ティー・ブレイク: 2007年3月アーカイブ

イヤらしい意味じゃないですよ。純粋に大人になって
動物園に行ったら案外感動したっていう話です。

いまから7年前に初めて上野動物園に行きました。
動物園自体は子どもの頃よく行っていましたが、その
ときはたいして感動した覚えはなかったのです。
ところが入場ゲートを入ってすぐのところにパンダ舎
があって、パンダが笹を食べてるじゃありませんか!
この“初生パンダ”には感動しました。ホントぬいぐ
るみみたいで可愛かったんです。
その他なんだかよくわからないけど興奮しておなじ
ところを行ったり来たり走り回るトラ、群れを成して
直立不動の体勢をとるペンギンたち、正直そのときが
いちばん動物園を観たなかでは感動しました。

あれかなぁ、大人になって父性本能(?)に目覚めた
のかなぁ?

先日CSの『上田ちゃんネル』で“ナンパ講座”をやっていたのだが
この歳になってちょっとおもしろそうだなと思ってしまった。
むかし映画館の上映映画の紹介パネルの前で見知らぬ(しかしかなり
綺麗な)女性に「映画観るんですか?」と聞かれた。とっさの
拒否反応で「いえ、別に。」と言って逃げたのだが、あれは“逆ナン”
だったのだろうか?

それはおいといて、浜口くんのナンパ手口は意外と紳士的でさすが
成功率7%(これは高い数字だと彼は言う)と言うだけのことはある。
やっぱりしつこかったり、清潔感がなかったら女の子も引くわな。

ナンパはなかなか奥深い。

高校の修学旅行の初日、わたしたちは広島に泊まった。
旅館の各部屋にテレビがあったが、当然アダルトチャ
ンネルは観れないようになっていた。
しかしどの部屋でもおなじことを考える輩がいて、テ
レビをいじってなんとか観ようと試みられていた。
ところがどういうわけか、うちの部屋だけアダルト
チャンネルが観れるようになったのである。
部屋はうわさを聞きつけた生徒であっという間にいっ
ぱいになった。

まさか修学旅行でAVを観るとは…、でもいいネタに
なったかな?

 私が一生涯愛を捧げる妻
 柴田幸子へ
 富士山の光が眼の前一杯に拡がってゆきます。生まれて初めて、胸が踊った僕の心を幸子は察してくれたのだろう。いくつかの難関をのり越えて二人は神前に夫婦の絆を誓いあった。今も僕は幸せ一杯だ。英光と英晃に、二人が成長すると共にその頃の記憶を、折りあるごとに伝えて欲しい。若いから東京と京都を、毎日往復出来たのだろうか。違う、あれがひとつの愛の表現だった。体力と愛が、細かい細かいところまで幸子に僕の全てを捧げたのだろうか。いや、今でも僕は意識の中でいつでも出来るような気がする。気がするどころか、あなたの、あのこぼれるような笑顔のためなら、何度でも繰り返せると信じている。
 かごに一杯のリンゴが、目の前に積まれた時の感激を忘れない。僕は結婚以来、がむしゃらに働いた。経済的に誰にも不安を与えたくなかったから。本当は素朴なあたたかい生き方もある筈なのに、それを知り乍らも、働くことしか生き甲斐を知らない人間になっていった。いま、僕に何の趣味があるだろうか? 自分と幸子を結んでいるものを、またあの笑顔で、あるときは、おかしいほどの生真面目さで、手を組んでゆけるほどの連帯感を生むものがあるだろうか? すぐに答えられない恥ずかしさしか残らない。
 いつもいつも小心なくせに、つっぱって、生きている僕の姿。それをはらはらしながらなんとか応援している幸子の姿、心、思いやり。世の中に大声で叫びたい。誰の存在も不要なのだ。幸子と、英光と、英晃さえあれば、何も不要なのだと叫びたい。事実のとうり叫びたい。
 一緒に歩けば、何も恐ろしいものはない、そう思うと勇気が湧いてくる。幸子は、聡明で、力強く、それでいて最も、虚飾のない女らしい人だと僕はようく解った。十二月一日の夜、青山のマンションから、僕が麻布に戻る時、「ひとり置いていかないで!」と幸子は云った。涙を拭き乍ら、そう云った幸子の顔は、いままでに見せたことのないものだった。「もちろんさ!」と僕は答えた。しかし心の中をみすかされた僕はあなたの左手をギュッと握ることしか出来なかった。
 もう自分でも、とめることは出来ないところへ来てしまった。生きることって苦しいことだね。死を覚悟することはとても恐いことだよ。四十三才まで生きて、適当に花も咲いて、これ以上の幸せはないと自分で思う。田宮二郎という俳優が少しでも作品の主人公を演じられたことが、僕には不思議なことなのだ、そう思わないか? 病で倒れたと思って欲しい。事実、病なのかもしれない。そう思って、諦めてほしい。
 英光と英晃は僕の片鱗を持っている。僕と幸子の血を受け、僕の姿の一部を持っているあの可愛い二人を僕だと思って愛してやって欲しい。あなたの心を与えてやって欲しい。二人の子供は、僕以上に、あなたを幸せにしてくれる筈だ。僕はそう信じる。それからおかあさんを大切にして上げてくださいね。僕の食事から、いろいろ案じて貰った。このことは感謝に耐えられないことだ。
 僕に寄せられた少数の人たちの厚意は、そのまま、幸子と、英光と、英晃に向けられると思う。また、どうか向けて欲しいと心から願っています。死は全てを解決するものではないけれど、無に等しくするものです。十字架を背負って、歩む自分の姿を思うとき、死が全てから切り離され、肉親である幸子と、英光、英晃が、僕の面影を折にふれ、親しみあってくれれば、もう僕は満足なほほ笑みを空間の中からあなたたちに返礼します。
 この本一杯に、文章を書くつもりでした。でも書けば書くほど、幸子の悲しみと僕自身の悲しみが増すばかりです。最后に、夫婦の契りを絶つ僕を許して下さい。二人の愛らしい子供を頼みます。なむあみだぶつ、さようなら幸子へ

驚きました、なんでまた金造が…。
桜金造といえば『ワニ』ですよね。『お笑いウルトラクイズ』
の熱川バナナワニ園でのワニとの戦い、あれは伝説に
なりました。
芸人としてのポジショニングのいちばんよかった時期で
しょうね。
もし知事になったらどんなことをするのでしょうか?
もう少し早ければ昨日の各イブニングニュースの候補者
討論に出れたのにね。

わたしが中学生のとき、学期初めの学級委員選挙は一大イベント
だった。
といっても誰が最終的に当選するかなんてのは興味がなくて、
投票を大喜利に見立て、いかにおもしろい投票をするかがメイン
テーマだった。
大喜利のアイデアの浮かばない連中は、基本的に学級委員に
そぐわない人物にみんなで示し合わせて投票していた。
当然とんでもない人物が最多票数を獲得するのだが、担任教員の
「まじめにやんなさい」のひとことで再投票になるのがお決まり
だった。
ちょっと待てって、当選した奴の気持ち考えたれや。
大人のひとことで自分を否定される生徒の気持ちを。
まぁ、毎回大喜利投票していたわたしも悪いんだが、
それにしてもひどい話だよなぁ。

今年は軒並み早い時期の開花になりそうだとのこと。
そりゃ暖冬だから当たり前だろ、と思うかも知れませんが、
開花予想はそんなに簡単なものではないらしいです。
つぼみが寒さに触れ、十分な“休眠状態”を経ていないと、
開花が平年よりも遅れることさえあるらしいのです。
にんげんも寝不足だと目覚めが悪いのと同じようですな。

松岡利勝農水大臣が水道代や冷暖房費がかからない議員会館に
主たる事務所をおきながら、2005年に500万円超の『光熱水費』
を計上してたのをツッコまれたときの答弁がこれ。

何とか還元水や、暖房とか別途そういうものが含まれる。

『何とか還元水』って…、アバウトにもほどがあります。
大臣ともあろうお方がそんなアヤシイものに大金払って
いるのでしょうか? 逆に笑けてくるわ。
えらそうなこという気にもなりません。

ちなみにこのひと済々黌高校の出身、つまりくりぃむしちゅー
の先輩です。

いたるところで鉄板やら銅線やら盗まれているようです。
なんとなく外国人組織が絡んでるような気がしますが、
これはもう一時的なものではなく、日本もこういう国に
なってしまったと思うほかない気がします。
バレープレミアリーグ・久光製薬の小山修加は中国に
いたとき、日本に住んでいたおばあちゃんに、「日本は
財布をなくしても届けてくれる国なんだよ。」と教えられ
たそうです。
本当に『美しい国』ってそういうところにあると思うん
ですけどね。でもどうやらそういう国ではなくなりそう
です。

『美しい国』、虚しい響きだけが残る。

数年前、自転車を盗まれたことがありました。
鍵を二重にかけていなかったのはわたしのミスです。
これだけたくさんの放置自転車があるなかでみつけ
だすのは絶対無理だろうと思っていたら、あったの
です! これは間違いなくわたしの自転車!
多少傷がついてはいましたが乗り心地にはなんの
問題もなし。新しい自転車を買わずにすんだのです。

この自転車はいまも現役で活躍しています。

プロフィール(6/23更新)

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