ティー・ブレイクの最近のブログ記事

昨年電撃的にある女優さんにハマり、舞台挨拶へ行ったり、映画祭の授賞
式へ行ったり。
それだけではなくほかの女優にも飛び火して、テレビドラマをチェックし
たり。
ここまでハマったことはさすがになかったけれども、以前にもこれにちか
いことはあった。

大学生時代は田中美佐子さんがダントツ、以下大島さと子(当時は智子)
さん、森尾由美さん、伊藤かずえさん、洞口依子さんあたりが好きでした。
いまも好きですね、このひとたちは。
当時とちがうのは子どもくらいの年齢のひともいいなと思えること。
吉高由里子さんや、谷村美月さんに抱く感情はカワイイという感覚ではな
いと思う。

なんで最近になって復活してきたかというとたぶんそれは日常接する女性
に対象がいないということなんでしょうなぁ。

韓国の大手銀行のひとつ、新韓銀行の日本法人『SBJ銀行』が開業した。
以前から新韓銀行の日本支店はいくつか存在したが、本店が日本国内に
ない外国銀行の預金は預金保険の対象にならない。SBJ銀行は本部を
日本国内におく『外資系邦銀』なので1000万までは保証される。しかも
『プレミアム定期』と称し他の邦銀と比してかなりの高利をうたった商品を
売り出している。
もともと日本より韓国のほうが金利は高いのが最近の傾向のようだが、1
0年ちょっと前に通貨危機でIMFから融資を受けていた国だけに、興味は
あれどやはり簡単に飛びつく気にはならない。
預金保険の対象とはいっても、やはりいざというときに国が本気で外資系
邦銀を助けてくれるかといったらやはり怪しいと感じぜざるを得ない。
まさにその感覚が日本人の国際化を阻む要素ではあるのだろうけど。

最近ではこの業界以外のところでもよく聞くようになりました。
関連する専門書もすでに多く出版されています。
...が、正直実感としてそういう動きを(なんちゃって)ITエンジニアとしては
まだとらえきれておりません。

この言葉は『Web 2.0』とおなじで包括的な概念と言えます。
具体的には『ネットワーク・コンピューティング』とか『グリッド・コンピューティ
ング』などと従来呼ばれていた概念を統合し、さらに発展させたものという
ことになります。

例えば...、駅探日本気象協会、なんてのはよくできてると思います。

このなかで『駅探』の機能で言えば、わたしが事務員をやっていたときは
『駅すぱあと』という有料ソフトを職場のパソコンにインストールすることに
よって実現できたのでした。このような使い方をするコンピューターを『ファ
ットクライアント』と呼びます。
しかし、運賃の改定があったり、想定外の運賃体系が登場するなどしてバ
ージョン・アップの必要に迫られたりすると、その都度担当者はすべてのク
ライアント・マシンに環境を設定しなおさなければなりません。

そこで登場するのが『HTMLクライアント』です。
クライアント・ソフトにWebブラウザを使うことによってネットワークを通じて
HTMLファイルを表示することができ、しかもプログラムを使って双方向に
通信することも可能になりました。
しかし、ご存知のように(Flashなどを使わない)単純なHTMLだけで表現
した画面は表現力と操作性が乏しいものになってしまいます。
また、異なるブラウザで同一の表示が期待できないというブラウザの互換
性の問題も生じます。

そこで今度はAjax、Flashなどを使った『リッチ・クライアント』の登場です。
これによりHTMLクライアントの弱点である表現力や操作性の乏しさは解
消され、また、クライアント・サイドで入力処理プログラムを動かすことによっ
てサーバーへのアクセスを最低限におさえることも可能になります。
また、Ajaxではまだまだ大きな課題ですが、Flashではブラウザ互換の問
題はほぼ解消できます。
しかし今度は別の問題が出てきます。
すなわち高度な表現力や操作性を持つユーザー・インターフェイス(以下
UI)の制作とそこから得られる入力データを処理するプログラムのつじつま
が合っていなければなりません。
HTMLクライアントでは入力フォームをつくる作業などはプログラマーが片
手間でやるような感じでUIの表現力や操作性はあまり考慮に入れられない
傾向がありました。しかしリッチ・クライアントを強く意識するならUIにデザイ
ナーズ・マインドが含まれていなければなりません。

結論としてクラウド・コンピューティングとリッチ・クライアントという概念は密
接に関わってくると言えると思います。このふたつの概念は今後のウェブ技
術の発展の両輪を担っていると言えるのではないでしょうか。

小学校上級生としての"指導者的立場"に立つと、頭が痛いのが低学年の
子にこれを教え込ませること。
うちの小学校は野球をやらなかったのでソフトボールの話になるのだが、
まぁ、子どもたち(自分も子どもだが)は解かってくれない。わたしのような野
球大好き少年(その小学校ではごくまれな)にはまぁストレスがたまることで
あった。
これが理解できるようになると次はフォースプレーを覚えさせなければなら
ない。これはもっとたいへん。なぜタッチしなくていいのか? いくら頭で理解
しても実際に体が動くまでにはたいへんな時間と労力がいる。反復練習を
繰り返すしかない。自分のようにルールだけはいち早く覚えていた"兄貴"に
はホントに彼らをまともな選手に育てるのに苦労した。彼らがスポーツを好き
なら自然と身につけるのも早いのだが、わたしの字の低学年の子はどちらか
というと"もやしっ子"が多かった。だから余計苦労した。野球が好きなだけに
彼らとの意識のギャップに悩まされたものだ。

もっともわたしもサッカーのルールや動きを覚えるのは熱心じゃなかったから、
上級生たちはイライラしてたのかもしれないけど。自分ら以下の学年とちがっ
て、上級生たちはどちらかというと体育会系だったから。

ちなみに字(あざ)っていうのは地域の単位です。念のため。

らりピー

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いやね、ホントに『清純派女優』だなんてこれっぽっちも思っていません
でしたよ。だからといってこの事態は予想してませんでしたよ。だから
"失踪"したときは正直ホントに心配しましたよ。その時点で勘のいい方
とか、家族の事情を知っているひととかは"失踪"じゃなくて"逃亡"だっ
て思ったみたいですけどね。
だっていままでほとんど彼女に興味を持ったことはなかったんで、"自称
プロサーファー"の方と結婚していたことも、10歳になるお子さんがい
ることも知らなかったですからね。ただ、親父さんを交通事故で亡くした
ときはリアルタイムで知ってましたけど。『星の金貨』も観てないし、『碧
いうさぎ』もサビしか知らんし。

所属事務所がデカいとタレントさんはやっぱり有利ですよね。もっともそ
こへ入るまでが狭き門なんだろうけど。

ニュース速報

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このデジタル放送の時代でもニュース速報や地震情報は「ピロロン♪」と
いう音とともにいやでも画面にテロップとして映し出される。
それがどうでもいい番組だったらいいのだが、永久保存しようと録画まで
して観ている番組にこんなものが出されたらたまらないとは思わないだろ
うか?

以前スカパーで『ファイティング原田 対 エデル・ジョフレ』を2度目の
再放送でやっと録画することができた。
しかし途中で最悪にも自宅とはかけ離れた震源の地震情報のテロップが
出されたのである。
なにもスカパーにニュースの速報性など求めてないと思うのだが、いちお
う出さなければいけない決まりなのだろうか?

いつも思うのだが、このようなテロップ情報はオンタイムの放映中にだけ
表示して裏の録画には影響を与えないような仕組みはできないものなの
だろうか? そのような要望を想定していなかったとしたら、いまのデジタ
ル放送化はだいじなところに目が配られていないと思う。

わたしがよく訪問する夏川さんファンのブログに韓国の方と思われる人物
からの書き込みがあった。
そのひとによると、韓国にも夏川ファンはけっこういるのだという。
最近やっとそうでもなくなったが、日本でも夏川さんの立ち位置は微妙な
のに海外のファンがいるとは意外だった。
しかもその方は信じられないくらい多くの夏川情報を持っていて、夏川さん
の出演作をほとんど観ているようなのだ。

いったいどこから仕入れているのだろう? さすがネット大国。

仕事上のものであれ、プライベートなものであれ、わたしがPC上で作成した
ものはそのもの自体しか結果として残らない。
どういうことかというと、例えばプログラムならいろいろな条件を考慮してどれ
がいちばん適切なコードかを何度も試行錯誤した結果、最終的な成果物が
残る。
しかしそこへ至るまで、どれだけの労力と時間が費やされたかはその成果物
からはうかがい知れない。
IT関係の仕事をしていたというだけでたいていのひとはコンピューターサイエ
ンス全般にくわしいと思っている。
しかしウェブ業界に限っても、ふつうデザイン系とシステム系はまったく別分野
の知識が要求され、したがって人材も二極化する。
しかし一般のひとはそう感じない。ITはITだと思っている。
本来"別分野"であるはずの仕事を諸般の事情でやり遂げても、それは当たり
前のことだとふつうは思われる。
これはなにも素人のひとだけでなく同業者でもそういう勘違いをすることがある。
それは『最終的な成果物』くらいしかそのひとの能力を判断する材料がないか
らである。

わたしは『スペシャリストでもあるゼネラリスト』になることをつねに念頭において
考えている。その結果ウェブのスキルのなかでも比較的盲点の少ない技術者に
あたるかなと自覚している。
しかしそれはけっこうしんどい。得意なことにはいくらでも集中力が保てるが、苦
手なことに対してモチベーションを維持することは並大抵のことではない。
また、この業界においてそのような技術者はあまり必要とされない。分業化の激
しい分野だからである。

しかしだからこそゼネラリストにしかできないことがあるとわたしは思っている。
ECサイトを構築できるコピーライターがいたっていいじゃないか。

高3のときの通知表を見ると、いちばんいいのが美術でつぎが体育と物理。
最悪なのが英語だった。
物理を履修していたが、わたしは初めから文系へ進むつもりだった。
ただ単におもしろそうだからとっていただけだ。
だが、やはりおもしろいと少しは勉強する気になる。かといって特別力を入
れて勉強していたわけではないが、自然と理解が進み、成績もよくなるもの
である。

ちなみに浪人中に受けたセンター試験では、国語、数学、英語、日本史、化
学を受験した。
しかし、受験のために覚えたものはほとんどいま頭に残っていない。
国立大学の事務員になるとセンター試験関係の事務処理の仕事にたずさわ
ることもある。
試しに問題を解いてみると、かつて本番では満点近い得点を取った日本史
などまるでわからなかったが、物理はほとんど理解できた。

理系に進み研究室に入って勉学のためにハードな生活をおくるより、大学生
時代はもう大人なのだからちゃんと働いて、適当に勉強して公務員になろう
と考えていたのだが、その考えはまちがっていた。
公務員を辞めてウェブ制作の道に進んで会社ではクソミソ働いたが、毎日充
実感を味わうことはできた。それは公務員時代にはなかった経験だった。

やはり仕事には『やりがい』を求めるべきだと思う。
これから就活する方々へのメッセージである。

ビバ熊本!

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都道府県別で人口に比して有名人が多いところって、たぶん1位は沖縄で
しょうね。その次あたりは福岡かなと思ったんですけど、人口比ということで
いうと意外と熊本が来るのではと思うのですが、どう思います?
まぁ、くりぃむしちゅーのおふたりと夏川結衣さんが熊本というだけで、もう熊
本に足を向けて眠れないのですが、調べてみると意外に多いんです。

熊本の芸能人・有名人

このほかにも『やじプラ』でお天気キャスターをやっていた甲斐まり恵さんや
石田えりさん、スザンヌさんも熊本のはずです。
そういう面で考えると、九州・沖縄って偏ってるような気がしませんか?

有名人が多い県:福岡、熊本、宮崎、鹿児島、沖縄
有名人が少ない県:佐賀、長崎、大分
(多分に独断を含みます)

単なる有名人というより、その分野でのポジション的なことを考えるとこんな
感じがするのですが、いかがでしょう?

ちなみにわたしの出身地・埼玉のとなりの群馬は総理大臣(福田赳夫、中曽
根康弘、小渕恵三、福田康夫)、ミュージシャン(BOØWYなど)、大きな
事件(連合赤軍の山岳ベース事件、大久保清事件、日航機墜落事件など)が
充実(?)しています。なぜでしょう?

わたしの勝手な推測によると、夏川さんの注目度はウェブ上でも急激にアッ
プしているはずなので、グーグルのヒット数を計ってみましょう。

夏川結衣 の検索結果 約 140,000

これだけでは多いか少ないかわからないので、おなじ『結衣』つながりという
ことで、

新垣結衣 の検索結果 約 3,210,000

...、勝負にならない...。
それじゃあ誕生日が1日ちがいのこのひとはどうだ!

鈴木京香 の検索結果 約 159,000

うぅ~、微妙に負けた。しかしいい線はいってる。
じゃぁ、おなじ和服美人ということで、

高島礼子 の検索結果 約 368,000

うわぁ意外、これは読めなかった。
こうなったら、『ゆい』は『ゆい』でもこのひとはどうかな?

浅香唯 の検索結果 約 76,100

いちおう勝ったけど、スライムに勝った気分(浅香さん、ごめんなさい)。

つまりあれですね、夏川結衣はまだまだメジャーじゃなかったんですね。
なんかすっげぇ悔しい。

『任侠ヘルパー』はじまりました。
まだちらっとしか観ていないのですが、どうやらドタバタコメディーでは
なさそうですな。
コメディエンヌ夏川を観る機会はもう少し先になりそうです。

ところで2ヶ月無料ということで、『ひかりTV』とやらを導入してみたの
ですが、やっぱりスカパーやe2とかのサービスと比較するとエンタメ
系のチャンネルがバッサリ抜けているのが致命的ですな。ビデオサー
ビスも録画できないというのがネックだし。

おそらく契約上の最短期間で解約することになるでしょう。
なんだかんだ言って意外とテレビって観ない生活してるし。

血尿野郎

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わたしはマウンドに登るとひとが変わるらしい。
これは元来小心者のわたしがプレッシャーに打ち勝つために自然と身につ
けた"マインドコントロール"みたいなものだと思う。
大学のとき、サークルの野球の試合で炎天下にピッチャーをやり、脱水症
状でぶっ倒れそうになった(っていうか正確にはぶっ倒れても投げていた)。
そのとき『血尿』というものにお目にかかった。
よくボクサーがボディを打たれると出るというが、脱水でもでるらしい。
それくらい極限の状態になってもこころが体にストップをかけることができな
い、そんなにんげんになってしまうのだ。

最後にマウンドへ登ってからおそらく10年くらい経つと思うが、おそらく"あ
の感覚"は忘れてしまっているだろう。

先日靴屋を2件まわった。
どちらともほしい靴が在庫切れだったのだが、店員の対応はちょっとちが
った。

「申しわけありません、在庫がないようです。」
「申しわけありません、お取り寄せになってしまいます。」

わたしは結果的に後者の靴屋で買い物をした。
おそらくほとんどのひとがどちらかを選ぶとしたらおなじ結果だと思う。
しかしわたしの経験では圧倒的に前者の対応のほうが多い。

客が在庫の確認までさせているということは、もう買う態勢でいるのだ。
だからちょっとぐらい客の背中を押すような対応をしてもうるさがられるこ
とはまずないと考えてよい。
もしいやな顔をする客に出くわしたらそれは例外だ。確率の問題だ。
わたしはせいぜい授業料を窓口で取っていたくらいで、本格的な接客の
経験はない。
しかし時給いくらで働くバイトさんだとしてもいちおうはプロなのだから、ど
うすればより多く売れるか常に考えるべきだと思う。

わたしは血圧が高いので月イチで内科へ通っているのだが、最近主
治医とすっかりフランクな関係になってしまった。
「俺も血圧高くて困っている。酒飲むからなぁ。」なんて患者のわたしに
話しかけてくる。
この前はアメリカ経済について10分くらい話し合った。
こういう話題について来れる患者は見たところあまりいないようだから、
きっとうれしくてしょうがなかったのだろう。

診察(雑談?)を終えて去り際にわたしは言った。

「先生、お酒は控えてください。」

先日我が家のセカンドPCが逝ってしまったので、急遽お気に入りの某P
Cショップの組み立てキットをネットで購入した。

その額なんと3万円!

翌日にはもう到着し、1時間ほどで組み立て終わった。
ドライバのインストールに手間取ったが、最終的にはなんの不自由もなく
使えている。
ウェブの業務用に使うにしても、機能的にもまったく問題ない。ハイビジョ
ンだって観れてしまうのだ。

パソコンはもう高い家電の代名詞ではなくなったのだ。
自分のPC活用法を考えれば、たいていのひとはこれくらいの予算で十分
なのだ。

もっとも自作PCとなると組み立ては確かに簡単だが、ドライバのインスト
ールなどでけっこう手間取る。
我々はそれも含めて楽しんでいる節もあるが、ふつうのひとは途方にくれ
るだろう。

しかし完成品を買うにしてもたいていのひとに10万を超えるPCは必要な
い時代にはなったと言えると思う。

世代的には彼の絶頂期のまさにまん真ん中を10代で過ごしていたの
ですが、彼の楽曲(PVも含めて)には当時まったく興味を持ちませんで
した。
いま聴いてもあらためて関心を持つような曲は正直言ってないです。
彼の死自身よりも、どのワイドショー番組にも現れるデーブ・スペクター
のほうが気になります。

と言いつつやはり彼に関心を寄せてみると、『コンプレックス』というのは
つくづくやっかいなものだなと感じます。
数々の整形疑惑や肌の色の変化(本人は病気と言っていますが)、ミュ
ージシャンとしてどんなに成功しても彼は満足できなかったんですね。

ちょっと前にわたしはアリが嫌いだと言いました。やはり彼も多くのコンプ
レックスを抱えていたでしょう。
彼の時代にはまだ現実に人種差別問題はアメリカ社会に色濃く残ってお
り、マイケルとおなじようには語れないとは思いますが。
しかしマイケルが整形したり肌を白くした(?)ように、アリもやはりコンプ
レックスから黒人優越を唱えるネーション・オブ・イスラムの思想に傾倒
していったという面はあるのではないでしょうか?

人種差別について文字通り"肌"で感じることもなく、のほほんとこの日本
で暮らしているわたしがアリを軽蔑する資格はないですね。

関西では救出された(?)カーネル人形をダシになんやらあちこちでイベ
ントがおこなわれているようだ。

そのセンスがわからない。

他人の所有物を勝手に川に投げ込んだ、明らかに犯罪行為である。
わたしがそのケンタッキーの店長なら、血相を変えて「犯人を捕まえてく
れ!」と警察に訴えていると思う。
それなのに「見つかってよかった」とヘラヘラしている。わけがわからん。
「こんなことは二度としないでほしい」くらい言わないのか?
うれしいこと(阪神の優勝)があったから許されることではない。

だいたい阪神は兵庫のものじゃないのか?
関東ではロッテは千葉のもの、レッズは埼玉のものと決まっている。
東京もんがレッズの応援をするにはかなりの勇気がいる。

大阪のひとはもう少し"地元の"オリックスを応援してやれよ。

これはけっこう確かな情報らしいですね。
玉木クンのお相手というと知的な美女(しかも年上)というイメージが勝
手に浮かぶんですが、まさかヨシタカちゃんのような"不思議系"とは...。
個人的にはもちろんヨシタカちゃんは好きだし玉木クンも好きなので応
援します。
けっこうあっさり結婚とかしてしまうのではと踏んでるのですが、どうな
るでしょう?

蛍、発見!

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今日午後8時ごろ、いつものように河川敷の遊歩道を走っていると、前方
にゆらゆらと小さな光が点滅していた。
その光はゆっくりとこちらへ近づいてきて、すぐ横を通り過ぎて行った。

蛍である。

このあたりで蛍は決して珍しいものではないのだが、それでももう少し山
間部に行かないと観られないものだと思っていた。
それがまさかこんなところにも生息しているとは。
家からも1kmちょと程度の距離のところである。
帰り道でもまたべつの蛍に出会った。今度は草陰でじっと動かずに光って
いた。

もう少ししたらもっと数が増えるのだろうか?
それとも今日観たのはたまたま偶然だったのだろうか?

上京物語

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今日は久しぶりに東京へ行ってきました。
某私鉄は往路はガラガラなので余裕で座れるのですが、復路はだいたい
中間地点までは座れません。まぁ、片道1時間半くらいなのでそんなにキ
ツいことではないのですが、なんかわたしひとよりバランスが悪いような気
がして、つり革につかまれないとよく電車内でバタつくことがあるのです。
やっぱり揺れに強いひと、弱いひとっているんでしょうね。

そんなことは置いといて、実はわたし駆け出しのウェブ・クリエイターのとき
実家から2時間半かけて都内の会社へ通っていたことがありました。
いま考えると、会社もよくバイトにあんな交通費を出していたものです。
往復で5時間もただ通勤に費やすというのはかなりの時間浪費です。
そこでどうしたかというと、往路はひたすら寝る。1日の正規の睡眠時間に
含めてしまうのです。
そして復路はサッカー雑誌を熟読、あるいは演じるあてのないネタづくりに
時間を費やしました。
しかも当時は休みの日も都内にライブを観に行ったりしていたので、家でま
るまる過ごすことはほとんどありませんでした。

そんな生活を都内近郊にアパートを借りるまで結局10ヶ月間していました。
若かったなぁ...。

パソコンを買い替えたという話はまだしてませんでしたよね?
そう、実はゴールデン・ウィークにDellのミドルタワーを買ったのです。
自作派のわたしがメーカー製のPCを買うのは極めて珍しいことなのです
が、なんでもその時期特価で売り出していて、コストパフォーマンスを考
えるとおそらく自作のどんな組み合わせよりもメリットがあるなと判断した
んです。
本当にこの時期買い替えが必要かというとそんなこともなかったんですけ
ど。
ただ、フルHDが表示できるディスプレイがあるのにテレビが観られないの
はもったいないなぁという思いが、この衝動買いに走らせてしまったのです。

しかし注文から一週間ほどで現物は届いたのですが、あれこれ試している
間になぜかディスプレイをきちんとPnPで認識してくれなくなってしまったの
です。
数週間経ちますがいまだ原因不明。あきらめてサポートデスクに聞くべきで
しょうかねぇ?

わたしはCD・DVDや本はネットで買うことにしている。
しかしネット上で発注手続きがすべて済んでしまうため、注文したという
意識がいまいち感じられない。
そのため恥ずかしい話だが、いままで2回ほどおなじCDをべつの店舗
から買ったことがある。
仕方なく機を見て1枚はどこかの買取業者に引き取ってもらうのだが、
自宅で手軽に買い物できるというのもいいことだけではないのだなと思う。

っていうかわたしが間抜けなだけか。

いまどきこんな夢を持っている子どもたちがどれくらいいるかわからない
けど、そういう夢は持たないほうがいいんじゃないかな?
だって最終的に宇宙飛行士になれるかどうかは"きわめて政治的"に決
められちゃうものなんじゃない?
とくに日本人で宇宙に行けるひとなんてほとんどゲスト扱いでしょ?
ジャーナリストが宇宙に行ったことだってあるし。

そんなのを目指すより自分の力だけで勝ち取れる夢を目指そうよ。
もちろん運も必要なことも多いけど、そのほうが夢が破れたとき納得でき
ると思うよ。
スポーツでもメジャーなやつほど実力でなんとかなるだろうし、お笑いも
最近は事務所のハンディも少なくなってきたし、たぶん実力が大きくもの
をいう世界だろう。
音楽もそうだね。ただ、政治的な要素も大きいと思うけど。
でもアイドルは宇宙飛行士に近いね。できればやめといたほうがいい。

結局夢なんて叶わない確率のほうが圧倒的に高いんだよ。だってそうじゃ
なきゃ夢って言わないんだから。
夢破れたとき納得できるように実力でのし上がっていける道を選ぼう。

日本の文化やしきたりに造詣が深く、それをとても大事にしているよ
うな外国人に対しこういう言葉を使うことがあるが、この言葉は決し
て軽々しく使ってはいけない。
仮にそのひとが本当に日本が好きであっても、そのひとには別の祖
国があり、それに対するアイデンティティはやはり日本に対するそれ
とは別格である場合が多いからである。

この感覚は日本人にはなかなかわかりにくいものであるが、たとえ帰
化して日本人となったようなひとでも、祖国へのアイデンティティは往
々にして強いものである。日本人になったからといっても彼らの人格
形成にいちばん影響を与えてきたものは祖国の地で育ってきた文化
や習慣なのである。

だから安易にこの言葉は使ってはいけない。日本人の真の国際化の
ためにも。

う~ん、いまさらだけど本当にたわいのない行為だと思いますけどね。
逮捕のとき暴れたぐらいで、まわりに危害を与えたわけではないし。
でも有名人ともなると"やってはいけない行為"の境界線が一般人と
比べると著しく厳しくなるのが現実。いままで本当に模範的な人物だ
っただけに今回の件は大いに同情します。

ところで彼の名前で使われている『彅』という字、PCの変換でもなか
なか出てこないと思います。
それでもこのように表示される字はいいのですが、例えば辰吉の『吉』
などは正しくは下が長い『つちよし』と呼ばれるものが使われているの
ですが、一般的に使われているPCではおそらく表示できないでしょう。
そういう場合よくやったのがいくつかの文字のパーツを組み合わせて
画像編集ソフトでつくる方法です。外字エディタなどを使ってテキスト表
示できるようにしても当然それが使えるのはその文字を登録したPC
だけです。そこでそういう文字は画像データとして表示させてしまうの
です。

それにしても『つちよし』などはかなりよく見かける字なのですが、特別
なフォントセットなどを入れない限りふつうのPCではいまだに表示でき
ません。ソフトがハードに追いつかない一例ですかね。

5年目突入!

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ブログのいいところは、たとえ誰も観ていなくても本人の続ける気さえ
あれば"閉鎖"にならないこと。また、このブログはコメント内容を確認
してから公開する流れになっているので"炎上"の心配はない。
とはいえ本当に誰も観ていなかったら苦労して毎日セコセコと文章を
考えることにあまり意味がないだろうが、幸いそれほど無視できない
人数のひとがこのブログにどこからか迷い込んで来てくださる。

正直言ってこの「毎日更新する」というのはたいへんな負担であるが、
いまのところそれはこれからも続けたいと思う。
それから数少ないながらも存在する"常連"の方々、あなた方のご訪
問、たいへん励みになります。今後ともよろしくお願いいたします。

わたしの生まれたころからこの街に存在する衣料品店。むかしはバカ
にしてまったく相手にしていなかった店だったが、いまでは『しまラー』
といわれる同店で買った服でコーディネイトしている若者がけっこうい
るという。もはやしまむらに"オバサンファッション"のイメージはない。

考えてみればしまむらもヤマダ電機も北関東がスタートである。しかし
いまやどちらも全国展開に成功し、一流企業のひとつに数え上げられ
るほどに成長した。わからないものである。

詳しいことはわからないのですが、人道的に問題のある発言という
より、ある大きい芸能プロダクションを怒らせてしまったようです。
なんで公のラジオ放送で話したことなのにネットでもあんまり明白な
情報がないのでしょうか? その程度の聴取率ってことかな?

まぁ彼が活動休止したところで、影響を受けるひとはそんなに多くな
いと思いますけど。
っていうか、松竹ってそういうひと多くない?

やっぱり別れたか。

誰もがそう思った陣内・藤原夫妻の離婚。陣内の浮気グセが原因とも
言われているが、原因は別にどうでもいい。みごと期待に応えてくれ
たという感じだ。個人的には藤原になんの魅力も感じないので別にか
わいそうとも思わないし、陣内はある意味おいしいわけだし、まぁ、いい
んじゃないの。

それよりも徳井・夏川ペアの行方が心配だ。徳井クンは陣内以上にプ
レイボーイのイメージがあるだけに。夏川さんはマジメそうだし年齢が
年齢だけに徳井クンには結婚を前提に真剣にお付き合いしてもらいた
い。

夏川さんを不幸にしたら俺が許さん!

さまぁ~ずの三村は中学生時代不良が怖くて3年間の記憶がないと言
っていた。わたしも1年、2年のときの想い出はたくさんあるが、自分の
通っていた中学で主だったヤンキーと同じクラスになった3年のときは
いい想い出がひとつもない。もっともわたしは怖かったというよりはどち
らかというと奴らがウザくてしょうがなかったからだが。
三村に限らず、そういう思いを抱いている真面目な生徒は多いのでは
ないだろうか?

当時は尾崎豊が全盛のころだったが、彼の言う社会とか大人の支配と
いうのが理解できなかった。確かにどうしようもない暴力教師とかもいた
が、わたしにとってこの時期最大のテーマはこの不良たちとどう対峙す
べきかということだった。当時の最大の敵は彼らであったのである。
そのため何度か彼らと喧嘩になることがあった。しかし奴らは必ず勝つ
まで何度も因縁をふっかけてくるだろうと思うと、手は出せなかった。結
局何発か殴られて終わり。ある意味喧嘩にもなっていなかったかもしれ
ない。

たぶん彼らは別に一般の生徒に迷惑をかけているつもりはないのだろう。
しかし彼らの影響でどれだけの生徒のこころが萎縮したことか。
彼らにはそういう生徒全員の失われた記憶の代償に値する罰が本来与
えられなければならないのだが、現実には彼らは少年法やら何やらで手
厚く守られている。やりきれない事実である。

もし中3のメンバーで同窓会をやると言う話が来ても、わたしは行かない
だろう。今度奴らを見たらなにをするか自分でもわからないからだ。それ
はわたしの失われた1年のためでもあり、高2のとき自殺した友人の失わ
れた人生を取り返すための行動でもある。

この言わずと知れたボクシング漫画の大巨編が『週刊現代』でいま復
刻掲載されている。ぜひ若いひとたちにも読んでもらって感想を聞きた
いものである。

『あしたのジョー』は昭和42年から48年にかけて『週刊少年マガジン』
で連載された。わたしが生まれる前後のことである。しかしアニメの再
放送があったこともあって、わたしは小学生のとき小遣いを遣って少し
ずつ単行本をそろえていった。わたしのなかに形成された価値観の根
幹の部分はこの漫画の影響を受けたと言ってもいいだろう。

この漫画、いちおうボクシング漫画ではあるがボクシングはあくまでも
表現の手段でしかないと思う。おそらく原作の高森朝雄(梶原一騎)よ
りも作画のちばてつやの意図の影響のほうが大きいと思うが、この漫
画で読者に問いかけたことは「生きるとは何か」ということだと思う。
矢吹丈の価値観はたぶん歪んでいる。常人のものではないと思う。こ
の一瞬を生きることにあれほどの魂を込めることなどふつうできない。
ひとの幸せにはいろいろなかたちがある。ホセのように家族を持ち、明
るい家庭を築くこともそのひとつだろう。ジョーにとって幸せとはちがう
かもしれないが、リングの上で情熱を燃やし続け、そしてまっ白に燃え
尽きるのも彼の望んだ人生である。わたしはこの真っ正直な一秒一秒
を力いっぱい生きる人生のほうがいいと思っている。あくまでもわたしの
望む人生としてだ。万人に勧めているわけではない。そのさきになにが
あろうともわたしは恐れない。それがわたしの"青春"なのだ。

もうひとつ言っておきたいのがジョーと白木葉子の関係だ。これこそ"究
極の愛のかたち"じゃないかと思う。ただ単にプラトニックというだけでは
なく、そこには本当に相手の望むことと心中しようとする気持ちがある。
そこへ至るまでの長い過程が非常に繊細にかつリアルに表現されてお
り、ある意味『あしたのジョー』は壮大な恋愛漫画とさえ踏まえることが
できる。
最後の最後にお互いの本当の気持ちに気づいた。しかもそれは果てし
なく深い愛であった。ホセとの試合前の控え室のやり取り、崩壊寸前の
ジョーを励ます葉子、血のしたたるグローブを葉子に渡すジョー、言葉で
しか表現できないのがもどかしい。

『あしたのジョー』と言えば、「立て! 立つんだ! ジョー!」しか思い浮
かばない方、最初からでなくてもいいのでぜひとも最後の部分(単行本
の20巻にあたる部分)だけでも読んでいただきたい。

ドット抜け

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先日購入した液晶ディスプレイに『ドット抜け』と言われる箇所が存在
した。
正確に言うと、画面上の1ドット大の部分が常時点灯している状態に
なっているのだ。わたしは当然これは『初期不良』だと思い、ショップに
連絡した。するとうちでは対応できないのでメーカーのカスタマーセン
ターに聞いてくれという返事だった。
カスタマーセンターに電話すると意外な返答が返ってきた。曰く液晶
ディスプレイは製造段階でかなりの確率でこの現象が起こることがあ
るので、『故障』ではない。よって製品の交換等には応じられないとの
ことだった。これは電子情報技術産業協会(JEITA)のガイドラインに
も則っているという。

法的に見ると、問題となるのはこの製品にドット抜けという不完全な部
分があることに売主の責任(故意・過失)があることを買主が証明しな
ければならない。しかし、現状ではメーカーが故障と認めない限り法的
に追及するのは難しいと思う。
ただ、これまでノートパソコンを含め数個の液晶を含む製品を購入した
がドット抜けに遭ったのはこれが初めてだ。精密機械の製造技術の進
歩は日進月歩だ。現在の技術においても故障と呼べないほどドット抜け
は頻出するものなのだろうか?

法律論から離れて考えると、ドット抜けのある製品とない製品が同一の
値段で売られている。どちらにあたるかは製品を実際に使用してみない
とわからない。しかもドット抜けがあっても初期不良のある製品として交
換を求めることはできない。これは客観的に非合理的である。
それならむしろ完全な製品であることを確認して中古品を買うほうが賢
い買い物である。

しかしこのメーカー側の主張は本当に法的合理性があるのだろうか?
消費者にいちじるしく不利に感じざるを得ないのだが。

『ドラゴンボール』は世代を超えて通用するトピックである。
フリーザとの戦いが終わってからはちょっと強引に連載を続けさせられ
た感があるが、その人気は国内だけにとどまらず海外でも広く認知され
ている。

そのフリーザにクリリンが粉々にされたのを目の当たりにした悟空は超
サイヤ人に変身する。ふだんは自分のことを「オラ」と言っていた悟空が
「オレ」と言うようになる。人格もまったく別人のようになる。
悟飯たちを地球に帰したい悟空が怒りをこらえて言ったひとことがタイト
ルのセリフである。

なんてカッコいい! カッコよすぎる!
これをなんとか日常生活において使ってみたいものである。無理か。

自動車を運転していて、車線変更などをする車をあいだに入れてあげ
ると、ハザードランプで『お礼の合図』をしてくれるひとがいる。
お互い顔も知らないし、声もわからない、今後もまったく接点のない関
係にもかかわらず相手の好意に対し敬意を表する、とても気持ちのい
いものだ。
逆に間違い電話をしておいて、なにも言わずに切ってしまうひともいる。
それもいちいち腹を立てていたらやっていられないくらい多い。
ひとことお詫びの言葉を言うことすらできないひとが多いのだ。

じつはわたしはあまり挨拶が好きではない。さきのお礼やお詫びの挨
拶はともかく、「おはようございます」や「こんにちは」なんてのはむしろ
相手と一定の距離を置くことの意思表示をしているような気がするのだ。
だから本当に親しい関係のひととは挨拶などしない。もっともそこまで親
しい関係はいまではそうとう限られているが、高校生時代などはみんな
誰も挨拶などしなかった。男子校だったせいもあるだろうが、それがお互
い干渉しない"成熟した"関係の現われだと思っていた。
でもそれは若いときの話だ。大人になったいまはむしろ積極的に挨拶を
交わすことでお互いの存在を尊重しあうことが大事だと考えている。

もちろん、いまでも挨拶のいらない人間関係もあるが。

スカパーでこんな企画をやっているようです。

猪木の闘魂注入プレゼント!

この企画を端的に言うと「抽選に当たったひとが公然と"暴力"を受
ける企画」ということになりますよね。スゴくないですか?
"加害者"が猪木でなければ絶対成立しない企画です。
そもそも猪木から"ビンタ"を受けることによって、"闘魂"が"注入"
されるという概念がスゴい。一般のひとが闘魂を注入されてどうし
ろというのでしょうか?

スカパーもおもしろいことを考えるもんです。

猪木の闘魂注入プレゼント!

酔っ払い会見

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個人的にわたしは中川昭一の顔が好きである。なんか佐藤浩市的な
アクの強い男前だと思うのだ。
この会見を観たとき、小渕さんのことを思い出した。本気でこのひと大
丈夫だろうかと心配した。ところがただの酔っ払いというのが真相らし
いので最終的には小泉さんじゃないけど怒るというよりも、笑っちゃうく
らいあきれてしまった。
また場所が悪い。外国人記者のたくさんいるなかで、あんな醜態を晒
した日本人閣僚がかつていただろうか?

まぁ、さっきも言ったようにぜんぜん怒ってはいないんだけど。

宮沢りえといえばかつては絶頂期にヌード写真集を出したり、貴花田
(現・貴乃花親方)と婚約、そして解消したり、まぁ、とにかく派手に芸
能界を荒らしまわりましたが、いまではまるで嘘のようです。35歳にな
ったいま、それほど騒がれることもなく一般人と結婚・妊娠と本当にひ
とって変わるものだなぁと考えさせられます。
もっとも、"りえママ"の存在が彼女の行動に相当の影響を与えていた
ことはまちがいないと思うので、彼女自身の本当の姿はきっといまの
宮沢りえのような気がします。
お茶のCMでしとやかな京女を演じる彼女を観ていると、本当にいい
方向にシフトしていったなと思います。かつてのやんちゃなころも、人前
とはちがう彼女の姿がきっと存在していたのではないかと想像します。
要は『プロフェッショナル』だったってことでしょうね。

お幸せに、そしてお子さんをお大事に。

なんだ、昨日の記事は。まるで自分のモテ話じゃないか。
これはいかん、訂正せねば。

そうそう、わたしは特段モテたわけではないのです。
チビだし、顔もよくなかったし。
ただ、ギャグセンスだけで持っていただけの中学生時代でした。
「気持ち悪い」と陰口をこきやがる女子もいたくらいでした。

ただ硬派を気取りながら、どこかで異性の目を気にしている自分がい
るわけですよ。それが許せなくってね、自意識過剰な自分が。
それで男子校に行ったら、本当の自分に出会えるんじゃないか、そう
思ったわけですよ。
結果まったくそのとおりだった。共学の高校に行っていたら、あんなに
自分を表現することはできなかったと思っています。
そりゃあ中学のときもたくさんおもしろいことはあったし、こっちだって好
きな子はいたりしましたよ。でも、あの高校のオモシロさはハンパじゃ
なかったから。

おかげでわたしの中学までの人生経験は高校の3年間でみごとに上
塗りされてしまいました。わたしの生活に女性が係わってきたのはそ
れからずっとあとのことです。

ですからわたしは特段モテたわけではないのです。

ちょっと時期を逸してしまった話題だが、われわれの学生時代はまだ
年賀状の交換が1年のなかでの大イベントだった。
その数がいちばん多かったのはおそらく中1のときだったと思うが、お
そらくクラスの半数ちかく、それ以外に野球部関係のものもあったから、
50枚ちかくあったかと思う。
これが多いか少ないかはひとによって異なるだろうが、これがわたしの
"全盛期"であったことは確かである。
しかしなかには意外な人物から年賀状が送られてくることもあった。
どう考えても、いちおうみんなに出しておこう的なことをするひとではな
かった。わたしに送ったことにはなにか意味があるのではないか?
そう考えるとうかつな返事は書けない、どうしたらいいものか悩んだ覚
えがある。
そして結局どう処理したのかという記憶がいまは残っていない。

わたしは下駄箱に入っていたわたし宛の手紙を野球部のみんなでいっ
しょに読むようないま考えれば無神経極まりない男であった。
その後も別の人物からと思われる"手紙攻撃"はあった。それに対して
も無反応に徹していた。
"写真撮らしてくれ攻撃"もあった。そのときは無理矢理ほかの男子を
誘って『男同士のツーショット写真』にしていた。
いま考えると、必要以上に"異性からの攻撃"に敏感に反応しすぎてい
たのかもしれない。

結局その後念願の男子校の高校へ入学したのだが、中学時代の"攻
撃"から開放され自由になった気分であった。
異性を意識しない生活、それは当時のわたしにとって夢のような生活
であった。
別に女子に迷惑を掛けられたわけではないが、ひとことで言えば『硬
派』だったのだろう。

あるワイドショー番組の新聞のラテ欄の見出し。

モテ芸人徳井が年上女優と密愛?

徳井クンがメインに来るのはまぁしかたないとして、
文字数はおなじなのに、それほど夏川結衣はマイナーなんでしょうか?
『年上女優』じゃないと世間には通じないんでしょうか?

まぁそれは置いといて、このふたりこのままうまくいくのでしょうか?
徳井クンはいまは『イケメン芸人』としてそこそこ売れているけど、
正直芸人として長続きするとは思えないんだけどなぁ。
むしろ俳優に転向したほうが長生きすると思う。
夏川さんはやっと女優としての評価も安定してきてさあこれからって
感じだけど、このままだと田中美佐子・深沢邦之夫妻みたいになって
しまう気がするなぁ。それでもいまの時点では徳井クンのほうが業界
的ランクは上というわけなのだろうけど。
余計なお世話とはわかっているけど、子供とかどうするんだろう?
気が早すぎ?

それにしても『年上女優』って、ひどい括り方だなぁ。

最近は宮崎あおいや蒼井優など(谷村美月もそうかな)、決してルッ
クス的に恵まれているとは思えない女優も、映画やドラマでの好演
がもとでCMなどにひっぱりだこである。
また小池栄子や井上和香など、もともとグラビアアイドルとしてデビ
ューしながら、司会者や女優として高く評価されるようになったケー
スもある。
タレントさんの本来持っている才能が正当に評価される時代になり
つつあるのかなと思う。

むかしの女優さんはたいへんだった。出たてのころ、たいていは脱
がされている。わたしの好きな女優さんもたいていは若いころ脱い
でいるが、最近はそういう傾向にも歯止めがかかっているような気
がする。
いいことだと思う。

だって本当に好きな女優さんの裸は観たいとは思わないもの。

本は雑誌を除いて、ネット経由でカードで購入する。
そのほうがポイントがたまってお徳だからだ。
むかしの書籍小包とちがっていまは厳重に包装してあるので、手元に
届くまでに商品が傷んでいるということはない。
しかし、本屋にはよく行く。
本屋で買う本の内容を確かめてからネットで注文するのだ。
最初から買う気がないのだから、本屋にとっては迷惑極まりない客だ。
本以外にも、家電製品なども家電量販店で現物を確認してからネット
で注文する。この場合、価格も安くおさえられることが多い。

しかし『家電芸人』によると、『価格.com』の価格をもとに、量販店で
値切るのが賢いやり方らしい。
さすがにそこまではわたしにはできない。

実家では毎年父の確定申告はやっているのだが、母はこれまでなにも
していなかった。
わたしはいちおう年末調整の事務の経験があるので、母の確定申告の
必要性についてちょっと調べてみることにした。
結局市の図書館協議会の委員をやっている関係で給与が毎年小額出
ているのみで、還付金も1年につき多くて千円程度なのだが、還付申告
は過去5年間の分ができる。そう考えるとバカにならない。
ただ申告するには自分に都合のいい書類だけ付けるわけにはいかない。
年金などの源泉徴収票もきちんとそろえておかなければならない。
母は平成18年より前の書類は捨ててしまったという。まぁ、源泉徴収票
は頼めばもらえるものなのだが、たかがこの程度の金額にかける手間
の量ではない気がして、結局平成19年分から申告することにした。

還付申告はさきほど言ったように過去5年間分は申告可能である。それ
と必ずしも所得税の確定申告の期間(原則として翌年の2月16日から
3月15日までの間)に受付が限定されているわけではない。去年分の
還付申告だったら今年の年明けからできる。

知らないでいるとあなたの家族も無駄に税金を払っているかも。みなさん、
いちど確認してみては。

体脂肪率は19%、これはあまり変わっていないし、ちょっとしたこ
とで上下します。
ボクシングの階級で言うとフェザー級になりますな。
なぜ体重を気にしているかというと、脂質異常症(高脂血症)を患
っているからなのです。
といっても、もともとの体重がそれほど重いわけではなかったので
すが、この前の検査で悪玉コレステロールが異常値をきたしてし
まったのです。
で、はじめたのがダイエット。身長165センチ、体重63キロくらい
から4ヶ月くらいでいまの体重まで落としました。
朝は野菜炒めか生野菜のサラダとスープ、昼はカロリーメイトもど
き(その名も『カロリーエイド』)、夕は春雨ヌードルでとにかく毎日
2キロちょっとマイペースで走る。そしてVAAMを飲む。もちろん夜
8時以降はなにも食べない(これは厳密には守れていない気がす
る)。

先日病院で採血をしたので、来月結果が出ます。
結果がよければいまの食生活を続けるし、こんなに摂生してもダメ
なら原因は食生活ではないということだからやめてふつうに食べる。
そういうつもりです。

でもまぁ、慣れてしまうとこんな食生活でもよくなってしまうので、や
っぱ結果はよいほうがいいなぁ。

レトロな食堂

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むかし公務員をしていたとき、近くによく行く食堂があった。
コンクリート敷きの土間の上に質素なスチール製のテーブルといす、
おそらく数十年変わっていない空間だろう。そこはまさに昭和中期
にタイムスリップしたような場所だった。
そんなだから客はそんなに多くはなく、おばちゃんがひとりで切り盛
りしていた。
メニューは失礼な言い方をさせてもらうと"老人食"に近いものが多
く、味も取り立てて美味しいわけでもなかった。
たいてい客はわたし独りかどっかのおじさんがいるくらいで、大学の
すぐそばにもかかわらず学生が来ることもほとんどなかった気がす
る。
だがわたしはその雰囲気が気に入っていた。というか、この店をつ
ぶしてはいけない、できるだけ客として来てあげなければいけない
という使命感になぜかかられていた。

その理由はいまだによくわからない。

どうしますか?
店のひとに言って作り直させますか? それとも黙ってそれを食べま
すか?
わたしは黙って食べてしまいますね。髪の毛ぐらい衛生上問題ない
だろうし、店を責めるほどの過失とも思えない。それにもう一杯作り
直させたら赤字になってしまうのでかわいそう。出されたそのラーメ
ンに対する哀れみもあります。

ただ、ラーメンの味にはけっこうこだわるので、美味しくなかった場合
はかなり不機嫌になるでしょうね。
でも、やっぱり髪の毛のことは黙っていると思います。

たぶん一度はだれもが観たことのあるCMタレントさんだと思うので
すが、CM以外に観た記憶がないこのひと。

セルベール整胃錠

41歳といえばまぁ納得。むかしすごくキレイなひとだなぁと思った記
憶がありますが、歳相応になってしまったかな?
女優さんとしても活動しているようですが、どちらかというとやはりC
Mタレントとしての活動のほうが多いようです。

ほんのちょっと運が向いていたら、このひとも売れっ子女優になって
いたかも知れないと思うんだけどな。

知人にボニさんのCDと『結婚できない男』を勧めました。ボニさんに
ついての感想はまだわからないのですが、『結男』は1話目の感想で
「女医サン役は自然に見えるね」との感想をいただきました。
さっそく調子いいじゃないですか! しかも演技が褒められるとはうれ
しいじゃないですか。 確かに女医役というとともすれば"デキる女"ぶ
りを見せようと必要以上に張り切ってしまう女優さんも多いですが、そ
の点夏美先生は自然体ですよね。
さすが夏川さん、いい仕事してますよ!

そんな感じで今年はやっていきたいと思います。

去年はワタクシ的には夏川さんとボニさんで独り盛り上がっていたわ
けですが、独りでは寂しいわけです。
やはり語れる同士がいなくては。
ということで、今年はおふたりの啓蒙活動に励むことにいたしました。

しかし、そのわりにはあまりすみずみまでおふたりの活動をおさえて
いません。だいたいいまごろ大好物だと言っていること自体おふたり
と古くからのファンの方たちに失礼です。

なので、ひっそりと活動したいと思います。それで少しでもおふたりの
ファンが増えれば...。

職業がらPCの使い方についてよく聞かれるのだが、正直ある程度
PCを使いこなすようになるとInternet Explorer(以下IE)とかOut
look Express(以下OE)といったWindows付属のソフトはプライ
ベートでは使わなくなる(IEは職務上使わざるをえないが)。なので
PCに関するたいていの質問に対し、わたしはアドバンテージがない
のである。とくにOEなどはよく質問されるのだが、いまではまったく
起動させることのないソフトなのでこっちのほうが困ってしまうので
ある。

それからWordやExcelについてもよく知らない。ウェブコンテンツ制
作の知識は一般事務のためにはほとんど役立たないのである。

だからみなさん、あまり難しい質問しないでください。

むかしくりぃむしちゅーのライブに伊集院光がゲストに来たときの話。
あるとき、ホンジャマカの恵俊彰が伊集院に向かってVAIOに搭載
されている機能の素晴らしさについて力説してきたという。
伊集院はどう対応していいか困ったという。なぜなら伊集院はパソ
コン自作派だったのだ。
パソコンというのはその気になれば自分でパーツを集めて組み立て
ることは簡単だ。自作の利点は自分の強化したいパーツにはお金を
かけて、必要のない機能ならそのパーツを省いたり廉価なものにし
たりできる。
つまり、VAIOでできることは自作パソコンなら当然できるのである。
あとはドライバ(あるパーツをパソコン上で操作できるようにする基
本ソフト)やアプリケーションをインストールすればいいだけのことな
のである。

それとはちがう話だが、MacのCMはいかにもWindowsと比べて
いろいろなことができるような印象をもたせるつくりになっているが、
おなじことはWindowsでもできる。ただ最初から専用のハードウェ
アやアプリケーションが搭載されているというだけの話だ。

ただやはり自作パソコンにはパーツの相性という避けられない問題
がある。自作派のひとたちはみなそれをある程度覚悟して組み立て
ているようだ。

大晦日に2ラウンドでワンパンチKOされ、王座を追われて新年を迎
えるのはどんな気持ちでしょう? 本人しかわからないですよね。

ところで今回はこんなのを創ってみました。
今年1年のわたしの思考に費やした割合(仕事を除く)を文字で表す
とこんな感じになるのではないでしょうか。

今年1年を文字で表しました

やっぱりなんといっても今年は『夏川結衣』でしたね。
去年のいまごろには考えられないことでした。

『BONNIE PINK』は下半期突然登場してきました。
しかしどうしてもきっかけが思い出せないのです。

EUROはスペインがスペクタクルなサッカーをしてくれたおかげで
非常に意義のある大会にしてくれました。
オリンピックは結局ほとんど記憶にないけどEUROは人生において
たいへん大事な行事です(言い過ぎ?)。

まぁ、そんな感じですかね。
もとが熱しやすく冷めやすいにんげんなので、来年はどうなっている
かまったくわかりません。

とりあえずみなさん、よいお年を。坂田選手も。

意外な好み?

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結果を知ってしまったらなんかしらけてしまい、M-1まだ観てませ
ん。近いうちには感想を書きたいとは思うんですけど、テンションが
上がらないのです。
明日は久しぶりにライブに行きます。といっても今回はお笑いではあ
りません。元ちとせです。

そう、わたし元ちとせも聴くのです。意外?

もともとは鬼束ちひろのチケットが取れなくて、じゃぁ元ちとせでいい
かって感じで取ったチケットなんですけど、結局鬼はまた体調不良っ
てことで結果オーライになったのです。
でも最近はなにしろボニー一色なので、彼女の声を聴くこと自体久し
ぶりなのです。ちなみに彼女のライブは2回目です。
個人的には初期の名曲、『コトノハ』がいちばん好きですね。
曲を書かないヴォーカル専門のアーティストでわたしが聴くひとって
彼女くらいのような気がします。やっぱり曲、詞、歌がそろってひとつ
の才能というイメージがどっかにあるのかな?

わたしもひとが創ったネタなんてとてもやれません。

いぶし銀夫婦

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今日はM-1のことを書くつもりでしたが急遽変更します。
中日ドラゴンズの井端弘和選手とテレビ朝日の河野(かわの)明子アナ
ウンサーが結婚するそうです。
井端選手といえばなんといっても堅実な守備。荒木雅博選手とのニ遊
間コンビは日本球界最高との呼び声も高いです。
一方、河野アナは現在『報道ステーション』で総合キャスターを務めてい
ます。番組発足当初からこの役を務めており、その若さに似合わぬ落ち
着いたアナウンスぶりで若干不安定(?)な古舘メインキャスターを傍ら
で支えています。
個人的には河野アナは田丸美寿々さんや小宮悦子さんに匹敵する逸材
だと思っていました。彼女がまちがえてるところを観たことないし、古舘さ
んのミスをすばやく指摘して訂正している姿をよく見かけます。
これを機会にテレ朝を退職するのはよいきっかけだと思います。おそらく
専業主婦にはならないと思うし、だいいちそれではもったいない。これか
らの彼女にはもっと大きな仕事が似合っていると思います(20代でこの
番組の総合キャスターというだけでも本来大抜擢なのですが)。
それにしても彼女は井端選手のファンだということを以前から公言してい
ました。それからどういう縁があって結婚に至ったかはわかりませんが、
井端選手はファンとして思い描いていた理想どおりのひとだったというこ
とでしょうね。

末永く、お幸せに。

決戦前夜

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明日はM-1とクラブW杯(まだ言い馴れない)の決勝戦がほぼ同時
刻に行われます。
どっちを優先するかはパク・ヂソンがスタメンかどうかで判断します。
出てほしいけど、CL決勝のときはほぼ出場確実だと思ってたのにベ
ンチにも入っていなかったし、ファギーもけっこう非情だからな。
M-1のほうはやはりナイツが有力でしょう。ほかは優勝する姿が想
像つかない。笑い飯でさえ比較にならないほど図抜けている気がしま
す。
あとはマセキ芸能社というのがどう影響するかかな。

理想的なのはパク・ヂソンがスタメンで決勝ゴールを決める。ナイツ
がダントツのオモシロ漫才を観せつけ優勝。これですな。

あっ、噛んだ

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最近は素人でもちょっと言葉がうまくしゃべれなかった相手に対し、すぐ
指摘する。
明らかにテレビ番組でのトークの影響だと思う。
しかし『青い鳥』で吃音の村内先生が一所懸命言葉を伝えようとしてい
るのを観て、吃音のハンディキャップを持っていらっしゃる方にとってこ
れは決して望ましい傾向ではないなと思った。
しかし、"芸人根性(?)"というのは恐ろしいもので、かく言うわたしも相
手が"噛む"と反射的にツッコんでしまう。
吃音のひとのことなんか考えたこともなかった。

わたしはいままで吃音の方とひとりだけ接点があった。
わたしが大学職員のとき、その方は研究室の助手をしていた。
顔と名前は一致しないが、ひょっとしたら会ったことがあるかもしれない。
研究室に電話をすると、なかなか声が聞こえない。あれっと思っている
と、そのうち「お、お、お、お...(その言葉が『お』であったかは正確な記
憶ではなく、いずれにせよ最初の一声からかなりひどくどもっていた。)」
という声が聞こえ、電話にはその先生がでたことが分かる。
その方の場合、吃音がひどいのは最初だけで、そのあとはわりとコミュ
ニケーションに不自由することはなかったが、いま考えると、あの先生に
とって電話にでるという本来それほど困難ではないことがさぞかしつらい
ことではなかったかと思う。

映画を観たことでその先生のことを思い出したが、その方も吃音というハ
ンディキャップを抱えながら村内先生とおなじように学生を指導している
と考えると、ひとを教えるのに大事なことは、話す言葉自体ではなく、その
中身なんだなとつくづく感じた。

あの先生はいまどうしていらっしゃるだろう?

夏川結衣さんは若いころ、「自分は女優に向いていないんじゃないか」
とずっと悩んでいたという。
最初は単純に自分に実力がないと感じていたのだろうと思っていた。
でも、よくよく自分に照らし合わせて考えてみると、なにかちがうように
思えてきた。
夏川さんは"能力的"なことより、「"性格的に"女優に向いていない」と
思っていたのではないだろうか?

わたしはむかしからピッチャーというポジションにあこがれ続けていた。
しかしピッチャーには想像を絶するプレッシャーがかかるということを中
学生時代思い知らされた。投手としての能力的なこと以前に、なにより
もメンタル面であの重圧に耐えられなかったのである。
中学生時代の登板は2回、いずれも投球イップスに見舞われ、ストライ
クが入らず、換えられるまで押し出しをし続けた。
それでもあきらめることはできなかった。高校に入っても野球部に入り、
やはりピッチャーを目指して練習した。たとえエースになれなくても、マ
ウンド上でたとえひとときだけでも充実感を味わうことができれば、それ
だけで幸せを感じとれることができるはずだ。そう信じて、ひたすら練習
した。
この世に神がいるとしたら、わたしにあのカーブを与えてくれたことに感
謝する。高校時代、一度もジャストミートを喰らわなかったあのカーブを。
わたしはカーブを武器にすることができたとき、初めて投手としての自
信を持つことができた。それまでに野球を辞めようと思ったこともあった
が、続けていたことで神の贈り物のように簡単に打者を手玉に取れる球
を手に入れることができたのだ。

話を戻そう。夏川さんは自分のことを「気が強いくせに小心者」とインタビ
ューで答えていた。じつはわたしの以前あったサイトの自己紹介には「性
格:気が小さい。なおかつ気が強い(どないやねん)。」と書いていた。ほ
とんど同義と言っていいだろう。だとすれば、夏川さんが「自分は女優に
向いていないんじゃないか」という気持ちが理解できる。
気が強いにんげんはけっこう自分にも厳しい。言い換えればプライドが高
い。でも、そういうひとのなかにはその厳しさに自分が負けてしまうくらい
弱いひともいる。夏川さんもわたしもそういうタイプのような気がする。

そう思って『青い鳥』を観てみると、一見棒読みのような台詞回しも、じつ
は彼女なりの計算があってのようにも見える。
しかし実際のところはわからない。でも、わたしが感動した『白い巨塔』で
の高橋長英という俳優の演技も、観るひとから見ればただ緊張して演技
しているようにしか見えないかも知れない。その後もこの方はほとんど有
名にはなっていないが、あれが彼のリアルさを追求した演技であることは
のちのち明らかになっている(ちなみに高橋さんは『トップセールス』にちょ
こっと出ている)。

結局なにが言いたかったかというと、夏川結衣という女優は、性格的なハ
ンディを克服し成功した女優だとわたしは思っている、そう言いたかったの
だ。(当ブログ史上最悪の駄文。なにが言いたいかわからん)

涙の修検不合格

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わたしもいちおう人並みに普通免許(ゴールド)を持っている。
車の免許を取るための経験というのは人生においてけっこうな試練で
はなかろうか?

わたしの場合は大学生時代、友人2人と合宿で免許を取りに行った。
栃木県の西那須野というところにある自動車教習所である。
ほかとの比較ができないのであくまでも主観的な感想だが、この教習
所、非常に居心地が悪かった。
職員も教官も態度が横柄で、彼らはとにかく総じて偉そうな振る舞いに
終始していた。
もちろん教官によってその態度にばらつきがあるのだが、いやな教官
にあたる前の緊張感といったらなかった。むかしの部活で経験したつ
らさとはちがうへんな汗が出るのを感じた(実際Tシャツを"塩"だらけ
にした"へんな汗"をかいている友人もいた)。
そんなこんなでむかえた修了検定。わたしはまったくノーマークのとこ
ろでブレーキを踏まれ、最初の検定に落ちた。ほかの友人は順調に修
検、卒検をクリアし、わたしも2回目の修検で合格していたのだが、当
然彼らのほうが先に東京へ帰ることになった。
彼らを見送るわたしは屈辱に満ち溢れていた。
車の免許ひとつ取るのにこんなつらい目に遭わなければいけないのか!
結局、わたしも卒検は一発でクリアし、友人の帰った2日後に帰れるこ
とになった。

ちなみにいっしょに行った友人のひとりは本番の学科試験でいちど落
ちたそうである。

先日手元に小銭がなかったので、近所の自動販売機で試しに使って
みた。
当たり前だが、ちゃんと買えた。
まだ締めの時期が来ていないのか、引き落とし予定を確認できない
のだが、なんとネット上で確認できるシステムになっている。
しかし、誰がこんなこと考えたのだろうか?
もはや財布よりケータイを持ち歩く時代なのか?
とはいっても、まだまだ使用率は低いという話だ。
デジカメ機能の普及は恐ろしく速かったが、おサイフケータイはやはり
なくしたときのことを考えると怖いと感じるのではないだろうか。

それにしてもわたしが中学のとき、初めてコンビニが出店した町でい
まや携帯電話で缶コーヒーが買えるとは。

不況で経営状態が悪化した企業のあおりを受けて、内定を取り消され
る学生が増加しているという。
あまりにもひどい話である。学生のほうにまるっきり否はないのだから。
景気動向の読みの甘かったツケを内定済み学生に押し付けるなんて
どう考えても腑に落ちない。でもまぁ長い目で見れば、そういう会社利
益中心主義のところに入らなくてよかったとも言える。その会社に入っ
ていれば、いずれなんらかのかたちで不条理な仕打ちを受けるだろう。
そう考えて新しい道へ進むしかない。まちがっても会社を訴えてやると
かそういう方向に向かわないほうがいいと思う。弁護士になってそうい
う会社を撃退してやろうというなら話は別だが。
わたしの時代も就職は厳しかった。ただ、わたしは景気がどうあろうと
大学在学中の早くから公務員を目指すことを決めていた。
世間では毎回講義に出てコツコツと勉強してよい点を取る学生と、先
輩や同級生のノートをかき集めておなじ点を取る学生とでは後者のほ
うが有能とされる(以前も書いたと思うが)。しかし公務員だけはちがう。
一所懸命勉強したものが報われる、そう信じていた。模擬試験では国
家II種、地方上級はすべてA判定だった。絶対希望していた埼玉県の
一般行政上級に合格できる自信があった。
しかし公務員ももはや学力だけを求められる時代ではなくなっていた。
わたしは大学4年のとき、1次試験に受かったが面接などがある2次
試験で落ちた。もはや民間に切り替えるなどという選択肢を見失って
いたわたしは卒論もほっぽり出して大学も卒業し、ひたすら勉強した。
そしてまた2次試験で落ちた。最終的に国家II種に合格し、国立大学
に採用になった。
まわりのにんげんと極力絡まず、勉学と労働に明け暮れる大学生活を
おくるようなにんげんは官民問わず受け入れられないというのが現実
だったのである。

ただ、あとで大学の人事課に聞いたところによると、最終的に採用に
なった国家II種の面接試験の評価は非常に高かったそうである。わ
たしはただ自分の殻に閉じこもっていただけだったのだ。やろうと思
えば友だちのノートを集めることだって得意になれるにんげんなのだ。

いまの仕事をしていて、すごくそう思う。

パソコン自作派

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円高のせいでCPU(中央処理装置、パソコンの心臓部)/メモリ/
HDD(ハードディスクドライブ)が安くなっているらしい。
いまメインで使っているWindowsマシンも5年も使っているので、
そろそろ買い替えを考えてもいい時期だと思うのだが、さしあたって
必要性を感じない。
ただ、エンコーディング(動画ファイルをコンパクトなサイズに変換す
るなど)にはやたら時間がかかる。だいたい寝る前にセットして朝で
きあがっているみたいな感じだ。でも別にそれを急ぐ必要もないし、
ある意味"スローライフ的"でいいんじゃないだろうか。

じつはずいぶん前の話なのですが、ここの電話回線をフレッツ光にし
たのです。そのときNTTかおそらくその下請け業者とのあいだに一
悶着あったのですが、客観的にわたしのほうに理があると言えるかど
うか迷っていたのでいままで書きませんでした。みなさんはどう思わ
れるでしょうか?
わたしはネットからフレッツ光を申し込んで指定された工事日に家で
待機していました。そして工事業者が来たのですが木が邪魔でケー
ブルが引けないと言うのです。
それで木を切ったら連絡してくれということでその日来た業者は帰っ
てしまいました。
ここでひとつ疑問。その既設のルートに電話線を引いたのは業者な
わけで当然うちがあとから木を植えたわけではありません。やがて木
が邪魔になることを想定せずに電話線を設置したのは業者に否があ
るのではないでしょうか? 当然電話線はわたしの所有物ではありま
せん。なのになぜ伐採作業をこちらがやらなければならないのでしょ
うか?
結局、わたしは自力で木を伐採したのですが、既設の電話線にその
木がのしかかってしまったのです(ここがわたしにも否があるかなと思
える点なのですが)。
このままではまずいので業者を呼ぶと、「これは弁償ものですよ」と言
い放ちました。そんな言い草があるのでしょうか? 少しはそちらの否も
認められないものか、そのときはそう思いました。
結局あらためてほかの業者(いままで来た業者はすべて別のにんげん)
がのしかかった枝をのける作業をしてくれましたが、そこでも「こっちに
通せばいいんじゃないんですか?」とまるでひとごとのように別ルートの
敷設の可能性をほのめかしていました。それじゃなんのために木を切
らせたんですか? 業者同士の意思統一がまるでできていなくて消費者
であるわたしがいいように振り回されたかたちじゃないですか。

やっぱりこんな田舎のNTTの下請けということで、競争のない業界にい
るからこんなふうになってしまうのでしょうか?
いや、アンタのほうが悪いという意見、甘んじて受けます。一般のひとの
感想が聞きたいです。

今日は少しばかり専門的な話を。
なにせわたしも"文系"なのでざっくり説明しますと、ふつうWeb
アプリケーションには大まかに言って、実際にユーザーの目に
触れる『ユーザー・インターフェイス』の部分と、その裏で入力さ
れたデータを処理する『プログラム』の部分があります。
『プログラム』はさらに『サーバーサイド・プログラム』と『クライア
ントサイド・プログラム』に分けられますが、ふつうプログラムと
言ったらサーバーサイド・プログラムを差します。クライアントサ
イド・プログラムは『スクリプト』という言い方をされることが多い
ようです。
ふつうユーザー・インターフェイスを制作するのは『デザイナー』
とそのひとのおこしたデザインをHTMLという言語で実際にWe
bページに表現する『コーダー』といわれるひとがおこないます。
この二役を兼ねることはよくありますが、デザイナーはスクリプト
やプログラムのことはあまり詳しくないことが多いです。またコー
ダーもデザイナーほどではないにしても"そっち系"はあまり通じ
てないひとが多いようです。
逆に『(サーバーサイド)プログラマー』はデザイナーやコーダーの
仕事(デザイン系と言っていました)のことはよくわかっていない
ひとがほとんどで、わたしの知っているひとはスクリプト(JavaScr
ipt)のこともまったく知識がありませんでした。
従来のサイト構築方法ではプログラマーがユーザー・インターフェ
イスの一部を担わざるを得ない構造になっていたので、最近よく
聞かれるユーザビリティとかデザイン性が損なわれる結果になって
いました。
そこでユーザー・インターフェイスの部分(ViewとControl)とプログ
ラムの部分(Model)をシステム設計上分離して、それぞれが自分
の担当分野に専念できるようにしたのがこのフレームワークです。

一見するとすごく合理的なように見えますが、わたしの知る限りそう
簡単にことはうまくいかないことが多かったように思います。
わたしもこのフレームワークを使ってシステムを創っていますが、結
局ある程度相互間の知識がなければ、システムがうまく動かないと
き、責任のなすりつけ合いが起こってしまうのです。以前わたしがス
クリプト作成を担当していたページに表示上の不具合が出たことが
ありました。わたしのスクリプトに問題がないことには絶対の自信が
ありましたが、わたしがエラーの原因を突き止めなければならなくな
りました。
結局、その不具合の原因はブラウザのバグに対処したスクリプトを
コーダーのひとがうまく組み込んでいなかったからでした。

わたしはいちおうデザインはともかくコーダー、スクリプター、プログラ
マーの経験を"広く浅く"持っていたので対処できましたが、そういう
ひとが最低ひとりはシステムに絡んでないと、このフレームワークも
思うように機能しないのではないかと思います。

ただ、わたしのように全部独りでやる場合も、非常に制作しやすい方
法だとは思います。

明日の神話

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今日、渋谷に行ってきたので、話題の岡本太郎さん作のこの作品を観
てきました。
かつて岡本太郎さんは、「グラスの底に顔があったっていいじゃないか
!」と言ってウィスキーのノベルティー・グッズとしてグラスのデザインを
手がけました。
一部の芸術家は「芸術の安売りだ!」と声を荒げました。しかし、岡本
さんにとって芸術とお金はリンクしないものなのでしょう。
この『明日の神話』という作品も、本来なら作品の劣化を防ぐため、気温
や湿度の調整などの設備の整った施設で保存されるべきではずです。
でも岡本さんはそういうのを極端に嫌うひとだったようです。
作品をガラス越しに展示されることを嫌い、「傷がつけば、俺が自ら直し
てやる」とさえ言っていた岡本さん。その意向を汲み、この作品はあえて
劣化の危険の高いかわりにみんなの目につきやすいこの場所に展示さ
れることになったそうです。
岡本さんはお茶の間ではエンターティナーでもありました。「へんなオジ
サン」をあえて演じてたような気がします。

ただ、正直この『明日の神話』を観ても、個人的にはなにも感じませんで
した。芸術センスが無いのかな?

明日の神話

緊急地震速報

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昨晩初めてテレビ画面で目撃した。
揺れの大きい地点は北海道道東ということだったので、北関東のここ
にはまったく関係なかったのだが、実際地震のあったところではどんな
感じだったのだろうか?
速報では北海道道東に地震が来ることが推定される旨のテロップと音
声が流れたが、どの程度の地震かどうかまでは伝えられなかった。こ
れだけでは過剰反応してしまうひともいるのではないかと推測される。

この緊急地震速報は地震の主な揺れの原因となるS波が各地に到達
する前に、その波の前兆となるP波をとらえて地震を予測するものだが、
P波だけでは実際のS波の規模を推測することは難しい。したがってこ
のように「地震が来る」程度の速報しか出せないのである。

緊急地震速報の該当する地域に当たったら、とりあえず最悪の事態を
想定して行動するしかないのであろう。

この型破りで印象的なフレーズで始まる井上陽水の『傘がない』。
筑紫哲也さんはこの曲を聴いてそんな若者が社会に関心を持ってもら
えるニュース番組を作りたいと考えたと言われています。

でも、それは本音かな? とわたしは疑っています。

筑紫さんはかつて『最後のニュース』のことを陽水さんに「あれは"ラブ
ソング"でしょ?」とたずねたことがあります。『最後のニュース』は『傘が
ない』の延長線上にある曲だと踏まえると、筑紫さんも本当は『傘がな
い』は"ラブ・ソング"だと思っていたのではないでしょうか?

筑紫さんに対しては左右いろいろな方から賛否両論がありましたが、個
人的には『ジャーナリスト』としてではなく、ひとりの『にんげん』としてバ
ランスのとれた方だなと思っていました。「社会を正す」(カギ括弧つき
の)『ジャーナリスト』としてよりも、むしろ情にあふれた一個人としての筑
紫さんにつねづね魅力を感じていました。
筑紫さんが『傘がない』を好きな理由は自分自身が『ジャーナリスト』であ
る前に『にんげん』であることをよく理解していたからではないでしょうか?

遅ればせながら、ご冥福をお祈りします。

余貴美子さん

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夏川結衣さんに似てません? っていうか逆ですね、夏川さんが余さ
んに似てるんですね。


余貴美子
この笑い方とか...


余貴美子
こんな表情とか...


余貴美子
ホントに52歳ですか? 美しすぎます!

仕切り屋さん

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振り返ってみると、わたしは決して集団でリーダー的な存在になること
はなかったが、わりとプロデュース的なことは多くやってきた。
古くは中1のときの『家ん中横断ウルトラクイズ』、中3のときの『激突!
関が原ギャグマッチ』
、高2のときの修学旅行では班長として旅行の
計画の具体的な詰めを引き受けた。高3のときの文化祭ではヨーヨー
釣り模擬店の事実上の責任者として他の野球部員に指示を出してい
た。

あっ、それってリーダーってことになるのかな?

社会人になってもオフ会の幹事は何度もやったし、職場でもお笑いライ
ブやボーリング大会開催の中心人物になった。

学生のうちはまわりが同級生だけのことが多かったのでかなりの権力
をもった存在としてまわりを動かしていたが、社会人になるといろいろ
なひとがいるのでけっこう苦労した。でも、それらのイベントの責任者と
して失敗と呼ばれるようなことはほとんどなかったと思う。
そういう役割っていわゆる"空気を読む"ことが大事だったりするので、
若いときに比べていまはむかしほど上手くはできないような気がする。

来年のM-1挑戦も基本的にはわたしがリードすることになると思うが、
むかしほど自信を持って望めないだろうと思う。でも、いまの若い芸人
を観ても笑えるうちはまだ感覚は若いと思うのだがどうだろう?

善意と悪意

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『善意』と『悪意』という言葉は、法律用語では特別な意味があるとい
うのをご存知だろうか?
『善意』とは、「ある特定の事情を知らない」ということで、逆に『悪意』
はそれを知っているということである。

むかし鈴木善幸元首相が『共和』汚職事件に絡んだ献金疑惑で国会
に参考人として出席し、「善意の保管者として預かった」などと釈明し
たことがあった。おそらく元首相はその意味で使ったのだろうが、一般
的にはあまり知られていない使い方なので、彼の意図とはちがった解
釈をされ、「善意とはどういうことだ!」と憤ったひとも当時おおぜいい
たようだ。
民法でも善意と悪意で取り扱いがちがってくるものはけっこう多い。
例えば所有権の取得時効(簡単に言うと、そのものの所有者と認めら
れるために必要な占有の期間)は善意の場合10年、悪意の場合20
年と決められている。
他にも『果実』というのも特殊な用語だ。「元物(収益を発生する元にな
る物)から生じる収益」のことで、例えば『賃貸用マンションの賃料』な
んてのも果実(法定果実)である。

なんてことをむかしはまじめに勉強したもんだ。いまやなんの役にも立
っていないが。

若いひとたちにとって『ドラえもん』とはどんな存在なのだろう?
やっぱりテレビアニメのイメージが強いのかな?
われわれの世代に比べると、『ドラゴンボール』のほうがポピュラー
な存在なのだろうか?

わたしにとってドラえもんというとどちらかというとコミックのイメージ
が強い。というのも、ドラえもんがアニメ化されるかなり前から、わた
しは小学館の学年誌で読んでいたからである。
小学生の低学年時くらいから小遣いをドラえもんの単行本購入につ
ぎ込み、友だちに貸し出していた。近所では有名な『ドラえもん博士』
だったのである。
だからドラえもんがアニメ化されるという話を聞いたとき、飛ぶように
喜んだ。ついにあの世界がブラウン管で表現されるときが来たのだ
と。
それにしても「ドラえもん=大山のぶ代」は大正解だったと思う。
声優が代わったいまでもドラえもんの真似といえば大山のぶ代の口
調になってしまう。その感覚は「ルパン=山田康雄」に近い。もっとも
声優が亡くなってもモノマネタレントがあとを次いだ例などルパンくら
いだろうが。

アラフォーとなったいまも適度な体の鍛錬は欠かしていないのだが、
やはりまだ体が動くうちに少しでもやっておきたいことがある。
それはほかでもなく『ボクシング』である。
もちろんプロを目指すわけではない。だいたいライセンスが取れない。
とりあえず動きだけでもリカルド・ロペスみたいにできたら自分に酔い
しれてしまうのではという軽い動機だ。

んでもって、直近のボクシングジムを遠巻きに窺ってみた。
するとジョーと力石(と思われる)絵の描かれた看板が...。
その絵のクォリティーがあまりにも...なのが、かえって好感を持ってし
まった。
とりあえず怪我が治ってないのですぐというわけにはいかないが、い
っちょやってやるか!

i = i + 1

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これはコンピューターの世界ではごく当たり前に使われる数式である。
「iに1を足したものをiに代入せよ」という意味である(i++とも書く)。
ちなみに数学などで用いる"イコール"の意味では『==』が使われる
ことが多い。長年プログラミングをしていてもうっかり忘れて思うように
"動いて"くれないことがある。

そうそう、最初プログラムが"動く"っていう表現に違和感があったのを
覚えている。だってモビルスーツじゃあるまいし動かないじゃん。
「こいつ、動くぞ!」って。

うちでは父の仕事の関係で、中学生のとき初めてパソコンを購入した。
当時一式30万円くらいしたが、当時のパソコン環境はいまのパソコン
に親しんでいるひとにはおよそ想像のつかないものであった。

当時はまだフロッピーディスクがまだ珍しいころでハードディスクなど高
価すぎてとても手の出るものではなかった。しかもそのころの容量とい
えば10MBとか20MB。
で、どうやってプログラムを保存していたかというと、ふつうのオーディ
オテープである。いまではクリックひとつでソフトは立ち上がるが、当時
はまずメモリにプログラムを読み込むのに時間がかかかった。
ふつうの市販のドンキーコングみたいなゲームで12分くらいかかった
かな。
その次の段階では、当時のマイコン少年のバイブル『マイコンBASIC』
という雑誌に載っているゲームのプログラムソースを打ち込んで動かし
てみるようになる。
そうするとプログラム(BASIC言語)も少しわかってくるので、自分なり
にカスタマイズしたりする。
そうこうしていると最終的には自分でゲームを創ってみたくなる。
初めて本格的に創ったのはボクシングゲーム。自分なりにアルゴリズ
ムを考えて創ったつもりだったが、とても完成品とはいえなかった。
その後は野球に熱中していたためパソコンからもしばらく離れていた。
本格的にプログラミングに再び取りかかったのは公務員に就職して旅
費計算を簡単にできないかと『Quick BASIC』という言語で
書いたソフトだった。これはけっこう重宝した。自分より引継ぎを受けた
ひとのほうが喜んでいた。

いずれにしても、カセットテープで10分強待ってやっと動かしていた時
代とはまったく想像のつかない世界になってしまった。
そうとわかっていれば、初めから理系のほうに進んでいたかもしれない。

先日いつものようにランニング前の柔軟運動をやっておりましたところ、
股関節が「グキッ」っとおっしゃいました。
そのときは特別な痛みはなかったので、そのまま約2キロほどのラン
ニングを終え、あれこれしたあと就寝しようとしたところ、なんか変なの
です。
そして次の日の朝、完全に股関節周辺の異常に気が付きました。考え
てみれば、ここはかつて小学6年生のとき亜脱臼して1週間入院した
箇所ではないですか。
結局それほど痛みを常時感じるようなものではなかったのですが、い
ちおういつもの整骨院でこの怪我の旨を説明したところ、そこの治療も
行うことになりました。

しかし柔軟運動で怪我とはなんと情けない...。
おじいちゃんみたいだよ~。

関東と関西

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ちょっとしたことに気が付いた。
関東圏では東京、埼玉、千葉、神奈川の間にはきっちりし
た線引きがある。
『埼玉都民』なんて言葉がある割には浦和レッズの応援は
すごい。千葉ロッテマリーンズもしかり。
意外と埼玉、千葉の住民であることに強いアイデンティティ
を持っている気がする。

しかし関西はどうだろう? 阪神甲子園球場は兵庫県西宮
市にあるのに、応援に来るひとはおそらく大阪のひとが多
い。
ダウンタウンは兵庫県尼崎市出身だが、兵庫県に対する
強い帰属意識を感じる発言を聞いたことがない。
関東とちがって関西の府県の線引きはすごくあいまいのよ
うな気がする。

なぜだろう? 関西人のひとならわかるかな?

世の中にはよくわからないマナーがある。
電車の中では携帯で電話をしてはいけない。
シャカシャカ音をたてて携帯音楽プレーヤーを聴いてはいけない。
でもひと同士の会話が拒まれることはない。
なんで? そっちのほうが絶対うるさいじゃん。
それに化粧をしたり、飲食するのも敬遠される。
別に誰にも迷惑かけてないじゃん?

こういうのって結局スープは音をたてて飲んじゃいけないとかの延
長みたいなものじゃないかと思う。
誰にも迷惑かけてないのにいつのまにか決まったルールみたいな
もの。
そんなことより喫煙席のあるレストランや喫茶店のほうがよっぽど
迷惑。
狭いところに追いやられた上に煙は見境なくやってくる。

社会生活をおくる上でマナーは守らなくてはいけないかもしれない
けど、不合理なことも多いしなんかやるせない。
よく新聞の投書欄にあるけど、そういう不合理なマナーを押し付け
るにんげんって本当に正義なの?

右足首の怪我がなかなか治らず、毎日整骨院通いを続けている
が、毎回「昨晩は走りましたか?」と聞かれる。
それまでも走ってはいたが、気分しだいでサボったりしていたので、
これはかなりのプレッシャーなのである。
相手はプロなのでサボりが続いたりすると筋肉の変化でバレてし
まう。
おかげで毎日"アラフォー"がゼイゼイ言って走っている。
そのおかげで健康状態はいいし、脚の肉付きもよくなったのだが、
肝心の怪我のほうはなかなかよくならない。
もともとこの手の怪我(靭帯を延ばした)はけっこうやっかいみたい
で、いまも足首をねじるとかなりの痛みがある。
まぁ、日常生活にはほとんど支障がないのだが、整骨院の先生は
なぜかわたしをアスリートとしてみているので、運動ができるくらい
まで回復させたいようだ。会話にも出てきているので、具体的には
野球それもピッチャーができるくらいだろうな。

まぁ、自分にとっては通院はリラックス・タイムになっているので別に
長引いてもいいんですけど。

右足首がなかなか完治せず(というか、靭帯を一度伸ばしてしまったら
にんげんにはそれをもとに再生する能力はないそうだ。なので周りの筋
肉(インナーマッスル)を強化して支える力を増やすしか治療法はない
そうだ)、あいかわらず整骨院に通っているが、高校野球を引退して20
年、その後ろくに運動もしていなかったにもかかわらず、リハビリのメニ
ューはアスリート向けのものをやらされている。やはり若いときの苦労は
買ってでもしたほうがよいのだな。高血圧、高脂血症は遺伝だからしょう
がないとして、いままで摂生した生活をおくってきたおかげで、この歳ま
で丈夫にこれた。やはり6年間、勉強もせず(!)野球に打ち込んだこと
がこんなかたちで効果に現れたのだ。

もっとも整骨院に通い続けるのには別に意味があるのだが。低周波治療
の刺激はなんともいえない至福の(大げさか)感覚が得られるし、なによ
りもマッサージ治療がいちばんの目的である。

じつは20分ほどいろいろな治療を受けて、たった160円しか取られない
のである。そうでなければ毎日は通えない。

最近右足首に軽い痛みを感じるようになって、整骨院に通うようにな
った。
若いときは怪我で医者に診てもらうことなどほとんどなかったのだが、
近ごろは歳のせいか、ちょっとした怪我でも治りが悪くなってきている。
なんだかんだで、もう1ヶ月近く通っているが、スポーツ障害について
はけっこう評判のいい整骨院のようで、今年の夏甲子園に出た高校
の野球部員などもやってくる。

先日は低周波治療を受けながら英単語を勉強している学生がいた。
たぶんそうだろうな、と思っていたらやはりわたしの後輩だと紹介され
た。
わたしの住んでる市でわたしの通っていた高校で野球部に入っている
生徒は珍しいので、これもなんかの縁であろう。

「ユニホーム、むかしとぜんぜん変わっちゃたね」
「上尾戦は惜しかったね」

などと言って、いちおう俺も○高野球部員だったんだぞということをアピー
ルした。
これから秋季大会があって、まぁ、センバツへの道がないわけではない
が、やはりうちの高校は夏が強い。

「来年は期待してます」

と言って整骨院をあとにしたが、それは秋季大会を期待してないってこ
とか?

罰当たりなことだと思うが、わたしは食事があまり好きではない。
しかしラーメンだけは別で、出かけるときなど常に美味そうなラ
ーメン屋を探している。
美味しいラーメンを食べているときの満足感はなにものにも代え
がたい。至福のときである。

先日近所に美味しい塩ラーメンを作る店を見つけた。これからち
ょくちょくそこへ行くことであろう。

今回はバレーボール以外、多分観ないでしょう。
なんたって私的には今年最大のイベントはヨーロッパ選手権で
すから。
ヤワラちゃんが負けようが、野口みずきが欠場しようがどうでも
いいです。
オリンピックで盛り上がると、中国を間接的に肯定しているよう
な気がしてなんかいやなのです。

わたしはトマトが嫌いである。
むかし親父に無理矢理ひとくちトマトを食べさせられ、飲み込んで
のどに詰まらせ、あわゆく救急車を呼びそうな騒ぎになったことが
ある。

他人はわたしがどれだけトマトが嫌いか理解できない。
母親はよく「本当のトマトの味がするから食べてみな」と勧める。

本当のトマトの味だから食えねんだよ!

しかし、本当に食えない理由はそのルックスと舌触りかもしれない。
どうもそんな気がしてきた。

いまから書く話は決してわたしの自慢話を聞かせたいわけでは
ない。中小のIT企業の厳しさを知ってもらいたかったので書か
せていただく。
いまから7年前、2001年4月にわたしは都内のあるIT企業に
アルバイトとして採用された。
そのときわたしの技術力を評価してくれたのがNさんという正社
員の方だった。実質その評価のおかげで、わたしは採用された
ようなものだった。
Nさんは少々とっつきにくい方で、会社で会話をすることは、仕事
のこと以外皆無であった。
やがてわたしは正社員に昇格し、仕事も自分の専門分野だけで
なく、人手が足りないときは専門外の仕事も回され、それなりの
結果を出していた。
NさんはいわゆるITバブル時期に採用されたようで、かなりの年
俸をもらっていたようだ。しかしNさんは自分の得意分野はめっぽ
う強いが、それ以外の仕事をやろうとしなかった。
そんな感じでお互い働いているうちに、いつの間にか同僚の評価
はNさんをわたしが追い越していた。
しかし、会社の取締役はバイト上がりのわたしよりもNさんを評価
していたようだった。それがおそらく同僚の声のおかげで、会社で
はわたしのほうが必要な存在だということになっていったようだ。

そしてわたしがバイトで採用になってから約1年半後、Nさんを含
む会社の約半分の社員がリストラになった。
Nさんからしてみれば、評価して採用した人物に"下剋上"された
かたちになったのである。

いまNさんはなにをしているか知らない。このブログを観ているひ
とには公務員の方が多いと思うので、民間とはこういうシビアなと
ころなのだということを知っていただけたらと思う。

相楽晴子さん

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むかし『谷口六三商店』という、さくらももこ脚本のコメディ・ドラマがありま
した。久世光彦演出の昭和テイストとさくらももこの独特の世界観が融合
した、とっても楽しいドラマでした。
その出演者に相楽晴子さんが谷口家の次女役で出ていて、長女役が夏
川結衣さんでした。
このドラマは全体的に見どころ満載なのですが、なかでも相楽さんと夏川
さんの体当たり演技は当時話題になりました。
相楽晴子さんといえば『スケバン刑事II』の『ビー玉のお京』が有名ですが、
ほかにもたくさんのテレビドラマ、映画などに出演し、また深夜番組のMC
なども務めていました。

女優としての評価も上がる一方で、そのうえMCなども器用にこなす彼女
の才能はとても貴重でした。ところが1995年、突然仕事で知り合ったア
メリカ人男性と結婚し、ロサンゼルスに渡ってしまいます。
そこで彼女はご主人のアシスタントとして制作会社や広告会社との窓口
として交渉ごとのすべてを担当していました。

そして9.11テロ事件を期にハワイへ移転すると、ご主人の仕事も好転し、
自然に囲まれた充実した生活が送れるようになりました。

相楽さんは現在田舎町にあるギャラリーで働いているそうです。時給は8ド
ル。それでも豊かな自然に囲まれたこの場所で働くことをとても気に入って
いるそうです。
アルバイト以外にも仕事を抱える忙しい毎日。俳優の仕事に未練はないの
だろうかと尋ねると、「もちろん俳優の仕事はとても好きなんですけど、今は
家族の側で暮らしたいんですね。だからしばらく俳優業はお預けです。でも、
俳優という仕事の良いところは、いくつになっても、その年なりの役柄が演じ
られるということです。だから私の場合は引退ではなくて、環境が整うまでの
間の休業なんです。」とのこと。

考えてみれば『谷口...』で姉妹を演じた夏川さんと相楽さん、歳はほとんど
おなじだったものの女優としての素質は当時はるかに相楽さんのほうが夏
川さんに勝っていたと思われます。いま、相楽さんは俳優業を『休業』し、夏
川さんは本格派俳優としてどんどん評価を伸ばしています。
もちろん以前書いたように、夏川さんも順風満帆にここまでやってこれたわけ
ではありません。

ひとの人生って本当にわからないものですね。

関西のひとは二人称で『自分』という言葉を好んで使う。
最初は違和感があったが、いまは慣れた。
でも、言われ慣れていないので、なんとなく上から目線で
呼ばれているような気がしてあまり気分のいいものではない。
関西のひとは相手の気持ちを察して、東京へ来たらそれくらいの
気遣いはできないものなのか?

このひとはもともとキャスターとしても、バラエティータレントとしても
優れた才能を持ったひとだと思う。
そんなこと、いまさら言わなくてもわかっていることだろう。
『ニュース23』の出演回数は5回、今回の『サキヨミ』はなんと1回だ
け。自己最短記録更新である。
あれだけの才能がありながらどうして自分を律することができない
のであろう? やはりこのひとはいくらキャスターとしての能力があっ
ても報道に携わる資格はないと思う。

またいままでのようにバラエティーでその能力を存分に発揮すれば
いいんじゃないの?

わたしが韓国の次に興味がある国がフィンランドである。
森と湖に囲まれた自然豊かな国土と先進的な北欧型福祉制度。
携帯電話などのハイテク産業が盛んで、教育制度は世界の模範と
される。
徴兵制を敷いているというのも興味がある。
そして、世界最高のシャドー・ストライカー、ヤリ・リトマネンの母国で
ある。
詳しく知ることができればよいことばかりではないこともわかるだろう
が、いまわたしが知るかぎりでは世界でいちばん理想的な国だ。
しかしわたしの知識はまだ取っ掛かりに過ぎないので、もっと詳しく
理解して、いつかは現地へ訪れてみたいと思っている。

わたしの育った町では、夏休みに小学生を対象とした字別ソフトボ
ール大会があった。
大会までそれぞれの字に分かれて各自練習するのだが、夏休みに
入るまでは監督の指導なしに児童だけで練習をしていた。
夏休みに入る時点ではわたしの住んでいる字は同じ小学校のなか
でもいちばん弱かった。町のなかでも田舎の小学校にもかかわらず
である。
夏休みに入って、本業が大工の監督さんが早朝毎日練習を指導す
るようになった。
そして大会の初戦、相手は街のチームで、のちには中学の野球部
でいっしょになるような奴らがたくさんいるような強豪チームであった。
ところがどういうわけか、うちのチームが勝ってしまった。いま考える
と奇跡としか考えられない。将来野球部どころか、運動部に入っても
卓球部くらいの子どもたちが大仕事を成し遂げたのである。

いま冷静に勝因を考えてみた。うちの字の子どもたちは決して運動
能力は高くなかったが、みんな素直だった。監督の指導にしっかりと
従い、練習も真面目に取り組んでいた。その結果、夏休みになって急
激に実力がついたのだろう。

そのあと不戦勝があって、準決勝だったと思うが、うちのチームは惜
しい試合をしながら敗れた。
誰も大会前までうちがここまでやるとは思っていなかった。
逆にわたしが高校のときは、明らかに格下の相手にもともと守備のい
いチームだったはずがエラーのオンパレードで敗れた。
われわれに慢心があったのはまちがいなかった。

やはりスポーツは運動能力だけでは推し量れないものなのだろう。

N検に落ちる

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やはりというか、そんなに甘くはなかった。
ただおそらく合否線上のあたりのはずなので、その気になって
新聞などできちんと勉強すれば、今年の第2回検定では受かる
ような気がする。
ただ、いまはそんなにがんばる気になれない。新聞をゆっくり読
むのはいまの自分にはけっこうヘビーなのだ。

いずれにしてもこの検定、おそらく1級とってもなんの役にも立た
ない。

昨日ニュース検定1級を受けてきました。
正直かなり悲観的です。
といっても、学生でもないわたしは本人の自己啓発以上の
意味合いはないんですけどね。
2級のときは新聞もしっかり読んでいたし、公式テキスト以外に
『朝日キーワード』まで読んでかなり気合入ってたんですけど、
今回は新聞も読んでないし、テキストと問題集だけなので...。
多分ダメでしょうね...。

ついに1ヶ月半分の記事を書きつくしました。
もともとブログエンジンをバージョンアップしたのがまずかったのですが、
それでブログを書くことのモチベーションが落ちてしまったのも確かです。
これからはできるだけ毎日更新するつもりです。
今後ともよろしくお願いいたします。

いつも思うのだが、演技が上手いとか下手とかいうのは、どれだけその
役に感情移入できるかどうかではないだろうか?
実際の言葉ってすらすら出てくるときもあれば、たどたどしく出てくるとき
もある。抑揚が激しいときもあれば、棒読みになるときもある。
棒読みがかえって現実的に見える時だってあるだろう。

要は演者が役にどれだけ入り込んで、そのものの性格や気性を自分の
ものにしているかだと思う。

4月からけっこう真剣に取り組んでおります。
ちなみに『ハングル』とは本来文字のことで言語そのものを意味する
言葉ではないのですが、一般的にはそのように浸透しているようです。
もともと基礎知識はあったので4月はその復習みたいな感じでしたが、
5月にはいってだんだん深くなってきました。
難しいという感じは正直ないですね。
真面目に取り組めばけっこういけるかも。

6年前、わたしが大手会社のリクルートサイトを担当していたとき、ある
キャッチコピーを提案した。
現在そのサイトはすっかり様変わりしてしまったが、6年経ったいまでも
そのコピーは使われている。
本来のウェブ制作の仕事とはかけ離れた仕事だが、当時会社のみんな
にはその作品のクォリティーにかなり驚かれた。
ボツになったアイデアも含めて、まるっきり本業とかけ離れてた性質の
コピーライティングという作業で、意外なほどクォリティーが高い作品を打
ち出していたことにみな感嘆してくれた。
なによりもクライアントがすっかり気に入ってくれている証だから制作者
としてもうれしい。
いつかまたこんな仕事ができたらやりがいがあるのだが。

けっこう有名な話なのだが、ヤイコこと矢井田瞳が音楽をはじめたのは、
大学へ入った19歳のときで、漠然と音楽をやろうかなとギターを弾きは
じめたのがはじめらしい。
それから2年後にはプロデビュー。もちろん運もあるんだろうが、売れず
に苦労している多くの自称ミュージシャンにはなんともうらやましい話で
ある。
柔道の小川直也は高校から柔道をはじめ、4年後の19歳のとき、世界
柔道選手権(無差別級)に優勝してしまった。
小さいころから描いてきた夢を実現させるのと、ちょっとやってみようか
なで大成してしまうのでは本人の世界観もちがうだろうなぁとふと思った。

わたしの伯父は大昔、急性虫垂炎から腹膜炎を起こし亡くなっている。
考えてみると急性虫垂炎を経験しているひとはまわりにけっこういる。
手術などできない時代に生まれていたら、このひとたちはまちがいなく
助からなかっただろう。
そんなことを考えて、学生時代歴史の勉強で人物がでてくると、「この
ひとは盲腸にならなかったんだな」などといちいち本気で意識していた。

そういえば急性虫垂炎で死んだ歴史上の偉人の話なんて聞いたこと
ないもんな。

合コン

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なんでか知らないが、公務員時代は合コンにけっこう誘われた。
しかし苦戦の連続で、うまくいった(盛り上がった)ケースはほとんどなか
った。
唯一それをきっかけに結婚までたどり着いたカップルがいたが、
わたし自身は正直よい思い出はほとんどない。
やっぱりわたしは同世代とカラオケでナツメロを唄うのがいちばん楽しい。

歓迎会

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公務員になったとき(正確にはなって半年後)、ひとつ上の先輩たちが歓迎
会をやってくれた。
しかし実際にはわたしはもう半年働いており、就職浪人しているから本当の
同期はむしろこちらのひとつ上の先輩たちだったのだ。
一次会が終わったあとわたし以外の同期のほかの連中は別のところへいっ
てしまった。わたしは先輩たちに付いてカラオケへ行った。
仲のいい先輩たちに囲まれ、その日のわたしはキレまくっていた。
わたしがサーカスの『ミスター・サマータイム』を繰り出せば、先輩はアリスの
『遠くで汽笛を聞きながら』という調子で、ナツメロオンパレードのカラオケ大
会になった。
わたしはこの大学へ就職して本当によかったと思った。
いまごろみんなどうしてるだろう?

ホットロード

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けっこう有名な作品だと思うが、わたしが高校生時代読んだ少女漫画である。
当時別マ(別冊マーガレット)で連載されていて、妹が単行本を持っていたの
を読んでいた。
いわゆる暴走族漫画とは少し毛色がちがい、大人の事情とかも絡んでくる
"思春期漫画"と言ったほうがいいだろうか。
印象に残るシーンがある。主人公の和希は現在の母親の恋人・鈴木をどうし
ても受け入れられない。理由は死んだ父親との唯一のかすかな想い出であ
る3人で遊園地へ行ったことが和希にとってかけがえのないものであったか
らである。
ところが父親だと思っていたのは実は鈴木だった。つまり和希の唯一の父親
との想い出が幻であったと知った場面である。
う~ん、深い。大人になったいま、そういう複雑な家庭をいっぱい知っている
のでよけいそのとき受けた和希の気持ちはわかる。
この話の最終話は高校のロッカーの上に誰かが捨て置いた別マで読んだ。
ここは男子校なんだが?

本来記念すべき日のはずでしたが、更新を一ヶ月以上もサボるという
醜態を晒してしまい、この日を無事に迎えることができなくなってしまい
ました。
必死こいてまとめ更新してますが、なんとか追いつきそうです。
やっぱりなにか継続的なタスクを自分に課すというのはよいことではな
いかと思ってはじめた毎日更新ブログですが、けっこうキツいです。
話題なんてそんなに転がってないし、だいいち芸能人じゃないんだから、
あまり私的なことばかり書いても一般のひとは興味ないだろうし。
これでもそれなりに工夫しているわけなんですよ~。

それにしても飽きっぽいわたしが3年も続けられたのはめずらしいことで
す(あくまでも続いているという前提ですが)。
これからもご愛読よろしくお願いいたします。

煙草

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わたしは煙草を一度も吸ったことがない。
コーヒーなどのように嗜好品として煙草を吸うのは邪道だと思うし、
ストレス解消のために煙草が役立つ程度のものなら気力でなんと
かしている。
何歳になってもアスリート気質が抜けないせいもある。
しかし、もちろん喫煙者を全否定する気はない。
ただ、歩き煙草だけは絶対に許せない。
どうしても吸うなら吸殻の処理だけはしっかりやってもらいたい。

このPC、マザボは交換しているが4年以上使っている。
この間特別な技術革新がなかったみたいなので、全然不自由しない。
前回は3年くらいで新しいのを作ったから、今回はずいぶん長持ちし
ている。
そういえばデジカメなんて10年近く使ってるんじゃないだろうか?

いまのところPCもデジカメも買い換える予定はない。

夢なんて見るモンじゃない
語るモンじゃない
叶えるものだから

ひとむかしまえ、安室ちゃんが唄っていましたが、それは安室ちゃんが
夢を実現したから言えるのであって、多くのひとは夢をあきらめ、ある
いは妥協しながら生きているのが現実なのです。
わたしもかつては安室ちゃんの言うように思ってました。
この世に生を受け、この肉体にこころという他人にはないもの(そう思
っていた)を宿ったということは自分は選ばれたにんげんなんだと思っ
ていました。
しかし夏の高校野球、最後の大会が終わったときその妄想と夢は一気
に崩壊しました。
でも、夢を見ること、語ることは素晴らしいことです。
そのことでにんげんは内なるパワーを引き出すことができるのです。
そしていつか夢をあきらめなければならなくなったときも、そのあいだ
に注いだ情熱はこころのどこかにいつも存在するのです。
それは老若男女だれにも言えることだと思います。

ただ、お金をだせば出来たり、コネを使えば出来るような夢は夢とはい
えないと思います。
やっぱり夢のためにはストイックに生きなければ。

『天才バカボン』のバカボンのパパが発するこの言葉は素晴らしい。
あることでどうにもならない後悔の念にかられたとき、このひとこと
が大きな救いを与えてくれる。
赤塚不二夫は手塚治虫と並び評されていいくらい優れた漫画家だ
と思う。
この世の中まだまだギャグ漫画に対する評価が全体的に低いよう
な気がしてならない。

今日はカート・コバーンの命日。
いつものように『Smells Like Teen Spirit』を聴く。
この単純なコード進行のなかに込められた底知れぬ迫力。いま聴いても、
何度聴いても圧倒される。
いつか彼の事実上の墓といわれるアバディーンの公園へ行ってみたいも
のだ。
そこでわたしはなにを思うだろう?

本人が思ってそうなほど歌が上手いとは思えないんですけど。
時代遅れの歌手って感じ。
っていうか、もう歌手でもない。
個人的に世の中のいろんな世界でああいうポジションにいるひとが嫌い。

結婚します

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この度わたくしは、かねてからお付き合いのあった女性と結婚すること
にしました。
今後ともよろしくお願いいたします。

って言ったら驚くだろうな。エイプリル・フールです。

前のアパートではマンションタイプの光ファイバーがすでに導入され
ていたのだが、いま住んでいるところはそもそもサービス区域外だっ
た。
それが5月からサービスが開始されるようになるらしい。
いまのADSL回線はたびたび途切れるので困っていた。
光なら大丈夫という保証はないが、ADSLよりは安定しているだろう。
NTTの代理店と名乗る業者からひっきりなしに勧誘の電話が来る。
ウザイ。
近いうちにネットから申し込むつもり。

床屋問題

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引っ越しするとなにかと面倒だが、なかでも新しい理髪店を決めるの
に頭を悩ませる。
ネットを調べてある程度ここがよさそうだと思っても、いざオーダーする
ときなんて言ったらいいのか。
いつもなら「この前とおなじで」ですむのだが、最初だからきちんと説明
しなければいけない。
店の技術も最初は未知数だし不安だらけだ。
会話もなにをしていいかわからない。
37歳にもなっていまだにカラーリングを入れるかも実は悩んでいる。
全部おまかせにしたら一体どんな髪型になるのだろう?
一度やってみたいが怖くてできない。

通販生活

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わたしはネット通販をよく利用する。
使い方は近くの量販店にいって実物を確認して、『価格.com』で
最安値の商品を買うのだ。
送料が問題になってくるくらい安い買い物でなければ、確実にこの
方が安く買える。
また実物は確認できなくても、ネット上では品数は豊富なので店頭
で見られないような商品も簡単に買うことができる。
地方に住んでいるので、アキバ価格でしかも豊富な商品のなかか
ら選べるこの方法は重宝する。

ただ納品が代金の振り込み待ちの場合、品物が到着するまで少し
不安ではあるが、いまのところ踏み倒されたことはない。
難点は一人暮らしの場合、なかなか品物にありつけないこと。
それ以外は非常に重宝するのだが。

これはわたしの労働時間の最高記録である。
泊り込みに土日出勤、よくもあんなにも働けたと感心してしまう。
しかも当時その会社は年俸制で、いくら働いてもカネにならなか
ったのである。
それも自分だけの話ではなく、会社全体が当時そんな感じだった。
もし誰かが体を壊したら、おそらく労災ものであろう。
しかも上の者はその現状をほとんど感知していなかった。
いま考えるとかなりむちゃくちゃな会社だったと思う。
でも公務員を辞めて自分が選んだ業界だし、いっしょに働く仲間
が大勢いたからがんばれたのだろう。

あれから数年が経つが、あんなこと二度とやる気はないし、でき
もしない。

「男女のあいだで友情は成立するか」
よく話題になることだが、わたしは成立すると思う。
かつてわたしの職場で、旦那の転勤に伴って関西へ越さなければ
ならない女性がいた。
送別会も終わり、そろそろ彼女は行ってしまうのだろうかと思ったら
夜中に自宅で無性に彼女と話がしたくなった。
藁にもすがる思いでハローページを調べると、彼女の旦那らしき名
前が載っていた。
わたしは思い切って掛けてみた。そのときの勇気がいまでも信じら
れない。
すると運良く電話には彼女が出た。そのあとは別にたわいのない会
話を延々としただけだったが、これで心置きなく彼女との想い出を
作ることができたとそのときは思った。
ところがである。彼女の旦那の転勤話はなくなり、彼女はなんとわた
しとおなじ係に戻ってきたのである。

わたしは彼女に愛情を持って見ていたのではないことはのちの騒動
で証明できるのだが、それをここで書くことはできない。
とにかく男女のあいだでも友情は成立とわたしは思う。

Movable Type(このブログのエンジンです)をメジャーバージョン
アップしようと思ったら、とんでもないことになってしまい、一気に著
作意欲がうせてしまいました。
なんとか持ち直したのでこれからさかのぼって埋めたいと思います。

果たしてこの長期のブランク、埋まるのだろうか?

中学に入学して一ヶ月はどこの部活にも所属せず、みんな自由に
休日を過ごしていた。
小学校時代、わたしは女の子と遊んだことなどなかった。それがう
ちの小学校の習慣だったのだ。
ところが中学に入って他の小学校出身者といっしょになると、いま
までとはちがう遊び方がはやった。
同じクラスの女の子を誘って、『探検ごっこ』をするのである。
いま考えると、探検ごっこなんてとても健全な遊びなのだが、当時
のわたしには新鮮だった。
そんなことをしているうちに正式に野球部に入って、休日は野球部
員との付き合いが多くなった。女の子と遊ぶこともなくなった。

あれ以来、女の子、女性と遊んだことはない。

汚れた肺

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引っ越しをしたので新たなかかりつけの内科医に検査をしてもらった。
X線写真を見て医者がひと言。
「タバコ吸う?」
「いえ。」
「じゃあ、近くに吸うひとがいるんだ。」
「いません。」
医者曰く、肺が汚れているのだという。
どういうことだ? タバコなんざ一度も口にしたことがないのに。
知らず知らずのうちに喫煙者とまちがうほど受動喫煙していたというこ
とか?
これほどストイックな日常生活をおくっているわたしになんという災難。
もうひとつ考えられるのが学生時代の鋳物工場でのアルバイト、あれ
でじん肺になったのかもしれない。
いずれにしても喫煙者なら勝手に肺を真っ黒にでもすればいいが、こっ
ちにはなんの落ち度もないのだ。

無性に腹が立ったが、汚れた肺は元に戻らない。

おじいさん

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わたしの小中学校でのあだ名である。
なぜそう呼ばれたか? 自己判断だが、顔はふけ顔ではない。
ただむかしの話が好きで、同学年のなかでは古いことをよく知って
いたことは確かである。
それが原因なのかは本当のところ謎である。誰が最初に名づけた
かもわからない。しかし少なくとも、親しみが込められて呼ばれてい
たことは確かである。

いまはだれも『おじいさん』なんて呼ばない。
いまあのときのクラスメイトにあったら、『おじいさん』と呼ばれるのだ
ろうか?

木製バット

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家に高校時代に買った硬式用の木製バットがある。
素振り用なので自分としてはちょっと重めのものを注文した。
それをいま振ってみるととても実践で打てそうもない。
バックスイングのときに球が通過しそうな感じだ。
実践でも現役時代はわりと重めのバットを使っていたが、
筋力の衰えは隠しきれない。
そういえば怪我も歳を重ねるほど治りにくくなっている気がする。
気持ちだけは若いつもりだが、やはり肉体は確実に衰えていく。
最近は記憶力も危うくなっている。
これからは上手な歳のとり方を考える必要があるかもしれない。

と言うのをBSでやっていた。
5時間かけて観たが1位は“イナバウワー”だった。
やっぱり一般人の選ぶセンスは刺激がない。
ボクシングで唯一ランクインしたのが亀田の戴冠だった。
その点以前『アメトーーク』でやった『昭和プロレス特集』はよかった。
やっぱゲストの個人的な好みで番組を創ったほうがおもしろいと思う。
おなじテーマで深夜にやったらおもしろいんじゃないかな?

100円CD

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先日父の部屋に見覚えのあるジャケットのCDがあるなと思ったら
わたしも持っている矢井田瞳のアルバムだった。
父曰く、100円で買ったらしい。
音楽の趣味はほとんど合わないわたしと父だが、ひとつ共通点が
見つかってよかった。
もっとも聴いて気に入ったかどうかは定かではないが。

先日自分の車庫でバンパーをぶつけた。
坂道発進でバックするというやや難しい技を使わなければ
ならないのだが、うっかりサイドブレーキを落としてしまった
のだ。
車は重力によって前へ進み、壁にぶつかって止まった。
車へのダメージは少しキズがついた程度だったが、10年
運転していて自分の車庫で事故ったのがメンタルなショッ
クであった。
やっぱり次はATかCVTにしよう。
でも、それはそれで別の危険もあるんだよね。
MTはクラッチ踏んでればアクセル踏んでも発進しないけど、
ATやCVTでは発進してしまう。
でももはやMTの時代ではないか。

家のハミガキ粉がいきなり塩入りタイプになっていた。
最初は気持ち悪かったが、慣れてくるとけっこう爽快感がある。
いまではこの“食感”を楽しんでいる。

歯ブラシにもいろんなタイプがあるが、ハミガキ粉にもいろいろある。
はたして歯にとって、歯茎にとって、最良の組み合わせはなんだろうか?
いろいろなひとがたぶん研究してるはずなのに、いまだ答えがでないの
はなぜだろう?
虫歯の治療法に関しても、最近ではかなり多様化しているらしい。

この分野、かなり奥深そうだ。

小さな誇り

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小学校のとき、ひとつ下の学年に発達障害の子がいた。
だがわたしたちは彼をおなじ仲間だと思っていっしょに遊んでいた。
もちろんそれなりに気をつかう場面もあった。
サッカーボールを顔面に受け、彼がかけていた眼鏡が飛んだ。
そのときみんなが真剣に彼の怪我を心配した。
幸い彼にはなんの怪我もなく、眼鏡も無事だった。

世の中には彼のような子をからかったり、いじめたりする児童のい
る学校もあるだろう。
でも、わたしたちはしなかった。
勉強はできなかったけど、みんなこころのやさしい子どもたちだった。
そのことをいまでも誇りに思っている。

わたしが以前ある会社のリクルートサイトを手がけたときに使った
コピーである。
あれから5年が経ち、このサイトはとうのむかしにわたしの手を離
れ、いまではまったくちがうサイトに変わっていた。
この業界の変化はめまぐるしい。1年前の常識が、いまではまっ
たくの時代遅れなんてことはよくあること。わたしが5年前築き上
げたある意味画期的なサイトも、いまでも通用する部分とそうでな
い部分とに分かれることになった。
いまこのサイトをどんな制作者が創っているかはわからない。ただ
このコピーだけは5年経ったいまも使い続けられている。

ちっぽけな仕事だが、いまでも誇りの持てる仕事のひとつである。

引っ越したので新たに車庫証明の手続きをした。
その際、毎回わたしが手を焼くのが保管場所標章のステッカー。
前のやつを剥がして新しいやつを張らなければならないのだが、
これがなかなか剥がれない。
シール剥がし液とカッターを使って剥がすのだが、この寒空作業
は10分おきに中断。
いまステッカーの部分は剥がれたが、まわりのフィルムがしぶと
く残っている。
引っ越すたびにこれをやるのが苦痛でしょうがない。
もう少し楽に剥がせるようにならないだろうか?

蘇民祭

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JR東日本がポスター掲示を拒否したことで一躍有名になった岩手県
奥州市の黒石寺蘇民祭。
ポスターのデザインはともかく、わたしはこの手の宗教的背景の下に
勇ましさを競うような祭りが好きではない。
みんなでいっしょになって騒ぐのは好きだが、それが宗教的背景を帯
びていることに興ざめしてしまう。
やっている本人たちは宗教的なものはあまり意識していないと思うが、
とにかくわたしは宗教が嫌いなので当然それに派生する祭りも嫌いな
のである。
ましてや男のマチズムを前面に押し出したような祭りには閉口する。
そんなわけで蘇民祭などわたしにはどうでもいいことなのだ。

最後に例のポスター? やはりマチズムの香りがしてキモい。

なかなか復旧しませんでしたが、モデムの設定はごく単純なところでも
れがありいまに至りました。もう大丈夫です。

現在我が家では新聞を3つ取っています。それぞれ個人の好みがあり、
結果的にこうなってしまいました。
もっとも1つに関しては6月までの長期契約をしてしまったのがネックに
なったのですが。

なかなか読みなれた新聞は替えられません。

これが読まれているということはうまくいったということなのだが、
モデムが新しくなって、いままでのように簡単にサーバー公開で
きなくなった。
メールもセカンダリメールサーバーに溜まりっぱなし。
モデムがもともとサーバー公開を想定して作られてないからなぁ。
それだけセキュリティー面では優れているのだろうけど。

市役所の手続きはもちろん、免許証の住所変更、車庫証明など、基本的な
引っ越し後の手続きだけでもかなりの量だ。
これに各カード会社、銀行などのの住所変更の必要が掘れば掘るほど湧い
てくる。
まぁ、それがすべて重要なものではないのだが、きちんとやらないとなんか
むずがゆさが残る。
おかげで部屋の整理のほうが進まない。サーバー復旧もまだ時間がかかり
そうだ。

引っ越し後の諸手続きを代行するような業者があったら儲かるような気がす
るのだが、もうやってるのか?

引っ越しが完了した。引っ越し費用は上記のとおりである。
ほかにも23,000円の見積もりを出した業者もあったが、予約が埋まっ
てしまい2番目の業者にした。
引っ越し作業はたいへんな重労働である。作業員は2人で、あれだけ働
いてここから差し引かれるわけだからかなりわりに合わない気がする。

わたしには絶対できない。
ダンボール2個分の本をいっぺんに運ぶなんて。

引っ越します

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明日引っ越ししますので、またサーバーがストップします。
これまでもたびたびご迷惑をおかけしましたが、今回は長引くかも
しれません。
でも、オフラインのあいだも日にち分はエントリーを書きますので、
復活したときまとめてご覧ください。

これからも末永くこのブログをよろしくお願いいたします。

車の遠隔操作機能付きキーのネジがなくなってしまったので、某自動
車メーカーの営業所へ行ったら168円で直してくれた。
わたしはこんなのでも1000円くらい取られると覚悟して行ったのだが、
あまりの安さに愕然とした。
さらに驚くことに、ご丁寧な納品書と領収書までつけてくれたのである。
たった168円でコーヒーまでいただいてなんだか悪い気がした。
営業所とはこういうものなのだろうか?

かつて納品を遅らせといて消費税の値上がり分を払わせようとしたアホ
アホディーラーはいまどうしているだろう?

何年も前に買ったHDD内臓DVDレコーダーはいまも現役だ。
観たい番組をテープの心配をしなくとも即座に録画できる。
観終わって再度観る必要がない番組は論理的に消去できる。
パソコンを使えば編集をしてオリジナルのDVDライブラリが
できる。
そして機種によって容量の差があるが、ある程度の溜め撮りが
できる。
これがくせものなのである。その気になって観たい番組を録画し
て溜め込んでたら、HDDがパンパンになったなんてことになる。

これが次世代光ディスクになったらまたたいへんだ。ハイビジョン
に見合うHDDの容量が必要になる。
そしてこれが大事、HDDは壊れやすいのである。
大事なものははやめに光ディスクに保存したほうがよい。

セルフのガソリンスタンドのプリペイドカードになぜか100円の
残高があった。
うっとおしいのでこの100円を清算してカードを捨てようと思い、
1000円ほどの給油をした。
しかしなぜかこの100円は残ってしまう。
インターホンがあったので聞くことにした。
曰く、残高がゼロになると捨てられてしまうので100円は残す
ようになっている。引越しなどの事情があれば清算するとの回
答。
なんとスタンドに消費者を留まらせるための一方的で姑息な手
段だったのである。
わたしは実際近く引越しするので清算してもらったが、なんとも
後味の悪いやりとりであった。
こんな自分勝手なガソリンスタンドを許していいものだろうか?
そもそもプリペイドカードだって無理やり作らされたものなのだ。
それを理由がなければ清算を認めないという不条理はなんだ?

今日は珍しく声を荒げて言ってしまった。
でも、自分はまちがっていないと思う。

みなさんは飛行機の窓から下の風景を観たことがあるだろうか?
もちろん運良く窓ぎわの席に座れないと観ることはできないが、
経験のない方はぜひご覧になることをお勧めする。

あれは確か山口宇部空港から羽田へ帰る便だったと思う。
離陸してしばらくすると下には瀬戸大橋が観えた。
しばらくすると百舌鳥古墳群の前方後円墳まではっきりと観えた
のである。
そしていつもとはちがう角度から観る富士山。
わたしは飛行時間の90分窓にかじりついてそれらを観ていた。

いい大人が窓にかじりつくのは勇気がいることだが、それだけの
価値があることは保証する。
みなさんもぜひ試していただきたい。

今年の箱根駅伝では3校が棄権するという異例の事態となった。
駅伝のプレッシャーの大きさはわたしにも経験がある。
高1のとき、駅伝大会の少し前におこなわれたマラソン大会でク
ラス4位だったわたしは、ほかのランナーより2キロ長い5キロの
コースを、しかもアンカーで走らされた。
ふだん部活で走っている距離に比べると短いのだが、もちろん競
って走っているわけではない。
今回はできるだけ速く走らなければならない。そんなプレッシャー
のなかでリタイアせずに走れるだろうか? この緊張感は競技が
スタートしてから自分が走り終わるまで続いた。
箱根駅伝で棄権したランナーもふだんなら走れる距離をプレッシャ
ーに押されてがんばって走ってしまったのだろう。

棄権したランナーがタオルにくるまれて抱えられているのを見るた
びそのことを思い出し、感情移入している自分に出会う。

実家に約長さ1メートルの棒切れがある。
種類はわからないが、直径1.5センチほどの太さで、角が丸く
削ってある。いまは亡き祖父に作ってもらったものだ。
これは保育所の年長組だったとき披露した『こぶとり爺さん』の
劇で主役の『いいお爺さん』をやったとき使ったものである。
当時の記憶もあやふやで、ただ主役を張ったという事実だけが
記憶にある。
あとにも先にも、文字通り“主役級”の役割を張ったのはこのと
きだけである。
いまから30年以上も前に使ったものだが、特に大事にされると
もなくいまも存在する。
この30年間変わらない棒切れとすっかり変わってしまった自分。
自分なりにこれまでせいいっぱい生きてきた。この棒切れはそ
れを静かに見届けてきたのかもしれない。

いじめのケースは軽微なものから深刻なものまでさまざまだ。
また、いじめの主体と客体がどんな性質かによって対処法はまっ
たく変わってくると思う。
たとえば自分の場合、中三のときのことだが、やたらちょっかいを
だしてきた(具体的になにをされたかは忘れたが、ほんのささいな
ことであったことは確かだ)ヤンキーを突き飛ばしてやった。
そのあと廊下に連れ出され、2、3発殴られた。
わたしはあえて反撃しなかった。かえって怒らせてネチネチとあと
あとまでやられたらたまらないと思ったからである。
結局そのあとちょっかいをだされることはなく、むしろ“骨のある奴”
と見られるような空気になった。
これは主体がそれほど悪質ではなく、客体もとりわけ弱いタイプの
にんげんでなかったケースである。
高校のとき自殺したOのケースはどうだろう? Oは中学生時代わ
たしとおなじ野球部で、ある程度理不尽な仕打ちには耐える能力
があるにんげんだった。
対する主体の側はOに対して執拗に金銭を要求したり、おそらくは
暴力も与えていたのだろう。
このケースではOひとりでは対処しようがない。Oが高校へ通い続
けるためには適切な対応のできる大人の介入がなければ無理だ
ろうし、最悪の場合、学校を辞めて一からやり直すこともひとつの
手段だろう。
相手が一方的に悪いのになぜいじめの客体の側が学校を辞めな
ければならないのか、それはとても理不尽なことではあるが、残念
ながらこの世の中正しいものが恵まれるとは限らないのである。

わたしをはじめとする元野球部の仲間も、学校の先生も両親も、結
局Oを助けることはできなかった。死を招くことは最悪の事態だ。そ
れを考えれば、Oが生き抜く道筋はいくつもあったはずだ。
たとえいじめから逃げ出すようなかたちだったとしても、死ぬことな
んかよりよっぽどましな人生がおくれたと思う。

もしそういうことで悩んでいるひとがいたら、そう考えてほしい。また
そうアドバイスしてもらいたい。

回ってろ!

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うちの高校の野球部が、上下関係がユルかったことは以前書いた。
では中学時代はというと、まあそこそこシゴキみたいなのはあった。
後輩の動作にちょとでも気に入らないことがあると、グランドを走ら
せる、“回す”というものは常におこなわれていた。
それ以外にもバケツの水ぶっ掛けられたり、ボールを投げつけられ
たりした。
それでも少しも辛いとか野球部を辞めたいとかいう気にはならなか
った。
自分らが最上級生になったときはそういうことはいっさいやらなかっ
た。
それどころか、後輩とよく遊んでいた。
シゴキの連鎖が我々のところで寸断されていたのならうれしいのだ
が、実際のところわからない。

正月らしい話題でなくてすみません。

唐突ですが、あなたはあいさつが好きですか?
わたしはたぶん一般のひとが考えているほど、あいさつが好き
ではないと思います。
思うに、こころを許せる間がらほど、あいさつなど不要になって
いくような気がします。
あいさつをするということは、相手とのあいだに一線を引いてい
るということだと感じてしまいます。
しかしそのような関係に至るまでには、やはりあいさつがあっ
たような気がします。
あいさつという作為によってひと同士が結びつき、やがてあい
さつをしないという不作為に変わることによって相手を空気の
ように身近な存在に感じる。そんな感じでしょうか。
なんにしても、ひととの付き合いの最初にあるのはあいさつに
まちがいありません。
たまたま隣の部屋のひとに初めてであったとき、お互い気まず
い雰囲気のなかあいさつを交わすでしょう。
先に言い出すのは勇気のいることです。無視されたらどうしよ
う?
そう考えて機会を逃すひとも多いでしょう。
でも、それは相手のほうも同じです。あいさつされていやな気
になるようなひとは付き合い方を考えたほうがいいひとだと思
います。

結局なにが言いたいかというと、返しのあいさつぐらいできるに
んげんにはなるべきなんじゃないかなと思うのです。
自分からあいさつできなくても、せめて相手の返しくらいは。

針フェチ

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わたしは針で刺されるのが好きです。
別に女王様プレイが好きなわけではなく、純粋にあの刺激が
たまらないのであります。
でも子どものころは医者に行くのも注射をされるのも嫌いだっ
た記憶があります。
いったいいつごろから変わったのでしょう?
いまでは献血の呼び込みをしているのを見ると、1リットルくら
いとってもいいですよと言いたいのですが、あいにくわたしは
降圧剤(血圧を下げる薬)を飲んでいて献血できないのです。
いまは年数回の血液検査で採血されるのを楽しみにしており
ます。

こんなわたしは変態でしょうか?

年賀状

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今年もわたしは数通しか出していない。
これはわたしだけに限ったことではなく、世間一般の傾向らしい。
個人的には結婚したとか、引っ越したときなどにメール一通くれ
れば用は十分事足りる。
なにもないのになにを年明けに改まってという気がしてならない。
もっとも最近はメールの交換もほとんどないが。
だいたいブログで日々の出来事などを綴っているわが身からす
れば、いまさらハガキで改まってと思うのも自然だろう。

でも、最近は年賀状に手を抜きすぎているので、来年こそは嗜
好を凝らしたものを作りたい。
その年賀状を見るのは数人だが。

昨日の話ですが、ふいに懐かしくなってTSUTAYAでTOTOの
アルバムをいっぱい借りました。
高校生当時はテープに録音してよく聴いたものです(これは法
的にいいのか?)。
今回はCD-Rにコピーさせていただきました(これはやっぱり
問題あり?)。
『アフリカ』とか懐かしい楽曲から当時はもれていたアルバムの
曲までCD4枚しっかりとコピーさせていただきましたよ。
つぎはどのあたりいこうかな? エイジアは済んでるし、ハート、
スターシップあたりかな?
世代としてはそのあたりです。

今朝の『やじプラ』で堂ちゃん本人が結婚の報告してました。
ホントに結婚しちゃうんだな。
堂ちゃんに特に想い入れはないけど、若い子が結婚って聞くと
つい動揺してしまうわたし。

掛け持ちバイト

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わたしは学生時代掛け持ちでバイトしたことがあった。
春休みを利用して、昼は税務署、夜は鋳物工場で働いていた。
鋳物工場はかれこれ1年以上働いており、まったく負担にはな
らなかった。
しかし税務署の仕事は非常につらかった。このとき自分に事務
職は向いていないんだなと感じた。
案の定、大学卒業後公務員に事務職に就いたが、やはり向い
ていなかったのか5年ほどで辞めてしまった。

やっぱりわたしは“3K”仕事が向いているようだ。

プレゼント

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わたしはある会社を辞め、別のところで働いていたとき、前の会社から
仕事の依頼を請けた。
打ち合わせで移転していた前の会社に行くと、あるものを手渡された。
それはウィンドウズ付属の『ペイント』で描かれたと思われるベジータと
おでんの絵だった。
描いたのは前の会社で4ヶ月ほどいっしょだったひとだった。
その短い間に交わした会話のなかで、わたしがベジータに似ているとか、
好物がおでんだとか話したことは確かにあった。
会社を辞めて1年近くたったそのときまで、ちゃんと覚えてくれていたの
である。
その絵はお世辞にも上手とはいえないものだが、どんなお金のかかった
ものよりもありがたいプレゼントだ。

その絵はいまも大事にとってある。

1989年4月20日朝日新聞夕刊に写真入りのある記事が載った。
それは『KY』という文字に傷つけられたサンゴ礁の写真と、ダイバ
ーの低モラルを告発する記事であった。
しかしその後この文字はこの写真を撮ったカメラマン自ら傷つけた
ものだとわかった。
単なる偶然だが、このカメラマンはまさか『KY』がこんな意味でいま
使われていようとは思いもしなかっただろう。

小島よしお愛用のブーメラン海パンが売れているらしい。
もちろん忘年会で使われることが前提だと思うが、本人でさえ
空気を読めないことが多々あるのに、素人が場の空気を壊さ
ずにいられるか心配だ。
ゴールデン・グラブ賞の表彰式にマイケル・ジャクソン(スリラー
の時期)で現れたひちょり。なぜマイケル? なぜむかしの?
インタビューでコスチュームについて答えていた内容を聞いた
ところでは本人もさぐりさぐりなんだなぁと伝わるものがあった。

忘年会ではくれぐれもネタがかぶらないようにみなさんおねが
いします。

わたしがいままでこのブログで書いてきたなかで、『こころ』と
『にんげん』は必ずかな書きでいたことにお気づきだろうか?
これらはわたしにとって特別大事にしたいワードだという気持
ちから自然とそうするようになった。
『こころ』と『にんげん』、どちらも自分にとって不可思議で、謎
が深いものだ。
わたしが持っている『こころ』と、いまこれを読んでくださってい
るあなたの『こころ』、おなじものなのだろうか?
わたしは自分の『こころ』をじかに感じることができる。でも、あ
なたが持っている『こころ』はわたしの『こころ』というフィルター
を通さないと感じることができない。
言い換えれば、わたしの『こころ』が存在しないとあなたの『こ
ころ』も存在しないのである。
唯物論を信仰するわたしにとってどうしても説明のつかない『こ
ころ』の存在。わたしが『こころ』をかな書きにするのにはそうい
う意味がこめられている。

つぎに『にんげん』。『にんげん』は『こころ』を持っている。いや、
持っているものと思い込んでいる。
『にんげん』は『こころ』を持つからこそ『にんげん』なのである。
動物のなかで、『にんげん』だけが『こころ』を持つ。
というか、『にんげん』が持っているから、それを『こころ』と呼ぶ
のである。

いったい『こころ』の正体とはなんだろう? 唯物論信仰者の持
つ最大の難問である。そしてその『こころ』の持ち主である『に
んげん』とは?

たまにはこんな感じでいいでしょうか?

今日も引用ですみません。
手を抜いているわけではないですよ。

 茨城県東海村の認知症の女性(73)が5日朝から行方不明となり、約30時間後に自宅から約5キロ離れた同県ひたちなか市の公園で無事、保護された。
 氷点下の屋外で一夜を過ごしたとみられるが、女性の傍らには中型犬(雑種、オス)が寄り添っており、ひたちなか西署は「犬を抱いていたため毛布代わりとなり、体温低下が避けられたのではないか」と話している。
 同署によると、女性は5日午前7時半過ぎ、家族が目を離したすきに自宅から姿が見えなくなった。セーターに薄手のジャンパーという軽装だった。家族の捜索願を受けて同署や消防団で捜索していたが、6日午後1時ごろ、たまたま公園を通りかかった男性が見つけ、女性と犬を同署に連れてきた。女性は自宅から公園までの道のりを歩いてきたとみられる。
 犬は女性の飼い犬ではなく、体長約1メートルの老犬。署員が女性に事情を聞いている間も女性のひざに乗るなどよくなついていたという。ひたちなか市に隣接する水戸市は6日未明、最低気温マイナス2・2度と、この冬一番の冷え込みだった。水戸市消防本部は「(この服装で)じっとしていたら、2時間程度で凍死していた可能性がある」と指摘した。女性は「寒くなかった」と話しているという。

(2007年12月7日3時4分 読売新聞)

こんなあたたかい犬との想い出も、少しずつ女性の記憶から消えて
いくと思うと切ないですね。
認知症はつくづく残酷な病気だと思います。それまで良好だった家族
関係の記憶を、介護者からも奪ってしまいかねないのですから。
われわれは第三者ですからひとつの美談で済ましてしまうかもしれな
いですが、ご家族の方は今後さらに気を配らなければならないわけで
す。

それを思うと、複雑な気分になります。

若かりしころ

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もうむかしのことなので、プライベートのことですがお話しましょう。
中1のときのある日、下駄箱に手紙が入っていました。
文面からして、それはラブレターのように見えました。
そういうことに慣れていなかったわたしは、野球部のみんなに見
せびらかしてしまったのです。
野球部のみんなはわたしを含めていっせいに手紙の送り主を見
に行きました。
いま思えば、わたしはなんて残酷なことをしてしまったのでしょう。
彼女は下を向きながら、テニス部の練習に励んでいました。
そのあとすぐの休みの日、近所のグランドで野球部の友だちと遊
んでいると、彼女の友だちたちがやってきました。
そしてあの手紙は嘘なんだといいました。
そのときは、なんだ嘘だったのか、チャンチャンとなりました。

しかしこのことをいま冷静に振り返ってみると、嘘の手紙を出すメ
リットはいったいどこにあったのだろう。たぶん誰の得にもならない
と思われる。
わたしが大騒ぎして野球部全員に知れ渡ったのが誤算で、彼女
の友だちが助け舟をだしたかたちで嘘ということに行き着いたが、
実はあの手紙本物だったのではないだろうか?

もっともそのころのわたしは、好きな子に対しては『あしたのジョー』
終盤の葉子に対するジョーの態度に終始していただろう。
両想いだったのかなぁ…。

小学生のとき、学校に黒塗りの車がたくさんやって来て、なかか
ら人相の悪い男たちがでてきた。
誰かがそれを見つけて、「ヤクザが来たよ~」と呼んだ。
子どもはヤクザの怖さを知らない。みんなでヤクザのもとへ殺到
した。
初めて目の当たりにしたヤクザは子どもにとってはまったく怖くな
かった。なかにはお菓子をもらう輩もいた。
「なにしにきたの?」と聞くと、「明日からおじちゃんが校長先生に
なるんだ」と言った。

あのときヤクザがいったいなにをしに来たのかいまだにわからな
い。
っていうか、あのひとたちは本当にヤクザだったのだろうか?

理系思考

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毎日新聞に『発信箱』というコラムがある。
毎日ちがうひとが執筆しているのだが、元村有希子さんという
科学記者の方の書く文章が面白くて毎回楽しみにしていた。
この方は高3まで理系コースに所属していたが、大学受験で
文系に転向、九州大学教育学部を卒業後毎日新聞社に入社。
35歳のとき科学環境部に異動したという経歴である。
そのコラムはまさに『“文系”の科学講座』である。
科学技術を初心者にもわかりやすく、そして面白く書かれてい
る。
わたしの高校には明確な文系・理系という区分けはなかったの
だが、ふつうは理系が物理・化学を履修するというのが定石だ
った。
わたしは理系大好きでありながら大学でハードな研究をやらさ
れるのはいやだったので物理・化学を履修しながらも大学の文
系学部へ進んだ。
そのあと公務員の事務職を経てプログラマーもどきのようなこと
をしている。
理系から文系、そしてまた理系、ある意味元村さんとおなじよう
な道を歩んでいる。

発信箱の彼女のコラムは現在彼女が留学中のためしばらく読め
ないが、コラムをまとめた本が出ている。彼女のコラムが面白い
と思っているひとはたくさんいるようだ。

『理系思考 分からないから面白い』 元村有希子著 毎日新聞社刊

民主主義の味

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大学浪人時代、ち○この会(参照)の友人が、毎回ちがうものを買ってきて
もおなじような味がするカップラーメンを“民主主義の味”と言った。
多数決でひとつの意見に決まり、それが民衆の意見とされる、そんなとこ
ろがこの言葉に表れたのだろう。
あのころはとにかくひととおなじになるのがいやだった。一般的にはやって
いるようなことには意識して無視していた。

「あ~ かっこいいことはなんてかっこ悪いんだろう。」

これもその友人の言葉だ。自分もそんな感じで生きていた。女に媚びるな
んざ死んでもできなかった。浪人時代・大学時代とそんな調子で生きてき
て、友だちなんぞひとりもできなかった。

それに比べるといまはずいぶん変わってしまった。いまじゃ女友だちのほ
うが多いくらいである。社会で生きていくためにはそう変わらざるを得なか
ったのだろうか。

でもやっぱりわたしの根幹にはち○この会がある。
受動態の人生より能動態の人生のほうがいい。

毎年本家ノーベル賞とはちがう意味で世界的な意義のあると
される(?)イグ・ノーベル賞(化学賞)を、今年は日本人女性
が受賞した。
受賞したのは山本麻由さんという女性。なんと牛のフンからバ
ニラ香料を抽出したというもの。しかも本来のバニラ豆から抽
出する方法のコストは半分になるというのだから実に有意義な
研究である。
もっとも食用として実用性があるのかは疑問だが、本来廃棄
物となるようなものの意外な有用性を発見するという発想、見
事としか言いようがない。

本家ノーベル賞を受賞することはもちろん名誉なことであるが、
イグ・ノーベル賞受賞研究にこそ科学が本来持つ楽しさがある
のではないだろうか。

次世代光ディスクの規格としてBlu-ray DiscとHD DVDが
シェアを争っているが、いずれにしても近い将来ハイビジョン
画像で長時間録画ができるメディアが主流になることは間違
いないだろう。
そうなると現在流通しているDVDソフトは時代遅れになる可
能性が高いと思われる。録画媒体としてもすでにテレビ放送
の多くの番組がハイビジョン対応しており、アナログ放送が完
全に停波する2011年までには次世代メディアが主流になる
のではないだろうか。
現行の地上波アナログ放送とデジタルハイビジョン放送の画
質の差は歴然としており、メディアと録画・再生機器の価格が
相当程度下がれば一気に次世代メディアへの移行が考えられ
る。すぐに移行が進まないまでも次世代メディアが主流になる
ときは必ず来る。そのときすでにある現行方式のDVDはどうな
るのだろうか?
いまのDVDソフトがかつてのレーザーディスクのようにならな
いか気になるところである。

年賀はがきを買って数日経ってから喪中だということに
気づいた。今年の1月のことだったものなのでついうっかり。
でももったいないので出してしまいます。
こんなこと言うのもなんだけど、ばあさんが生きていた晩
年はたいへんだった。ひどい認知症で病院を追い出され、
わたしの両親が介護していた。けっこう壮絶だった。
老人介護の現実を思い知らされたので、両親を見るとき
はこころしてかかるつもりでいる。
もう少し元気でいてほしいが。

大学1年のとき、情報処理の講義を履修した。
講義の内容は『Quick Basic』という言語を使った基本
的なプログラミングだったが、多くの学生がその講義内
容を把握せず履修してしまったため、みな一様にとまど
っていた。
ひとつの講義が終わると、学生は作成したプログラムを
プリントアウトし提出するのだが、わたし以外の学生は
ほぼ全員プログラムなどわからないので、みんなわたし
のプログラムを提出していた。
講師は当然誰の作成したものかわかっており、こんなこ
とがまかりとおるのはいかがなものかと思うのだが、わ
たしが損をするわけでもないので許していた。

就職してからも同じような感じで、いかにプログラミング
能力とは特殊技能なのかひしひしと感じた。

醤油ラーメン

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今日はひさびさに自炊してみた。
自炊といっても生ラーメンにほうれん草やメンマ、焼豚を
ぶっこんだだけだけど。
そりゃあ店で出される本物のラーメンにはかなわないが、
ラーメンにはちとうるさいわたしにも十分な美味しさ。
なんも変わったつくり方なんてしてないっすよ。
でも、旨いものは旨い。

鬼束ちひろのアルバムをアマゾンとセブンアンドワイの
ふたつに予約してしまっていた。アマゾンの方をとって
セブンアンドワイは即刻ブックオフへ。
まさに新品のせいか半額の値が付いた。まあしょうがな
いか.。今度からは気をつけよう。

「友人の友人がアルカイダ」、「ペンタゴンの接待をたびたび
受けていた」など“カゲキ発言(ていうか問題発言)”連発の
鳩山法相。就任当初には「死刑執行に大臣の判子は要らな
いのでは」と言っていた。久間元防衛相の「しょうがない」発
言よりよっぽど問題ありそうな気がするのだが、結局『政治
的圧力』の大小によりことの重大さは決まるのでしょうな。

猿橋王国、崩壊

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英会話学校『NOVA』が経営破綻した。それまでの一連の
騒動の前から「NOVAはなんか胡散臭い」と思っていた。
たいした根拠があったわけではなく単なる直感だが、怪しい
会社はだいたいCMの量とセンスに現れる。CMの露出が
やたら多い会社はまず疑う(NOVAなど)。次にCMの内容
に違和感がある場合(NOVAの『講師はみんな外国人』とい
うフレーズ、コムスンの『コムスンの誓い』という、ことさらに
事業の優良性をアピールすることなど)。
家族の話によるとNOVAについては相当前から言っていた
ようで、最近になるまでおもて沙汰にならなかったので、もろ
もろの不祥事が明らかになるまであれは間違いだったのか
なと思ってた矢先のことだった。
いまも怪しいと思っている会社はあります。軽はずみには言
えませんが。

インターネットで本を買ったことがあるひとが全体の13%に
達したという調査結果がでた。過去と比べてもこの数字は
着実に伸びているという。
簡単に手に入る雑誌などは近所の本屋で買えばいいが、
文庫本・単行本などのひとの好みはベストセラーばかりでは
ない。そんなときネット通販は大いに役立つ。
わたしなど本に限らずもうあらゆるものをネット通販で済ませ
ている。
なかには生鮮食料品のネット通販まであるという。店頭では
売り物にならない野菜を特価販売しているとのこと。

ただ、本の話に戻るが13%はあくまでも平均値で、60歳以
上になると5%近くにまで落ち込む。これを多とみるか、少と
みるか。

ちょわよ~ん

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中学時代、もっとも恐れられていたヤンキーが突如発した
言葉であった。
それがなんの意味があるかというと、それはコサキン(小
堺一機&関根勤)リスナーでないと知りえない言葉であっ
たからである。
もう少し詳しく説明すると、小堺一機と関根勤はラジオ番組
をやっており、そのなかで藤波辰巳が唄う『マッチョドラゴン』
という歌が失笑を買うものであり、『ちょわよ~ん』はそのな
かに出てくるギターのリフ(?)のことを指していたのである。
彼は発言直後しまったと思ったのか辺りを見回したように
見えた。わたしはあえて追究する気はなかったので黙って
いた。しかしわたしは知ってしまったのだ。この校内最強の
ヤンキーはコサキンリスナーだったということを。

作詞:伊達歩

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最近ネット上であることを知るまで、『ギンギラギンにさりげなく』
生きるってなんだよっと、ちょっと小馬鹿にしていたところがあった。
しかし他ならぬマッチ自身がすでにその生き様を世に知らしめてい
たのである。

2004年8月4日、和歌山県の白浜海水浴場沖合でマッチが水上
バイクなどを楽しんでいたところ、ゴムボートにつかまり「助けて」と
泣き叫びながら、漂流している男児を発見。水上バイクで急行し、
海に飛び込んで救出した。

マッチは自分が男児を連れて海水浴場に向かうと大騒ぎになると
思い、やや遅れて駆けつけた知人の水上バイクに男児を預けた。
同日夕、同保安部がマッチによる救助を把握。5日午後、連絡が
ついた男児の家族は、救助者がマッチだと初めて知ったという。

これぞ『ギンギラギンにさりげなく』ではないか!!!

だからといってマッチの生き方がかっこいいとか、そう思うレベルで
はないですけど。

お休みします

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今日は諸事情によりブログの更新は休ませていただきます。
しばらく休むことになるかもしれません。
でもいつかは必ず帰ってきますので、今後ともごひいきに。

じゃりん子チエ

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わたしは小さいころ、『じゃりん子チエ』に憧れていた。
自分もあんなふうに生活力のある子どもになりたかった。
関西弁も真似した。当時はいまとちがって関西への嫌悪感
のようなものはなくて、ただ純粋にいろんなことがあって楽し
いところなんだろうなと思っていた。
ヤクザやチンピラばかり出てくるのに、少しもおどろおどろし
たところがない。実際の西成は本当は危なっかしいところだ
とのちに聞いたことがあるが、当時はそんな情報はなかった。

大阪にはいちど駅にとまっただけで改札も出たこともない。
甲子園にはいちど行ってみたいし、大阪のよいところへも行
ってみたい気はある。
でもやっぱりアウェーの洗礼を浴びそうで怖いんだな。

長井は長井でも、こっちの長井はどうなるのだろう?
芸風が芸風だけに、なにを言っても「お前が言うなっ」
ってなことにならないだろうか?
客観的にいってエリカ様よりこっちのほうが罪深い
ことに間違いない!

エリカ様

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ちょっと騒動が過熱気味のような気がしますな。
暴言をはいたわけでもないし、ましてや法に触るようなこと
をしたわけでもないし。21歳なんてまだ子どもみたいなもの
じゃないですか。わたしがそれくらいの頃もクソ生意気でし
たよ。
くりぃむしちゅー・有田はかつて言いました。「存在自体が愛
されることが大切だ。」お笑い芸人にとってはもちろんそれは
大事なことでしょう。女優といえどもこのことは無関係ではな
いと思います。彼女は十分反省しているようだし、社会的制
裁はすでに十分受けているでしょう。
だからもうこのことはもう過去のこととして、世間のひとも含め
て忘れてあげることを望みます。彼女は今回の反省をふまえ
て、存在自体が愛されることの大切さを感じ取ってもらいたい
です。

脳内メーカー

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遅ればせながらわたしもやってみた。
その結果がこれ。

脳内メーカー

まず『食』が半数はありえないな。『休』はあたってるかも。
しくみはわからないけど、世の中面白いことを考えるひとがいたもんだ。

近所の白ネコ

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駐車場の近くにたまにいる白ネコ。
よくみると左右の目の色がちがう。
齢はそこそこいってるんじゃないかと思う。
野良ネコなのか飼いネコなのかもわからない。
近くへ寄っていくと「ニャー」と鳴いて近寄ってくる。
あたまとのどをなでてやると気持ちよさそうに
悦に入った顔をする。

うちの実家には二匹のメスネコがいる。
どちらも親父さんにべったりだが、たまに帰る
わたしのことも覚えていてくれる。

仕事の疲れは彼らとのスキンシップで少しやわらぐ。
彼らが明日も元気でありますように。

9月2日に受けてきたニュース時事能力検定試験の結果は
合格でした。94点でした(100点満点?)。
12月には第2回の試験がおこなわれますが、2級に合格
したということで1級を受ける資格が得られたわけです。
しかし1級の試験は記述問題もあってかなり手ごわそう。
おまけに受験料もかなりのもの。
受験募集期間は10月なので受験するかはよく考えたいと
思います。

たとえ1級に受かっても、メリットないよなぁ。

小島よしおのギャグ(?)「そんなの関係ねぇ」が馬の名前
になってしまった。
浮き沈みの激しいお笑い業界、この馬の数年後が心配だ。
枯れた恥ずかしい名前を背負うことにはならないだろうか?

どうせなら『オッパッピー』のほうが馬らしいと思うのだが。

スポーツを除いて、わたしが初めてライブを観に行ったのは
東京ギャグコレクションというお笑いライブだった。
いぶし銀の味がほとばしる『ジョークアベニュー』、ホリケン
を観て不覚にもこんなにおもしろくてかっこいい芸人がいる
んだと思った『フローレンス』、当時まだ大川興業所属だった
『MANZAI-C』、ゲストとして独特の世界観を醸し出してい
た『元気いいぞう』、いまの姿が見る影もないほど下手だっ
た『爆笑問題』(特に太田のほう。しかしネタは抜群だった。)、
爆笑を差し置いてトリを務めた『BOOMER』、みんな輝いて
いた。
そこには当時テレビでは決して味わうことのできない至福の
ときがあった。ライブとは芸人の等身大の姿を観ることができ
る貴重な場であった。

その後もお笑いライブにはよく行ったがひとつの転機があった。
わたしが椎名林檎に入れ込んだときである。
1999年、神奈川のへき地にある東海大学の学園祭ライブへ
行った。
音楽アーティストのライブに行くのは二回目、一回目はR.E.M.
の来日ライブだった。
そのときは特にファンというわけでもなかったのでなんとも感じ
なかったが、初めての椎名林檎のときはお笑いライブとはまた
ちがう雰囲気を味わった。
“ノる”ということとはこういうことなのだなと学習した。
その後も椎名林檎を1回、鬼束ちひろを3回、矢井田瞳を2回、
元ちとせを1回と女性アーティストばかり観た。なかでも鬼束ち
ひろはいちばん思い入れがありしかも間近で観ることができた
のでいい記念になった。

お笑いも音楽もライブの味をいちど知ってしまうと忘れられない
感動を脳裏に焼き付けることになる。
味わったことのないひとはぜひいちどお試しあれ。

わたしは本来電話の取り次ぎが苦手であった。
相手先の名前を聞いて、取り次ぎ先の相手を聞いてしまうと
相手先の名前を忘れて聞きなおすというパターンが多かった。
しかし苦手であるがゆえ、こころして対応するようこころがけ
ていたすえにこんなことがあった。

公務員時代、異動で別の学部の庶務係に移って最初の日、
電話を受けた。
電話を取り次いであたりを見まわすとみな注目しているので
ある。
理由は取り次ぎがあまりにも上手だったからだというのであ
る。

わたしはかつて面接で痛い思いをしそれを克服した。
緊張で投球イップスになるようだったのが審判をにらみつけ
るまでに投手としての集中力を極めた。
すべての願いがかなうことはないが、苦手なことをあきらめ
てしまったらそれで終わってしまう。

わたしはいまも挑戦し続けている。

そういうひとって絶対いると思う。わたしなどはちょっとした
揺れでもかかとが浮いたりしてしまう。しかし、あるひとは
おなじ揺れでもびくともしなかったりする。
これはどういうことなのだろうか?
きっと調べていけば驚愕の事実に遭遇するにちがいない、

かな?