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大野(元広島)、山本昌(中日)、和田(ソフトバンク)、藤井(日本ハ
ム)。4人の共通点は表記のとおり。
もうひとつ、なぜか左投手なのである。これはカメラの角度で判別しやす
いからなのか、右投手で彼らと同類にあたると思われる投手はまだ確認し
ていない。
要は変則モーションで、極端に腰を折り曲げて投げる投手がこの類に挙げ
られる。この「球の出どころがわかりにくい」という要素は、じつは球速
とおなじくらい重要な要素だとわたしは考えている。そう考えると、40
歳になっても140キロ台をバンバン投げていた大野なんかもっと現役を
続けてもよかったんじゃないかと思う。

では、この「球の出どころがわかりにくい」フォームというのが彼らの成
功の原因なのだろうか?
興味深い考察がある。『和田の130キロ台はなぜ打ちにくいか』(佐野
真著・講談社現代新書)によると、和田のピッチングの

・驚異的なストレートの切れ

それに加えて、

・投球腕の隠れ
・リリースポイントがふつうのピッチャーよりかなり前

という要素が、彼の球を球速以上に打ちづらくしていると分析している。
さらに「驚異的なストレートの切れ」のもとになっているのは、「ボール
の回転数の大きさ」だという。
つまり和田にとって「球の出どころがわかりにくい」というのは付加的要
素でしかないという結論だ。

正直ストレートに切れのある投手といったら江川とか、現役なら藤川なん
かのほうが個人的にはイメージが強いのだが、おそらくテレビで観るのと
実際に対戦しているバッターとはだいぶ感覚がちがうのだろう。

奇跡の予感漂う大甲子園、快音を残して放たれたライナーはそれをかき消
すように三塁手のグラブに収まった。
このとき三塁ベース上の伊藤の目にひざから崩れ落ちた若林の姿ははどう
映っただろう?

新潟県の山形県境にちかい山間の村・関川。村にただひとつしかない中学
でバッテリーを組み、県大会で準優勝。ふたりの夢は大きく膨らんだ。

「いっしょに甲子園へ行こう。」

念願は叶った。今春のセンバツに出場。しかし、優勝した清峰に完封負け。
しかしこの敗戦をムダにはしなかった。日本文理は雄々しく立ち直り、春
夏連続出場を果たした。
そして新潟県勢としては春夏通じて初という決勝戦に駒を進め、一時は7
点差とされながら、9回二死からの怒涛の反撃で1点差までせまった。
敗れたとはいえ、決して"野球留学校"でもない地方の高校がこれだけの完
成度の高いチームに仕上がったことは多くのおなじような条件下の高校の
励みになるだろう。

いまから30年くらい前から高校野球でも夏の試合のユニフォームはメッシュ
生地が主流となっていたが、PLはかたくなにノーマルな生地のユニフォーム
を着ていた。
...のはずだったのだが、今年の夏彼らのユニフォームは流行の縦に筋の入
ったメッシュ生地のものだった。

いったいいつから?

所蔵していたDVDで調べると松坂と対戦した平成10年(第80回)のときは
もうメッシュになっている。気がつかなかった。
ひとつ手がかりになるのは、中村監督がこの年のセンバツを最後に退いてい
ることだ。
春夏連覇した昭和62年(第69回)のときはまだメッシュではない。ただ、この
間11年がある。DVDにはこれ以上の資料がない。

そうなるとネットだ。PL、中村監督、メッシュ、いろいろ組み合わせてみたが答
えにつながるものは見つからなかった。

わたしのかすかな記憶では中村監督がメッシュ生地を嫌っていたという話を
聞いたことがあるのだが...。

まぁ、ときにはわからないことが頭の片隅にあってもいいだろう。ネット時代に
なってもわからないことはわからないままでいい。

10年ほど前、広島ファンの同僚に連れられて神宮球場へナイターを観に
いった。
わたしはほとんどプロ野球に興味がなく、しかもヤクルトにも広島にも特別
な思い入れがなかったので少々かったるい思いで試合を観ていた。

ところがヤクルト側の守備で、ある投手がマウンドに登ったとき、わたしの
目はそのひとに釘付けになった。
その投手とは野中徹博。かつて甲子園で池田・水野と緊迫した投手戦を
繰り広げた末敗れ去った愛知・中京高校のエースだった男である。
彼はその年のドラフト1位で当時の阪急に入団し将来を期待されたが、故
障で思うような結果を残せず野手転向ののち自由契約の身に。その後は
ひと知れず一般の社会人としてふつうの生活をおくっていた。

誰もが"中京の野中"は終わったと思った。
いや、ほとんどのひとがすでに彼の存在を忘れかけていた。

そんなとき、台湾から意外な情報が入ってきた。
あの野中が台湾で大活躍をしているという。もちろん投手として。
台湾という異国の地で自信をつけた彼は、翌年入団テストから這い上がり、
憧れの中日のユニフォームに袖を通す。
貴重な中継ぎ投手として活躍したが、3年目はわずか3試合の登板に終わ
り再び自由契約を言い渡される。

しかし"中京の野中"はまだ終わらなかった。

今度はヤクルトの入団テストを突破し、翌年みごと開幕一軍の座を勝ち取
る。
"野村再生工場"のもと、野中は再び輝きを取り戻した。
中継ぎとしてチームの日本一にも貢献し、自己最多の44試合に登板、ま
た念願のプロ初勝利も挙げた。

わたしが彼の姿を観たのはおそらくこの年だと思う。外野スタンドからだっ
たが、この雄姿をしっかり目に焼き付けておこうとわたしは食い入るように
マウンド上の彼の姿を観ていた。

結局その翌年は思うような結果を残せず彼は引退した。現在は都内でサ
ラリーマンとして第二の人生を送っている。
しかし野球とは離れられず、いまはマスターリーグで活躍しているという。

そう、"中京の野中"に終わりはない。

元中京高校エース 野中の野球人生

高校生時代の彼はなんだかやけにオッサン臭く観えたが、いまの彼の姿に
むかしの『巨漢』のイメージはまったくない。むしろいまのほうが男前に見え
る。
気が張っているときのほうがいい顔をしている場合が多いと思うのだが、逆
の場合もあるのだなと思った。

高校時代、中京(現・中京大中京)の襟付きユニフォームに憧れているチ
ームメイトはけっこう多かった。
しかし現在名門と呼ばれる野球部もユニフォームのデザインを変えてい
るところがいくつかある。
例えば中京大中京もそうだが、興南、広陵、三重などもそう。
かくいううちの高校もいちおう県内では名門と呼ばれているが、しょっちゅ
うデザインを変えている。
まぁ、うちの場合は伝統とかあまり気にしない雰囲気がわたしの在学当時
からあったが。
しかし中京といえば『襟付きユニフォーム』、これは高校野球ファンの常識
であった。いったいだれがこの伝統を破る権限を持っていたのか、またOB
の激しい反対はなかったのか関心のあるところではある。

しかし一方で久しぶりの甲子園でも変わっていない学校などを見ると正直
オジサンはうれしい。箕島、県岐阜商、熊本工、西条、龍谷大平安、作新
学院、高知、東北、PL学園、天理、県内では上尾、所沢商、熊谷商、川越
工など。

やっぱり伝統のユニホームは魅力がある。わたしの高校が甲子園に出た
ときのユニフォームはむかしの全国大会準優勝したころのものとはちがう
デザインになっていると思うが、わたしは幸運にも最後に甲子園に出たと
きとおなじデザインのユニフォームを着ることができた。これは自分のなか
ではひそかな自慢だ。

ある意味中京のリニューアルは掟破りだが、結局は時代を創っていくのは
いまの選手たちなのだ。彼らが新たな中京大中京の伝統を創っていくので
あろう。
ただ、選手の意見と無関係に『鶴の一声』で伝統のデザインを変えられて
しまっては、それに憧れて入部した選手にはたまったもんじゃないが。

いつからか高校野球でも野手がマウンド上に集まることに回数制限が設け
られるようになった。
基本的には延長戦を除いて1試合に3回までということのようだ。
その制限の理由は「試合の進行をスムーズにするため」と規則には書かれ
ている。
わたしは正直この制限には賛成しかねる。
これまでこのような『タイム』が無用なものに感じたことはないからである。
人生全体のなかで高校野球に捧げられる時間などほんのわずかでしかな
い。
正直高校野球レベルでは野手がマウンドに集まり伝令が来たところで大し
て戦術的な話などできないであろう。しかし、このわずかな時間にこれまで
いっしょに練習し、ともに戦ってきた仲間とかわすひとことふたことは人生に
おいて非常に意味のあるものだと思う。

たとえ試合に影響はなくても、人生には大きな意味を持つ時間なのだ。

できればこの条項は撤廃してほしいが、せめて5回くらいまでは許してあげ
てほしいと思う。

それぞれの夏

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蕨の3年生・浅野裕太投手は背番号10。投手としては二番手の存在であ
った。
もともと蕨は進学校で、野球部も特別な存在ではない。相手は春の県大会
準優勝の埼玉栄。浅野くんは緊張で登板直前に嘔吐してしまった。
しかも浅野くんは相手のエラーで転がり込んだ1点を守る立場でマウンドに
登ることになった。先頭打者に四球を与え、こころが折れそうになる。
ところがバックが助けてくれた。バッテリーを組む捕手の金杉くんが走者を刺
したのだ。
味方がいることを支えに浅野くんは曲がりの大きいカーブを低めに集め、凡
打の山を気づいていく。
5回にスクイズで1点を取られ同点に追いつかれたが、埼玉栄打線はまだ
浅野くんのカーブに苦しんでいた。毎回四球を出すものの決定打が奪えな
い。
そしてむかえた9回裏、内野の連携ミスでとうとう2点目を奪われ、蕨はサヨ
ナラ負けした。しかし、浅野くんは強豪埼玉栄打線を5安打に抑え込んだ。

その姿にわたしは若き日の自分をダブらせていた。ほとんどすべてが変化
球というスタイルは左右のちがいはあれ同じだったし、自分のカーブはたと
え強豪校相手でも通用すると信じていた。

その埼玉栄は決勝へ進んだ。浅野くんはおそらく埼玉栄を応援しながら受験
勉強をはじめたところであろう。

埼玉栄-蕨(平成21年夏・埼玉大会3回戦)

1000000001
埼玉栄000010001X2

オールスターゲームになるとやたらと『力と力の勝負』を美化する輩がいる。
それなら『技と技の勝負』があったっていいじゃないか。
例えば、東京ヤクルトの石川雅規投手と東北楽天の草野大輔選手の対決な
んてわたしならワクワクするが、石川投手は今回選ばれていない。

それに剛球投手が直球で勝負したがるのはその球が自分にとっていちばん
自信があるからなのだから、例えば埼玉西武の岸なんかはカーブ一辺倒で
強打者にぶち当たってほしいくらいだ。

とにかく技巧派投手の直球勝負だけは観ていられないので絶対やめてほしい。

やっぱり85年夏の決勝・PL学園対宇部商がいちばん想い出に残ってい
ます。
この試合のことはこれまで何度も書いていますのであらためてくわしくは
書きませんが、選手の背景も含めて何度観てもいい試合だなぁと思いま
す。

じつはこの試合前はそれまであまりにもPLが強かったので、ヘロヘロ状
態で決勝へ上がってきた宇部商がいい勝負できるわけないとあまり観る
気がしなかったのを覚えています。
それがいざ試合がはじまってみたら本当に素晴らしいゲームで、あのとき
観るのを放棄しなくて本当によかったと思います。

ある意味わたしの人生を変えた一戦だったのですから。

悲運の男

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先日北海道日本ハムの多田野数人投手が9回2アウトからノーヒット・ノ
ーランを逃した。
この「あと1人」で偉業を逃した投手は過去に23例あるらしい。意外に多
いという印象がする。やはりあと1人までいってしまうと気が緩んでしまう
ものなのだろうか?

さらにそんな経験を2度もしている投手が2人もいるというから驚きだ。
ひとりは70年代後半から80年代にかけて活躍したロッテのサブマリン
仁科時成投手。もうひとりはいまも現役の埼玉西武の西口文也投手。し
かも西口投手は延長戦に入るまでパーフェクトピッチングを続け、延長
10回にヒットを打たれたことがある。

なんという『悲運の男』だろう。

今月の20日、スカパーの『スカイ・A』で85年夏の甲子園決勝で繰り広
げられた名勝負を放映する。
この試合は過去にも何度も放映されている。おそらくリクエストが多いの
であろう。
この試合はKKコンビ最後の甲子園の雄姿ということ、決勝にふさわしい
緊迫した試合だったことなどいろいろ注目するところはあるが、この試合
のいちばんのポイントは宇部商の先発投手・古谷友宏投手だと思う。
彼の背番号は11。いちおう二番手投手ではあるがエースの田上昌徳投
手は大会屈指の左腕で、チームとしても古谷がマウンドに上がることなど
初めは想定していなかったのだ。
しかし準々決勝で不調の田上に代わった古谷はみごとなピッチングをみ
せた。準決勝でもリリーフし、チームの勝利に貢献した。
そしてむかえたPLとの大一番、彼はついに先発投手の座を勝ち取ったの
である。

わたしは中3のときこの試合を観た。だからわたしのチームが高3の最後
の大会に負けるまで補欠投手のわたしにもきっとチャンスがあると信じて
いた。

もしわたしとおなじ境遇の補欠投手がいたら、ぜひ古谷投手の雄姿を観て
もらいたい。きっと希望を持てるはずだ。

小さな巨人

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『ドカベン』、『大甲子園』に出てくる明訓高校のエース・里中智は野球
マンガには珍しい技巧派投手である。
しかも設定では身長168cmということになっている。
中学時代は補欠、いや正確には投手をさせてもらっていなかった。
同級生たちにはスローボールとバカにされ、意地もプライドも捨ててア
ンダースローに変え、変化球投手になった。
それでも中学時代の里中は、結局マウンドに登る機会はなかった。

ここまでのところはかなり自分とダブるところがある。
アンダースローにはしなかったが、背は小さかったし球がおそいと言わ
れていたことも、変化球の切れはエース以上だったこともいっしょだ。
もっともそれは高校時代のことで、やっとそのころ中学時代の里中に追
いついた感じだった。
性格もプライドが高いわりには繊細で小心者なところが似ている。

しかし高校時代には本物の"小さな巨人"が同級生にいたのだ。
背はわたしよりさらに小さかったが、そのハンディをものともせず、切れ
のあるストレートと正確なコントロールで、とてもわたしの"ライバル"な
どと呼べる存在ではなかった。

里中は山田太郎とバッテリーを組んだことで花開いた。
わたしのなかでは高校時代のひじや肩の酷使で里中の投手人生は終
わったことになっている。だから『ドカベン プロ野球編』以降の作品はま
ったく評価していないし興味もない。

結局わたしは高校でも里中に追いつけなかった。当たり前だ、実在する
投手で里中に匹敵する実績を持つのはPL時代の桑田ぐらいだろう。
それでもわたしは草野球を続けるうちに投手として致命的な欠点だった
投球フォームの欠陥を修正できたため、速球投手とは言えないまでもそ
こそこのスピードはでるようになった。
考えてみれば、運悪く野球の盛んでない土地に育ったため、投手として
のスタートがひとよりおくれたのは残念だった。
小学校時代くらいからもう少し早く投手としての経験を積んでいれば、ま
たちがった展開になっていたかもしれない。

カーブの魔力

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『週刊ベースボール』でカーブの特集をやっていた。
この雑誌、ふだんはまったく読まないし、ましてや買うわけがない。
しかし話がカーブとなれば気になって買わずにはいられない。

最近カーブで名を上げたのは埼玉西武の岸投手だろう。
日本シリーズで巨人打線を手玉に取ったあの落差の大きなカーブは記
憶に新しい。最近はストレートに近い速度で小さな変化を使ってバットス
イングの軌道をわずかに芯からはずす変化球を使う投手が多いが、落
差の大きいカーブに対しては打者の受けるイメージもまったくちがう。

小さく変化する球に対し、打者の多くはストレートに的を絞ってスイング
している。しかしカーブに対してはバットスイングの初動に入るまでに打
者はカーブであることを認識している。このちがいは大きい。
カーブは狙い球ではないと見送るか、それとも狙って打ちにいくか打者
は早い段階で判断できる。だから打ちにいったときにカーブのコントロー
ルやキレが甘いと球速がおそいだけに打者にとっては"絶好球"になる。
カーブを多投する投手が減ったのにはそういう背景があると思う。

逆にこのカーブにキレがある投手は強い。さらにカウントを取るカーブと
空振りを取れるカーブの投げ分けができれば鬼に金棒だ。

以前牛島和彦氏がカーブを覚えるのにピンポン球を使ったと言っていた。
じつはわたしもカーブを覚えたのはこの練習のおかげだった。
また現横浜の工藤公康投手はよくボールを親指で弾いて上方にあげる
練習をしていたという。ほかの投手もやっていたが、工藤投手ほど高く上
がるひとはいなかったという。じつはこの動作もわたしはよくやっていた。
床にあお向けになってこの動作をやると、ボールは高速スピンを描いて
天井近くまで上がった。この天井付近にとどめること、またななめに弾か
ないことがこの練習のキモであった。つまりこの練習にはカーブの曲がり
を鋭くするだけでなく、コントロールをつける意味もあったのである。
ちなみにわたしはこの逆の回転もできた。順回転ほどスピンはかからな
いし、高くも上がらなかったが、これはもうひとつの決め球であったシンカ
ーの練習になっていた。

ただ残念ながらわたしはカウントを取るカーブを覚えることができなかっ
た。球の変化だけはめっぽう鋭いのだが、それだけにコントロールがつけ
にくくカウントを悪くして結局おそいまっすぐを投げるしかなくなり痛打され
るパターンだった。ただしカーブやシンカーがストライクゾーンに決まって
いるときは、まったくと言っていいくらい打たれなかった。

岸投手の影響で、今シーズンはプロ野球全体の投手の投球パターンが
変わったような気がする。
静かなる『カーブの復権』がはじまっているのではないだろうか。

イチローの精密検査の結果は出血性胃潰瘍だったという。
めまいをもよおすほどだから、出血もかなりひどかったと推測される。
イチローとはレベルがちがいすぎて比較するのも恐縮なのだが、野
球における『チームプレー』とはまず第一に自分個人でも技術を向上
できるための努力をして、その上でチームメイトとのこころと体の連
携を深めていくものだとわたしは思ってる。
現役時代わたしはそうしていたつもりだ。しかし努力はしていても結
果を残していないのにチームメイトの力になる余裕なんてわたしには
なかった。
結局最後まで結果を出せないまま高校野球は終わってしまったので、
チームメイトの力になることはなかった。逆にチームメイトの言葉に
は何度も励まされた。それがなければ最後まで野球を続けていたか
も怪しいくらいだ。だからわたしはチームメイトに借りを作ったまま引
退してしまったのである。
しかしイチローは自分でできる最大限の努力をしつつ、チームメイトに
も気を配り続けた。それは広島の栗原が緊急招集されたときのエピソ
ードが物語っている。
イチローは合流したばかりの栗原と長く話し込んだという。これも栗原
にはやくなじんでもらいたいという配慮だろう。そこで栗原の知人でイ
チローマニアのひとが『始動が遅いとか、トップが入りすぎだ』と言って
いたというのを伝え聞いたという。メディアを通じてのイチローの印象
は近寄りがたいというか、下手なことを言えない感じがするが、打撃不
振のイチローに対してこんな話ができるほどチームメイトにはこころを
開いているということに感心せずにはいられない。

イチローのことだから多少スタートがおくれてもまたいつものバッティン
グをメジャーでも観せてくれるだろう。ゆっくり治して帰ってきてほしい。

彼は単に日本を優勝させたかっただけではなく、アメリカでもよく知られ
ている自分が活躍することにより、WBCの開催意義をアメリカでも高め
たいという使命感を持っていたのではないだろうか?
あまりにも高い使命感のために彼は自分と戦い続けた。そして最終的
には自分との戦いにも勝つことができた。本来ならもっと長い休息が必
要だろう。やはり大会の開催期間は再考を要すると思う。

イチロー、精密検査の報を聞いて彼のような野球選手が日本にいて本
当によかったと思う。確かにメディアの側からは扱いづらい選手だろうが、
あそこまでストイックに自分を追い詰め、しかも決してチーム内で孤立し
た存在にならないよう気を配って、そして最後に最高の結果を残す、本
当に素晴らしい選手だ。

イチローの頭に見えた白髪はやはりメンタルな原因だろう。逆にそれす
らも彼らしくてかっこよく見える。

1-0

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野球がいちばんおもしろいのはやっぱり投手戦だと思う。
わたしは投手のピッチングにも"芸術"を求める。
躍動感あふれる投球フォームときっちりとコースに投げ分けるコントロール
があれば球なんておそくてもわたしは十分楽しめる。
スコアなんて二の次。投手の一球一球が芸術なのだ。

今日の決勝戦は左右の好投手がそろい息詰まる投手戦となったが、ふた
りとも疲れのためか球が高めに浮いていた。おそらくふたりとも本来の調子
ではなかったと思う。

花巻東・菊池には運がなかった、それだけだ。

歓喜から1週間経って、書店にもWBC関係の速報特集号が各社ひと
とおりそろいだしました。
しかしどの雑誌を見ても日本一色、ほかの国の選手を扱った記事がま
ったく見当たりません。
準優勝した韓国の選手にすらまったくスポットを当てている記事がない
のです。
サッカーのW杯だったら各国のスター選手や好プレーに多くの文面を割
くでしょう。
例えば日本対アメリカ戦で川崎のセーフティーバントを刺したライトのプ
レー、日本対韓国戦(第2ラウンド1戦目)イチローの二塁ベース際の当
たりを刺したセカンド(おそらくチョン・グンウ)の守備。
これらのプレーは大いにこの大会の価値を高めたはずなのに、日本以
外の好プレーにどの雑誌もまったく触れていません。

もっともこれらは日本が優勝したための特集号なのであえて日本の選
手しか扱っていないのかも知れませんが、今後あらためてWBC全体を
総括した特集号を発刊してほしいものです。
こういう扱いではいつまでたっても野球は真の国際化をとげることはでき
ないと思います。

10回表ニ死ニ、三塁、打席には"世界一の打者"イチロー。状況的に
は当然歩かせていい場面だ。
しかし韓国バッテリーは勝負にいった。イチローから逃げて世界一を
掴んでも意味がないと思ったのだろうか。
結果はイチローの勝利、いままでの不調をすべて振り払う一打だった。

それにしても韓国は強かった。第1戦のコールド負け以外はほぼ互角
の試合展開。客観的に見ても日本と韓国の守備力は高いレベルで同
水準だと思う。
打力に関しては韓国のほうが上かもしれない。パワーヒッターでさえ、
巧みなバットコントロールの技術を持っていた。少ない安打で効率よく
点を取っていたのも見事だった。
投手力は日本がおそらく世界一だろう。とくに岩隈、杉内の投球技術は
光っていた。ピッチングは力ではないことをアメリカの野球ファンにも観
せ付けることができただろう(もっともアメリカ人はほとんど観ていない
だろうが)。

もはやアメリカ人は『ワールドシリーズ』の呼称を恥ずかしいと思わなけ
ればならない。本当にアメリカがベストの状態でチームを組めば状況は
変わるだろうが、この結果をアメリカ国民が屈辱と感じない限りWBCは
真の世界一決定戦にはならないだろう。

イチロー博文

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韓国のネット上でイチローはこう呼ばれているという。理由は対日本戦の
切り札的存在となった韓国のポン・ジュングン(奉重根)投手と伊藤博文
韓国統監府初代統監(暗殺当時は枢密院議長)を暗殺した韓国の"英雄"
アン・ジュングン(安重根)になぞらえているからである。
たまたま今年はこの事件からちょうど100年目にあたることから、イチロー
を強引にも伊藤博文になぞらえたのだが、当のポン・ジュングン自身はイ
チローを強くリスペクトしており、背番号にイチローとおなじ51番をつける
ほどである。ほかの韓国選手も日本選手をリスペクトしている者が多い。
選手のほうはいたって冷静なのである。

とにかくWBCの決勝は日本対韓国の5度目の対決となった。直接対決は
お互い2勝2敗のタイ。勝ったほうが文句なしの"世界一"だ。

今日のは本来消化試合っぽい意味合いのゲームだったのだけど、相手
が韓国なら話は別。負けたらたとえ優勝したとしても直接対決で負け越
した前回とおなじになる。決勝で韓国と勝ち越しをかけて対戦できれば
もちろん理想的なのだけれども、やはりアメリカは怖い。
しかし松坂はやってくれるだろう。問題は打のほうだ。
僅差のゲームになったら一発のあるアメリカのほうが有利だろう。
早めに点を取って、投手陣を楽にさせたいところだ。
脚を使ったり、積極的に攻めてほしいな。
あと心配なのが判定がアメリカびいきにならないだろうかってこと。
追い込まれたら、きわどい球は積極的に打っていったほうがいいな。

もし勝てば決勝はダルビッシュか。できれば岩隈でいってほしいが。

以前サッカー日韓W杯のアメリカ戦でゴールを決めたアン・ジョンファン
が"スケートパフォーマンス"をしたことがあった。
その年に行われたソルトレイクシティ冬季オリンピック・スピードスケート
競技で韓国選手に不利な判定をされたことを抗議してのものとみられて
いる。
そんな半年ちかく前のことをW杯で持ち出すほどこの判定は韓国国内
で大きな話題になっていたらしいが、それにしても少なくともこの件に関
して韓国国民は小さな過去の問題に執着しすぎるのではないかと思った。

そして今回WBCで日本に勝った韓国の選手がまたマウンドに大極旗を
立てる"パフォーマンス"をした。
国旗を立てる行為は『征服』をイメージするので日本選手が気分を害した
のも当たり前だと思う。
もっとも日本ではこと野球に関してはグラウンドを"神聖な場所"と考える
独特の野球文化がある。サッカーなどでは平気でピッチ上で唾を吐いたり
するが、野球ではありえない。ガムを噛んでプレーする選手が出てきたの
も最近のことだ。だからその分は割り引いて考えなければならないのだが、
やはり行き過ぎたパフォーマンスのように感じる。

韓国選手にはもう少し国際的に成熟したスポーツマンシップを持ってもらい
たいと思う。実力的にはもうすでに世界中が認めるところにあるのだから。

右投手の一塁への牽制球は、一般的にセットポジションのとき横目で
見て、ランナーが視界から消えたら投げるとされているが、わたしはし
たことがない。というのもわたしは高校までメガネでプレーしていたか
らである。
メガネではどうしても上記の方法は無理である。横目で見てもぼやけ
た像が見えるだけだからである。だから牽制球はあらかじめセットに入
る前に投げるか決めていた。ただ、クイックモーションは得意だったの
で走られた記憶はほとんどない。
大学に入ってから日常的にコンタクトレンズを使うようになって、野球を
するときも装着しているようになった。こんなに快適ならば早いうちに替
えておけばよかったと思うくらい投球時における影響は劇的なちがいが
あった。

しかし結局一塁ランナーを横目で見て牽制するか判断する技術は身に
つかなかった。本当にあんな難しいことをふつうのピッチャーはやってい
るのだろうか?

1995年、ヤクルトとオリックスの日本シリーズはヤクルトの3連勝で
第4戦をむかえた。試合は1-1で延長戦に入り、11回裏一死一二
塁とヤクルトはサヨナラのチャンスをつかんだ。
マウンド上は小林宏24歳。対するはヤクルトの主砲、トーマス・オマ
リー34歳。阪神・淡路大震災の起こったこの年、神宮球場でプロ野球
史上に残る一打席限りの名勝負が繰り広げられた。

小林-オマリーの14球

小林は簡単に2ストライクをとった後、オマリーにファールで粘られる。
しかも徐々にタイミングが合ってきているファールだ。7球目、12球目
にはライトポール際に大ファールを打たれている。
選球眼のいいオマリーはボール球に手を出さない。徐々に手詰まりに
なった小林はカウントを悪くしていく。
しかし、小林のこころは折れなかった。2-3からの14球目、低めのボ
ールとみられるストレートにオマリーのバットは空を切った。
最後の球は少し球速が落ちていて、決してよい球ではなかった。月並
みの表現だが、小林の気迫がオマリーに勝ったのだろう。

結局この試合はオリックスが勝ち、対戦成績を1勝3敗としたが、第5
戦を落とし、シリーズには敗れた。
しかし、なんとなくこのシリーズはオリックスが勝ったような錯覚を抱い
ているひとも多いのではなかろうか? それほどこの一打席は大きなイ
ンパクトがあった。

日本では一般的になっているキャッチャーが捕球後ミットを動かして
ストライクに見せようとする動作、国内ではごく当たり前の"テクニック"
だと踏まえられている。しかし国際的には「審判を欺く卑劣な行為」と
さえ考えられているという。

ピッチャーの立場からすると、キャッチャーがこの動作をするということ
は、たとえボール球でも際どいコースにいっているということの証明み
たいなものだから、それだけでも気分のいいものである。クソボールで
そんなことはできっこない。

問題は国際試合でこの動作が審判の心証に影響する可能性があるこ
とである。確かにプロ野球レベルの審判がこの動作の影響で誤審をす
ることはまず考えにくい。しかしそれより下のレベル(高校野球とか)で
はけっこうだまされている審判も多い気がする。
要は野球の概念の国際基準がアメリカ中心であり、アメリカで受け入
れられないものは国際的にも受け入れられないということだろう。相撲
の逆パターンである。

ただ日本では子供のころから無意識に身に付いている動作なので、そ
う簡単には是正できないだろう。しかし野球をサッカーなどと同様に本
格的な"世界のスポーツ"にしたいのならば、この動作はいずれは改め
ざるを得ないことになるだろう。

ミヤーン、ポンセ、パチョレック、なんかみんなへんな名前。トレーシー、
ローズ、合わせたらトレーシー・ローズじゃないの。
横浜・大洋の外人助っ人はけっこうコスト・パフォーマンスがいいと思う
な。大物なんてひとりもいないけどけっこう活躍してるし人気もあった。

わたしは大洋時代から30年来応援していますが、巨人戦に目もくれず、
テレビ神奈川系列のUHF放送を観た時代が懐かしい。いまでは当たり
前のように各選手のテーマ応援歌があるけれど、当時は笛しかなかっ
たもんな。大雑把な野球してたよ。ヒットは打つけどタイムリーが出ない。
『スーパーカートリオ』が出てくる前の話。
ピッチャーも先発の遠藤一彦、平松政次、抑えの斉藤明夫くらいだった
な。五月女っていう名前と全然イメージのちがうピッチャーもいたな。あ
のひとなんかいつも怒ってたような気がする。

もう日本一から10年も経つのか。またむかしの弱い大洋に戻っちゃった
な。

投手の醍醐味

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昭和63年夏、つまりわたしに残された最後の甲子園のチャンスの年、
埼玉球児の注目を一身に集めていたのは大宮東高校であった。
1番から9番までだれでもホームランを打てる打線、そのなかでも、全
国にもその名を轟かせていた主砲・山口幸司は注目の的だった。
われわれは前年の秋の県大会準決勝(県営大宮球場)で彼のバッテ
ィングをレフトスタンドでつぶさに観た。たしか2本のホームランを放っ
たと思う。一本はレフトポール際の場外に消えていった。もう一本は右
中間スタンド(だったと思う)。
このとき思った。コイツと対戦できるなら死んでもいい。
たとえホームランを打たれたとしても。

その大宮東は春の関東大会を制し第1シード、準々決勝では西武台と
の死闘
を制し、準決勝で市立川口と対戦した。意外にも先制したのは
市立川口。しかし4回表、主砲・山口が逆転2ラン、このまま大宮東が
逃げ切るかと思われた。
しかしエース永島には疲れが見えた。同点に追いつかれ、その後もず
るずると追加点を許した。このとき山口は投手の練習などしていない
にもかかわらず、自ら投げたいとさえ思ったという。

結局大宮東は準決勝で敗れた。甲子園に出場した浦和市立(現・市立
浦和)はベスト4にまで進出した。もし大宮東が出場していたとしてもお
そらくこれまでの好成績は残せなかっただろう。

最後の県予選が終わり、久しぶりに中学の野球部の友人と集まって野
球ごっこをした。
中学のときは日曜の練習が終わるといつもこうやって遊んでいたもの
だった。どんだけ好きなんだ? 野球が。
んでそのとき、元キャプテンだったTがバッターボックスに入って、わたし
が2、3球、中学時代には投げられなかったカーブのコンビネーションを
交えて投げ込んだ。
Tはあきれた様子で「打てねぇよ~」と言い放った。
もう勝ったような気分だった。このとき中学のときの忌まわしい『投球イッ
プス』の記憶から開放されたような気がした。

全盛期は引退後に得てして来たりするものだ。浜田剛史もおなじような
ことを言ってたが、そういうもんなんだろうな。

肩いいんだね

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高校時代、遠投をやっていたら内野手のチームメイトに言われた。
ふだん試合で投げている球があまりにもおそいから、きっと自分たち
とおなじくらいかそれ以下だと思っていたのだろう。しかし実際にはそ
れほど肩が弱いわけではなかった。もちろん投手としてはかなりショ
ボかったが。
それはつまりこういうことだ。100%の力でストレートを投げたら狙っ
たコースへいかなくなる危険性が高い。もちろん力で抑え込めるはず
もない。だからわたしはいつも試合では7~8割程度の力でコースを
ついて投げるようにしていたのだ。
うちのチームメイトはそういうこともあけっぴろげに言う。球がおそいこ
とはみんなにさんざん言われた。でもそれ以上に変化球については絶
賛されていたので腹は立たなかった。

でも、草野球をやるようになってから覚えた高校時代よりましな投球フ
ォームで投げていたら、おそらくもう少し球は速かっただろう。
それでもやっぱり『7~8割の原則』は守っていたと思う。

現在ロサンゼルス・ドジャースに所属するグレッグ・マダックスが引退を
表明した。大リーグには珍しい技巧派の名投手で、通算成績は355勝
227敗、防御率3.16であった。
マダックスというと"マダックスゾーン"の話が有名である。マダックスは
コントロールがよいという先入観が球審に働くせいで、彼の投げるとき
はストライクゾーンが広くなるというまことしやかなうわさであるが真偽
のほどは謎である。
三振をとる投手を賞賛するメディアに対して「27奪三振で完封と27球
でのゲームのどっちの方がいいかって? 27球の方がいいに決まって
いる。」と答えたのはいかにも彼らしいエピソードだ。わたしにもおなじよ
うな経験がある。かつて日本ハムの西崎幸広投手と近鉄の阿波野秀幸
投手が新人王を争ったとき、「勝率より奪三振数を重視するなんてクソ
だ!」と憤ったことがある。技巧派投手にはだれにも三振がとれない、直
球勝負ができないかわりに技巧派としてのプライドがあるのだ。

大リーグから偉大な技巧派がまたひとり去っていった。個人的にはなんと
も寂しい限りである。

むかしヤクルトに加藤博人という投手がいたのを覚えているだろうか?
とにかくカーブがすごかった。なにしろ左打者がインコースのストライク
になる球をのけぞるくらいキレていた。
カメラの角度の関係で左ピッチャーのカーブはなかなか確認しにくいの
だが、彼のカーブはそんなの関係なかった。
おなじ左では元オリックスの星野伸之や元中日の今中慎二の"スロー
カーブ"が有名だが、キレはそれほどでもなかった。加藤のカーブはまさ
に"魔球"だった。

YouTubeも探したのだが見つからなかった。やはりおなじように観たが
っているひとはたくさんいたのだが。

わたしは現役時代の津田をあまり好きではなかった。
いまの阪神・藤川といっしょで、コンビネーションを使わず、自分の
速球に頼り切っているように見えたからである。
しかし、津田はそのピッチング・スタイルとは裏腹に、本来気の弱
い男だったという。
きっとそれを克服するために、わざと大きなアクションでガッツポー
ズをとったりしていたのだろう。
わたしもまったくおなじことをしていた。三振など獲ろうものなら、よ
く雄たけびをあげて派手にガッツポーズをした。
それは弱い自分に負けないようになんとか自分に打ち勝つために
出た行動であった。
ブルペンからリリーフカーに乗らず走ってマウンドに向かっていたの
も、きっと自分に気合を入れるためだったんだろう。
いま観ると、ピッチングフォームも躍動感にあふれていてかっこいい。
脚の上げ方など、わたしが敬愛してやまない京都商の井口投手に
雰囲気が似ている。

彼の業績を称えるために創られた広島市民球場の『津田プレート
(通称)』は新球場に移されるという。
かつて"投手王国"と言われたあのころのカープ。いまは面影もない
が、広島の投手はいまも登板前にこのプレートに手を合わせるという。

憧れの"野手"

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わたしは中・高と本格的に野球をしていたが、とにかく投手以外のポ
ジションには興味がなかった。高校のときは投手一本のメニューで練
習させてもらったが、中学のときはむりやり別のポジションをやらされ
た。
まぁ、投手としての才能がなかったのだから仕方がないが、とりあえず
ほかのポジションを探さなければならなかった。
そこで選んだポジションはサードだった。
サードにはプロ野球に魅力的な選手がいたからである。
それは掛布でも原でもなく、日本ハムの古屋英夫選手であった。
ゴールデングラブ賞に4度も輝いた守備の名手である。
とくに三塁線上のきわどい打球に対するフィールディングはもはや芸術
品と呼べるものであった。
当時サードをやっていた同級生はみな古屋のプレーの影響を受けてこ
のポジションを選んでいた。

古屋英夫、決して派手さはなかったが、いぶし銀の名選手であった。

"和製ジム・ケリー"・渡辺久信監督とともに埼玉のマスコットキャラ
『コバトン』も宙に舞った。80年代から90年代にかけて黄金期を築
きあげた西武ライオンズだが、こと地元・埼玉県民には人気がなか
った。それは所沢という県の中心部から非常に便の悪いところにホ
ームスタジアムを構えたこと(おそらく西武鉄道の利用者を増やそ
うという意図があったと思われる)に象徴されるように移転当初には
球団に"地元密着"というコンセプトはなかったようだ。
もともと"埼玉都民"という言葉に象徴されるように、埼玉県民には
地元に対する帰属意識が薄いと言われてきた。しかし、Jリーグ・浦
和レッズがその常識を覆した。また、同じく都内への通勤者の多い
千葉を本拠地とする千葉ロッテマリーンズは"地域密着球団"として
成功している。そういった流れを見てのことか、ライオンズもようやく
重い腰を上げたようだ。チーム名を『埼玉西武ライオンズ』とし、県営
大宮球場で公式戦を開催した。今回の優勝で西武としては初となる
優勝パレードも所沢市で行われる予定である。
"新生埼玉西武"を象徴するように、今回の日本シリーズ制覇に大い
に貢献した平尾博嗣は地元・大宮東高出身だった。

いまさら感は否めないが、この球団の方針転換で埼玉県民の西武フ
ァンは確実に増えたはずである。

決め球はカーブ

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今日の岸のカーブを観て驚いたひとはけっこう多かったのではないだ
ろうか。最近はフォークやチェンジアップ、縦スラが全盛で、ああいう大
きな曲がりをする縦カーブを投げるピッチャーはほとんどいなかったか
らだ。しかもあれだけ曲がってコントロールも抜群なもんだから、巨人
打線が手も足も出なかった。かつてのカーブボーラーとしてはカーブの
有効性がこの大舞台で改めて証明されて非常にうれしい限りだ。

それにしても今日の岸のカーブは切れていた。桑田の全盛期を彷彿と
させる曲がり方だった。あれを打てたら逆にスゴい。

いまでこそプロとアマの交流はそれほど珍しくもなくなったが、少し
前まではプロ野球とアマチュア野球は水と油、まったく接点を持と
うとお互い努力をしなかった。
しかし、そんなことでは野球界全体のレベルアップにつながるわけ
がない。だが、徐々にだが両者の間にも雪解けの雰囲気は生まれ
ている。

そこでだ、サッカーでは当たり前になっている『天皇杯』のような大
会を野球でもやるべきではないだろうか? サッカーの天皇杯では、
高校生チームがJ1のチームと戦ったり、町役場のチームが県代表
として全国大会に出場したりしている。若い野球少年に夢を与える
大きなきっかけになると思うし、野球ファンだってがぜん注目するは
ずである。

まぁ、おそらくはナ○ツ○さんがいなくならなければ話は進まないと思
うが、プロアマ双方の偉いさんは真剣に考えてみてほしい。

明治大の野村祐輔投手が『シーズン最優秀防御率』を記録した。
なんと34回2/3を投げて自責点0、防御率0.00、規定投球回数を
クリアしたなかでは東京六大学野球で44年ぶり5人目となる快挙らし
い。
ところで『野村祐輔』という名前にピンと来た方はいるだろうか?
昨年の夏の甲子園で佐賀北の副島選手に逆転満塁ホームランを打た
れたあの広陵の元エースピッチャーである。
甲子園ではあと一歩のところで優勝を逃した。いくら悔やんでもあの場
面をやり直すことはできない。六大学でいくら活躍しようが、そのあとプ
ロで成功しようがあの一瞬は取り返すことはできない。それでもにんげ
んは前に進み続けなければならない。

そしていつかその記憶は想い出に変わるだろう。

ジェイミー・モイヤー、わたしが現役メジャーリーガーでもっとも尊敬
する投手である。
今年フィラデルフィア・フィリーズで16勝(7敗)を挙げチームの勝ち
頭となった。11月で46歳をむかえる大ベテランである。
1984年、ドラフト6順目でカブスに入団。入団直後からほぼ12年
間はこれといった成績をあげられず、何度も球団を解雇され、その
都度引退の危機にさらされた。
しかしシアトルに移籍した1996年以降は毎年コンスタントに勝ち
星を重ね、2001年には38歳で20勝、2003年には40歳で21
勝を挙げた。
2006年生まれ故郷のペンシルバニア州を本拠地とするフィリーズ
に移籍した。現在の通算成績は246勝185敗。

そして今日モイヤーはワールド・シリーズのマウンドに登った。
味方のまずい守備で2回に1点を取られたが、7回1アウトまでほぼ
完璧な内容でマウンドを降りた。
その後も味方のまずい守備で同点に追いつかれ、勝ち投手の権利
は失ったが、その完璧な投球術は地元フィラデルフィアのファンをう
ならせた。

モイヤーに再びWSの登板のチャンスが訪れるかはわからないが、
好調レイズ打線を手玉に取ったピッチングは見事というほかない。
是非もう一度WSで彼のピッチングを観たいものである。

「大切なのは足並みをそろえること。(惨敗の)北京の流れから(WBCを)
リベンジの場ととらえている空気があるとしたら、チームが足並みをそろ
えることなど不可能でしょう」

このイチローの発言が、星野仙一氏のWBC監督就任の動きを暗に批判
していると報道する流れが起きている。
イチローは常々オリンピックはアマチュアの大会であるべきだと発言して
きた。しかしWBCはメジャーリーガーも参加する文字通りプロフェッショナ
ル・ベースボールの世界一を決める大会として機能してもらいたいという
彼の願いがある。だからオリンピックとWBCは次元がちがうものだと考え
て当然なのである。

日本は前回WBCのチャンピオンなのである。本来タイトルを守る立場で
あるはずなのに次回のWBCをなんとなくオリンピックのリベンジの場とい
う雰囲気にさせているのはマスメディアである。もちろん星野氏ではない。

とはいえ前回のWBC優勝はタナボタであったことは否定できない。
各国はこぞって日本の連覇を阻止すべく立ちはだかってくるだろう。
今度こそ日本野球の真価が問われる。

個人的な意見かも知れないが、いくら短期決戦とはいえ、いつも1イ
ニングだけを任されているクローザーに何イニング投げさせられるか
わからない状況で登板させるのはいかがなものだろうか?
とくにこの2投手は速球とフォークの単純な組み立てしかできないし、
決して器用な投球術は望めないタイプである。1イニングを全力で抑
えるだけなら思いっきり飛ばしていけばいいが、終わりがわからない
場面では力の配分をどう加減をしていいかわからないわけである。
頭の片隅に迷いがあり、しかも慣れない状況でピッチングすることは
想像以上のプレッシャーを感じたはずである。

岡田はともかく原もおなじことをするとは思わなんだ...。

藤川の真ん中高めの速球がスタンドに運ばれ、阪神の今シーズンが
終わった。思いのたけをすべてここで文章にしてしまったら自分でも嫌
なにんげんに見えてしまうのでここは抑え目に書くことにする。

結果論かもしれないが、やはり岡田監督の投手起用は長期的な視野
を持ってなされていたか甚だ疑問だ。数年後の阪神投手陣のなかに、
いま活躍している投手が何人残っているだろう?
藤川はこれから先長く投げるつもりなら、まず真ん中高めでも自分の球
威なら抑えられるという考えを捨てなければならない。たとえ球速を抑
えてでも、コーナーへ投げ分けることの重要さを今回の反省として覚え
ておいてほしい。力で抑えられるのは若いうちだけだ。

とりあえず、中日おめでとう!

パ・リーグCS第2ステージ第1戦は埼玉の高校野球のメッカ県営大
宮公園球場で行われた。ひとむかし前には考えられなかったことだ。
西武ライオンズは埼玉県所沢市にある西武ドームに本拠を置くが、
そのアクセスの不便さから、西武線沿線住民はともかく、埼玉県民に
は人気がなかった。ロッテや日本ハムのファンを見ていると、これは
球団としての戦略ミスだと思う。
そこで西武は今年から『埼玉西武』と名前を変え、"地域密着型球団"
へ方向性の転換を図った。今日のゲームもその一環である。
球場で埼玉のシルエットの入ったフラッグを配るなど努力の跡がうか
がえる。なによりも西武が大宮で大勝したことは、人口の集中する県
南地域住民には好影響を与えただろう。
また、渡辺監督が群馬出身ということで前橋で公式戦をしたことも画
期的だった。北関東一円にかけてけっこうな数のファンを獲得できる
需要はあると思う。今後は栃木、茨城などで試合をしてもいいのでは
ないだろうか。

13ゲーム差を追いつかれた責任を取って、阪神の岡田監督は辞任す
るらしい。まぁ、しゃあないやな。それはおいといて、今日の中日戦の選
手起用はなんじゃ? 以前から岡田采配(とくに投手起用)には疑問を呈
していたが、今日登板した投手、岩田、アッチソン、ウィリアムス、藤川。
このあと直接CSで当たる相手になぜそんな主力をぶつけるのだ? 直
前まで巨人と優勝をかけて戦ってきたなかで酷使してきた投手陣をなぜ
休ませないのだ? 中日は7人の投手をつぎ込んで完全に調整登板だ。

なんだか阪神の第1ステージ敗退が現実のものに思えてきた。だいたい
モチベーションが維持できるか疑われるもんな。

ついに阪神が首位を陥落し、そのまま巨人のセ・リーグ優勝が決まった。
そう、あくまでもセ・リーグの優勝。日本一を争う本当の戦いはまだこれ
から続く。
しかしペナントレース優勝を目指し、フル回転の選手起用の末優勝を
逃した阪神と、早々に順位が確定し、消化ゲームをこなす期間の長か
った中日とでは選手の疲労の具合がちがうのは明らかだ。とくに阪神
投手陣の起用法はいつものことながらかなり無茶をしていた。

となると、実は中日のほうが阪神よりアドバンテージがあるのではない
のだろうか? そう考えるとやはりこのCSのシステムは矛盾が少なくな
いと思う。

やるなぁ巨人。実際いい野球してると思うよ。
脚を絡めたり、もちろん一発もあるし、万事ソツがない。
でもまだわからないなぁ、巨人はこのあと横浜、ヤクルト、ヤクルト。
阪神は横浜、横浜、中日。両チームとも横浜戦がカギですかね?

それにしても藤川打たれないなぁ。甘いコースでも球威で押し切っち
ゃうからムカツク!

おぁ、阪神負けてんじゃん! JFK崩壊だって。
4-0になった時点で観るのやめて損した。
これでまた巨人と阪神が並んだわけですな。
でもやっぱりCSがあると思うと興ざめするわ。
去年のセ・リーグ優勝は巨人だってことどれだけのひとが覚えてるだ
ろう?

桑田とイチロー

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投手と野手のちがいはあるが、ふたりに共通するのは『禅』の境地と
でも言うべきか。
どちらも野球に関してどこまでもストイック。もっとも桑田の場合はPL
教の信仰があるのかもしれないが、練習に古武術を取り入れるなど
やはり禅に近いものがある。
語弊があることを承知で言えば、桑田は『和風の禅』、イチローは『洋
風の禅』というイメージがする。それはやはり投手と野手のちがいか
も知れない。
ピッチングというのはそもそも非合理的な動作、つまりにんげんが本
来おこなうべきでない動作なのである。桑田のように小さいころから
肩や肘を酷使していたら故障は免れない。その点バッティングによる
体の負担はピッチングに比べてはるかに小さい。怪我に泣かされた
感のある桑田とこれまで大きな故障をまったく経験していないイチロー
とでは人生観もちがってくるだろう。

いずれにしてもふたりには引退したあとも日本の野球界に大いに貢献
してもらいたいものである。
イチローはまだずいぶん先のことだろうが。

近ごろイチローのバットが輝きを放つたびに、ひとりの偉大なバッタ
ーにスポットライトがあてられるようになった。
張本勲、本名チャン・フン、在日コリアンニ世。広島で原爆を被爆し、
そのとき姉を亡くした。
4歳のとき、右手に大やけどを負い自由が利かなくなったため、もと
もと右利きだったのを左投げにせざるを得なくなった。「張本の守備
は下手だ」と現役時代よく野次られていたが、本人はそのことをずっ
と隠していた。
その張本の通算安打記録にあと2本というところで今シーズンを終
えたイチロー。しかしそのヒットのなかには脚を生かした内野安打が
多く含まれており、その意味ではやはり張本はすごかったということ
になるだろう。ちなみに張本も脚は速く、年間41盗塁もしたことがあ
る。
保守的な発言が多い同氏だが、落合のバッティングフォームをいち
早く評価するなど、ことバッティングの理論に関しては異なるようであ
る。本人も現役時代、他球団の外国人選手に打撃のコツを乞いに行
ったこともある。

いまは大沢親分とともに『日曜朝のご意見番』として若年層にも人気
を博しているが、ずいぶんこのひとも丸くなったなぁと感じずにはいら
れない。

同率首位

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昨日ついに巨人と阪神が並びました。
でもCSがあると思うとどうしても興味が半減してしまいます。
これで巨人が優勝してCSで阪神が勝ったら最悪じゃん。
どうせなら広島あたりが第1ステージで阪神を叩き潰してし
まえばいいんだけど。いまの調子ならありえなくもないな。
いま巨人が好調の広島相手に4連戦。1戦目は勝ちました。
阪神は最下位横浜と4連戦。こちらも1戦目は勝ちました。
直接対決よりもこの4連戦がともに大事なような気がします。

パ・リーグは西武で決まりですな。西武を応援してるひとは
いるのでしょうか? 埼玉県民でも知り合いには見当たらな
いのですが。


永年のアンチ阪神にとってここ数年の阪神の好調は不機嫌の原因で
あった。
とくに今年はスタートから阪神が独走でイライラが募る毎日であったが、
夏場の不調と巨人の意外ながんばりでついにここまで追い込んだ。
巨人もあまり好きな球団ではないが、この際がんばって優勝してもらい
たい。
ちなみにいちおうファンである横浜でも、相手が巨人のときはいまは巨
人を応援している。
なぜ阪神が嫌いかって? 関西のひとを敵に回したら怖いのでそれは
言えない。

指導者の暴力

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智弁和歌山野球部の高嶋仁監督が部員への暴力で学校から謹慎処分を
受けた。
野球学校の内実はかなりひどいということは大学時代の知人にちょっと聞
いたことがあるが、監督がやるなら当然選手もやるわな。
暴力で思い出したのが中学のときの顧問教師、キャッチャーがパスボール
をしたら、なんと試合中にベンチに呼び寄せて思いっきりビンタ2発。あれじ
ゃあのあとまともにプレーできないよ。
しかもろくに練習も見に来ないくせにえばり腐っている。こいつだよ、わたし
に「肩が弱くちゃピッチャーはできないぞ」って言ったのは。
俺の肩は弱くねえんだよ、中学生レベルでは。こいつのおかげでわたしはな
かなかピッチャーができなかった。先輩がわたしをピッチャーとして認めてく
れなかったら別メニューの練習もしていなかっただろう。

まぁ、結局中学時代はマウンドで投球イップスになっただけで終わってしまっ
たが。

85年の春のセンバツを展望したある雑誌に、ひとりの選手のコメントが
載っていた。

「僕のライバルは田上。もう一歩で抜けます。田上、待ってろよー。」

なにを言っているんだろう? このひとは、とそのときは思った。
このコメントを書いたのは、宇部商の2番手・古谷友宏投手だった。
宇部商と言えば、大会屈指の左腕・田上昌徳が大黒柱の有力校。古谷
のコメントは失礼ながら自分を見失っているようにしか思えなかった。
田上をもう一歩で抜けるって...。

そしてセンバツでは二回戦で田上がPL打線に打ち込まれ敗れた。
むかえた夏の甲子園、宇部商は田上の好投で一、ニ回戦を突破し、三
回戦をむかえたが、田上の不調で苦戦を強いられる。
この試合をなんとかものにした宇部商だったが、準々決勝でも田上の調
子は上がらず、ついに古谷が登板する事態となった。
しかし、代わった古谷は相手の追加点を許さず、逆に味方打線の援護
によって勝ち投手となった。
準決勝でも先発は田上だったが早々に打ち込まれ、再び古谷がマウンド
に登った。
古谷の好リリーフで宇部商はまたも競り勝ち、ついに決勝、PL学園と再
び相まみえることになった。

このときあの古谷のコメントをやっと思い出した。まさか本当にこんないい
ピッチャーだったとは...。
そしてPLとの決勝で古谷はついに先発のマウンドに登った。好投したが、
清原に2本のホームランを浴びて敗れた。
確かにこのとき、古谷は田上を抜いたかもしれない。

古谷のピッチングはわたしに大きな影響を与えた。
わたしは翌年、高校の野球部に入ったが、同級生には素晴らしいピッチャ
ーがいて、とてもエースにはなれそうもなかった。
しかし古谷のようにがんばっていればいつか出番が来るかもしれない、そ
う思って練習し続けた。
だがそのときは来なかった。わたしとエースとはレベルがちがいすぎた。
わたしは古谷にはなれなかった。

最近の高校野球では複数投手が主流なので、いまだったら当然古谷のよ
うな投手の出番はもっと多かっただろう。『エース』という言葉にいま以上の
重みのある時代だった。

縦スラ

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最近の高校野球では縦に落ちるスライダー・"縦スラ"を使う投
手が多くなった。わたしの記憶では、松坂が高校時代よく投げ
ていたあの球が初めて観る縦スラだったと思う。
それまではスライダーといえば横へすべるように曲がる直球よ
りやや球速のおそい球のことだった。打者は縦の変化に比べ
ると横の変化にはわりと順応しやすい。わたしは草野球でスラ
イダーを覚えたのだが、得意の縦に割れるカーブとちがい、コ
ースを誤ると痛打された想い出がある。

この縦スラ、実際に観たことがないのだが、低めのワンバウン
ドのボールでも、キレのいい縦スラなら空振りが取れる。早大
の斎藤佑樹も楽天の田中将大もこの球を多投していた。
いったいどうやって投げるのだろう? 昭和の高校球児は頭を
悩ますばかりである。

オリンピックに出場した野球の選手・監督が、今回の成績に関し、
必要以上に恐縮しているのが気になっていた。
確かに"日本代表"という肩書きは付いているが、団体競技とは
いえ、オリンピックは選手個人が能力を競い合う場だ。今回、日
本代表としても当初望んでいた成績はあげられなかったし、選手
個人にも大いに悔いが残るプレーをしてしまったものもいるだろ
う。しかしスポーツの原点は個人が楽しむもの、それはたとえオ
リンピックの場であろうと変わりはない。なのに野球だけが団体
の成績に固執しているようにわたしには思えた。谷亮子選手が金
メダル獲得の意欲を前面に出していても、それは決して日本のた
めではない。彼女自身のためだ。北島康介選手にしても日の丸を
背負って今回のオリンピックに望んだわけではない。

チームプレーは大事だが、それも結局は個人のプレーの集合体で
ある。今回チームへの奉仕の気持ちが強いあまり、怪我をして満
足なプレーができなかった選手が何人もいた。

日本選手にはいい見本がいるではないか。イチローである。日本
選手は彼のような気構えでオリンピックに望めばよかったのでは
ないのか?

イ・スンヨプは試合後そう語ったという。
おそらく彼は自分のホームランをただ誇らしげに語ったのではな
く、それまでまったく打てなかった自分が、決して易しいコースで
はない球をここいちばんの場面でスタンドに運んでしまった野球
のドラマ性をこう表現したのだと思う。

インタビューにまともに答えることができない岩瀬。ほかの選手に
肩を抱きかかえられ、目を真っ赤に腫らしながら引き上げるG.G.
佐藤。ウィニングボールをつかんだ瞬間、芝生の上にしゃがみこ
む韓国選手。まさに野球はドラマだ。

板東英二がかつて甲子園で名を馳せた名投手であったことは、若いひ
とたちにはとくに知られていない事実であろう。
ちょっと野球に詳しいご年配の方などに聞けば、「あぁ、板東・村椿の投
げ合いね、あれは凄かった」などと想い出話を語ってくれるだろう。

徳島商の板東は1958年、準々決勝の魚津戦で18回引き分け再試合
のルールが初めて適用された試合で完投し、再試合でも完投し勝ち投
手になった。
準決勝でも作新学院を破り決勝へ進んだが、柳井に惜しくも破れ、優勝
を逃した。
この大会で彼が記録した83奪三振は高校野球の一大会における通算
奪三振の最多記録であり、現在も破られていない。

ちなみに『ブレイクしたいねんっ!』は板東のブログのタイトルである。
68歳でブログってるこころの若さは大いに見習うところがある。

高校野球の球審が、どうも追い込まれた方に甘い傾向があるような気
がする。
プロ野球の球審と比べると、明らかにブレがひどい。
ただ単に球審の質の問題なら、彼らはプロではないので仕方がないが、
どうもどちらかに肩を持っていると思われたくないという情実が含まれて
いるような気がするのである。
しかしそれがまったく問題にならないのは、高校野球の触れてはいけな
いタブーのひとつだからだろう。

まぁ、そんなことを気にしているのは、草野球のボールの判定で球審に
詰め寄るわたしぐらいだろうが。

わたしが高3のとき、中日に見慣れない腰を曲げたへんてこりんな
フォームで投げているピッチャーがいた。
まさか彼が200勝投手になろうとは当時思いもしなかった。

山本昌の多趣味は有名で、ラジコン、カブト・クワガタムシ集め、漫
画収集、その他たくさん。なかでもラジコンは自ら『山々杯』なるラジ
コンのイベントを主催するほどの熱の入れようで、趣味の域を超え
ているとのもっぱらのうわさ。
自分のオフィシャルサイトを立ち上げたのもプロ野球選手としては
山本昌がさきがけ的存在であった。

それにしても最近の山本昌は絶好調である。得意のスクリュー・ボ
ールがさえ、130キロ台のストレートも丁寧にコーナーに決まり、
緩急自在の投球を繰り広げている。

世の中には球の遅い奴はピッチャーなんてできないと思っている指
導者がいる。そんな指導者は山本昌のピッチングをよく見るがいい。

わたしには『遊び球』を使う意味がわからない。
空振りを誘うボール球を使うのはわかる。しかしそれを遊び球
とは言わないだろう。わたしが言う遊び球とは打者が平然と見
送れるような2-0からの外角へのボール球である。
使う理由として考えられるのは、打者の打ち気をそらすか、勝
負球の前にボール球の軌道を目に焼き付けさせる、それくらい
しか思い浮かばない。
内角の厳しいコースへ一球投げておいて、次に外角で勝負とい
う攻めは実際有効だろう。しかし、それを遊び球と言うだろうか?

無駄に一球分投手に疲れさせるより、三球勝負にいくほうが理
に適っていると思うのだがいかがだろうか?

昭和48年の夏、甲子園の話題は江川一色だった。
センバツでなりふり構わぬ広商野球の前に敗れた作新学院だったが、
夏の栃木県予選で江川は5試合のうち3試合をノーヒット・ノーラン。
打たれたヒットはわずか2本といういまでは考えられないピッチングで
甲子園へ出てきた。
1回戦の柳川商戦では延長15回、2対1で辛勝。江川は23個の三振
を奪った。
そしてむかえた銚子商戦。雨の降り続ける甲子園、試合は0-0のまま
延長12回裏に入っていた。雨で滑るボール、押えが利かない。1死満
塁、カウントが2-3になったとき、作新の内野陣がマウンドに集まった。
江川によると、彼自身が内野陣を呼んだのだという。
江川は「まっすぐを力いっぱい投げたい。それでいいか?」と言った。
ナインは「お前の好きな球を投げろ。お前がいたから、俺たちもここまで
来られたんだろ。」異口同音に言った。
当時、作新は江川が独り浮いていると言われていた。しかし実際はみん
なが一匹狼のような性格で、個性派集団だったのだという。
実はわたしの時の野球部もそうだった。「野球は個人競技」とうそぶる者
さえいた。決して仲が悪いわけではない。上っ面のなれあいを嫌い、個
を重んじる集団だったのだ。
その作新がこのとき初めてひとつになった。江川にはそのときなんの迷
いも消えていた。
そして江川が投じた一球は大きく高めに外れた。しかし江川に悔いはな
かった。高校時代でいちばんいいボールが投げれたからだと江川は言っ
た。

押し出し

嬉しくない!

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今回、わたしの出身地(合併したので)の高校が甲子園へ行くことに
決まりました。

でも、ぜんぜん嬉しくありません。

その高校はうちらの代ではまだ女子高で、卒業してから共学にして進
学にも力を入れだした学校なのです。
だからわたしの感覚ではどうにも部外者なのです。
それともうひとつ、今回準優勝となった上尾高校とうちの高校は三回
戦で対戦していて、延長10回2対1のサヨナラ負けをしたのです。
古豪・上尾に甲子園に行ってもらいたかったのはノスタルジックな面
も大きいですが、あの時勝ってればもしかしたらうちが甲子園に行け
たかも知れないという身勝手な解釈もあります。
でもまあこうなってしまえばやっぱり北埼玉の代表としてがんばって
ほしいと思います。

言っとくけど、うちの高校は甲子園の一回戦完封勝ちしてんだからね。

北埼玉大会で旋風を巻き起こしていた埼玉県立春日部高校がついに
準決勝で敗れた。
春高はわたしの母校と兄弟校とも言える関係で、男子校、自由な校風、
部活動が盛ん、(在学中は)あまり受験に熱心でないという共通点の
ある高校である。
おそらくメディアなどで言われているように学業との両立なんてしている
選手はほんの一部だろう。
甲子園にかける意気込みは、そこいらの野球学校の生徒となんら変わ
らないと思う。

ただ、予備校の夏期講習の予約はしているかもしれないが(うちの先輩
は甲子園に出てそれらをキャンセルする羽目になった)。

野茂英雄がついに引退を発表した。
いまでこそ多くの日本人プレーヤーが大リーグで活躍しているが、
そのパイオニアはもちろん彼である。
当時は日本人が大リーグで活躍などできるはずがないというのが
アメリカでの常識だった。
いまでこそメジャーの球団も一流日本人選手に大金をはたく時代
だが、ドジャース入団当時は野茂ほどの選手でもメジャーでは実
績のない新人扱いだった。
しかし、野茂のピッチングはメジャーでも通用した。一年目からオ
ールスターに選出され、2度もノーヒット・ノーランを達成した。
イチローに国民栄誉賞をという話はあったが、なぜ野茂にはその
話が出ないのだろう? もっともわたし個人としては国民栄誉賞と
いうものにそれほどの価値があるようには思えないのだが、まず
イチローの前に野茂だろ、というのが正直な気持ちである。野茂
が成功しなかったら、イチローはもちろん他の日本人メジャーリー
ガーも存在しなかったかもしれないのだから。

野茂英雄、偉大な選手だった。いまはゆっくり休んでほしい。

石田文樹さん

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この名前を聞いただけでピンとくるひとはかなりの高校野球通。
石田さんは今月15日、横浜市内の病院で直腸がんのため亡くな
った。41歳だった。
KKコンビが唯一深紅の優勝旗を手にできなかったときの優勝投
手が当時取手ニ高のエースだった石田さんである。
昭和59年、PL学園と取手ニの決勝戦はいきなり波乱含みだった。
雨で試合開始が遅れ、立ち上がりやや不安定な桑田が2死ニ塁
から桑原にセンター前へ運ばれる。これをセンター鈴木がトンネル
して、取手ニがいきなり2点を先取する。そのあと6回にPLが1点
を返すが7回に取手ニキャプテン・吉田が2点本塁打、PLを突き放
す。
PLも8回に2点を返し1点差でむかえた9回、先頭打者の清水哲
が起死回生の同点本塁打を放つ。明らかに動揺の見て取れる石
田は次打者に死球を与えてしまう。ここで木内監督は柏葉をワン
ポイント・リリーフに送り込む。これで落ち着きを取り戻した石田は
後続を抑える。そして試合は延長戦へ。
10回表疲れの見える桑田が1死一、二塁から取手ニ・中島の伝
説の"大根斬り"スイングでレフトスタンドへ運ばれる。桑田がこれ
だけ打たれたのは、1年次の高知商戦以来か。
そのあと桑田はさらに1点を奪われ、ついにKO。
石田は10回裏のPL攻撃を無得点に抑えゲームセット。茨城県勢
初の全国制覇を成し遂げた。

石田さんはその後早稲田大学へ進学するが中退、社会人を経て
プロ野球へ進むが目立った成績を残せず1994年に引退、打撃
投手へ転向する。
ダイナミックで、なおかつ美しい投球フォームが印象に残っている。

ご冥福をお祈りいたします。

夏の埼玉はとにかく荒れることが多い。
昭和57年、大型左腕・日野を擁した上尾高校はセンバツには
出場したものの、全国制覇の期待のかかった夏の県予選で伏
兵・鴻巣に9回裏、逆転サヨナラ3点本塁打を浴びて3回戦で
敗れ去った(このとき日野はKOされていて、打たれたのは二
番手の造)。
この年の甲子園出場校は斎藤政樹擁する市立川口でもなく、
県北一の進学校でメガネの選手ばかりの熊谷高校だった。

昭和63年は大型スラッガー・山口のいる大宮東がやはり全国
制覇を狙える高校として注目されていた。
しかし、大宮東は準決勝で破れ、優勝したのはやはり進学校の
浦和市立(現・市立浦和)だった。
しかも彼らは甲子園でも旋風を巻き起こし、準決勝まで進んだ。

聖望学園にも当然期待がかかったが、記念大会で学校数が半
分に分けられ2代表になっても甲子園への道は厳しかった。

埼玉の高校で唯一優勝しているのが昭和43年のセンバツの大
宮工。あとは大宮東、聖望学園が準優勝。夏は熊谷と春日部共
栄の準優勝が最高、埼玉はまだ夏の甲子園を制したことがない。
ほかのスポーツに比べて、野球は弱いといわれるゆえんである。
確かにうちの町もサッカーのほうが盛んだったし、中学でも軟式
だったしなぁ。弱いのも仕方ないかも。

高校野球の名門・龍谷大平安の野球部で2年生が1年生をバットで殴ったり、
正座をさせた事実が発覚した。
高野連は事件と無関係の3年生のみ夏の地方大会の出場を認める措置をと
った。
高野連は運動部の一般的な慣習をわかっているのだろうか?

3年生部員が、「1年がたるんでる。2年シメとけ」と言って2年生に1年生の
"指導"をさせるのはほとんどの運動部での日常風景だ。3年生部員が無関
係と言うことはまずありえない。そんなことは学生なら誰でも知っている。

どうも高野連は目先の不祥事ばかりにとらわれていて、その背景にある運動
部の封建的側面を改善する努力をまったくする気がないようだ。
高校野球の表面的な健全さばかり取り上げるマスメディアにも問題があると
思う。その奥に潜む灰色の部分を徹底的に掘り下げる努力をすることが、本
当の高校野球の健全化に役立つと思う。

それはまぎれもなくあの試合を観たときからはじまった。
昭和60年夏の甲子園決勝・PL学園対宇部商。
KKコンビを中心に、圧倒的な力を誇ったPL学園。
かたやエースの不調による二番手投手起用により辛うじて決勝まで
勝ち残った宇部商。力の差は歴然としていた。
当時その宇部商躍進の原動力となり、その時点での大会通算最多
の4ホームランを放っていたセンターの藤井進は、あのころのPLに
勝つ方法があったのか考え、こう答えた。

「可能性はひとつあるんです。清原を敬遠することです」
「でもそんなこと当時は考えもつきませんでした。また敬遠して優勝
 しても、もやもやしたものが気持ちの中に残ってたでしょうね」
「だから、負けは負けでも、エエ負けやったと思うんです」

大黒柱・田上の陰に隠れながらも、必死にいままで努力してきた二
番手投手・古谷の力を宇部商ナインは信じた。いや、ひょっとしたら
いままで陰でがんばってきた古谷に清原との対決という最高の舞台
を与えてやりたいと思ったのかもしれない。

先の藤井の言葉、どっかの四国の監督に聞かせてやりたい。

ボストン・レッドソックスのジョン・レスター投手がノーヒット・ノーラン
を達成した。それだけでもすばらしいのだが、この選手は2年前に
血液のがん、悪性リンパ腫にかかり、長い闘病生活を続けていたこ
とがあったのである。
命を失っていたかもしれないにんげんが、こうしてメジャーリーガー
として最大級の賛辞を浴びている。ひとの人生とは本当にわからな
いものである。

不適切な行為

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常葉菊川の野球部監督が女性記者に対して"不適切な行為"をしたらしい。
また、選手の一人も新聞記者に"不快に感じる"電話をかけるなどしたという。
"不適切な行為"ってなに? "不快に感じる"ってどんなこと?
常葉菊川は特待生問題でもやり玉に上がっていたし、なにかと問題が多そ
うな高校だな。

先日YouTubeで母校が甲子園に出たときの映像を観ることができたが、
今度はわたしの永遠のピッチャーの理想形、京都商・井口投手の投球フ
ォーム集があった。
やっぱカッコいいなぁ! 脚の上げ方とかものすごくダイナミックで、おそ
らく運動力学的には無理のあるフォームだと思うんだけど、わたしにとっ
ては究極の理想のフォームなんだな。

清原って

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いまだに清原を応援しているひとって、やっぱり多いんでしょうか?
個人的には桑田のようなストイックさの感じられない彼にはまったく
魅力を感じないんですけど。
もちろん投手と打者のちがいはありますけどね。
プロ野球界の"和田アキ子的"なところも嫌いだし。

始球式

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一度やってみたいこと、それは始球式。
バッターにぶつけて乱闘になるというのもいいですが、ここはひとつ特技
を生かしカーブを投げ込めばそれなりに盛り上がるのではないかと。
でも変化球って遠めに見るとほとんど変化してるように見えないんだよね。
以前、自分のカーブの映像を見てがっかりした覚えがあります。
やっぱり野球はテレビで観たほうが面白いっすよ。

どなたか始球式やらせてくれませんかぁ~。

前者は王貞治からホームラン世界記録となる756号を打たれた
投手として、後者は阪神のランディ・バース、掛布雅之、岡田彰布
から"バックスクリーン3連発"を打たれた投手として、おそらく永遠
に映像が使われることだろう。
先日もNHK・BSの番組で槙原が"被弾者"としてゲスト出演して
いた。
そのあとフォローのように槙原の完全試合のことにも触れていたが、
やっぱり槙原といえば"バックスクリーン3連発"だな。

21世紀枠でセンバツ出場を果たした愛知県立成章高校は
夏の大会が終わると田原市内の三校の中心となって補欠部
員の親善大会を主催するという。
ひと呼んで『もうひとつの甲子園』。
なんと素晴らしい試みだろう。
わたしのような万年補欠部員にとっては願ってもない活躍
の機会だ。
こんな風に部員全員を大事にする雰囲気があるということ
がなんとも素晴らしい。
甲子園に出場することがすべてではない。
野球は一部のエリートたちだけのものではないのだ。
補欠部員だってレギュラー部員とおなじように毎日鍛錬し
てきたのだ。
もし自分がその大会に出場できたら、結果にかかわらず
『燃え尽きる』ことができただろう。
このような動きが日本中に広がっていくことを強く望む。

阪神の藤川は真ん中高めのストレートを空振りさせる。
球に伸びがあるからバッターは絶好球でも空振りしてしまう。
ピッチャーがただ速く投げることだけを考えて投げると、たいてい
あのコースにボールが行く。
要するにそれしか考えてないのだ、藤川は。
それでも抑えてしまうのが気に食わない。
わたしはピッチングとはバッターとの駆け引きだと思っているので、
藤川のピッチングは観ていてちっともおもしろくない。
12球団一つまらないピッチャーだ。

頼むから阪神は甲子園を出ていてくれ!
甲子園は高校球児たちの聖地なのだ。
今日言いたいことはそれだけだ。

聖望、準優勝

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横浜ベイスターズの日本一
浦和レッドダイヤモンズのリーグ・天皇杯制覇
ピッツバーグ・スティーラーズのスーパーボウル制覇

永年待ち続けてきたことのほとんどは経験することができた。
唯一残っているのは、埼玉勢の甲子園制覇である。
聖望学園はわたしが高1のとき夏の県予選で対戦し、うちが2本の
ホームランを打ちながらも敗退した。
その一年後、日高にある聖望の専用グラウンドで練習試合をしたこ
ともある。
だから聖望学園は県内でもなじみのある高校だったのだ。
しかしまたもや埼玉勢が栄光を勝ち取ることはなかった。
ほかのスポーツは比較的なんでも強い埼玉が、なぜか野球だけは
弱い。
サッカーがアメリカではやらないように埼玉では野球はマイナーなの
だろうか?
埼玉西武ライオンズも県民はぜんぜん応援しないし。

とはよく言うが、わたしは異論を唱えたい。
打線は9人のバッターが構成している。調子のいいバッターもいれば
悪いバッターもいるが、平均すれば打力は毎試合そんなに変わるもの
ではない。
しかし投手の調子は皆さんが想像する以上にその日によってばらつき
がある。
したがって打線の出来不出来は投手の調子しだいなのである。

だからわたしに言わせれば「投手の球は水もの」なのである。

真のエース

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桑田がついにボールを置いた。
思えば桑田がいなければ、わたしは高校まで野球をしていなかった
かもしれない。
あのときのPLはドカベンの明訓に近い存在だった。
やまびこ打線・池田高校に完封勝ちして以降、「どの高校がPLを破
るか」がどの大会でも最大の焦点だった。
そしてその常勝・PLの柱はまぎれもなく桑田であった。
桑田はプロに入っても存在感を発揮した。
ボールにブツブツ話しかけている様子は、世間ではやや引いて捉え
られたが、わたしには彼の気持ちが痛いほどわかった。
あれは精神的な『癒し』を求める儀式なのである。
投手とは常人にはおよそ耐えられないポジションなのである。
わたしもボールにではないが大きな声で独り言を言ったものである。
3アウトをとって走ってダッグアウトへ戻る姿もかっこよかった。
投げるときはもちろん、守っても、打っても、走っても全力。
わたしは思った。彼は自分なりの『野球道』を極めようとしている
のだと。

彼の野球道は限りなくストイックでほかの者にはまねのできないも
のだった。
彼の求めた野球道を継ぐものが現れることを強く望んでやまない。

しょっぱなからいいゲームが続いた。
日本ハム対ロッテ、西武対オリックスは息詰まる投手戦。
ソフトバンク対楽天は逆転サヨナラ3ラン。
3ゲームとも1点差という見ごたえのある内容。
個人的にはロッテ・小林宏のアクシデント降板のあとを次いだ
42歳小宮山悟の好投に“あっぱれ!”。

今年もパ・リーグのほうがおもしろいかな?

今日も1イニングだが無失点。これからもう少し長いイニングを
任されればメジャーの道もそう遠くはないだろう。
あいかわらずカーブは有効のようだ。四死球が多いのはそれ
だけきわどいコースを突いているからだろう。
審判のくせをつかめばその点は修復できるはず。
とにかくまだこれからだと思う。桑田も少しずつ修正していくだ
ろう。

ヒジを手術するケースは大きくわけてふたつある。
ひとつは遊離軟骨が悪化して、それを除去する場合。
もうひとつは靱帯や腱を痛めて、体の他の部位などから移植する場合
である。
前者は比較的容易な手術と言われ、術後の経過も良好なことが多い。
しかし後者は一般的に前者と比べ、極めて難しい手術だと言われる。
かつての村田兆治や、桑田真澄の受けた手術である。
手術自身も術後のリハビリも困難を極める場合が多い。
たいていの場合、成績の不調が続いた末の決断なので、移植手術を
受けても大きく報道されることは少ない。
華麗な復活を遂げる投手がいる一方で、ひっそりと消えていく投手が
毎年何人もいるのだ。
それでも投手が辞められないのは、このポジションがそれだけ魅力的
なものなのだろう。

もしわたしが手術したらいま以上のピッチングができる可能性があるの
なら、わたしはいまでも手術するかもしれない。

わたしは野球部出身だが、バッティングと守備は草野球以下のレベル
である。
まずバッティングであるが、中学高校通じて一本もヒットを打ったことが
ない。
いちおう送りバントを決めた経験はある。バントはけっこう得意だ。
ピッチャーのくせにセーフティーバントを狙ったこともある。
つぎに守備であるが、基本フライが苦手である。
とくに凡フライは嫌いである。
だからピッチャー以外のときは内野を守る。
ピッチングだって草野球レベルなのだが、いちおうカーブという武器が
あるのでまだましかと思う。
たぶんわたしは動体視力が鈍いのだろう。ピッチャーは動体視力は
あまり関係ないから。

うん、やっぱり野球やるならピッチャーに限る。

わたしもびっくりしたのですが、どうやら『阪神甲子園球場』の命名は
そのままで、観客席の一部に企業名がつくということらしいです。
甲子園球場は甲子園球場です。これはどんなに経済的な効果があろ
うとも代えてはいけません。許しません。
これは理性うんぬんの問題ではなく、多くの甲子園を目指している、
また目指してきた高校球児のみんなが拒否するでしょう。

高校球児にとって、甲子園は絶対的な存在なんです。

ルールの盲点

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漫画『ドカベン』でこんなシーンがある。
1アウトフルベースで打者(微笑)はスクイズを試みたがポップフライに
なった。
投手(不知火)がダイビングキャッチして2アウト。
一塁を大きくとび出していた走者(山田)を見て一塁へ送球して3アウ
ト。
一見なんでもないプレーのようだが問題は三塁走者(岩鬼)だ。
フライが上がったにもかかわらずホームへ突っ込んだのである。
そしてホームベースへのタッチのほうが一塁の捕球より早かったので
ある。
この場合、守備側がその後三塁ベース上でアピールせず、野手がす
べてフェアグランドを離れた時点で得点は認められる。
なぜか?
打球の捕球より早く離塁したとしてその塁に送球してアウトになるのは
アピールプレーなのである。
すなわち走者が次の塁へ進む権利を失ったわけではない。
なのでこの場合、投手は三塁へ送球しなければならなかったのである。

以上、『ドカベン』35巻より得た情報でした。

野球ってどこがおもしろいの? と言いながら、気づいたらスポーツの
カテゴリーのなかではいちばん多くのエントリーを書いていた。
なんだかんだ言っても、自分は野球が大好きなんだなと改めて思う。

イチローがマリナーズとの契約が切れた昨シーズンオフ、移籍の選
択があったことを認めていた。
ヤンキーズも想定にあったという。
しかしイチローはマリナーズにとどまった。
個人的には本当に良かったと思う。
たとえヤンキーズで世界一になっても、それはイチローの実績の蓄積
が反映されたものではない。
イチローが毎年コツコツと積み上げてきた実績の上にいまのマリナー
ズがある。

やはりイチローにはマリナーズで世界一になってほしい。

終わってみれば10-2だけど、途中まではまぁ安心できない試合
だった。
ダルビッシュの出来は明らかに悪かった。それでも抑えるあたりは
さすが日本のエース。あの若さで勢いだけでなく技も兼ね備えてい
あたりはお見事。
しかし6回の逆転ホームランのときはまさかと思った。それまでこう
着状態だったし、日本が点を取れる雰囲気がなかったのでこのまま
ズルズルという展開だってありうると思った。

大量点は取られたけど台湾の強さはよくわかった。もちろん韓国も
強い。ただ日本はメジャーの選手は今回でていないし、まだ国際大
会をなめていると思う。今後のために本当は北京にいけないほうが
よかったのかもしれない。やっぱりオリンピックはWBCと比べても
ランクが下がると思うので。

今日の韓国との試合、どれくらいの視聴率とったのだろう?
試合が始まるまではわたしの気持ちの中でそれほど盛り上がって
いなかったのに、韓国が先制したあたりからテレビに釘付けになっ
た。
家族も久しぶりにこんなに真剣に野球を観たと言っていた。
やはりふだんのプロ野球の緊張感とはレベルがちがう。国際大会
のおもしろさは野球でも変わらないことを改めて証明したような気が
する。

サッカーのようなワールドワイドな競技に比べ、野球のグローバルな
展開はまだまだ遅れている。しかし2006年におこなわれたWBC
のように、国単位で競うという動きも徐々に出てきている。
ただWBCはアメリカのメジャーリーグ主導のかたちでの開催の段階
でサッカーのワールドカップのような位置づけにはまだ遠い。
しかしそのサッカーだって第一回ワールドカップの出場国数は13だ
ったのだ。
サッカーほどのポテンシャルはないかもしれないが、WBCの運営主
体がFIFAのような国際的な組織によって運営され、参加国も増える
ようになればきっともっと世界的な注目を集めるだろう。

今回はオリンピック予選だが、ロンドン以降オリンピック競技ではなく
なってしまうにもかかわらずこの盛り上がり。ぜひWBCにも反映させ
てほしい。

日本シリーズ第5戦で8回までパーフェクトだった山井に代えて
9回に岩瀬をおくった起用法だが、首をかしげる解釈をしている
ひとも多い。
曰く、勝つために確率の高い岩瀬への継投を選んだというもの。
ちょっと待て、この日の岩瀬の本当の調子は投げてみなければ
わからない(ブルペンの調子で判断できるものではない)が、山
井が絶好調であることはわかっているじゃないか。
確率論で言うなら、岩瀬への継投より山井続投のほうが抑える
確率は高い。
ゆえにわたしからみれば落合監督のとった起用法はまったくま
ちがっていると言わざるを得ない。

記録より勝利への確率を選んだのではなく、「最後は岩瀬」という
“かたち”にこだわった血迷った采配に他ならないとわたしは見て
いる。

かつて浦和レッドダイヤモンズができたとき、あれほど熱狂的に
支持されるとは思わなかった。なぜなら県南地方の住民の多く
は“埼玉都民”が占めており、住民意識に乏しいことが決定的な
弱点になると思っていたからである。
ところがふたを開けてみると実際の浦和サポーターは日本一熱
狂的だとも言われている。
いっぽう西武ライオンズはというと、ほとんどの県民が“埼玉の球
団”というイメージを持っていないと思う。
球団の戦略がもともと西武鉄道沿線の住民をターゲットにしてい
るように感じる。埼玉の他の地域は蚊帳の外だ。
実際、西武ドームへの足は多くの埼玉県民にとって不便だ。この
時点で『地域密着型球団』という姿勢はかけらもない。
かつて80年代から90年代にかけて西武黄金期を築き上げたが
県民はびくともしなかった。地道なファン単位のサービスよりも、
画面に出る強い西武ライオンズの姿がなによりのコマーシャルに
なると思っていたのだろうか。

いまこの方針に変化が現れている。球団名に『埼玉』が付き、大
宮での一軍公式戦開催も想定しているとのこと。
千葉や北海道で成功しているように、“熱い埼玉県民”が球団に
目を向けてくれる方策だってあるはずだ。
いっそのこと大宮県営球場にフランチャイズを移してしまえ!

江夏の21球

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球史に残る一球としていまだに語り継がれる石渡への19
球目、本当にカーブの握りからウエストできるのか?
この場面、江夏は自軍がブルペンに準備をさせたのを見て
いちど冷静さを失っている。しかし一塁を守る衣笠にいさめ
られ冷静さを取り戻す。それがなかったら、あのプレーはな
かっただろう。
問題の一球だが、右ピッチャーであればわりと早くスクイズ
に気づくことができる。左ピッチャーとなるとキャッチャーの
動きだけが頼りだ。バッターはスクイズの構えからバットを
引くこともある。だからキャッチャーはランナーの動きを見て
反応する。ピッチャーから見れば、キャッチャーの動きだけが
頼りなのだ。

ちなみに江夏にとってカーブは決して得意球ではない。
なのにこの回かなり多投している。しかも近鉄のバッターは
この球に四苦八苦している。このあたりも謎のひとつである。

話を戻そう、はたしてカーブの握りでウエストできるか?
可能だとすればおそらくものすごい強靭な精神力の持ち主
であろう。江夏は衣笠のフォローで逆に冷静さを完全に取り
戻した。でなければあの投球はできないであろう。

剛速球投手から技巧派投手に見事に転向した江夏。それ
だけでも十分評価に値する、見事な変貌である。
また、この技巧派への転向がなかったら、この名場面も変わ
った結末になっていたことだろう。

アジアシリーズのゲストに中居正広が出ていたが、なかなか
おもしろかった。下手なプロ野球経験者の解説者よりよっぽど
鋭い指摘があったり、極めつけは、

「ウッズはなんで帰っちゃったんですか?」

要はアジアシリーズに日本の球団は重点を置いていないから
なのだが、それを暗に指摘してしまった中居くんはえらい!

本当に本人がいっぱいいっぱいって言ったならわかるけど、
ちょっと解せないなぁ。
投手をやっていた身からすると、ああいうことをされるとプラ
イドが許さないと思う。
このピッチングをしているいまのオレより岩瀬に託すほうが
抑える確立が高いってか? 冗談じゃないって思うよ。
もともと中日の優勝は認めない方針だったけど、この一件で
さらにケチが付いた感じ。
中日自身にも落合自身にも基本的には好印象を持っている
だけにかえすがえすも残念だなぁ。

制球が甘い投手

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高校の1年先輩に球のめっぽう速いひとがいた。
しかもカーブの切れもよく、投手の素質としては非常に
恵まれている方であった。
しかし残念なことにコントロールが甘かった。
コントロールが“悪い”のではなく、“甘い”のである。
おそらく130キロ超の速球があるのにそのほとんどが
高めにきてしまうのである。
そのせいでその先輩はよく1回に10点とかとられてい
た。
頭の中のあと1割だけでも球を低めに集めることを心が
けていたら、おそらく県北最高の投手になっていただろ
う。
素質は十分だっただけに残念である。

今日の岡島はすごかった! 1点差の場面で3イニングまたぎ
で投げさすのだからその信頼度はものすごいものなんだろう。
しかもそれに応えるピッチング。もはや松井稼頭央は完全な
脇役ですな。
これでボストンは2連勝。第3戦の先発は松坂。ここはひとつ
落としてもいいから今日岡島に長いイニング投げさせたのかな。
中一日はさすがにキツいでしょう。

それにしても岡島のボストンでの貢献度は相当なものでしょう。
本人はつねに控えめだけど、観ているひとは観てますよ。

日本のプロ野球は“ねじれ現象”でやや興味をそがれて
しまったが、MLBのほうは盛り上がっている。
1勝3敗の絶体絶命に追い込まれたレッドソックスが巻き
返し、逆王手をかけたのである。
しかも第7戦の先発は松坂、プレーオフではあまりよい成
績を残していないだけに松坂にとっては正念場だ。

松坂の調子は決してよくなかった。5回で代えたのは正
解だと思う。セットアッパーには岡島がいる。
岡島の安定したピッチングは見事だった。セットアッパーと
しては異例の3イニング目に送り出したくらいだ。

松坂はシリーズまでに改めて投球の確認をしておくべきだ
ろう。サインどおり投げた球が打たれすぎた。
準備を怠っていると、ロッキーズ打線につかまることは目に
見えている。

それにしても、日本人がメジャーでこれほど活躍する日が
来るとは誰が予想しただろう。そしてそのパイオニア・野茂
はベネズエラでがんばっている。がんばれ、野茂。

ねじれ現象

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セ・リーグのCSはリーグ戦2位の中日が優勝して日本シリーズ
出場を決めた。
リーグ優勝を逃したものの日本シリーズ出場を決めた後ろめたさ
からか、落合監督は胴上げを拒否したという。
それにしても巨人はなぜこんなにも力を発揮できなかったのだろ
う? 中日との相性だろうか?
この制度ではリーグ戦の下位上位にかかわらず、対戦成績の良
し悪しが結果に大きく左右する。野球においてビジターで戦う不
利はさほど大きくないと思われる。そうなると1位のアドバンテー
ジなんてほとんどないのではないだろうか?

もし中日が日本シリーズを制したら釈然としない思いを抱くファン
は多いのではないだろうか? しかし現実にわたしはセパCSのほ
とんどをなんらかのかたちで観ている。制度に矛盾を感じながらも
経済的効果は明らかによいかたちを残しているわけだ。

これでいいんのだろうか? なんだかなぁ…。

うちの高校の野球部は一戦目を突破し、二戦目に向けて
練習をしていた。
わたしも数少ない思い出創りにと、いつもはやらないバッ
ティング投手をやった。
それが悲劇の始まりだった。ピッチャー返しを受け、打球
を右のスネに当てた。ひとりでは歩けないくらいの状態に
なってしまった。
次の試合は数日後、それまでに治るかは微妙だった。

そして試合当日、キャッチボールをしたが、軸足に力が入
らない。試合中もブルペンで投げようとしたが無理だった。
そうこうしているうちに試合は負けムードになり、結局わた
しの高校野球は試合に出れる状態でないまま終わった。

いつか必ず自分の出番が来るはずだと信じていたわたし
にとってその現実はにわかに信じがたいものであった。
わたしは一年上の先輩主催の呑み会をすっぽかして、30
キロ以上はある自宅まで、自転車で帰った。こんな悔しい
想いを呑んで忘れることなんてできるかと思ったのだ。

今日も夢で観た。いちどでいいからエースとの一騎打ちで
紅白戦がやりたかったなぁ。

確かに盛り上がりはあると思う。しかしMLBのように地区を
越えた対戦があるわけでもなく、同一リーグ内の対戦だけで
(交流戦はあるが)順位が決まるのだから、優勝したチーム
が日本シリーズに出れないのはおかしい。
1リーグ6チームしかないのにその半分に日本シリーズのチャ
ンスを与えるのは絶対おかしい。

これからはシーズンを優勝してCSで勝ち抜いてなおかつ日本
シリーズで勝ったチームでなければ日本一とは認めない。

古田が野球界に残した功績のなかで、地味にいちばん
大きいのはキャッチングの技術じゃないかと思う。

いままでの常識ではキャッチャーはきわどいコースの球
はキャッチした瞬間ミットをストライクゾーンに動かす。
しかし古田は捕る前からすでにストライクゾーンに向けて
動かしながら捕る。このほうが審判の目はだまされやす
い。
これをテレビで公表してしまったため、古田を真似たキャ
ッチングををする高校球児が急激に増えたという。

イチローにしても野茂にしても超一流はセオリーにとらわ
れず自分でよい方法を考え出すことができる。
古田のそれは地味だが、だから古田らしい。
明日は古田最後の公式戦。ビジターだけどきっと盛大な
古田コールに迎えられるだろう。

広島市民球場での現役最後のプレーを終えた古田プレーイング
マネジャーを広島ファンはあたたかく迎えた。
試合後敵地では異例のセレモニーがおこなわれたのである。

2004年、民意を無視した球団オーナーたちのプロ野球改革案に
反対して選手会がストライキをおこなったとき、もし選手会長が古
田でなかったら、あれだけの球団を超えたファンの支持は集まら
なかっただろう。

今日の試合では途中から代打で登場し、ホームラン性の二塁打
含む二安打と気をはいた。そして自らマスクをかぶり巧リードを観
せた。
残りの試合でもこの調子で最後の活躍を観せてほしいものである。

古田引退会見

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野球選手というと頭があまりよろしくないというイメージが
わたしの印象であった。
そのイメージを覆したのが桑田であり古田であった。
選手としての古田は決して偉大な記録を残したわけでは
ない。
しかし数字には表れないところで投手を助けていたことに
われわれは注目せねばなるまい。
選手会長としての実績はおまけだと思う。

プレーイングマネージャーとしては満足のできる実績を残
すことはできなかったといえるが、残りの試合はできれば
選手としての最後の雄姿を観せてほしいと思う。

最近振りかぶって投げる投手が少なくなった。
なかにはランナーなしでセットポジションで投げる投手も
いる。
コントロールをつけやすいというのが主な理由なようだが
個人的にはやはり振りかぶってもらいたいものだ。
特別な理由はない。ただその方がかっこいいからだ。
わたしにとって究極の“かっこいい”投手は京都商業の
井口投手。今年の夏の甲子園で言えば大垣日大の森田
投手がかっこよかった。その点、早大の斎藤投手は評価
低くなっちゃうな。むしろ楽天の田中のほうがいい。
“かっこいい”の基準はフォームの躍動感。あとテイクバッ
クがコンパクトなほうがよい。ヒジから持ち上げるようなフォ
ームだ。
そして振りぬきはダイナミックに、しかし投げ終わったあと
のバランスは崩さない、これが理想。

投球フォームは一種の“芸術”、よいフォームはそれだけで
も観る価値はあると個人的には思っている。

使い古された表現だが、今日の試合ほどこの言葉がふさわしい
ことはそうはないだろう。
佐賀北の平日の練習は3時間まで、試験前一週間は練習休み、
これじゃうちの高校と変わらない、そんな公立の進学校が奇跡を
おこした。
しかし今日に限ってはそんなサブストーリーなど関係ない。
7回終了まで完璧に抑えられていた佐賀北打線が8回裏3点差
からの逆転満塁ホームラン。
なんと4点差を一挙にひっくりかえしてしまった。
そして9回表、ランナーを出しながらもエース・久保が冷静なピッ
チングで0点に抑える。

『ふつうの野球部』でも全国の頂点に立つことができる。
だから甲子園はすべての高校球児たちの目標なのだ。

桑田が戦力外通告を受けた。
彼の挑戦にはとりあえず区切りが付いた。
今後のことはゆっくり考えて結論を出すであろう。
「お疲れさま」とはあくまでも通過点として、メジャー
挑戦が決まってからいまの段階までの彼の努力に
贈る言葉であって、彼の野球人生すべてに贈った
言葉ではない。
以前、もう引退したほうがいいという趣旨のことを
書いたが、アメリカへ渡って、彼自身少し生き生き
しているように見えた。ストレートの伸びもカーブの
切れもジャイアンツ時代の末期に比べると格段に
向上しているように見えた。確かにこれなら引退す
る投手の投げる球ではないと思った。実際はじめ
の何試合かは通用していた。
速い球が投げれない、それは言い訳にしかならな
い。
ジェイミー・モイヤーやグレッグ・マダックスのように
40歳過ぎても堂々とメジャーで実績をあげている
例もある。
ただ、桑田の場合無回転系の変化球があまり得意
でないのが痛い。『レインボール』といわれる縦のカ
ーブも投げた瞬間に球種がわかるので見極めはわ
りと簡単だ。
同じカーブボーラーとして悔しいが、いまの野球では
カーブはあまり有効ではないのである。

桑田がどんな結論を出すかわからないが、いずれに
しても彼の決定を静かに見届けたいと思う。

今日はなかなか見ごたえのある試合があった。
第3試合の東福岡対桜井の試合は3対1で桜井が
リードしていた7回裏、それまで東福岡打線を1点
に抑えていたエース・上島が突然脚の肉離れをお
こし降板。代わりに予選でも2イニングしか投げてい
ない2年生投手・長川原がマウンドに登った。
この非常事態に長川原は持ち味の伸びのあるスト
レートを中心に東福岡打線を抑えていった。
ところが最終回あと一人というところで踏ん張りきれ
ず同点に。そして延長11回サヨナラ押し出しで桜井
の夏は終わった。
桜井は野球留学などとは無縁の県立高。マウンドを
譲ったエース・上島も悔いは残るだろうが、期待以上
によいピッチングをした2年生・長川原に拍手を送り
たい。

やはり甲子園ではこういう高校にも活躍してもらいた
いものである。

かつてあれだけ熱中してた甲子園なのに、最近は
(昨年のハンカチ王子フィーバーも含めて)あまり関
心を持たなくなった。
単純に忙しくてそっちに手が回らないというのもある
が、明らかに興味は薄れている。
浦学を応援するかもわからない。
なのにたまに自分がまだ高校球児でいる夢を見る。
自分のなかでトラウマになっているのかもしれない。

でも、いいピッチャーが出てきたら興味わくだろうな。
わたしにとって『いいピッチャー』とは、

・低めのコントロールがいい(必須条件)。
・フォームがかっこいい(必須条件)。
・球速はそんなに速くなくていい。
・タテのカーブが鋭い。

こういうピッチャーに出会ったら熱心に観るだろうな。

『レインボール』は縦のカーブの鋭いやつです。
レインボールかどうかはともかく、わたしがいちばん
得意としていた変化球です。
球の握りは、中指の腹が縫い目にかかるようにして
重心から中指を外側にずらして握ります。
そしてこれが大事、親指を曲げて握ります。
その状態でバックスイングに入るときにはめいいっ
ぱい手首を内側に捻り、リリースと同時に一気に
手首を外側に捻り、さらに親指で弾くようにします。
するとボールに縦の回転がかかり、縦に大きく変化
します。
ポイントは親指の使い方。親指をめいいっぱい使うと
コントロールがしにくくなりますが、変化は絶大です。

ちなみに硬球のほうが変化は大きいです。硬式では
一度もジャストミートされたことがなかったですが、草
野球(軟式)で一本打たれました。

ロサンゼルス・ドジャースの斎藤隆がオールスターに
選ばれた。
日本でプレーしていたころと比べて格段にレベルアッ
プしているのに驚いた。
最速159キロのストレートと切れのいいスライダーで
防御率は1点台、ストッパーとして文句なしの成績だ。
斎藤はもともと大学ではじめて投手をはじめたため、
“投手年齢”が若い。それがこの歳でも球速を伸ばし
ている一因だろう。
個人的には好みのピッチングスタイルではないが、同
世代投手としてこれからもがんばってもらいたい。

ピッツバーグの地元紙で、桑田のカーブのことをこう書かれ
てたそうです。
なんでも日本がらみは“SUSHI”かよと言いたくなりますが、
それだけ注目されているということはいいことです。

それはおいといて、最近YouTubeで高校時代の桑田のピッ
チングを観ました。
桑田はそのときすでにプロでのピッチングを念頭においてい
て、あえてまっすぐとカーブ以外の球種を使わなかったと聞
きます。
そのせいかカーブの切れは恐ろしく鋭い。おそらくいま以上
でしょう。
あんなの高校生に打てません。
また、『捻り』とか『しなり』を活かすという野球理論に当時か
ら疑問を抱いていたと聞きます。それは1年次と3年次のフォ
ームのちがいを観ればわかります。
いまの桑田のフォームはホント自然体、それが本当に正しい
のか素人レベルにはもちろんわかりませんが。

とにかく結果は残しているようです。いまのところまだ敗戦処
理がメインのようですが、このままいまのピッチングを続けて
けばセットアッパーにはなれると思います。
そしてできればモイヤーやマダックスみたいになってほしいも
のです。

応援してますぞ!

高校野球では基本的に相手打者のデータなどありません。
なので技巧派投手といえど投球パターンはそれほど多くは
ありません。
まず初球、縦のカーブから入ります。
これはボールになってもかまいません。この球があると相
手に見せておくことが重要です。
2球目は外角へストレート。初球カーブを見せておけばたい
てい見送ります。
ここで2ストライクになれば迷わず3球目は縦のカーブ、もし
くは調子の良し悪しによってはシンカーで三振をとりにいき
ます。
1-1、0-2だったら横のカーブでカウントを取りにいきます。
横のカーブは縦のカーブよりコントロールしやすいのでこの
球種を選びます。いまだったらスライダーがあるんですが、
当時はこの球を使っていました。
これ以上カウントが悪くなったらストレートしかありません。
だいたい打たれるパターンです。
しかし、2ストライクをとればだいたい縦のカーブかシンカーで
打ち取れます。
重要なのはストレートを高めに浮かさないことです。わたしの
ストレートでは甘くなると簡単にもってかれます。
カーブで全部ストライクが取れればいいんですけどね。

おもしろい! 松坂 vs イチローの何倍もおもしろい!
初球は真ん中高めのストレート。ボールになったのは
明らかに意図的。これはあとのピッチングの伏線にな
っている。
2球目はチェンジアップ気味の外角球で見逃しストラ
イク。
3球目は内角のスライダーで空振り。
最後は得意の『レインボール』で空振り三振。
あのイチローをもコースを丁寧に使ったピッチングで完
璧に抑えた桑田。この日は2回1内野安打無失点。
これぞ芸術的ピッチング。観ていておもしろいピッチン
グとはこのことをいうのだ。

どうだ藤川、お前にできるか!

「ちょっと向こうむいていいですか?」

桑田はパイレーツでの背番号が18と聞かされ涙を流した。
2回2失点の結果は決してよいとはいえないが、桑田のカ
ーブに球場がざわめいたのには驚いた。
A・ロッドに打たれた球はなんだろう? カーブではなかった。
チェンジアップの類かもしれない。
あのコースにいけば打たれてしょうがない球だった。
しかし被安打はこれ一本、そう考えればそれほど深刻な結
果ではない。
これからも一歩一歩桑田らしく歩み続けていけばいい。

ついに桑田がメジャーへの切符を手にした。
思えば3月に球審と接触して靭帯断絶の怪我をしたとき
監督室に呼ばれた桑田は解雇通告を予想していたという。
しかし監督は桑田の投球テクニックを非常に高く評価して
いて、怪我を治療し、戻ってきてくれと言ったという。
靭帯断絶だ、ふつうなら手術が必要な怪我だ。しかし39
歳のがけっぷちのベテラン投手に時間はない。
怪我は100%回復しなくてもやるしかないのだ。
そしてマイナーでの好成績を評価されメジャー昇格となった
のである。
しかもピッツバーグも粋なことをする。桑田に18番を与える
というのだ。むこうでは18番は特別な意味はないのかもし
れないが桑田にとってこれほどうれしいことはないだろう。

早ければヤンキーズ戦での中継ぎ登板があるかもしれない
とのこと、A・ロッドやジーターが『レインボール(桑田独特の
大きく縦に落ちるカーブ)』にきりきり舞いされる姿をぜひ観
てみたい。

キャッチャーとサードが左利き
ピッチャーがキャッチャーへコンバート
亀のように縮こまったへんてこりんなバッティングフォーム

草野球でもなかなか見かけない光景が甲子園にあった。
2000年夏の甲子園沖縄代表・那覇高校だ。
いつも神経をピンととがらせて野球をしていたわたしに
那覇高校は本当の野球の楽しさを教しえてくれたような
気がした。
プレーを楽しむことが第一、勝敗はそのつぎ。
もうあんな高校は甲子園にでてこないかもしれない。

先日YouTubeを徘徊していたら、うちの高校が
甲子園にでたときの動画がUPされていた。
自分たちとおなじユニホーム、監督が甲子園に
出ている! しかも自分たちとおなじ校歌を唄っ
ている! 本当に自分たちの先輩は甲子園で勝
ったんだなとただただ感心するばかり。
当時はまさかこの高校に自分が入るとは思って
いなかったけど、いざ自分が入部してみるとホン
トこんなんで4年前に甲子園に行ったの? って
感じだったな。

むかし埼玉は公立高校がずっと甲子園にでてい
たのだけどいまはすっかり私立にその場を奪わ
れてしまった。
県立の、しかも曲がりなりにも進学校と言われる
高校には遠い甲子園になってしまったな。

小木の里中

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といってもなんのこっちゃわからない方もいるかと思いますが、
水島新司作の漫画『ドカベン』『大甲子園』にでてくるキャラを
小木が真似するわけです。
里中はアンダースローのピッチャーなんですが、どっちかって
いうと里中のモデルになった阪急の往年の名投手・山田久志
のモノマネのような気がします。
わたしもむかし山田の真似はよくやったものです。アンダース
ローなのに脚を高くあげるフォームがなんともいえずかっこよ
かった。
山田というと技巧派のイメージが強いですが、むかしはスピー
ドでねじ伏せるタイプだったらしいです。
たしか日本シリーズの裏で現役最後の試合に完投勝利した
記憶があります。
山田久志、昭和の最後を飾る名投手でした。

山田久志

利き腕に打球を受け、ヒジを氷で冷やしながら粘投する法政一
岡野。かたや得意のスライダーを武器に相手打線を抑え込ん
でいる境・安部。
そんな二人の投げ合いは、劇的な幕切れへと向かっていった。

法政一・岡野の持ち味はスローボール。ストレートは速くてせい
ぜい100キロ前後。変化球になると球速はさらに遅くなる。しか
し絶妙のコントロールで境打線に的を絞らせず9回終了まで無
得点に抑え込んでいた。
境・安部は決して速い球を持っているわけではないが、コーナー
を丁寧につくピッチングで、こちらは一本のヒットも与えないまま
延長戦に入っていった。

味方打線が一点でも取っていれば、安部はノーヒッターとして甲
子園の歴史に名を刻んでいたのだった。しかし皮肉なことに味方
が点をとれない。岡野の投球も賞賛に値する。
そしてむかえた10回裏2死からの末野の打席。
初球だった。甘く入ったスライダーを末野が叩いた。
打球はぐんぐん伸びて左中間スタンドへ―――。
なんということだ。初ヒットがサヨナラホームラン。
歓喜に沸く法政一ベンチをよそに、いまだサヨナラ負けが理解で
きずしばし守備位置についたままの境ナイン。残酷なまでのコン
トラストだ。

両投手とも前評判の高い投手ではなかった。しかしこの日二人
は最高のピッチングをした。安部にとってはつらい経験だったか
もしれないが、甲子園の土とともに大きなものを故郷に持ち帰っ
たことだろう。

法政一-境(昭和59年夏・一回戦)

00000000000
法政一0000000001X1

(延長10回)

サヨナラアーチ

金野正志(大船渡)

決して球が速くなくても、決して鋭い変化球がなくても、
コントロールがよければ打たれない、それを証明してく
れたのが彼だった。

1回戦の多々良学園戦は5安打9奪三振で完封、16
1球という球数は完封としては多いが、与四死球は2、
これはカウントを悪くしても動じない度胸のよさを表して
いる。
2回戦・日大三島戦では本塁打を打たれたものの1点
に抑える好投。
準々決勝・明徳義塾戦はたった3安打で完封。この3
試合でたった1失点という文句のつけようのないピッチ
ング。
そしてむかえた準決勝・岩倉戦も投手戦になった。
3回に大船渡が先制し、この試合も金野の安定したピ
ッチングが光ってたが、3連投の疲れからか終盤疲れ
がみえた。
6回に同点打を打たれ、むかえた9回裏、岩倉のラッキ
ーボーイ菅沢にサヨナラホームランを打たれてしまう。

この3連投が響いたのか金野は左ヒジを痛めてしまう。
なんとか夏の県予選には間に合い、再び甲子園出場
を果たしたが、1回戦・長浜戦で味方の拙攻と相手チー
ムの効率のよい攻めで、被安打5に抑えながら敗れて
しまう。

やはり技巧派投手が活躍する機会の多い甲子園はお
もしろい。

金野投手

昭和59年













431350/31291814830.77

昭和59年













10183353433.38

まずはこの画像を。

取手ニ vs PL

この絵を観ただけでなんのシーンかわかるひとは
かなりの高校野球通。

ヒント1:背番号2と青のユニホーム
ヒント2:ピッチャーは有名なあの選手ですよ
ヒント3:昭和59年夏の甲子園です

答えは取手ニ vs PL学園の決勝で、延長10回に
取手ニ・中島が勝ち越し3ランを放ったところです。
ピッチャーはもちろん桑田、なんとなく雰囲気ある
でしょ?
この作品は高校のときのものですが、けっこう気
に入ってます。
これでも美術の評価は9だったんですよ。

正直こんなことが野球憲章で禁止されているとは
この騒ぎがあるまでまったく知らなかった。
しかし条文が存在する以上、規則違反を許すこと
はできない。憲章に抵触している高校は速やかに
対策を執るべきであろう。
この場合の対策とは、対外試合禁止などの内なる
処分のことではなく、高校野球界の閉鎖性に風穴
をあける努力のことである。高野連は時代遅れも
はなはだしいこの禁止規定が多くの高校で守られ
ていないことをを今まで黙認する形をとっていたに
もかかわらず、今回この状況が大々的に報道され
るに及んで、野球憲章の建前論で押し通すつもり
だ。
一昔前に問題になった、指導者・部員の暴力、喫
煙、飲酒についても、おそらく大規模な話であろう
ことは高野連もわかっているのである。

もうそろそろ高校野球の現実を認め、根本的な対
策を練る必要があるのではないのか? 特待制度
にしても暴力ざたにしても。

松坂、日本流

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松坂はA・ロッドにぶつけた直後、帽子をとって頭
を下げた。
ふつうメジャーのピッチャーはぶつけてもふんぞり
かえっている。
メジャーへいっても日本の慣習を変えないあたり、
逆に松坂のふてぶせしさを感じる。
それとは逆にぶつけて謝っているピッチャーに殴り
かかっていく日本の外国人選手はいただけない。
ピッチャーがデッドボールで謝る姿がかえって怒り
に火をつけるのだろうか。

ちなみにわたしが現役時代与えたデッドボールは
1回、被デッドボールは1回である。
もちろん帽子を取って謝ったし、乱闘にもなってない。

偉いぞ、松坂

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注目のイチローとの対決の初球、松坂はカーブから入った。
ほとんどのひとは『直球勝負』を望んでいたかもしれないが、
わたしはもちろん大喜びだった。
もう正直に告白しよう。わたしが現役でもっとも嫌いな
投手は阪神の藤川である。彼のピッチングを観てもなにも
おもしろくない。わたしはピッチングはテクニックだと
思っている。いかにバッターの打ちにくい球を一球一球
丁寧に投げるかがピッチングだと思っている。
そもそもイチローは投手にたとえると『本格派』ではない、
『技巧派』だ。だからイチロー相手に変化球を混ぜることは
卑怯でもなんでもない。もっともイチロー本人は直球で勝負
したかったみたいだが。

しかし、イチローにしても松井秀喜にしても松坂にしても
海外にだしても恥ずかしくない活躍をしているうえにインタ
ビューの受け答えもうまい。彼らについては心配していない
のだが、名門ヤンキーズの井川はどっちも大丈夫か?
日本人に恥じかかせないでくれよ。

精神論

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うちの高校はエラーで負けた。
それも信じられないようなミスがいくつも重なったのだ。
だが、うちは決して守備の悪いチームではなかった。
初戦もショートのファインプレーでチームの危機を
救ったくらいだった。
そのうちがなぜエラー続出で負けたのだろうか?
わたしはこう言い聞かせることにした。
練習は技術を鍛錬するものであり、また精神も鍛錬する
ものなのだと。
いわゆる『精神論』である。
厳しい練習はある一線を超えたら技術的には意味がなく
なる。しかしこれだけの練習をしたという自信は際限なく
身につくものだ。
わたしたちはそれだけの自信を持つほど厳しい練習を
していなかったのだろう。たとえ技術的には鍛錬されて
いても精神的に未熟だったのだろう。

あれから19年、いろいろな人生経験を経て、そういう
境地に至った。

桑田、無念

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悔しい! せっかくここまで結果を残していたのに…。
どうして桑田はこうも怪我に泣かされるのか。

正直桑田のメジャー挑戦はまず成功しないと思っていた。
そりゃそうでしょうよ、ここ数年の巨人での成績を見れば。
まじめで研究心旺盛な桑田のこと、ピッツバーグで
新しい練習法でもはじめたのかもしれない。
カーブのキレもむかしに近くなった気がする。
なのにどうしてこんなことになるのだ。
捻挫を完治してもシーズン途中からメジャー昇格するのは
開幕時よりずっと困難なはず。
桑田のことだから、モチベーションは保ったままでいる
だろうけど、相当なショックだろうな。

あぁ、大きな楽しみを失ってしまった。

酒井盛政(新湊)

高校野球で勝つために投手にとって一番大事なのは“低めへの制球力”
だとわたしは確信する。これは多くの試合をテレビ画面を通じてみて
きた実感でもあり、自らの野球生活での実体験でもある。

センバツ大会出場前の新湊・酒井投手の前評判は決して高くなかった。
どちらかと言うと平均点レベルの評価であった。初戦の相手が豪腕
・近藤擁する享栄だったこともあり、新湊が上位に進出することを
予測したものは少なかったに違いない。
実際、最初に画面で見たときの酒井投手の印象は、正直多くを期待
させるものではなかった。左足を上げたときにちょっと足をためる
独特のフォームから繰り出すストレートは、速くて130キロ台前半
といったところ。しかし、実際にゲームが始まってみると、そのコン
トロールのよさに目を見張ることになる。相手投手・近藤の速球は
確かに速かったが、わたしの目には酒井投手の低めによくコントロール
された投球に試合前半ですっかり目を奪われてしまった。試合はわたし
の期待通り酒井投手の2安打完封勝ち。ここから“新湊旋風”が始まる
ことになる。
続く二回戦・拓大紅陵戦、酒井は9安打と打ち込まれるが、ねばり強い
投球と味方打線の援護で逆転勝利。準々決勝・京都西戦では18安打を
打たれながらも延長14回を1点に抑えねばり勝ち。しかし、準決勝
・宇都宮南戦では8点を奪われ、新湊・酒井はついに力尽きた。
夏の選手権大会でも新湊は富山県代表として出場するが、のちに優勝
することになる天理相手に酒井はねばりの投球を見せるが終盤力尽き、
再び新湊旋風が吹き荒れることはなかった。

酒井投手

昭和61年













43141174471113102.20

昭和61年













101840141277.88

トルネード

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世の野球好きは松坂のメジャー登板に興味津々の
ようだが、わたしはこのひとがいまどうしているか気
になる。
日本人大リーガーのパイオニア、野茂英雄だ。
彼は昨シーズン途中でひじを痛め、現在はフロリダ
でトレーニングしている。
彼はまだメジャーのマウンドをあきらめていない。

野茂は1995年ロサンゼルス・ドジャースに入団
し、メジャー一年目から大活躍、新人賞を獲得
した。
翌年には対コロラド・ロッキーズ戦でノーヒット
・ノーランを達成した。
2001年にはボストン・レッドソックスの一員
として対ボルティモア・オリオールズ戦で二度目の
ノーヒット・ノーランを達成した。
その後もいくつかの球団を渡り歩いたが、ついに
昨年はメジャーでの登板が途絶えた。

イチローは確かにすばらしい選手である。でも、
野球ではピッチャー以外に興味がないわたしには
やはりイチローより野茂のほうが偉大なのだ。
松坂に関する情報が毎日のように報道されるなか、
野茂の現況すらも苦労して探さなければならない
状況は寂しい限りである。

ピッチャーというのはただ投げているようでけっこう難しいルール
がある。
とくにセットポジションにはいろいろな動きの制約がある。
たとえばキャッチャーのサインを見終わって、セットポジションに
入るときは途中で静止してはいけない。
セットポジションを解除するときは軸足を後ろにプレートから
はずし両手をそれぞれの体の脇に持っていかなければならない。
プレートを踏んでの牽制球の偽投は一塁に向かってはできない。
ほかにもいろいろあるが、これらは体で覚えるしかないのである。

野球は他のスポーツと比べて自由度が少ないといえる。
それはどのポジションでもそう、ある意味一定の決まりを覚えて
しまえば恣意的にプレーを変えることは少ない。
選手が変わってもポジションが同じならやることは同じなので
ある。
高校時代「野球は個人競技」という名言(?)を残したチームメイト
がいた。ある意味正解だと思う。

野球って何が面白いんだろう?

ひどいなこれは、大学野球はまだこんなことをしてたんか。
監督曰く「(いいフォームを)体に染みこませることが
できる年齢(18歳)ですから」とのこと。
そういうものなのだろうか? あまり多くの球数を投げれば
むしろフォームを崩すのではないか?
そしてその状態で毎日投げ込めば、その悪いフォームが
体に染み付いてしまうのではないか?
4年後に予想されるプロ入り前に大きな故障をしないか
心配だ。

わたしの出身高校は甲子園に3度出場しているので
県内ではいちおう一目おかれている。
わたしが野球部へ入部した当時、最後に出場したのが
4年前だった。少年期とはいえそれは新鮮な記憶だ。
その当時と同じデザインのユニフォームを着れること
はそれだけでも名誉に感じたものだ。
あれから数年後、テレビで母校の試合の中継があった。
するとユニフォームのデザインが変わっていた。
わたしは部活を引退したら、現役の監督・選手にあれ
これ口出しするのはよくないと思っている。
なのでユニフォームのデザインを変えるのは現役選手
の自由だと思うのだが、鮮明な記憶で甲子園での活躍
を観ている世代といまの選手たちとは感覚がちがうの
だろうか?
もっともうちらのときも中京みたいな襟付きがいい
なんて話もあったが。

桑田の行き先がほぼ決まったようだ。
ピッツバーグ・パイレーツ、このチームにはかつて
ロベルト・クレメンテという選手がいた。この選手は
災害地に救援物資を運ぶ途中に飛行機事故にあって
死亡したという。桑田は自分にボランティア精神を
教えてくれた選手だからとこのチームでのプレーを
望んだらしい。いかにも桑田らしい決断だ。

桑田がメジャーのマウンドに登ることはおそらく
かなりの難関であろう。かつて巨人の外国人投手
・ガリクソンが自分の息子に「クワタのような真面目
なにんげんになってほしい」と、ミドルネームに
「クワタ」とつけたように、野球選手として、さらには
にんげんとして向こうの選手が模範とするような
そんな存在になってほしい。

いくつかの球団と交渉しているとの話だが、日本で
ほとんど役立たずの数年間をおくっていた投手を
メジャーが興味を示すこと自体が驚きだ。
いまの桑田を見ていると、わたしは選手生活晩年の
江夏を思い出す。
彼もまた日本球界での存在の場を見出せず、アメリカ
に渡ったものの一人だ。当時はいまのように日本人
投手はアメリカで高く評価されておらず、江夏に
とっては非常に厳しい状況だった。
あのときの江夏の姿は、美しくもあり、哀しくも
あった。
桑田も同じ道をたどるのか、それともいい意味で
予想を覆すのか、しっかり見届けたい。

今年の日本シリーズは日本ハムが44年ぶりの優勝で
幕を閉じました。
森本がウィニング・ボールをキャッチして新庄と抱き
合う姿はちょっと胸にくるところがありました。
いちばん最初に胴上げされたのも新庄だし、ほかの選手
にも愛されていたことがよく分かるシーンでしたね。
小笠原やオーナーにまで先を越されたヒルマン監督の
心中やいかに。

ところで新庄というと『ジャンピングキャッチ』が
けっこう知られています。きわどい打球ならまだしも
平凡なフライでも軽くジャンプして捕るアレです。
多くの守備コーチがやめさせようとしたのですが、
本人がやはりしっくりこないということで結局やめずに
おこなわれてきたのには理由があるんです。

まず、打球の落下点にすでに走りこんでいる場合、
ジャンプすることによって新庄は自由落下状態に
なります。
打球も当然同じ重力を受けていますから、新庄を基準に
すると打球は『等加速度運動』ではなく『等速直線運動』
になるんです。ゆえに打球は捕りやすくなるといえる
のです。
もうひとつ、これは本人もいっているのですが、ランニング
キャッチをする場合、目で打球を追っていると走っている
わけですからどうしても目がブレるわけです。それを
ジャンプすることによって目がブレずに打球を捕らえる
ことができるのです。

日ハムの外野守備は新庄が守備位置を指示していて、
それがまたよくあたるんですよね。そういう面でも
彼の“無意識”の野性の勘は生きているんです。

阪神時代、野村監督に「バッティングはどっちの手で
するもんや?」と聞かれ「左です」と答えるも、
「両手や」といわれたエピソードもおもしろかったなぁ。

新庄を失った日ハムどんなふうになるのかな?
ひちょりがなんかやってくれるかな?

光の球場

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わたしの父は東京都荒川区に住んでいた。
父の実家は都電路線脇の下町にあった。
そこから聴こえる都電の踏切の音はちょっと変わっていて
夜はすごく耳障りだったのを覚えている。

『光の球場』とはかつて当時のオリオンズが本拠地にして
いた東京球場のことである。
わたしがものごころついたころにはすでにオリオンズの
ホーム球場ではなくなっていた(仙台へ移転)ので実際に
観た記憶はないのだが、家の二階からは明るい6基の
照明灯の明かりが観えたという。

かつて後楽園球場で、わたしは王選手のホームランを観た
ことがある。いまではその事実しか記憶にないがその記憶
はいまでも“宝物”だ。

球場はなくなっても、そこでの記憶はひとびとのこころの
なかに生き続ける。

中日・山本昌、日本ハム・八木、この対決は観ごたえ
ありましたねぇ。
年齢は親子ほども離れていながら同じようなタイプの
軟投派。わたしがいちばん好きなタイプの対戦でした。
でも、ふたりとも本調子ではないような気がしました。
やはり日本シリーズのプレッシャーかな?
それでもふたりともよく投げたほうだと思います。
今日の球審は厳しかったね。

これでともに1勝1敗。札幌の応援はスゴそうだな。
どちらかというと中日応援なんだけど、どっちが勝っ
てもおめでとうといえそうなので、応援するのは
その日のピッチャーしだいで決まる感じなのです。

今朝の朝日新聞の『声』という欄で、あるウェブページのことが
紹介されていた。
それは『フェルマーの最終定理』と題された桑田真澄投手の
エッセイである。(こちら

フェルマーの最終定理とは

xn+yn=zn

この方程式は3以上の自然数nに対して自然数解x、y、zを持たない。

というものだが、これを完全に証明するのに実に350年以上の
歳月を費やした。このことに触れて、未知なるものへ挑戦する
姿勢、数学と物理の学問的性質のちがい、そしてそこから野球を
するうえで学ぶものについて述べている。
その文面はわたしも勉強になるほど理論整然としていてスキがない。
PL学園時代に科学的な合理性を持った練習方法に変えるため
中村監督に直訴したというほど当時から理論家だったようだ。

桑田真澄というひとは本当に奥深い。

日本ハムが1位通過決定!

あくまでも『1位通過』であって『優勝』じゃないんですね。
日ハムが1位になったのは25年ぶりなんですよね。
当時は木田とか間柴、江夏の時代ですからね、懐かしぃ。
でもやっぱりこのプレーオフのしくみは腑に落ちないなぁ。
むかしは前期と後期の優勝チームで争ってたけどそのほうが
違和感なかった気がする。

新庄、嫌いじゃないんだよね。計算ずくなのかは分からない
けれど、憎めないんだよな。
いろいろ派手なことをやってるけど、裏ではいろいろ考えて
のパフォーマンスのような気がする。

問題はセ・リーグ、阪神にいかせるわけにはい・か・ん

内野手が外野手に転向を薦められたり、またはその逆の
場合はそんなに抵抗はないものだ。しかし投手からの
転向はそれほど簡単ではない。ましてやキャッチャーを
やるとなると技術的にも精神的にも投手とは別のものを
要求される。そしてなによりも投手を目指すものは投手
への愛着がなによりも深い。

白川くんが和泉監督から捕手転向を薦められたのは昨年
5月。早実が優勝を成し遂げるわずか1年3ヶ月前のこと
だった。
最初はまっすぐもまともにとれなかった。ワンバウンド
を捕る特訓を連日100球から150球。体には青あざ
が絶えなかった。
そして今年夏の甲子園、白川の捕逸はゼロだった。本人
は「転向してよかった。」といっているが、正直100%
そう思い切れてはいないだろう。

わたしは高校時代、ベンチに入れない投手だった。エース
ピッチャーとわたしはとても仲がよく、後輩にブルペン
キャッチャをさせるのはかわいそうだからと二人で交互に
キャッチャーをしていた。
エースの球を誰よりも受けていたのはわたしだった。彼は
本当にコントロールがよかったのでワンバウンドの球は
ほとんどなかった。あっても別にキャッチャーの練習を
しているわけではないので逃げればいいのだが。
ある日監督がきて「おめぇ~、キャッチャーになったんか?」
といってきた。わたしのピッチング練習など見ていない
のである。いつか見返してやりたかったが、その監督は
わたしに二度しか登板機会をくれなかった。
でもチームメイトはわたしのエースでもかなわない球種を
みな知っている。

おなじピッチャーをやってた身として分からなくはないけど
時期が悪すぎる。もう少し自制心が欲しかったな。

「わたしの記録より、チームの勝利がうれしい」という投手
はよくいるが、果たして本音だろうか?
わたしは自分のピッチングが悪かったら、チームが勝とうが
悔しいし、逆に自分のピッチングが良くてチームが負けても
自分は満足だ。本音のところはみんなそうなんじゃないか?
だから金村投手のような発言がポロリとでてしまったんじゃ
ないかと思う。

やっぱり個人主義的な選手は日本では受け入れられない
土壌があるのかなぁ…。

全盛期の球威もない。あのタテに落ちるようなカーブも
切れを失った。制球もかつての正確さを失っている。
200勝まで27勝。おそらく不可能な数字だろう。

今回の件とはまったくちがう話だが、桑田はPL時代
3年生になってもトイレ掃除や雑草抜きをしていたと
いう。後輩と話すときは笑みを絶やさなかったという。
休日の練習時間を短くしたのも桑田の中村監督への
直訴によるという。
桑田の野球に対するストイックぶりは有名だが、
こういったところにもにんげん・桑田真澄の姿が垣間
見える。プロ野球界では特異な選手だ。

ファンとしてはもちろん復活してほしいが、このまま
ずるずる活躍もせずに野球を続けられるのもこころ痛い。
大好きなジャイアンツで現役を終わるのもいいのでは
ないか?

準完全試合

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中日の山本昌投手が史上最年長のノーヒット・ノーラン
を達成しました。
ストレート中心に組み立てるピッチャーが多いなか、
変化球のキレとコントロールで勝負するタイプの
ピッチャーがこの大記録、みごととしかいいようが
ありません。
これはあまり一般的な見方ではないかもしれませんが、
ボールがきれいにコントロールされてミットに収まる
さまを観ると、まるで腕のいい職人のすぐれた技術を
観るような思いがします。それは150キロのストレート
ど真ん中でいくら空振りをとられても味わえない感覚です。

やっぱり「技」のピッチングは見ごたえがある!

報道ステーションの特集で駒大苫小牧最後の打席を
振り返っていましたが、147キロのストレートが
印象に残ってて、てっきりストレート一本やりの
ピッチングだったと思っていたら、本当はスライダー
を見せ球にしてのストレート勝負だったんですね。
斎藤くんがすごいのはスライダーを空振りするところに
投げていないところ。やっぱり自分の好きな球で
終わりたいものね。
そして最後はアウトローのストレート。しかもちょっと
ボール気味。まさに計算どおりの投球術、見事です。

自分はあんまり配球とか考えて投げてなかったな。
ストレートはともかくカーブはどこにいくかわからない
球だったから。ストレートは遅いから甘く入ると
すぐ持ってかれるしキャッチャーはリードたいへん
だっただろうな。まあ苦しいときはカーブに頼るしか
なかったんだけど。

投げてぇな~。

よく野球の練習で次から次へとノックするのがあるけれど、
あれって意味あんの?
実践では打球が続けて飛んでくることはない。
ただ練習をいたずらに厳しくしているだけのように
思えて仕方がない。
指導者の自己満足じゃないの?

少なくともわたしのような考えのにんげんには通用
しない練習法だ。

早実ブランド

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これだけ大騒ぎされるのは、早実の名前が“ブランド化”されて
いるからでしょうね。ほかのチームの投手だったらこんな騒ぎに
はなっていないでしょう。かたや駒大苫小牧は去年の夏に続いて
今年の春まで不祥事を起こしている高校。でもこういうことは
どこの高校でも起こってることだと思うし、どっかの高校とちがって
部員のほとんどが道内出身者ってことを考えると負けてもなお
偉業だと思う。
なんとなく悪役になってしまったのはかわいそうだったな。

大団円

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結局日本国民の大多数が望んでいた結果のような…。
あんまり鍼とか使わないほうがいいですよ。
神経を麻痺させて痛みを消してるだけだから。
それでも譲れないのが甲子園のマウンドの魔力なん
ですよな。実際自分がその立場だったら鍼打ってる
だろうし。
甲子園の優勝はプロ野球の200勝にも勝る価値が
ある、個人的には。

しかし国分寺に早実のキャンパスが移っていたの
には驚いた。むかしの生活圏内なので。

早実は迷わず斎藤先発できましたね。独り投手体制は
あまり望ましくないかもしれないけれど、甲子園は
プロ野球にも勝る“人生最高の舞台”だと思っている
選手が多いから、本人が望めばやはり投げさせてあげる
べきなんじゃないでしょうか。
逆に駒大苫小牧みたいに中途半端な継投をするくらい
なら最初から投げさせたほうがよかったんじゃないかと
思います。そのほうが悔いが残らないし、ニ、三回節約
できたからといってそんなに投球に影響がでるとは
思わないし。

早実はおそらく明日も斎藤先発でしょう。もしここで
彼の野球人生が終わっても、彼はそれで満足なんじゃ
ないかな。

今年の高校野球選手権大会、ホームラン本数の記録を
22年ぶりに更新したそうです。
当時はあの清原が2年のときで、まだラッキーゾーンが
ありました。
なぜこんなに本数が増えたのでしょう?

報道ではその原因を、
・天候不順で投手のコンディションが悪かった。
・重いバットを振り切れる筋力がついた。
などといっておりましたが、その信用性は個人的には
甚だ疑問です。
絶対にもっと決定的な理由があると踏んでます。

例えば…、
・バッティングマシンの性能が飛躍的に向上した。
なんてのはないのかなぁ…。

奇跡のバックホーム

高校野球ファンにとってこの言葉を聞けば皆“あのシーン”を
思い浮かべるだろう。

あのシーンには“序章”があった。3対2、松山商のリードで
むかえた9回裏2アウト、打席に入ったのは熊本工の1年生
・沢村。松山商の2年生・新田の投じた初球をたたく。打球は
レフトポール際へ。起死回生の同点ホームラン。熊本工は
土壇場で同点に追いつく。

ここまででも十分なドラマなのだがこのあととてつもないドラマ
が待っていた。延長10回裏、熊本工先頭の星子が二塁打を放つ
と松山商は新田をライトに下げ、エースナンバーを背負った渡部
をマウンドに上げた。
そのあと星子は送りバントで三塁へ。すると松山商は満塁策を
とった。そして松山商・沢田監督はライトを矢野に代えた。
これが誰も予想のつかない結果をおこすことになる。

三番打者・本多の打ち上げた打球はライトフェンスを越えん
ばかりの勢いだった。やった―――、熊本工ベンチは誰もが歓喜
した。やられた―――、松山商ベンチは誰もが観念した。

フェンス前で打球を受けたライトの矢野から放たれた送球は斜め
45度、ふつうこの距離でノーカット(中継しない)送球する
ならワンバウンド送球するのがセオリーだ。ところがこの山なり
送球は風に乗ってダイレクトでぐんぐんキャッチャーの石丸の
ところへ。
石丸が捕球した瞬間、三塁ランナーの星子が飛び込んできた。

誰もが目を疑ったその直後、田中球審の右腕が上がる。
アウトだ! 奇跡のバックホームだ!

これで流れをつかんだ松山商は11回表、一気に3点をあげて
試合を決めた。

あれから10年、甲子園はさまざまなドラマを生んできたが、
このプレーは甲子園史上最高のバックホームかもしれない。

松山商-熊本工(平成8年夏・決勝)

松山商300000000036
熊本工010000011003

(延長11回)

奇跡のバックホーム

あの“KKコンビ”最後の夏になった1985年・決勝、『PL学園 vs 宇部商』
戦以来、夏では決勝がサヨナラゲームになったことがないそうだ。
そういえば守備側が歓喜の輪を作るシーンばかり観てきたような。

やっぱりこの試合は格別なんだなおれら世代には。
春負けた雪辱のために意地でもPLと戦いたい宇部商エース・田上。
しかし準々決勝・準決勝と2試合連続KOされ、玉国監督はずっと
二番手だった古谷をマウンドにおくるんだな。
この古谷がまたいいピッチャーなんだ。まっすぐとスライダーを
丹念にアウトコースに投げてPL打線を沈黙させるんだけど、独り
だけ通用しないんだよな、清原和博。勝負したのがえらいよ、この
怪物に。
試合後満足げだった古谷に対し、田上は号泣だった。エースの座は
譲ってもPLともういちど勝負したかったんだろうな。

だれかこの試合映画化しませんか?

劇団ひちょり

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日本ハムの森本稀哲(ひちょり)いいですなぁ。
でも、あの底抜けに明るいキャラクターの裏に隠れた
事実は意外と知られていません(っていうかわたしも
知らなかった)。
まずあのツルツル頭、小さいころに体毛がすべて抜け
落ちてしまう難病に罹ったのだそうです(現在は治って、
自分で剃りあげているという説あり)。
また彼は在日コリアンです。ご両親は日暮里で焼肉店
をやってらっしゃいます。日ハムファンの溜まり場
だとか。
SHINJOが苦手のひとも森本のひと懐っこさには
惹かれるんじゃないでしょうか。
今後がますます楽しみです。

故意三振問題

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う~ん、難しいですね。
少なくとも一方的にこの監督さんが悪いといえるのかな
という気がします。
県高野連がどうこういう問題ではないと思います。
そもそもこのような行為を「アンフェア」というのでしょうか?
「アンフェア」というのは勝つために卑怯な手を使うような
行為をいうのではないでしょうか?
本荘は実力で12-1とリードしていたわけだし、ずるい
ことをしたわけではないのだから。
それをいったら敬遠だって微妙なことになるんじゃないかな?

かといって褒められたものではないとは思います。相手
チームに失礼ですし、この騒動でなによりも甲子園にいく
選手たちへの精神的な影響が少なからずあるでしょうから。

ここ10年くらい観ていない気がする。
まず打ち取られたり打たれたりしてるのにヘラヘラ
笑ってるのが気に入らない。
笑う気にならないくらい気合入れてやってみろ。
それからやたらとピッチャーがストレート勝負を
して、バッターはやたらとホームラン狙いをするのが
気に入らない。

要するにオールスターが最高の技術を披露する場に
なっていないのである。
ピッチャーならあらゆる持てる技を使ってバッターを
抑えてほしい。バッターも同様、あらゆる持てる技を
使ってまずはヒットを打つことを先決に考えてほしい。

もっとも最近はプロ野球自体観ないのだが。

30代半ばのわたしが小学生のときからプロ野球の
マウンドに登り続けているピッチャーがいる。
ジャイアンツの工藤公康投手である。
もう10年以上前のテレビ番組だが、運動生理学的に
みてもっとも合理的なフォームで投げている投手が
工藤だといっていた。そのときの悪いフォームの例が
当時阪神の仲田幸司だったから、かなり古い話だと
思う。
その理論を証明するかのように工藤は43歳になった
いまもマウンドに立ち続ける。
工藤のピッチング・フォームを真似てみて分かったの
だが、体の回転をよく効かせたフォームなのだ。
加えて工藤は科学的トレーニングを重要視しており、
それが永く第一線のアスリートとして活躍できる秘訣
なのだろう。

ちなみに工藤は意外にもヘビー・スモーカーだという。

工藤投手

そうですよ

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数日前に「カーブを投げるコツ」というのを書きましたが、
あれを読んで「コイツ、自分のカーブを『プロ並』だと
思ってるんじゃないのか?」とツッコんでいる方がおられる
かと思いますが、

そうです。思ってます。

それはもう率直に認めます。だってそう思っているから。
じゃあ、投げてみろといわれたら困りますけどね。
でもいつまでも過去にすがっていてはみっともないので、
いまでも投げれるように練習しましょう。
キャッチャーを立ち上がらせたという逸話がウソではない
ということを証明して見せましょう。

いままで何度かいっていますが、わたしの特技はカーブです。
「変化球バイブル」という本に牛島投手のカーブを覚える
コツが載っていました。それがわたしとまったくおなじ方法
だったのです。

それは『ピンポン玉』を使った練習です。

わたしはよくピンポン玉でカーブを投げて遊んでいました。
最初はうまくいきませんでしたが、徐々にうまく捻る方法を
体で覚えていきました。そのときは直接それが硬球でカーブ
を投げることに役立つとは思っていませんでした。事実その
ときわたしはまだカーブを投げれませんでした。
それがある日ブルペンでカーブを投げてみると、キャッチャー
が「おぉー」というほど曲がったのです。
運のいいことにそのときの感覚は体が覚えていました。それ
以降はいかにコントロールよくカーブを投げるかという点に
練習の焦点が絞られました。
キレのいいカーブを投げるためには親指も使わなくてはダメ
です。もっというと手首ごと捻らなくてはダメです。しかし
手首まで捻るカーブをマスターしているのはプロでも工藤や
桑田くらいです。初心者は中指だけで捻るカーブをまず覚えて
それから徐々にステップ・アップしていけばいいでしょう。

牛島・香川の超高校級バッテリー擁するこの年の浪商は、
センバツを制した箕島とならんで優勝候補最右翼にあげられていた。
いやむしろそのスケールの大きさから、浪商のほうが下馬評は
高かったかもしれない。対する上尾はアンダー・ハンド仁村を
中心とした守りのチーム。試合の焦点はおのずと仁村対浪商打線に
しぼられていた。
1回裏、上尾は牛島の立ち上がりを攻め、幸先よく先取点を奪う。
仁村もそれに答え、低めを丹念につく投球で完璧なピッチングを
見せる。そう、あのシーンまでは…。
上尾は6回にも追加点を加え、2点をリードする。一方の浪商は
仁村の好投の前に反撃の糸口すらつかめない。8回を終わって2対0。
優勝候補浪商の敗色濃厚ムードに緊張感は高まる。
9回表の浪商は2番からの好打順。しかし先頭打者は倒れ、香川の前に
走者を出すことができない。香川が詰まりながらも意地のセンター前
ヒットで塁に出るが、香川が単打で終わったことで、球場全体を
いよいよ「浪商、初戦敗退」の雰囲気が支配する。次の打者の打球が
ファースト前に転がる。ダブルプレーで万事休すかと思われたが、
ファーストが足を滑らせ1塁走者を残すことになる。浪商は命拾い
するが、すでに2アウト。打席には、それまで3打席凡退の牛島を
迎える。
初球はアウトコースのストレート。牛島は手がでない。ペースは
完全に仁村にあったが、ここで痛恨のミスを犯す。それまで丹念に手を
伸ばしていたロージン・バックを、この大事な場面で使わずに次の
1投を投げてしまう。
その1投はインコース高めにすっぽ抜けたカーブだった。次の瞬間、
糸を引くような弾丸ライナーがレフトポール際に突き刺さる。
一瞬なにが起きたのかわからない突然の出来事。気がつくとスコアー
ボードには同点を告げる「2」の文字が記されていた。
その後の上尾に延長戦を乗り切る気力が失せてしまったのは当然の
ことかもしれない。11回表に浪商は貴重な決勝点を奪い、辛くも
初戦敗退を逃れるのである。
これはすでに今から27年も前の試合である。しかし、牛島が放った
弾丸ライナーは今でも脳裏に焼きついている。上尾が郷土の代表だった
だけに強いショックを受けたことを覚えている。点差から言えば2点差。
大逆転というほどのものではないが、突然の同点劇という点から言えば、
わたしの記憶の中ではこの1戦がまず頭に浮かぶ。

浪商-上尾(昭和54年夏・一回戦)

浪商000000002013
上尾100001000002

(延長11回)

三塁を回る牛島
起死回生の同点2ランを放ち、三塁を回る牛島

故意にしろ、故意じゃないにしろ、マウンドへ走っていき、
そいつを倒したいと思います。

テメ~、清原。なにぬかしとんねん!
おまえのよけ方が下手くそなんじゃ~。
おまえのデッドボールの半分はふつうの選手は
よけとるぞ。よける練習せえ。

彼の実績は素晴らしいし、打者として申し分ないものなのだが、
投手の立場からするとあんなにいやらしい打者はいない。
彼の打つヒットの中のかなりの割合が、ボテボテのあたりや
ポテンヒットだからである。
これはわたしだけの考え方なのかもしれないが、バッターに
フルスイングでジャストミートされなければピッチャーの勝ち
なのである、と思う。
もちろん点を取られないに越したことはないが、そんな当たり
ばかりで点を取られてもそれは自分のピッチングができている
ので、自分の勝ちなのである。

たぶん投手の中でも多数派の意見じゃないと思うので、身勝手
な考えなんですけどね。

桑田復活

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速球派投手はある年齢でふたつの選択肢に迫られる。
それは球速がMAX140キロを切るようになったときだ。
ひとつは肉体の衰えを痛感し引退する。斉藤雅樹がその例。
もうひとつは技巧派への転換をはかるという選択。
工藤のように20年以上も球速が衰えないのはバケモンである。
桑田はもともと中間派、いわゆる“球のキレ”で勝負する
タイプだった。本人も140キロ台のストレートには
こだわりがあったと聞く。ヒジの手術もそのために行ったという。
しかし、いまの桑田に140キロ台の速球は投げられない。
完全に技巧派投手への転換を迫られたわけである。
丹念にコースをついた球は、たとえ遅くても打てない。
もちろんキャッチャーのリードも重要だが、野球解説者が
いうほど投手のコントロールはそれほど精密ではない。
以前、中日の谷繁が自分のリードについて語っていたが、
1球目はこのあたり、2球目はこのあたりという程度だという。
古田も同席してうなずいていたので彼もそうなのだろう。
曰く、細かく指定してもそこに投げられるピッチャーなど
ほとんどいないからだそうだ。
しかし、桑田はそのコントロールができる数少ない投手の
ひとりだ。他には渡辺俊介、メジャーではジェイミー・モイヤーや
グレッグ・マダックスといったところだろうか。
個人的にはこういう投手を観ているとこっちまでストレス
発散できる。逆に荒れ球が持ち味の投手は抑えていても
ストレスがたまる。

とにかく桑田には200勝してもらいたい。

友人がクリンスマンにつけたニックネームである。
イメージが似てるのでなんとなくつけてみたみたいだが、
偶然にもいま原は巨人の監督、クリンスマンはドイツ代表
の監督をしている。
しかもその手法はちょっと似ている。

巨人もドイツサッカー界も一般的には保守的といわれる。
原監督は移籍外国人選手・イ・スンヨプを4番で使った。
かつては数年間芳しい成績を上げていなかった河原を
クローザーとして使って成功を収めたこともある。
これは原の意思ではないかもしれないが、コーチ陣に
巨人OB偏重のきらいはない。特に尾花をピッチング・
コーチに招き入れたのは大きいと思う。
一方クリンスマンはベッケンバウアーの影響力の大きい
コーチの就任を拒否したり、いままで不動のレギュラー
だったオリバー・カーンのポジションを特別視しない
態度を取った。

監督としての評価は結果のみにて決まる。今後の巨人、
ドイツ代表が楽しみだ。

クリンスマン

まず一般枠で出場ということにビックリしましたが、
そのプレーぶりを観てまたビックリ。大嶺投手スゴ
かったですね。三振17個ですか。故障明けとは
思えない快投、素晴らしいです。
石垣島の地理的条件(少ない人口、離島であること)
を考えると、どんな高校にもチャンスはあるんだな
と感じました。
というか、それはわたしが高校に入学したときに
気づいてたんですけどね。
だってわたしの高校はあんなユルい雰囲気で甲子園
いってるんですから。

ナショナリズムがどうとか日の丸・君が代がどうとか
そういうの関係なくうれしいよ。
要は“平和的”ならいいじゃないってことだと思う。
日本は“世界一”という最高の称号を手に入れたけど
2敗した韓国のことを決して忘れはしないだろう。
「永遠のライバル」韓国、あなたたちは本当に強かった。

韓国は唯一の敗戦を大事な準決勝で喫したのは
不運でした。
そもそも2ブロックから上位2チームが勝ち上
がったのなら、それぞれのブロックの1位2位
が対戦するのが当たり前でしょ。要はアメリカ
が決勝までいくのに都合よく組んだわけですよね。
誰だってわかりますよ。
それにしてもあの審判はなに? 女子プロレスの
阿部四郎? 特に米国-メキシコ戦のは酷い。
ミスジャッジの範疇じゃないよ。

イチローの「30年先まで日本には勝てない様
に思われたい。」発言が、韓国ではかなりヒン
シュクをかったらしい。気合入ってるのはホント
頼もしいけど、国際関係を考えた発言したほうが
いいよ。その点韓国の監督・選手のほうが大人
だった。

キューバ戦は松坂次第かな。メキシコ戦はスト
レートが高めにいってたから気をつけなよ。
150キロ超の球だって軽くもってかれるから。

なんと、アメリカがメキシコに負けてしまった。
これで日本が準決勝進出。
しかし、3戦全勝の韓国と1勝2敗の日本が
同じ条件で戦うシステム、おかしいと思わざるを
得ない。
しかも韓国は1次リーグ、2次リーグで日本に
勝っている。
もし日本が勝ったらそれはうれしいことだが
素直に喜べないというのが正直なところだ。
しかし、やはり勝ってほしい。
そしてよい試合になることを望む。

韓国強し

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負けちゃいましたね。今回は「疑惑の判定」などなく
まちがいのない敗戦です。
渡辺俊介は文句のつけようがなかった。和田毅も完璧。
しかしそれ以上に韓国の投手陣がよかった。
いままで日本はアジアではNO.1だと自他共に認めて
いた。しかし、少なくとも韓国とは対等であると認めね
ばならない。あるいは1次リーグ、2次リーグの戦いを
観れば、すでに日本のレベルを超越しているかもしれない。
サッカーでは日本が韓国に追いつけ追い越せだったが、
野球では韓国が日本に追いつけ追い越せのはずだった。
少なくとも韓国の野球のレベルは日本と同等であることが
証明された。
選手たちは悔しいだろうが「格下の」韓国に負けたのでは
ない。「永遠のライバル」韓国に負けたのだ。サッカーの
「日韓戦」のワクワク感が、これからは野球でも味わえる
のだ。
それは両国において非常に喜ばしいことではないか。

タッチアップ

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今日はこの話題に尽きるでしょう。
もともとWBCにはあまり関心がなかったのですが、
イチローの尋常じゃない気合の入れ方に触発されて、
朝6時から真剣に観させていただきました。
それにしてもアメリカ打線のラインナップ、凄いの
ひとことです。
それを上原は打たれながらも1点に抑えたのだから
たいしたものです。清水は球の走りとかはよかった
と思いましたが、多少球をそろえすぎたかな。
ホームランは失投ではなかったけど球種を狙われて
いたようにうかがえました。
そして問題のタッチアップの判定。はっきりいって
あのタイミングがアピールプレーでアウトになるの
なら、ほとんどのタッチアップはアウトですよ。
際どくもなんともないし。あのジャッジをした主審は
リプレー映像を観て何かコメントしてほしいですね。
それでも誤審を認めないならこの主審はアメリカ
チームの一員だとはっきり認識できます。
だいいちこのような誤審は懸命にプレーしている
アメリカチームの選手にも失礼です。彼らは“正当に”
勝つことだけを考えているのですから。

打たせるぞ~

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「後ろには7人の野手が守っている。打たせていいんだぞ!」

内野手がマウンドに集まって、なかにはこんなことをいうヤツが
います。
投手はいちおううなずくかもしれませんが、そのとおりに
考えてるヤツなんておそらくほとんどいないでしょう。
ジャストミート喰らうくらいならフォアボールのほうがマシだと
考えるのが投手をやりたがるヤツの本性です。
基本、ワガママなんです。ピッチャーという人種は。

松井、井口の出場辞退などで少々シラケムードの
WBC(世界ボクシング評議会ではありません)
ですが、イチローがやってくれます。
すっかり“メジャーの顔”になったイチロー。
日本のためになんてやってくれるのかと思ったら
予想外にやる気満々でビックリ。こころまでアメ
リカに渡ってはいなかったんですね。

とはいえWBC興味がありますかと聞かれたら
まったく興味ありません。

われわれが引退した年の準々決勝で埼玉球史に残る名勝負が
繰り広げられた。
全国制覇も夢ではないといわれた超大型打線を誇る大宮東と
巧みな投球術でチームを牽引する片山投手率いる西武台が
対決した。

試合は大宮東・永島、西武台・片山ともに素晴らしい投球を
みせ、両チーム無得点のまま延長戦に突入した。
10回表西武台の攻撃、2アウト1、2塁から投手・片山
自らタイムリーを放ち、ついに西武台が先制する。
この攻撃を抑えればあの怪物チーム・大宮東に勝てる、その
心理が微妙に片山の投球に影響したのか、10回裏1アウト
から8番高松に同点ソロを浴びてしまう。
さらに11回裏、“関東一のスラッガー”・山口を抑え安心
したのか、次の打者・池田にサヨナラホームランを浴び、
西武台は大魚を逃してしまう。
そのときの西武台ナインの落胆ぶりたるや筆舌に尽くしがたい
ものであった。それほどこのときの大宮東の存在は埼玉では
絶対的なものがあった。

このあと大宮東は次の準決勝で市立川口に破れ、優勝した
浦和市立は甲子園で旋風を巻き起こし、準決勝まで進む。
自分たちの代表が甲子園で活躍してくれたことは非常に誇らしい
限りである。

大宮東-西武台(昭和63年夏・埼玉大会準々決勝)

西武台000000000101
大宮東00000000011X2

(延長11回)

2段モーション

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なんでも国際基準に合わせるというので、これからは投手の
投球動作を厳密に判断するらしいです。
横浜の三浦とか阪神の藤川とかは明らかに引っかかるなと
思っていたけど、松坂もダメなんですね。
松坂のダメなところは振りかぶったときにいったん静止する
ところだといいます。
なんかそこまでくるとやりすぎのような気がしますな。

ちなみにいま問題になってるのはランナーがいないときの
投球動作のことで、セットポジションのときではありません。
セットポジションのときって実はすごくたくさん制約が
あるんですよ。
たとえばセットにはいってからプレートをはずすときは
軸足を後ろにはずして両手は体の側面におくとか。
未経験のひとがピッチャーやるとたいていひっかかりますね。
本格的にピッチャーやるひとはその動作をからだにたたきこんで
るんですよ。

今度からシャドーピッチングのときは気をつけよう。

ロッテ優勝

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なんか素直に祝福できないですよね。しょせんパ・リーグ2位の
チームですから。それよりもセ・リーグの1位が弱かったってことでしょ?
それも情けないほどに戦力の差があったという結果ですよね。
ロッテの選手を責める気はもちろんありません。ただこの不公平な
プレーオフ制度が生み出した弊害ということです。
考えても見てください。第1ステージ西武は松坂、西口ですよ。
2連勝する可能性は十分あったのです。もっともソフトバンクに
3勝できるほどコマはそろってないと思いますが。
来年はセ・リーグもやるなんていってますが、勘弁してくださいよ~。
今回だって盛り上げ策でやけくそプレーオフやってるのにテレビ中継すら
まばらにおこなわれたに過ぎないんですよ。もっともファンの注目は
けっこうあったみたいですが。
しかし、イ・スンヨプはあれだけ打ちまくったのに今江の次点では
かわいそうですね。韓国人びいきなのでちょっと悔しいです。

プレーオフ制度

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パ・リーグのプレーオフにシーズン中の成績で負け越している
西武ライオンズが出場している。もともと現行のプレーオフ制度
には違和感を感じざるを得なかったが、今回の事例でその制度と
しての完成度のなさを露呈した感じだ。仮に西武がプレーオフを
勝ち抜いたり、ましてや日本一にでもなったら、それは野球史上
に残る汚点だと思う。おそらくほとんどの日本中のひとが、ひょ
っとしたら西武ファンのひとでさえ納得いかない結果だと思う。
こんなことがまかりとおるなら、これ以上の勝ち数がプレーオフ
出場に必要ない、また2位にあがる可能性もないとわかった時点で
消化試合になり、戦力を温存できる。いっぽう1位と2位の両方の
可能性がある上位2チームは熾烈な首位争いを演じ、戦力を温存
することができない。プレーオフにはホームフィールド・アドバンテージ
があるにせよ、正直言ってサッカー、アメフト(とくにアメフト)
のそれに比べると野球はさほど有利になるとは考えにくい。
あまりにも経営的な観点からできた制度としか思えない。

阪神が優勝しやがった。畜生!
しかし悪いが阪神の栄華は長くは続かないだろう。
なぜなら阪神は長期的視野にたって投手を起用して
いないからである。
シーズン最多登板の新記録を作らせるなどということは
それだけ投手の登板機会が偏っているということで
チームとしてはじつは「不名誉な記録」のはずである。
あんな投手起用を続けていたらいつか誰かが壊れる。
しかも藤川はもともと故障癖があるし、久保田の投球
フォームはいわゆる「アーム式」で故障しやすいので
である(元ヤクルトの岡林などがよい例)。
たぶん来年はJFKの誰かがぶっ壊れるだろう。
よって来年以降阪神の優勝はしばらくないと予測する。
というか希望する。

憧れの本格派

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高校時代のわたしのストレートはホント遅かった。
それはフォームに欠陥があるからだとは分かって
いたのだが、どうしても直せないでいた。
それがあるときだけ奇跡が起きたのである。
あれは2年の夏、聖望学園との練習試合をしに
飯能へ遠征したときだった。聖望学園はいまで
こそ甲子園に出たり、プロ野球選手(横浜の門倉)
を輩出したりしているが当時はまったくの無名校
だった。
でもやはりそこそこは強くて第1試合はたしか
負けたはずだ。しかも珍しくうちのエースが
ホームランを打たれたと思う。
第2試合はひょっとしたら先発かなと思っていたが
たしか1年生が投げてたと思う。
おそらく途中で出番があるだろうなと思いブルペンで
肩をつくり始めた。
すると、何かが違うのである。
徐々に力を入れて投げていると明らかにいつもと
違うのである。
そして全力投球をしてみた。
明らかに速い!
これはわたしの勘違いではない。なぜならキャッチャーが
「はえぇ~」と言ったのが聞こえたからである。
その日はいつもどおりカーブも切れていた。
もしあのときマウンドに上がってたら絶対打たれなかった
と思う。
残念ながらその感覚は不思議なことにそのときだけだった。
神様が哀れに思って一瞬だけ「本格派」にしてくれたのかも
しれない。

桑田よ…

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巨人の桑田真澄がたいへんなピンチにたたされている。
登板するたびにふがいない投球をみせ、今期は一勝もあげていない。
先週復活の兆しも見えたのだが、昨日も3回もたずにKOだった。
わたしは個人的に桑田みたいなタイプの“選手”が好きだ。
いまはやりの“落ちる球”に頼らず、クラシカルなカーブとストレートを
中心にあくまでも配球と制球力で勝負するタイプ。工藤などもその例
だろう。
あえて“投手”といわず“選手”といったのは、桑田が野手として、
そしてときには打者としても非凡な才能を観せるからである。
わたしはオールラウンダーが好きなのでその意味で桑田以上の
選手は見たことがない。
わたしとしてはオフに戦力外通告されるよりは自ら引退してほしい。
そして今期の消化試合のひとつを彼の引退試合にしてほしい。
これ以上彼のみじめな姿はファンとして観たくない。

桑田投手

息詰まる投手戦。8回表を終わって両チームとも1点も
入っていない。試合の流れからして1点を取られたほうが
負けという最も息苦しい展開。そんなときにこの場面は
起こった。上宮の8回裏の攻撃は1アウト後に四球ででた
ランナーをおいて二塁打が飛び出し、二・三塁の場面で
あった。

マウンドに伝令が走り、東亜学園の内野陣が集まる。
野球を知っている者なら誰しもここは敬遠とおもったであろう。
なぜなら次の打席は元木大介だからである。元木は大会前
からナンバーワン・スラッガーとして注目されており、前の
試合・丸子実戦でも2本のホームランを放っている。いや、
元木でなくてもこの場面は敬遠でも何ら不思議ではない
ところであろう。

しかし、東亜学園バッテリーはそんなそぶりは見せない。
1球目は外角に外れてボール、2球目のストレートを元木は
バットの芯に捕らえた。打球はレフトのポールめがけて飛んで
ゆく。元木はバンザイしている。しかし、わずかにファール。
東亜学園は命拾いした。
ここで作戦を変更することはできたであろう。しかし、再び伝令が
走ることはなくバッテリーは大ファールに臆することなくこの怪童に
立ち向かっていった。そして元木をライトライナーに討ち取るの
である。

結果的にはこの後タイムリーを打たれ、それが決勝点になるの
だが、試合後の東亜学園ナインは実に晴れやかであった。
エース高平投手は言った「絶対に逃げたくありませんでした。
もし敬遠してたら後悔したでしょうね。」。おそらくナインも同じ気持ち
であったであろう。そして、それから16年の月日がたつが、おそらく
彼らは元木と勝負したことを今も誇りに思っているであろう。

上宮-東亜学園(平成元年夏・二回戦)

東亜学園0000000000
上宮00000001X1

星野豊

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昭和63年夏、甲子園で巻き起こった“浦和市立旋風”。
その立て役者はいつもひとなつっこい笑顔でマウンドに立っていた。
甲子園でのピッチングを楽しんでいるかのように…。

浦和市立は埼玉県大会をノーシードから勝ちあがったものの、
打率は出場校中最下位。つまりは星野投手を中心とした守りの
チームとの大会前の評判であった。ところが一回戦・佐賀商戦では
その打線が爆発、15安打を奪う。星野も低めをつく丁寧なピッチングで
内野ゴロの山を築く。結局散発6安打2失点の完投勝ち。
“浦和市立旋風”の幕開けである。
二回戦・常総学院戦でも星野の丁寧なピッチングが光り、8安打
2失点の完投勝ち。続く三回戦・宇都宮学園戦では息詰まる投手戦の末、
延長10回粘り勝ち。この日も星野は相手打線を7安打1失点に
押さえ込んだ。しかし準々決勝・宇部商戦では中盤打ち込まれ3点を失う。
その後味方打線が奮起して同点に持ち込み延長戦へ。最後は延長
11回表、一挙4点を奪いついに逆転。その裏を星野がきっちり押さえ、
浦和市立は準決勝で古豪・広島商をむかえた。
星野は広商打線相手に巧みなピッチングを繰り広げるが、さすがに
相手は試合巧者。浦和市立は途中同点に追いつくものの、広商の
そつのない攻めで4点を奪われ、ついに力つきるのだった。
試合後、マウンドの砂を集める星野の姿があった。すべてが終わった
この甲子園のマウンドで、彼は何を思ったであろう。彼は最後まで
笑っていた。

星野投手

真ん中で笑っているのが星野。
ちなみにわたしはマウンド上で笑ったことは一度もない。

昭和63年













5414718742161191.72

この時期になるとどうしても思い出してしまう試合があります。
これは5年ほど前に書いたものを復刻して掲載させていただきます。

プロ野球チーム相手でも勝てるのではないかとさえ言われた
桑田・清原擁するPL学園は、決勝までまったく危なげない
試合ぶりで勝ち上がってきた。一方、宇部商は一・二回戦
こそ快勝したものの、それ以降は苦戦の連続で、両者の力の
差は歴然としているようにみえた。
その苦戦の原因は、エース・田上の不調にあった。
一回戦、強豪・銚子商を5安打3失点、二回戦・鳥取西戦では
2安打完封と快調なピッチングを続けていた田上だったが、
三回戦、東農大二戦では14安打と打ち込まれながらも味方打線の
援護で何とか勝ち投手に。続く準々決勝、鹿児島商工戦
では立ち上がり3点を奪われ、2回途中でついに二番手・古谷に
マウンドを譲る。大会ナンバー・ワン左腕とさえ言われた
エースの降板。宇部商の勝利は遠のいたかのようにみえた。
しかし、古谷が完璧なピッチングをみせ、無失点に押さえ込む。
それにこたえるように味方打線が反撃し、この試合を逆転で
ものにする。準決勝の東海大甲府戦でも田上が先発したが、
4回途中までに5点を奪われ降板。再び古谷がマウンドに登る。
古谷はこの日も好リリーフをみせ、味方打線の奇跡的な反撃で、
この試合宇部商はまたもや逆転勝利。この時点で両者の立場は
完全に入れ替わった。
チームの大黒柱であった田上と、まさに宇部商の救世主となった
古谷。宇部商・玉国監督は決勝のマウンドに古谷を送り込んだ。
苦渋の選択であっただろう。古谷もこの起用にこたえ、
王者・PL相手に快調なピッチングを見せる。2回表に宇部商が
犠牲フライから先取点を奪うと、もはや宇部商に“挑戦者”の
雰囲気は感じられなくなる。そのムードを引き戻したのが
怪物・清原であった。4回裏先頭打者として登場し、レフトスタンドに
豪快な一発を放り込む。続く5回裏にもPLは連打から勝ち越し点を
奪い、流れを完全につかむかに思われたが、宇部商は6回表すぐに
反撃。タイムリーと犠牲フライで再び逆転、再び優位に立つ。その裏
再び打席に立った清原が、甲子園名物アナウンサー・植草貞夫氏に
「恐ろしい、甲子園は清原のためにあるのか。」と実況せしめる
二打席連続のホームラン。両チーム一歩も引かぬ展開となる。
その後は両チームともチャンスを作るものの無得点が続く。
9回裏PLの攻撃も2アウト、延長戦の可能性が高くなった
ところでPLが底力をみせる。テキサス安打ででた走者が二盗、
打者は常勝・PLをこれまでまとめてきたキャプテン・松山。
力投を続ける古谷のストレートを右中間に弾き返す。二塁走者が
まるで優勝を祝うかのようなスライディングでホームインすると、
ホームベース上に歓喜の輪が広がる。清原はバットを天に
差し上げたまま何か叫んでいる。桑田がくしゃくしゃになって
泣きじゃくっている。3年間で始めて見せた2人の若々しい
感情の表現であった。

宇部商・田上にとってPL戦は特別の意味があった。春・センバツの
雪辱である。しかし自らの不調、そして古谷というよきライバルが
いたがゆえに決戦のマウンドに上がることすら叶わなかった。
そして古谷、つねに田上の陰に隠れながらも己の力を信じ、
腐ることなくじっと耐えてきた。最後敗れはしたが、PLと
互角に渡り合ったのだ。この“2人のエース”のいた夏を、
わたしは20年たった今も忘れることができない。

古谷 VS 清原

清原相手にも真っ向勝負を挑んだ古谷。
2本のホームランを浴びたが、彼は今でも勝負したことを
後悔していないという。

PL学園-宇部商(昭和60年夏・決勝戦)

宇部商0100020003
PL学園000111001X4

甲子園への道はなんて険しいのだろう。

埼玉大会決勝、春日部共栄 対 埼玉栄は
劇的な幕切れとなった。
4-1、3点のビハインドでむかえた9回表の春日部共栄の
攻撃は満塁ながらすでに2アウト、埼玉栄はあとひとり
で甲子園というところまでこぎつけていた。
バッターは春日部共栄の4番で主将の靏岡。
埼玉栄のエース・木村の投じた渾身の一球を打ち返す。
打球は追いすがるライトを越えてフェンス際へ。
走者一掃の3ベース。春日部共栄は一瞬にして
同点に追いついてしまう。
その直後、射手矢に投じた難しい内角低めの変化球を
ライト線にはじき返されついに逆転。
その裏マウンドに上がったのは背番号20をつけた
3年生今井。このチームの投手陣の中心は1、2年生。
ひょっとしたら彼は甲子園のベンチに入れない
かもしれない。この登板は本多監督のはからいだった
のだと思う。最後の打者を三振に獲った瞬間、
今井はひざまずき天に腕を突き上げた。
春日部共栄が埼玉164校の頂点に立った瞬間だ。

こういうのを観せられると体がウズウズしてくる。
シャドー・ピッチングのし過ぎで腰が痛い…。

今井投手

春日部共栄0010000045
埼玉栄0011002004

渡辺俊介

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現役で最高の成績を残しているアンダースロー投手である。
驚くことに彼は中学時代、3番手投手だったそうである。
高校で野球のコーチをしていた父親のアドバイスでアンダー
スローに変えたそうである。
それでも高校、大学と2番手で、エース格になったのは
社会人になってからだそうだ。そしていまプロで大活躍を
している。もし彼がアンダースローに変えていなかったら
おそらくいまの活躍はなかったであろう。

わたしもアンダースローを考えたことはあった。足腰には
自信があったし、アンダースローには特に必要とされる
スタミナもあった。しかし自分の武器はワンバウンドでも
ストライクになるカーブだったので、そのメリットを失う
のが怖かったのでオーバースローのままでいた。アンダー
にいちど変えると戻せないという話を信じていたというのも
ある。今考えるとちょっとでもブルペンで試してみたらよ
かったと思う。仲のよかったエース投手と同じ土俵でかなう
はずなかったし。

渡辺俊介

大学へ入学して本格的に野球をすることはやめましたが、
サークルレベルの軟式野球は続けていました。
中学・高校では補欠投手でしたが、さすがにこのレベル
では“エース”として通用していました。

わたしが3年のとき、後輩にあることを告げられました。
「○○(チーム名)の△△(名前)が『ああいうカーブ
 は打てる』と言ってましたよ。」
そんなことを言われたらわたしのダテに高いプライドが
黙っちゃいません(だいたいそんなの先輩に伝えちゃ
ダメでしょう。たぶん友人だから言えたことなんだから)。
数日後、実際に対戦する機会がありました。
わたしは全部カーブを投げてやりました。

ストレート勝負ばかりが「真っ向勝負」じゃないんです。
自分の得意球で勝負するからこそあとに悔いが残らないんです。

「真っ向勝負」の結果はこちら↓

野球中継を観ていると、ファールボールを素手で
取りにいくひとがよくいますよね。
あのねぇ、硬球ってメチャクチャ硬いんですよ!
下手にとり損なうと指折れますよ!
わたしは夏の高校野球最後の予選で二回戦を控えていた
レギュラー組に稽古をつけてやろうと、普段はやらない
バッティング投手をやりました。
その裏にはカーブで思いっきり空振りさせて、レギュラー陣の
鼻を明かしてやろうという意図がありました。
何本かは好きに打たせて、最後に「カーブいくぜ!」といって
空振りさせ、レギュラー陣を不完全燃焼にしたまま放置する。
そんないやらしいことを考えてました。
ところが、カーブにいく前のフリーに打たせる時間で
ピッチャー返しを右足スネにくらい、病院送りになりました。
脚で打球を止めにいったところに、ダテに高いプライドが垣間見えます。
おかげで大事な高校野球最後の試合は、出場不能の故障者として
見守ることになってしまいました。

みなさん、硬球は本当に怖いですよ! 気をつけてください!

昨日「報道ステーション」で、むかしの江川の映像が流れてました。
ストレートの伸びもさることながら、ビックリしたのはカーブ!
なんじゃこりゃ、ってほど曲がってました。

ということで今日はカーブの話です。

なにを隠そう、わたしはチームメイトから「カーブの帝王」と
呼ばれるほど、カーブではならしたものなのです。
キャッチャーがいちど立ち上がりかけて、取った位置がストライク!
なんてこともあります。
ワンバウンドがストライクなんてのは当たり前。
一年坊(キャッチャー以外の)には取ることさえできませんでした。

なので自然といいカーブを投げる投手には注目してしまいます。
現役投手なら、やっぱり工藤、桑田かな。
2人ともむかしはもっとスゴかったような気がしますが。
引退した投手なら江川、そしてヤクルトの左投手・加藤、
あと白黒フィルムですが、金田のカーブもスゴそうでした。

そしてわたしが観たなかで、いちばんすごいカーブを投げていたのは…、
すいません。名前わかんないんです。
80年代後半のミネソタ・ツインズのピッチャーなんですけど
あれはハンパじゃなかったです。ボールに糸でもついてるのか?
ていうくらい曲がってました。
調べますので、名前がわかったらコメントします。

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