶなんて。

明日引っ越ししますので、またサーバーがストップします。
これまでもたびたびご迷惑をおかけしましたが、今回は長引くかも
しれません。
でも、オフラインのあいだも日にち分はエントリーを書きますので、
復活したときまとめてご覧ください。

これからも末永くこのブログをよろしくお願いいたします。

車の遠隔操作機能付きキーのネジがなくなってしまったので、某自動
車メーカーの営業所へ行ったら168円で直してくれた。
わたしはこんなのでも1000円くらい取られると覚悟して行ったのだが、
あまりの安さに愕然とした。
さらに驚くことに、ご丁寧な納品書と領収書までつけてくれたのである。
たった168円でコーヒーまでいただいてなんだか悪い気がした。
営業所とはこういうものなのだろうか?

かつて納品を遅らせといて消費税の値上がり分を払わせようとしたアホ
アホディーラーはいまどうしているだろう?

何年も前に買ったHDD内臓DVDレコーダーはいまも現役だ。
観たい番組をテープの心配をしなくとも即座に録画できる。
観終わって再度観る必要がない番組は論理的に消去できる。
パソコンを使えば編集をしてオリジナルのDVDライブラリが
できる。
そして機種によって容量の差があるが、ある程度の溜め撮りが
できる。
これがくせものなのである。その気になって観たい番組を録画し
て溜め込んでたら、HDDがパンパンになったなんてことになる。

これが次世代光ディスクになったらまたたいへんだ。ハイビジョン
に見合うHDDの容量が必要になる。
そしてこれが大事、HDDは壊れやすいのである。
大事なものははやめに光ディスクに保存したほうがよい。

セルフのガソリンスタンドのプリペイドカードになぜか100円の
残高があった。
うっとおしいのでこの100円を清算してカードを捨てようと思い、
1000円ほどの給油をした。
しかしなぜかこの100円は残ってしまう。
インターホンがあったので聞くことにした。
曰く、残高がゼロになると捨てられてしまうので100円は残す
ようになっている。引越しなどの事情があれば清算するとの回
答。
なんとスタンドに消費者を留まらせるための一方的で姑息な手
段だったのである。
わたしは実際近く引越しするので清算してもらったが、なんとも
後味の悪いやりとりであった。
こんな自分勝手なガソリンスタンドを許していいものだろうか?
そもそもプリペイドカードだって無理やり作らされたものなのだ。
それを理由がなければ清算を認めないという不条理はなんだ?

今日は珍しく声を荒げて言ってしまった。
でも、自分はまちがっていないと思う。

みなさんは飛行機の窓から下の風景を観たことがあるだろうか?
もちろん運良く窓ぎわの席に座れないと観ることはできないが、
経験のない方はぜひご覧になることをお勧めする。

あれは確か山口宇部空港から羽田へ帰る便だったと思う。
離陸してしばらくすると下には瀬戸大橋が観えた。
しばらくすると百舌鳥古墳群の前方後円墳まではっきりと観えた
のである。
そしていつもとはちがう角度から観る富士山。
わたしは飛行時間の90分窓にかじりついてそれらを観ていた。

いい大人が窓にかじりつくのは勇気がいることだが、それだけの
価値があることは保証する。
みなさんもぜひ試していただきたい。

今年の箱根駅伝では3校が棄権するという異例の事態となった。
駅伝のプレッシャーの大きさはわたしにも経験がある。
高1のとき、駅伝大会の少し前におこなわれたマラソン大会でク
ラス4位だったわたしは、ほかのランナーより2キロ長い5キロの
コースを、しかもアンカーで走らされた。
ふだん部活で走っている距離に比べると短いのだが、もちろん競
って走っているわけではない。
今回はできるだけ速く走らなければならない。そんなプレッシャー
のなかでリタイアせずに走れるだろうか? この緊張感は競技が
スタートしてから自分が走り終わるまで続いた。
箱根駅伝で棄権したランナーもふだんなら走れる距離をプレッシャ
ーに押されてがんばって走ってしまったのだろう。

棄権したランナーがタオルにくるまれて抱えられているのを見るた
びそのことを思い出し、感情移入している自分に出会う。

実家に約長さ1メートルの棒切れがある。
種類はわからないが、直径1.5センチほどの太さで、角が丸く
削ってある。いまは亡き祖父に作ってもらったものだ。
これは保育所の年長組だったとき披露した『こぶとり爺さん』の
劇で主役の『いいお爺さん』をやったとき使ったものである。
当時の記憶もあやふやで、ただ主役を張ったという事実だけが
記憶にある。
あとにも先にも、文字通り“主役級”の役割を張ったのはこのと
きだけである。
いまから30年以上も前に使ったものだが、特に大事にされると
もなくいまも存在する。
この30年間変わらない棒切れとすっかり変わってしまった自分。
自分なりにこれまでせいいっぱい生きてきた。この棒切れはそ
れを静かに見届けてきたのかもしれない。

いじめのケースは軽微なものから深刻なものまでさまざまだ。
また、いじめの主体と客体がどんな性質かによって対処法はまっ
たく変わってくると思う。
たとえば自分の場合、中三のときのことだが、やたらちょっかいを
だしてきた(具体的になにをされたかは忘れたが、ほんのささいな
ことであったことは確かだ)ヤンキーを突き飛ばしてやった。
そのあと廊下に連れ出され、2、3発殴られた。
わたしはあえて反撃しなかった。かえって怒らせてネチネチとあと
あとまでやられたらたまらないと思ったからである。
結局そのあとちょっかいをだされることはなく、むしろ“骨のある奴”
と見られるような空気になった。
これは主体がそれほど悪質ではなく、客体もとりわけ弱いタイプの
にんげんでなかったケースである。
高校のとき自殺したOのケースはどうだろう? Oは中学生時代わ
たしとおなじ野球部で、ある程度理不尽な仕打ちには耐える能力
があるにんげんだった。
対する主体の側はOに対して執拗に金銭を要求したり、おそらくは
暴力も与えていたのだろう。
このケースではOひとりでは対処しようがない。Oが高校へ通い続
けるためには適切な対応のできる大人の介入がなければ無理だ
ろうし、最悪の場合、学校を辞めて一からやり直すこともひとつの
手段だろう。
相手が一方的に悪いのになぜいじめの客体の側が学校を辞めな
ければならないのか、それはとても理不尽なことではあるが、残念
ながらこの世の中正しいものが恵まれるとは限らないのである。

わたしをはじめとする元野球部の仲間も、学校の先生も両親も、結
局Oを助けることはできなかった。死を招くことは最悪の事態だ。そ
れを考えれば、Oが生き抜く道筋はいくつもあったはずだ。
たとえいじめから逃げ出すようなかたちだったとしても、死ぬことな
んかよりよっぽどましな人生がおくれたと思う。

もしそういうことで悩んでいるひとがいたら、そう考えてほしい。また
そうアドバイスしてもらいたい。

うちの高校の野球部が、上下関係がユルかったことは以前書いた。
では中学時代はというと、まあそこそこシゴキみたいなのはあった。
後輩の動作にちょとでも気に入らないことがあると、グランドを走ら
せる、“回す”というものは常におこなわれていた。
それ以外にもバケツの水ぶっ掛けられたり、ボールを投げつけられ
たりした。
それでも少しも辛いとか野球部を辞めたいとかいう気にはならなか
った。
自分らが最上級生になったときはそういうことはいっさいやらなかっ
た。
それどころか、後輩とよく遊んでいた。
シゴキの連鎖が我々のところで寸断されていたのならうれしいのだ
が、実際のところわからない。

正月らしい話題でなくてすみません。

プロフィール(6/23更新)

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