ティー・ブレイク: 2007年4月アーカイブ

SMAP出演のNTT東日本のCMにも使われ、いま卒業
式でもっとも唄われているといわれるこの曲。
さぞかし高名な方が創られたのかと思えば、埼玉県秩父
市立影森中学校の当時の校長(作詞)と音楽教諭(作曲)
が手づくりで創った曲であった。
とても素人の作品とは思えない完成度、『仰げば尊し』
や『贈る言葉』のような押し付けがましさがなく、卒業式に
うってつけの曲だと思う。

この校長先生は荒れた学校を立ち直らせようと、みんな
で合唱をする機会を増やすことにした(伏見工業みたい
だな)。初めはなかなか成果があらわれなかったが、
学校の雰囲気は確実に変わっていったそうだ。
その集大成としてできあがったのがこの曲であった。

なんか話がうますぎないかと思われても無理はないが、
歌の力って想像以上に大きいことをわたしは身をもって
知っている。
中3のときクラス別の合唱コンクールがあった。
はっきり言ってわたしはやる気がなかった。ところが
クラスのいわゆるヤンキー連中が「おい、おまえらちゃん
と唄えよ」とやたらと気合が入っていた。
ヤンキーに言われたらよけい逆らいたくなる自分とは
よそに、クラスはけっこうまとまった。そんなことは
それまでになかったことだった。

それにしても、改めて曲のクォーリティーの高さには
驚かされる。ちなみに秩父はすごくいいところですよ。

「世の中、そう単純じゃない。例えば貧しい子の目が輝いて
いるって言うけど、ウソだと思う。スラムに外国人が来れば
喜んだりするのは当然。」とフォトジャーナリストの桃井和馬
さんが毎日新聞紙面で述べていた。
あと、「医者になりたい。」とか「先生になりたい。」なんて
発言もごく一部の子どもの話だとわたしは思う。
現実はそんな夢や希望なんて持てないくらい深刻な生活を
おくっているのだと思う。「ギブ・ミー・チョコレート」と言って
いた子どもたちの誰がこんなに繁栄した日本を想像してい
ただろう? 彼らのあの笑顔は未来への希望の証などでは
なく、残念ながら物欲か単なるものめずらしさであろう。

世の中、そう単純じゃないのだ。

むかしとんねるずにハマっていたとき『木梨サイクル』を
探しに行った。
小田急の祖師ヶ谷大蔵駅に降りて電話帳を調べた。
あった! 木梨作造。そう、木梨憲武の親父さん。
どうやら北口方面のようだ。
北口方面に歩いていくがなかなか見つからない。
駅前の通り沿いにあるはずなんだけどなぁ。
と、ひたすら歩くこと十数分。

木梨サイクル
あったっ! 木梨サイクル!

『一気!』で『徒歩18分』と言っていたとおり、けっこう
遠かった。
遠巻きに見ていると店にお客さんが。店内からひとが出て
きた。

作造さん!?

どうやらホントに作造さんらしい。
息子があんなに売れても、しっかり家業は続けてるんだな。

もう18年前のことだけど、木梨サイクルはいまどうなっ
てるだろうか?

わたしは小学生時代、宿題以外の勉強はほとんどしなかった。
学校でも授業をまじめに聞いた記憶もなく、窓から見える
こいのぼりを見ていた。
わたしの育った町は基本田舎なのだが、それでも市街地の
小学校とうちら農村地の小学校では環境がまったくちがった。
中学校ではそれらの小学校の児童が一同に集まるのだが、
入学してまもなく、小学校で学んだ範囲が出題される業者
テストがあった。
わたしはすでにクラスでバカ(なことをやっている者)扱い
されていたので、このテストで学年1位だったときは大騒ぎ
になった。「あんなバカみたいな奴が…」とかなり言われた
みたいだ。学年2位の初対面の奴に「今度は負けないからな」
と言われたりした。おいおい、オレはそんなの競っちゃい
ないって。
中学生時代は市街地の生徒は塾へ行く子も多かったが、そも
そも宿題以外に勉強する習慣のないわたしが行くはずもなく
成績は下がる一方だった。
最後だけ男子校に入りたい一心ではじめて宿題以外で勉強
し、志望校に合格した。わたしは先生にまでも「あんなバカ
みたいな奴が…」と思われていたようだ。確かによく授業中
しゃべってばかりいて正座させられてたもんな。

いまの若いひとはレコードに33回転と45回転がある
ことを知らないことが多いかもしれない。
さらにむかしは78回転なんてのもあったらしいが、
わたしの世代では前述の二種類だった。
『アルバム』にあたるのがLP盤で、ふつうは33回転、
『シングル』にあたるのがEP盤で、ふつうは45回転
だった。
しかしこれらとは別に『12インチシングル』というの
があった。これはLP盤の大きさながら中身は片面一曲
で回転数は45回転だった。
むかし親父が12インチシングルを33回転で聴いていて
わたしにツッコまれたことがあった。親父がわたしにツッ
コまれることなんてめったにないのでよく覚えている。

オレの理性がちょっとでも残ってるうちに
とっとと きえるんだっ!!!

(『ドラゴンボール』第27巻)

クリリンがフリーザに粉々にされて怒り心頭に発した悟空が
ついにスーパーサイヤ人に変身し、悟飯に言った言葉です。
自分のことはほっといて早くナメック星から地球へ帰れ
という意味なのですが、直接の敵に対して言っても効果的
ですよね。目の前にお前がいたらなにするかわからないぞ
という意味で。
ちなみに悟空のふだんの一人称は「オラ」ですが、スーパー
サイヤ人になると「オレ」になります。

おそらくほとんどの子どもたちが試してみた『かめはめ波』、
『舞空術』、そして『スーパーサイヤ人変身』、時代を超えて
いまの子どもたちにも受け継がれていくのかな?

三島由紀夫はあるとき常日頃生意気で気に食わなかった
新人作家を呼びつけ、スパーリングの相手に指名した。
しかし、三島のパンチはこの新人作家に一発も当たらな
かったそうだ。

この新人作家こそ現東京都知事・石原慎太郎であった。
その後、三島は昭和45年11月25日市ヶ谷駐屯地にて
割腹自殺を遂げた。
一方、石原はご存知のとおり今月8日の都知事選で三選
を果たした。
三島が亡くなって37年後のことであった。

大宮東を破ったらそれでいい
甲子園出場なんてなんの魅力もない
勝っても甲子園切符はくれてやる
あれは夏祭りだ!!

(『大甲子園』第1巻)

不知火が勝利者インタビューで「明訓を破るということは
全国制覇ももらったということだね、その意気込みは」
って聞かれてこう答えるんです。
ホントは『大宮東』じゃなくて『明訓』なんですけどね。
わたしの夢は甲子園でも大宮東に勝つことでもなく、
大宮東に善戦することでした。これは前にも書いたかな?
大宮東との決勝戦、18回裏1点リードで一死一塁で
主砲・山口から三振を奪う、そして次の四番・池田に
逆転サヨナラホームランを喫するという妄想をいつも
していました。
実際はベンチに入っているだけの補欠投手だったのに
この夢は最後のゲームセットまで思い続けていました。

いまでも全盛期のカーブは山口にも打たれないと信じ
ています。

次第に楽になってくる。苦しいのだかありがたいのだか見当がつかない。水の中にいるのだか、座敷の上にいるのだか、判然しない。どこにどうしていても差支えはない。ただ楽である。否楽そのものすらも感じ得ない。日月を切り落し、天地を粉韲して不可思議の太平に入る。吾輩は死ぬ。死んでこの太平を得る。太平は死ななければ得られぬ。南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏。ありがたいありがたい。

これは『吾輩は猫である』の最後の部分である。「死んでこの太平
を得る。太平は死ななければ得られぬ。」この部分にはひきつけら
れた。
“太平”ってなんだろう? なんとなく言いたいことは解かる。
“無の境地”っていったら近いのかな。田宮二郎の遺書で「死は全て
を解決するものではないけれど、無に等しくするものです。」とある
これじゃないかな。
前世とか来世とか信じないにんげんにとって、死は“無”になること
だと思う。
だから、わたしは死ぬのは怖くない。死ぬまでが怖いのだ。

「何故命の危険を犯してまで、山に登るのか?」と問われて
登山家・ジョージ・L・マロリーは標記のように答えた。
にんげん、特に男は、大きく、強い相手に勝ちたいと思う。
“統一王者”という称号を得るために他団体のチャンピオン
パヤオ・プーンタラットに挑んだ渡辺二郎もそう。指名挑戦
でもないのに、ボクシングの本場でも最強と言われていた
リカルド・ロペスの挑戦を受けた大橋秀行もそうであろう。
かくいうわたしも、高校時代関東最強といわれた大宮東
高校と対戦する夢を抱き続けていた。
そこには小手先の計算などない、“男のロマン”のようなもの
がある。勝って得るものも大きいが、負けて失うものも大きい
それでもその大きな壁に挑むのが男の性なのだろう。

わたしの通った高校では、芸術科目の選択が三つあった。
美術、書道、音楽である。
書道、音楽は負担が少ない一方、美術はいちばん骨の
折れる科目なので、それをあえて選択する輩はいわゆる
“文化系”の匂いのするのが多かった。
その美術を選択していたわたしはしばしば苦い思いをさせ
られた。
それは年に一度のスポーツ大会である。
1年次はラグビー、2年次は柔道、3年次はサッカーであ
ったのだが、いかんせん“文化系”の多い我々のクラスは
弱かった。
勝負がかかると目の色が変わるわたしはかなりイライラ
がつのった。

それとも自分がリーダーシップを発揮しやすい環境だった
からこそ余計に気合が入ったのかもしれない。

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