ティー・ブレイク: 2005年6月アーカイブ

今日はコンフェデ杯決勝のことを書こうと思ったのですが
寝過ごしてしまったので、スカパーの再放送を観て明日
書きたいと思います。
今日はわたしのサッカー経験について書きます。
どうでもいいですか? まあまあ、そういわずに。

わたしの住んでいた町は県内でも特にサッカーの盛んな
土地でした。でもわたしはサッカーにはまるで興味がなくて
野球とボクシングのことばかり考えていました。
でも友達の話を聞いているうちにサッカーシューズが
ほしくなったんです。小4のときです。
オニヅカ(アシックス)の「ボンバー・シリーズ」知ってる
方いますか?
それにはサッカー・スクールに入る必要があったのです。
入団してまもなく小学校の行事でサッカー大会があって
わたしはBチームのキーパーをやりました。
サッカーなんて興味ないからキーパーの動きなんて知りません。
サッカー・スクールでもキーパーなんてやってないですし
ほとんど本能のおもむくままプレーしていました。
それがどういうわけか上級生に認められ、サッカー・スクール
のミニサッカー(いまでいうフットサル)大会で5年生主体
チームのキーパーをやりました。
それがコーチの目に留まり、5年生になるとき町の選抜チーム
に抜擢されました。
ほかに小学校の同級生に選ばれた子はいません。第1号だった
のです。
でもホントサッカーに身が入らなくて名誉なことだとも、
うれしいとも思わなかったんです。やな奴ですね。

結局選抜チームの練習には5回くらいしか行ってなかった
ですかねぇ。そしてサッカー・スクール自体も5年終了時に
辞めてしまいました。
そのあと、中学や高校の授業ではだいたいFWをやって
ましたね。どちらかというとウイング的なポジションが
多かったような気がします。だんだんサッカーの面白さ
奥深さがわかってきた時期です。

サッカーに決定的な興味を持ったのは恥ずかしいことに
アメリカW杯アジア最終予選のときなんですよ。
そう「ドーハの悲劇」のときです。
あのときあっさりアメリカに行けたら、サッカーの見方が
まったく変わってたでしょうね。

W杯本選はメキシコW杯から観ていますがアメリカ大会からは
ほとんどくまなく観るようになりました(仕事の邪魔で観れな
い試合は多かったですが)。
そのころ大学の教職員とミニサッカーみたいなことしてましたね。
不思議なもので、サッカーは観ているだけでもうまくなるんですね。
明らかに高校時代のサッカーより上達してました。

それで日韓W杯のあと、本格的にサッカーをやろうとネットで
知り合ったひとたちとユニフォームを作ってやりました。
しかし何でしょう? 本コートは疲れる、疲れる。
とりあえずということでセンターバックをやらせてもらったん
ですが、システマチックに守るというのは面白いですね。
だいぶミスで失点しましたが面白かったです。
いちどボランチをやらせてもらったのですが、とんでもない!
5分で足が止まっていました。DFの方にはたいへんご迷惑を
おかけしました。

最近ジョギングを毎日欠かさずやっているので、このまま続けて
いけばまたやれますかね?
あっ、でもピッチャーもやりたいな。
ボクシングもやりたい。

ずいぶん前に「トリビアの泉」でやっていたのですが、
「一青窈の歌の再生速度を80%にすると平井堅に聴こえる。」
というのです。
わたしも実際にPCで「もらい泣き」をサンプルにやってみたんです。
そしたらビックリ! どこからどう聴いても平井堅なのです!!
さらに驚くことに、平井堅の「瞳をとじて」の再生速度を
125%にすると一青窈になってしまうのです。

個人的にはもう20へぇですね、これは。
聴いてみたいひといましたら、連絡ください。

オフ会

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「もしも、学校が…!?」ファンのオフ会があるそうです。
わたしはむかし椎名林檎ファンの埼玉県人会のオフ会に
参加していたことがあります。っていうか、いまも非公式な
行事は続いています。
わたしはオフ会参加はそのときが初めてで超警戒モードだった
のですが、初会合から2年くらいは毎月やっていました。
そのなかからカップルが生まれ、なんと結婚してしまった
方もいます。
いちおう林檎ファンという共通点はあるのですが、なぜか
その仲間でお笑いライブ行ったり、野球観に行ったり、
上野動物園に行ったり、なんでもありの関係になりました。
いまでもコアなメンバーとはたまに会ったりしています。

「もしも…」のオフ会もなんか期待できそう。
あのドラマに共感できるひとってきっといいひとだと思うんです。
行ってみようかな。

今日はむかし撮ったビデオの整理をしていました。
段ボール箱2箱分くらいあるのですが、だいたい、
ダウンタウンの「ガキの使い…」、ボクシング、サッカー、
高校野球、音楽番組それぞれが約2割といったところでしょうか。
けっこう貴重な映像もあるんですよね、これが。

ここからDVDに焼きなおす素材と圧縮コーデックでファイルに
保存する素材、廃棄はしないけど押入れの奥にしまってしまう素材
に分けるわけですが、全部終わるのにはたいへんな時間が
かかりそうですね。

ビデオのときは撮るだけでしたが、DVDにするとメニューやラベルを
作らないといけないので骨が折れます。
でもDVDはかさばらないからいいですね。
値段も最近はずいぶん安くなったし。
でもDVDの普及率に比べると、レンタルビデオ屋ではまだまだ
ビデオのほうが多いですよね。
そのうちCDみたいにアナログ素材でもDVD化していくように
なるんでしょうね。

以前まあちゃんさんに「男のホームページ」みたいだと
言われてから、いっそう“男化”が進んでしまったような
気がします。
どんなことをテーマにしたら、女性も食いつくのでしょうか?
どなたか教えてください!
でもすでに女性訪問者ゼロだったりして。
手遅れ!?

「中盤でトリッキーなことするなよぉ」は
“女性にやさしいプログ”を目指します!

わたしの通っていた高校は、わたしが入学する4年前に
甲子園に出場している。
県予選の決勝ではあの斉藤雅樹を打ち崩し、甲子園の
一回戦では、1-0の完封勝ちで甲子園で校歌を歌っている。
二回戦では、仲田幸司擁する興南に1-2で敗れたが
最終回はあわや逆転か? というところまで追い詰めた。

そんな○○高校野球部(もうこの時点で伏せる意味も
ないのだが…)にわたしが入部することになった。
甲子園出場3回、うち準優勝1回という“名門野球部”に
入部するのである。
いろんな意味で「厳しい」生活が待っているであろうと
覚悟して初めての練習に望んだ。

ところが…、である。

これがあの“名門野球部”かと思うくらい“ユルい”のである、
いろんな意味で。
練習内容はとてもハードとは呼べないし、特にピッチャー陣は
ほとんど自主練習同然であった(もちろん自分なりにまじめに
練習には取り組んだが)。
しかしなんといっても驚いたのが、先輩が“優しい”ことで
あった。そのことについては以前にも書いたが、練習中も、
練習後も怒鳴られることなどなかったし、いわんや「シゴキ」
などもってのほかであった。

その野球部を率いていたのが「Iさん」ことイシカワ監督であった。
4年前、○高を“甲子園に導いた男”である。
「Iさん」の呼び名の由来は、実はイシカワだからではなくて、
自宅の屋根の色が「ヨウ素」(元素記号「I」)色だからだと
いう。ホントかよ?
「Iさん」は硬式野球の経験はなく、ほぼ独学で“指導”(?)
していた。「Iさん」の存在が目立つのはノックのときぐらい
だった。
しかし守備練習のときの個々人の動きについて、考えを
まとめるのは選手自身の仕事だった。
まるで“ジーコ”のような指導方針(?)である。

しかし彼こそが“○高を甲子園に導いた男”なのである。

これが7万円をはたいて買ったポータブル・マルチメディア・プレーヤー
である。
台湾製なので付いてきたユーティリティ・ソフトはまったく役に立たないが、
動画も音楽も問題なく再生してくれる。
動画はDVD1枚の容量フルに保存されているとすると、XviDという方式で
エンコーディングすると約10分の1のサイズに抑えることができるので。
本体のHDDの容量が40Gなので、単純に考えると約100本の動画を
保存できることになる。
音楽データはもっと軽いのでさらに多くのデータを保存することができる。

いまのところあまり電車移動する機会がないので、完全にもてあましている。

ポータブル・マルチメディア・プレーヤー

大橋のタイトル戦ビデオをDVDに書き換える作業を
していたら、途中のCMで水野美紀さんを発見。
92年の試合だから約13年前ということになります。
つい最近のテレビのトーク番組で30歳だと話していた
けれど、このCMのことが頭にあったのでそんなに
驚きませんでした。
彼女とか常盤貴子さんとか篠原涼子さん(実家が近い!)
とかジワジワと実力が認められてきた女優さんは
わりと好きです(みんな三十路ですもんね)。
永遠の理想の女性、田中美佐子さんもそのタイプですもんね。

好きな女性とかの話はまた改めてということで。

わたしははっきり言って年齢で上下関係を区別することが
好きではない。だから昨日言ったようにブルペンキャッチャーに
下級生を使わなかったり、自分の使ったマウンドは自分で手入れ
していた。マウンドの手入れのときは下級生はわたしの周りで
手をこまねいてる様子で、はっきり「先輩、ボクがやります。」と
言うでもなく、軽い雑談タイムのようだった。
下級生たちはこういうわたしの行為をどう思ってたのだろう?
ちょっと気になるところだ。

もっともうちの野球部はたぶん県内で1、2を争うほど学年間の
上下関係がなかったんじゃないかと思う。なんと同級生には先輩に
タメ口の奴までいたのである(全員に対してではないが)。
1年生は3年生が引退するまで、自転車置き場の広さの関係で
駅から学校までおよそ30分徒歩で通っていたのだが、練習後学校脇の
駄菓子屋に集まると3年生は1年生を自転車の後ろに乗っけて駅まで
行ってくれた(もちろん二人乗りはいけないことだが)。

中学のときの野球部はけっこうガチガチだったので、たいしたことでも
ないのにグランド走らされたり、水ぶっかけられたりしていたので、
それと比べるとうちの高校の野球部は“天国”のようだった。
もっとも中学のときもうちらと下級生はすごく仲がよくて、いっしょに
遊んでいたくらいだったのだが。

いまでもやっぱり露骨な上下関係は敬遠するなぁ。
たかが年齢を基準に上に立ってなにがいいんだ?と思う。

昨日の晩に、なにを血迷ったかこのブログのデータベースを
削除してしまいました。
バックアップがあるはずなのですがなぜか全部使えず、
もう泣きそうになりました。
幸いにもhtmlファイル(直接ブラウザに表示するためのファイル)
が残っていたので、なんとか再生できました。
しかしなんと10時間の夜通し作業!
ほんとこういうことは気をつけなくては…。

プロフィール(6/23更新)

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