ティー・ブレイク: 2006年11月アーカイブ

今日初めて地デジ(地上デジタルテレビ放送)を観た。
これまでも観ていたのだろうが、「これが地デジ」と
はっきりしたかたちで観たのは初めてだった。
いやぁ、ハイビジョンとは恐ろしくきれいだな。
デジタル放送開始に伴い急にアナログ放送をやめるのは
けしからんと言っていたひとたちもこれを観ればいまの
アナログ放送がいかに時代遅れなものか認識すると思う。
白黒テレビがカラーになったほどではないが、それに
近いインパクトはある。

地デジ対応のテレビの価格はどんどん安くなるだろうし、
アナログ放送がなくなってもそんなにトラブルには
ならないんじゃないかな。

中学の修学旅行でわたしは奈良の薬師寺へ行った。
境内のなかには東塔と西塔があり、東塔は国宝で
奈良時代にさかのぼる貴重な木造建築物であった。
西塔は古くに焼失し、当時建っていたものは1981年に
再建されたものだった。
当時の先生に東塔を指して、「これは国宝だから
よく観ておけよ。」と言われた。
わたしの興味も建てられたばかりの西塔ではなく
この東塔に向けられていた。
その数年後、大学の英語の教材で目からウロコの
文章に触れることがあった。
新しく再建されたもの、つまり西塔こそ建立当時
の姿を忠実に表現しているのだ。当時の文化を
現しているのは西塔の方なのだと。
教材では特に薬師寺について述べたわけではなく
一般論として語られていたのであるが、なるほど
と思った。東塔は確かに珍しい建物かもしれない
けれど、建立当時の姿とはちがうのである。
当時の文化を知るうえでは、この新しい西塔を
観るほうが価値があったのである。

うちの高校では秩父から通っていた生徒をこう呼んでいました。
チチビアンの結束は固く、毎年文化祭では『秩父支部劇』という
ナンセンスな舞台を披露していました。
チチビアンのあのパワーはおそらく『秩父事件』以来脈々と伝わって
きたものでしょう。

ちなみに熊谷在住の生徒は『原住民』と呼ばれてました。
学区外のわたしやチチビアンは彼らより難関を突破してきたので
ちょっと下に見る傾向があったのも確かです。
しかし秩父支部に比べて本庄支部はパワーがないなぁ。

今年の全国高校駅伝に埼玉県立熊谷女子高校が出るらしいです。
この学校は成績優秀で、おそらくスポーツ推薦入学などない
はずです。
埼玉といえばこれまで埼玉栄の独壇場でした。
それを破っての出場は快挙といってよいでしょう。
熊谷女子高校(以下熊女)はわたしの出た高校と交流が深く、
熊女は文字通り女子高、うちは男子校でしたから、『交歓会』
といわれる、お互いの1クラスが集ってゲームなどをやる
イベントは、ふだんなかなか異性との出会いのない我々にとって
勝負の場でありました。
当時のわたしといえば、ほとんど矢吹丈状態で女性には冷たく
をモットーにしておりましたが、なぜか『フィーリングカップル
5対5』に巻き込まれ、あえなく撃沈した覚えがあります。

いまでは慣れてくると女性のほうが話しやすかったりします。
あのときはまだ若かったんだなぁ…。

『ドラゴンボール』“最強”の悪役と言ったら魔人ブウでしょうが、
“最悪”と言ったらおそらくこのフリーザでしょう。
丁寧な口調でものすごく残酷なことを言い、生物の命をなんとも
思わない非情さ、加えてあの気味悪い容姿(特に最終形態)、間違い
なく“最悪”でしょう。
鳥山明氏は、本当はこのフリーザとの戦いで連載を終わらせたかった
のだという噂も聞きます。確かにこれ以降の悪役はフリーザに比べる
と“ワルさ”を感じません。鳥山氏自身もきっとフリーザ編で半分は
燃え尽きてしまったのでしょう。

しかしドラゴンボールの話題は世代を超えて通じますな。

フリーザ

今から22年前、夏の甲子園の決勝は取手二とPL学園の
対戦。取手二がリードしてはPLが追いつくという展開で
試合は延長戦へ。
延長10回表に取手二が3ランホームランなどで一挙4点を
奪い勝利を決定的なものにする。
その裏のPLの攻撃が2アウトになったとき異変が起こった。
実況のアナウンスがまったくなくなったのである。
そしてPL最後の打者が三振に倒れたとき実況は再開された。

このときのアナウンサーは明らかに意図的に沈黙の時間を
作ったと思われる。アナウンサーとしての役目を放棄した
ともとられかねない行為だったが、この“沈黙”は優勝決定
という劇的な瞬間をより引き立たせる効果があった。
アナウンサーはしゃべらないことも“技術”なのである。

一方、意図的でない“沈黙”を作り出したアナウンサーもいた。
いわゆる“ドーハの悲劇”のとき、テレビ東京のアナウンサーは
イラクの同点ゴールが決まった瞬間、30秒くらいの間
沈黙しつづけた。その後の第一声が「あぁ~~~。」だった。
アナウンサーが“ただのサッカーファン”になった瞬間で
あった。

どちらもケースはちがうが、“沈黙”がときに絶大な
“アナウンス効果”をもたらすというよい例であろう。

ガッツ石松の『ガッツ』の由来をご存知だろうか?
簡単に試合を投げ出す根性なしの選手だったので、
「もっと『ガッツ』のある選手になるように」と
つけられた名前なのである。
「ガッツがあるから」だと思っていたひとも多かっ
たんじゃないかな?

これと同じようなコートネーム(ニックネーム)を
つけられたのが女子バレーの高橋みゆき選手。
『シン』というコートネームは高橋選手が精神的に
弱いという欠点があったため『心・技・体』の『心』
からきているのだ。
見た目には肝がすわっているようにみえるのだが
実は非常にデリケートな選手のようだ。

自分の欠点で呼ばれる気持ち、どうなんだろう?

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