戦後社会の発展とともに、必ずしも憲法の条文に明記されていない人
権が一般に認められるようになってきている。代表的なものに環境権、
肖像権、プライバシーの権利などがあるが、とりわけ我々がふだんよく
耳にする権利が『知る権利』である。
報道機関はしばしば「国民の知る権利に応えるために」という名目で首
を傾げたくなる報道をすることがある。
学説上『知る権利』とは憲法21条で保障する『表現の自由』から派生す
る権利といわれている。つまりマスメディアを核とする報道機関が国家
に介入されることなく(もちろん制約はあるが)自由に情報を発信するこ
とができることの裏返しとして、国民がその発信された情報の入手を国
家によって阻害されない権利(国などに対して情報の提供を求める権利
『積極的自由』に対し、こちらは『消極的自由』と言われている)である。
しかしさきほども言ったようにマスメディアの報道にはどう考えても国民
の利益になるとは思えないものが多々存在する。「国民の知る権利に
応えるために」という名目でおこなわれる行き過ぎた人権侵害と思われ
る報道はあとを絶たない。その根底にはマスメディアといえど利潤を追
求する一民間企業がほとんどであるという事実がある。彼らも生き残り
をかけて必死なのもわかるが、「こういう情報を伝えるのはあなたたちの
権利に応えるためなのですよ」的な態度には憤りを感じる。
知る権利とは少し離れるが、先日起こした朝日新聞の"カラ出張"による
脱税事件、わたしは報道機関としての資格すら疑われるべき重大な失
態だと考えている。それがほとんどスルーされたままひとびとの記憶か
ら消え去ろうとしている。これこそ大問題だと思う。

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