2009年4月アーカイブ

以前矢井田瞳が大学生時代から音楽をはじめたという話をしたが、こ
のひともスゴイと思う。
音楽をはじめたきっかけは高校生時代らしいが、まわりがプリンセスプ
リンセス、ジッタリンジン、渡辺美里などの曲をやりたがるなか、彼女は
ビートルズやバングルスの曲を持ち寄ったというちぐはぐさからやがて
バンド活動は自然消滅。大学に入って友人のバンドでヴォーカルをした
のが評判となり、あっというまにデビューが決まっていったという。
そのときは提供された曲を唄う予定だったが納得がいかず、それなら自
分でと曲を書きはじめたらどんどんメロディーが出てきたという。
ちなみに彼女の通っていた大学は大阪教育大学、国立大学である。

すでに10年以上のキャリアを持つが、新しく生まれる楽曲の曲調が毎
回変わっていくのには驚かされる。年齢的にはわたしと同世代だがルッ
クスも楽曲のセンスも衰えを知らない。もっともルックスに関しては子ど
ものころからの延長で、女性だからという目で見られまいとあえてボーイ
ッシュないでたちを意識していたため、デビュー後数年は本来的に彼女
が美形であることがあまり知られていなかった。現在はそういったこだわ
りもあまりないようである。

それにしてもわたしが彼女にハマったのは去年のこと。いっぺんに過去
に発売されている膨大な量のCDを集めたため家計がたいへんなことに
なっている。

現在、大木ちゃんのレギュラーが『やじうまプラス(水・木)』のエンタメ
担当と『シルシルミシル』のナレーションのみという状態です。
もっとも『VOICE6(テレ朝アナウンサーの出演する舞台)』の主役抜
擢や"例の"漢検準一級受験(合格)や読売新聞のコラム執筆、もろ
もろの動画撮影など本業以外の仕事がたくさんあったみたいですが、
やはり決まった時間にじっくり大木ちゃんを観ることができる番組がほ
しいものです。
局内での大木ちゃんの評価が決して低いわけではないとは思います
が、原稿読みのある番組とバラエティー番組を少なくとも一本ずつ担
当してほしいところです。

テレ朝編成部の方々、大木ちゃんの"潜在的"人気は相当なものです
よ。

熊本県本渡(ほんど)市(現天草市)で02年、同市立小2年の男児(当時8歳)が、男性臨時教員から体罰を受けて心的外傷後ストレス障害(PTSD)を発症したとして、市に約350万円の賠償を求めた訴訟の上告審で、最高裁第3小法廷(近藤崇晴裁判長)は28日、教員の行為を体罰と認め賠償を命じた1、2審判決を破棄し、原告側の請求を棄却する逆転判決を言い渡した。小法廷は「許される教育的指導の範囲を逸脱するものではなく、体罰に当たらない」と述べた。


この判決の前提として、『体罰』にあたると思われる教員の行為が学校
教育法第11条において明確に禁止されているということがあり、したが
って裁判の焦点も一貫してこの教員の行為が体罰にあたるかどうかに
終始した。
しかし客観的に考えて教員が女子児童を蹴った男子児童を注意をした
ら逆に蹴り返されたのだから教員が教育的指導うんぬんは別にして多
少感情的になったとしても当たり前だと思う。
事件の起きた場所が教育現場という特殊な事情だったことから争点が
別の方向になったわけだが、こんなことは日常生活によく起こりうるいざ
こざにすぎないのではないだろうか。
つまり、体罰であろうがなかろうが教員のおこなったことは暴力であり、
男子児童のおこなったことも暴力であることにちがいない。しかし男子児
童のおこなった行為に対し感情的になった教員がおこなった行為は著し
く暴力的だったとまではいえないと思う。
したがって今回のケースは体罰の判断基準を示す判例とするには適切
ではないと思う。体罰の判断基準を議論しうるケースとは教員が感情的
になっておらず、自らの"教育的判断"のもとにおこなう暴力的(うまい言
葉が見つからない)行為であると思う。

しかし、正直いってこの教員には同情する。逆にこの男児の保護者は裁
判に訴える以前にこの男児に適切な家庭教育をしていたのか疑問を感
じる。裁判の結果うんぬんは別にして、教員を蹴るという極めて非常識な
行為をおこなった男児に対して保護者は適切な戒めをおこなったのだろ
うか。むやみやたらと女子児童や教員を蹴っておいて自分が反撃を受け
るとPTSDに陥るというのはいくら小学生といえどもあまりにひととしてな
にか欠落していると思う。
少なくともこの教員よりもよっぽど。

かつてユー・ミョング(柳明佑)はKOが増えた秘訣を「相手がパンチを
打ち終わったあとにボディを狙う」ようにしたからだと言っていたような
記憶がある。

それって要するにカウンターじゃないの?

よく漫画で相手がパンチを打ってきたところにおくれてパンチを出して
先に当たって"カウンター"っていうシーンがあるけど、常識的に考えれ
ばそれってありえないことだってわかる。そんなことが可能なのは相手
の2、3倍パンチが速くないと無理だもの。
ではカウンターとはなにか? ということだけど、要するに先のユー・ミョ
ングの理屈なわけである。つまり相手のパンチを見切りながらパンチを
出すと必然的に時間軸の関係で相手がパンチを打ち終わったあとにこ
ちらのパンチが当たる。そのとき相手は筋肉(とくにボディ)に力が入っ
ていない状態なので効くのだという理屈である。
ほかにも相手の重心が前にあるから受けたパンチの衝撃を発散しにく
いというのもあるだろう。というか、そちらのほうがカウンターが効く理由
の本質だろうね。

カウンターというと真っ先に浮かぶのは大橋秀行ですな。チェ・ジュンフ
ァン(崔漸煥)との試合ではカウンターが当たりまくってました。
コイツなんで倒れないんだ? と思ってたら、ボディに軽くスコンでしゃが
みこんでしまって、立ち上がって猛反撃を仕掛けるんだけど大橋は冷静
に見切って今度は強烈なボディアッパー(あれも一種のカウンター?)。
悶絶するチャンピオンの画は一生忘れないだろうな。

夜光の階段

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本来だったら絶対観ない類のドラマなんですが...、

夏川結衣さま

この方が出るんだったらそりゃ観ますよ!

夏川結衣さま

えぇい! 大きくしちゃえ!

夏川結衣さま

もっと大きくしちゃえ!
あらっ、ロゴが入っちゃった。

少々ミステリアスな雰囲気が漂っていてなかなかオイシイ役柄な感じ
じゃないですか。
わたしねぇ、夏川さんよりきれいなひとをイメージできないんですよ。
ボクサーでいえばリカルド・ロペスみたいな、余計わかりにくい?
もうねぇ、『青い鳥』の時点で夏目雅子さんを超えてると思うんです。
もっともその時点ではその存在に気づいていなかったんですけど。
いまは当時よりもむしろかわいいイメージになったかな。

ようやく最近知名度も出てきたように感じますが、『不惑』を過ぎてやっ
と評価が追いつくなんて女優としてはあんまりだと思います。
若いころの苦労を知っているだけに。

5年目突入!

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ブログのいいところは、たとえ誰も観ていなくても本人の続ける気さえ
あれば"閉鎖"にならないこと。また、このブログはコメント内容を確認
してから公開する流れになっているので"炎上"の心配はない。
とはいえ本当に誰も観ていなかったら苦労して毎日セコセコと文章を
考えることにあまり意味がないだろうが、幸いそれほど無視できない
人数のひとがこのブログにどこからか迷い込んで来てくださる。

正直言ってこの「毎日更新する」というのはたいへんな負担であるが、
いまのところそれはこれからも続けたいと思う。
それから数少ないながらも存在する"常連"の方々、あなた方のご訪
問、たいへん励みになります。今後ともよろしくお願いいたします。

ドラドラ・鈴木といえば、もともと華のないドラドラのふたりのなかで
も存在感の薄いほう。ネタづくりは塚地にまかせっきりでセリフも満
足に覚えようとしない。ネタ中でもよく噛んだり飛んだりする。

そんな彼だが、公式ブログでは意外な文才ぶりを発揮している。

相方に捨てられるその前に...

そのなかでも、これは傑作!
楽しい思い出・・・

ふだんの仕事では一見まったく役に立っていないと思われがちだが、
実際のドラドラのフリートークでは鈴木がボケて塚地がツッコんでいる
ことが多い。塚地ひとりではとても笑いの成立しない状況では鈴木の
天然ぶりがいかんなく発揮され笑いを誘っている。

鈴木拓、侮るなかれ。

19

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85年、ポール・ハードキャッスルというアーティストがヒットさせた曲。
わたしもよく覚えてたよな、この名前。

きっとあまりお金を使わずに曲を創れないか考えて、ここに行き着い
たんだと思います。
それとも純粋に反戦を訴えたかったのかな?

ヨシタカ語録

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映画『転々』のふふみは、吉高由里子の"素"とは違う? という質問
に対し、
「いつも部屋のすみっこで、三角形を書いてすごしているような
子ですから」

おなじく『転々』の撮影現場の様子を尋ねられて、
「クロールはできるけど、平泳ぎは図々しくてできない緊張感」

はじめてレバ刺を食べたときのこと覚えてますか? の問いに対し、
「鼻血の最後にでてくるやつみたい」

じつは吉高由里子が"ルックス重視"で好きだというのはあとづけで、
はじめにこういう発言を聞いていて「おもしろい子だなぁ」と思ったの
がきっかけでした。
昨年ごろから業界内での彼女の評価は急上昇しはじめたように思い
ますが、一般的にはまだまだのようです。かくいうわたしもはじめて彼
女をドラマで観たときは特別な印象は持ちませんでした。でも、さきの
発言を含めて彼女を何度か観ているうちに、この子はなにか特別な
ものを持っているなという風に思うようになりました。
そんななか高崎映画祭で実物を観る機会があり、その不思議系ファッ
ション(?)もさることながら、あのトヨエツと夏川結衣さんの"青い鳥コ
ンビ"に挟まれても薄れない存在感にますます彼女に興味を持ちまし
た。

それがきっかけで彼女のフォトエッセイをパラ観してたら、彼女の表情
がすごくいいんです。大人でもあり子どもでもある、「みごとに二十歳し
てる」っていう感じなんです。
長澤まさみさんやガッキーはクラス全員の男子に好かれそうな感じで
すが、彼女はちょっとマニアックな男の子が好きになりそうなタイプです
(要するにわたしがマニアックなんですけど)。
おかしなことを言うけど絶対にバカではない、かといって計算高いわけ
ではない、これは彼女の類まれなるセンスでしょうね。
それでいてどことなく繊細な感じがする、きっと感受性のひと一倍強い
子じゃないかと思います。

人気先行で実力が伴わない女優さんはよく見かけますが、いまの彼女
はその逆ですね。きっとそのうち大ブレイクするのではとひそかに思っ
ております。

戦後社会の発展とともに、必ずしも憲法の条文に明記されていない人
権が一般に認められるようになってきている。代表的なものに環境権、
肖像権、プライバシーの権利などがあるが、とりわけ我々がふだんよく
耳にする権利が『知る権利』である。

報道機関はしばしば「国民の知る権利に応えるために」という名目で首
を傾げたくなる報道をすることがある。
学説上『知る権利』とは憲法21条で保障する『表現の自由』から派生す
る権利といわれている。つまりマスメディアを核とする報道機関が国家
に介入されることなく(もちろん制約はあるが)自由に情報を発信するこ
とができることの裏返しとして、国民がその発信された情報の入手を国
家によって阻害されない権利(国などに対して情報の提供を求める権利
『積極的自由』に対し、こちらは『消極的自由』と言われている)である。

しかしさきほども言ったようにマスメディアの報道にはどう考えても国民
の利益になるとは思えないものが多々存在する。「国民の知る権利に
応えるために」という名目でおこなわれる行き過ぎた人権侵害と思われ
る報道はあとを絶たない。その根底にはマスメディアといえど利潤を追
求する一民間企業がほとんどであるという事実がある。彼らも生き残り
をかけて必死なのもわかるが、「こういう情報を伝えるのはあなたたちの
権利に応えるためなのですよ」的な態度には憤りを感じる。

知る権利とは少し離れるが、先日起こした朝日新聞の"カラ出張"による
脱税事件、わたしは報道機関としての資格すら疑われるべき重大な失
態だと考えている。それがほとんどスルーされたままひとびとの記憶か
ら消え去ろうとしている。これこそ大問題だと思う。

じつは最近までこの番組に気づかず観ていなかったのだが、けっこう
前からやってたんですな。
やっぱりネプとくりぃむの絡みはむかしからの付き合いだけに息が合
っている。お互いの役割を知り尽くしているだけにメンバー同士の連
携がみごとにとれていて、観ていて気持ちがいい。いわば5人組の別
ユニットみたいなもんですからな。
このなかになぜチュートが入っているのか疑問である。ふたりともが
んばってはいるがやはり5人の絡みについていくのに苦労しているよ
うに観える。世代的にもほかの5人とは少しちがうし、番組中でも明ら
かに5人から置いていかれているような場面が多々観られる。

くりぃむは海砂利水魚のころからいつかは売れてほしいと願っていた
コンビだし、ネプはまだホリケン・泰造のフローレンス時代にはじめて
観て、「あんなにカッコイイのにおもしろい」と感心した想い出がある。
くりぃむ絡みの番組は唐突に終わらされてしまうことが多いが、この番
組だけはもう少しぐらい続いてほしい。

わたしの生まれたころからこの街に存在する衣料品店。むかしはバカ
にしてまったく相手にしていなかった店だったが、いまでは『しまラー』
といわれる同店で買った服でコーディネイトしている若者がけっこうい
るという。もはやしまむらに"オバサンファッション"のイメージはない。

考えてみればしまむらもヤマダ電機も北関東がスタートである。しかし
いまやどちらも全国展開に成功し、一流企業のひとつに数え上げられ
るほどに成長した。わからないものである。

現在プロフィールに好きな女優さんを6人挙げていますが、このうち
ルックス重視なのは夏川結衣さん、田中美佐子さん、吉高由里子さ
んの3人なのです。
もちろんルックスだけではなく、いろいろなひととなりを加味してのこ
となのですが、3人に共通すること、それは笑ったときに出るエクボ
と目の下のお肉。
ただ、これはたぶん偶然だと思います。笑ってないときにそれは出て
いないけど、そういう表情も含めて好きなので。

このうち夏川さんと吉高さんは実際に観ています。たまりませんね。
なんかもう何時間でも観ていたい気持ちでした。
美佐子さんだけはまだお会いしたことがありません。今年50歳にな
るそうです。全然そんな感じがしませんね。

年齢的には美佐子さんと吉高さんは30近い開きがあるのですが、
年上としてとか年下としてという感覚ではなく、目の前に現れたら純
粋に同じようにハートを打ち抜かれてしまうでしょう。

徳井クン、深沢さんがうらやましい。

「ゆとり教育は、保護者が何を求めているかを霞が関が把握していない
典型例」と彼が言ったのはかなり前のことですが、わたしとは根本的に
教育についての考え方がちがうようです。

彼が新自由主義者もしくは市場原理主義者かどうかはよく知りませんが、
少なくともその傾向はあるように感じます。
わたしは教育制度を"需要と供給の法則"で決めるべきだとは到底考え
られません。
以前わたしは文教政策は社会福祉政策でもあると言いました。生活保護
の制度は主に"経済的弱者"を救うための制度ですが、わたしは"教育的
弱者"も同様に行政で救済すべきだと思っています。
ここでいう教育的弱者とは正規の授業についていけなかったり、そもそも
学校へ行くこともできない児童・生徒などのことをいいます。こういう子ど
もたちを一般の子どもたちの学力レベルになるべく近づけるための努力
を払うことに行政はもっと努力をすべきではないでしょうか?

はっきり言ってそのような方策は全体の学力(あくまでも数値上の)を上げ
るためには効率的ではありません。同知事の掲げる『超エリート校構想』な
どは結局そういった子どもたちに対しなんの意味も持ちません。

わたしが中1のとき、となりにヤンキーの女がいました。その子がなにを思
ったのか数学の質問をわたしにしてきました。いつものやりとりの調子なら、
「そんなもん、先生に聞けよ」と言い放つこともできたでしょう。
しかし、ここでわたしが答えなければ彼女は一生勉強に興味を持たなくな
ってしまうかも知れない、そんな予感がしたのです。
それでわたしは基本的なところからその問いに対して説明しました。そんな
に時間的にはかからなかったと思います。彼女は意外なほどあっさりとわた
しの説明を理解してくれました。ただ、当時から自分でもひとに対する教え
方には自信がありました。だから最初から教育的弱者に対し積極的に目を
向けないような考えには抵抗があります。やり方しだいで彼らの学習意欲を
向上させ、ある程度の学力水準に持っていくことは可能だと思います。行政
はそれをシステムとしていかに機能させることができるか考えるべきではな
いでしょうか?

悔しいです!

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ザブングル・加藤(片桐はいりのほう)がやるこのカオ芸、若いひと
には元ネタがなんだか知らないひとも多いのではないでしょうか?

元ネタはあの大映ドラマ『スクール☆ウォーズ』のあるワンシーンで
す。112対0の大敗を喫した選手たちが飄々としているのを見た滝
沢(山下真司)が選手たちに「おまえら悔しくないのか~!」と言い放
ったとき、選手のひとりの森田(宮田恭男)が本心を言い表した言葉
がこのセリフです。

我々の世代では誰もが知っているシーンなのですが、知らないひと
にはただのカオ芸ですよね。だいたい『ザブングル』ってのもアニメの
キャラだし。

わたしの好きな女優さんのなかには、若いころ"脱いでいる"ひとが多
いです。夏川結衣さん、田中美佐子さん、鈴木砂羽さん、吉高由里子
さん、真木よう子さん、みんなそう。
別に裸に興味があるわけではないです。実際彼女たちの裸を観たこと
はないですし、むしろ観たくありません。
これは偶然かもしれないし、あるいはそれぐらい気合を入れて女優業
に取り組んでいるんだという姿勢を感じ取ったのかもしれません。

彼女らの場合はいずれも女優として上り坂のときの挑戦で、いわゆる
売れなくなって脱ぐパターンではない点は共通しています。みんなそん
なことをしなくてもすごく魅力的で、素敵な女優さんばかりだと思ってい
ます。
「えっ、脱いでたの?」ってひとも多いですよね。だからやっぱりわたし
の場合は脱いでるから惹かれたということはまずありえないでしょうね。

白い春

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どういうわけか阿部寛さんの出演するドラマ・映画は観る機会が多い
のです。
もちろん阿部さん自身の魅力もあるのでしょうが、彼はいい作品に恵
まれているような気がします。

今回の役は元ヤクザ。『結婚できない男』の桑野と同一人物とは思え
ない迫力。阿部さんはその人物の想定している性格から派生すると
思われる行動を表現するのがすごくうまい。観ていていつも感心しま
す。夏川さんもそうですが、モデルから演技派俳優になるのは相当大
変なことだと思うので、ふたりとも本当に努力家なんだろうなと思いま
す。

今回の第1話を観てけっこう期待できそうな気がしました。このあと最
近イチオシの吉高由里子さんがどう絡んでくるのか楽しみです。

中国電力のCMはずっと夏川さんがやってるみたいですね。
なんで全国規模のCMへの出演はほとんど皆無なんでしょう?
すごくCM受けしそうなのに、いまだ知名度がそんなに浸透していな
いってことなんでしょうか?

ドラマ『夜光の階段』では30歳の設定のようです。
でも違和感なく観れそうな気がします。
40であの美しさは罪に近いです。

評価:☆☆☆☆☆☆☆★★★(ほとんど夏川票)

中国電力

夏川結衣

やっぱキレイだなぁ。
徳井クンが「キレイすぎて、顔が見れない」って言ったのがよくわかり
ます。うっかりマジマジと見てしまったため、恋に落ちてしまったのね。
うらやましい~。

詳しいことはわからないのですが、人道的に問題のある発言という
より、ある大きい芸能プロダクションを怒らせてしまったようです。
なんで公のラジオ放送で話したことなのにネットでもあんまり明白な
情報がないのでしょうか? その程度の聴取率ってことかな?

まぁ彼が活動休止したところで、影響を受けるひとはそんなに多くな
いと思いますけど。
っていうか、松竹ってそういうひと多くない?

08年に上映されたすべての映画のなかで、独立系映画館のスタッフ
が選ぶ観客に見てほしい作品を選ぶというのが今回創設された『映画
館大賞』。独立系映画館のスタッフが選ぶというのはかなりリアルな結
果が期待できると思いますが、結果は以下のとおり。

 1位 ダークナイト
 2位 ぐるりのこと。
 3位 おくりびと
 4位 歩いても 歩いても
 5位 トウキョウソナタ
 6位 イントゥ・ザ・ワイルド
 7位 実録・連合赤軍 あさま山荘への道程(みち)
 8位 ゼア・ウィル・ビー・ブラッド
 9位 ノーカントリー
10位 崖の上のポニョ

なるほど、高崎映画祭にも絡んでいる作品がやはり多いようですね。
興行ということを抜きにして考えると、映画好きのひとが導く結果は
だいたいまとまってくるということですかね。

1位の『ダークナイト』はそんなにいいんですか? どういう意味合い
で? 正直あまり興味がわかないんですけど。
やはり全体を通して、最近の傾向である"邦画の巻き返し"は感じま
すね。実際、『ぐるりのこと。』、『歩いても 歩いても』は観ましたが
(ふたつとも映画とDVDで2回)、とてもよかったです。
2作品とも、ふつうのひとびとの日常を描いたという点で共通してい
るけれど、考えてみれば"日常"ってけっこう"劇的"ですよね。自分の
半生を思い返して全体を鳥瞰すればなんてことないんだけど、『この
10年』とか『この1年』、『この1日』とかしぼってみると、こんなオッサ
ンの人生も捨てたもんじゃないなとか思っちゃいます。

ただ、『実録・連合赤軍』だけは全然ちがいますよね。まったくの"非日
常"ですもの。なんの救いも得られないこの映画にこれだけの評価が
集まったことをどう分析すればいいのだろう? わたしは個人的にむか
しから連合赤軍には興味があったので(あさま山荘事件ではなくむし
ろリンチ殺人のほうに)すんなり映画を理解できたけれども、若いひと
は彼らの言っていることが全然わからなかったといいます。ただ、坂井
真紀が演じた遠山美枝子の感覚だけは理解できたので、彼女を通し
てこの"地獄絵図"を痛感することができたようです。
この映画はいい意味でほとんど"丸投げ"に近いような気がします。
あえて観る者にメッセージを発しないようなつくりになっていて、観てい
てパニックになったひともきっといると思います。遠山と加藤三男ぐらい
ですかね、制作者の主観が感じられたのは。しかし細かいところは抜
きにして、これは現実に起こったことであり、いまからは想像もつかな
いこういう時代があったことを体感することができたという点で評価さ
れたんでしょう。

ちなみにお袋はもう3回くらい観ています。

以前このふたつの団体が起こした事件は似ていると言った。
結果として起こった現象を見ると"社会学的には"確かに似ている。
連合赤軍は同士を"総括"し、オウム真理教は"ポア"した。

しかしやはりちがうと思う。しかも本質的なところが。

連合赤軍の究極の目的は"革命"を起こし、日本のそして世界のひとび
とを幸せにすることだった。その目的のためには命も惜しくないくらいの
覚悟が彼らにはあったと思う。そしてその妨げとなるような行為をおこな
った者への"自己批判の同志的援助"という名目で総括はおこなわれた。
しかしオウム真理教の信者は、やがて訪れる"ハルマゲドン"から自らを
救出するために
入信した。"ポア"とは「意識を高い世界へと移し替える
こと」とされ、それは積極的に死という経験を与えることによって、より高
位の世界へ意識を転生させることができるという解釈からおこなわれた。

しかし結局のところ、連合赤軍は森恒夫と永田洋子、オウム真理教は麻
原彰晃の腹積もりいかんで犠牲者が決まっていったという点では共通し
ている。
だがそれがたとえ絵空事だろうとなかろうと、最終的に目差すことが誰の
ためのことかという点は大きく異なる。

連合赤軍とオウム真理教の起こした一連の事件の本質は、やはりちがう
と思う。

バーゲンセールに怒涛のごとく押し寄せるオバチャンたちを観て、くりぃ
む・上田は、

「お前ら、やまびこ打線か!」

とツッコんだ。
もっと難しいのになると、

「ファイティング原田がフィリピン(実際はオーストラリア)で闘った
ときぐらいアウェーだよ!」

というのもある。

たとえは凝りすぎると伝わらなくなってしまう。かといってわかりやすす
ぎてはおもしろくなくなってしまう。
むかしやったネタで、最初は「青森山田対比叡山の試合」というのだっ
たのを相方がわかりづらいということで「青森代表対滋賀代表の試合」
に変えたことがあった。これはネタの根幹にかかわることなので自分と
しては極めて不本意だったが、相方が一種モニター的な役割だと思っ
ていたので変えることにした。

いったい何パーセントぐらいのひとがわかるたとえが理想なのだろう?
いま創っているネタのなかにも微妙なのがあるのだが、これだけは相
方が否定してもゆずれないし、適度な理解度を得る自信もある。
正直M-1は客が笑わなくても審査員が認めればいいと思っているの
で、そこはけっこう強気で攻めたい。

ボニさんの新譜を昨日購入してきました。
彼女の楽曲ははじめはそんなにインパクトがないんだけど、徐々に効
いてくるような印象なのが個人的には多いのです。
ボニさんとの最初の出会いは『Every Single Day』を試しにレンタル
したときだけれど、そのときは結局1度聴いただけで返してしまいまし
た。
そのあと『Thinking Out Loud』が出て、これはけっこう気に入ったの
で何回か聴いていたのですが、まだこの段階では、"ちょっと気になる
アーティスト"ぐらいの認識でした。
そのうち何回か聴いているうちに、『A Perfect Sky』と『Water Me』と
いうまったくタイプのちがう曲を創るセンスはハンパねえな、ってことに
なり、『Chances Are』がスゲエ名曲だということに気づかされ、いつの
間にか大ファンになっていたのです。

今回のマキシではむしろカップリングの『You and I』が好きだな。でも
たぶんほかの2曲もじわじわ効いてくると思います。

今日『さんま御殿』のスペシャル特番をやっていた。さんま師匠と爆笑、
くりぃむが絡んでいた。
誰が相手だったか忘れたが、さんま師匠がしきりに問い詰めるのを見
て、「だから若手が出て来ないんだよ!」と切り出す太田。さんま師匠
もいつになく楽しそうだった。
太田が大汗をかいて熱弁を振るうのを「汗かき過ぎだよ!」とツッコむ
上田。ツッコミを受けたあとの太田のあんなにうれしそうな顔はめった
に観られない。

思えばむかし『東京ギャグコレクション』というライブのエンディングでは
くりぃむと司会の爆笑がいつもこんなやりとりをしていた。
『しゃべくり007』でくりぃむとネプが息のあったかけ合いをしているのを
観るとあのころが懐かしくなる。

お笑い好きにとってはいい時代だったなぁ。

今年は本気でM-1に出ようと思っている。
1回戦のネタ時間は2分と短い。あまりきちんと段取りを踏むような
オチに持っていく時間はない。かといってナイツのように機関銃のよ
うにボケを続けられるほど多くのボケを考えられる能力はない。いち
おうプランとしてはひとつのテーマで3つくらいの漫才コントの短編を
やろうかと思っている。
いちおうそのテーマも決まっていて、中身もなんとなく方向性はつか
んでいる。そのひとつはほぼ完成している。ほかはまだ真剣に考え
る余裕がなくてプランの段階でとまっている。
正直言って手ごたえはある。ネタ合わせをみっちりやればかなりいい
ものができる自信があるが、そのネタ合わせが充分できるかが問題
だ。
というのもわたしは公務員を辞めて東京から離れてしまったので、相
方としょっちゅう会える状態ではないのだ。
そもそもM-1に出たいと言い出した相方がまだやる気を維持してい
るかも確認しないといけないのだが。

連合赤軍のリーダー格のふたり、森恒夫と永田洋子はあの『あさま山
荘事件』の直前に警察の山狩りに遭い逮捕された。意外なほどあっけ
なく。

森はその翌年の元日、「自らに死刑を下す」という遺書を残し拘置所の
独房で首吊り自殺した。
永田は森の死後も自己の過ちを"自己批判"しつつ獄中で脳腫瘍に侵
され、もがき苦しむ日々を送りながら現在は寝たきり状態だと言われて
いる。
1993年最高裁判所で死刑が確定。再審請求していたが2006年東
京地裁は棄却の決定を下した。

森が選択した首吊り自殺とはじつはいちばん楽な死に方だ。窒息で息
苦しくなる前に血液が脳に行き渡らなくなるため失神するからだ。
"総括"によって死んでいった同士のむごい殺され方からすれば彼の死
に方はとても納得のいくものではないだろう。
一方永田の脳腫瘍からもたらされる激痛はすさまじいものだったという。
まさに"生き地獄"、しかし脳腫瘍はなんの罪のないひとでも侵され苦し
むことのある病気だ。そう考えると罪深き者への因果応報というわけで
もないと思う。

結局のところふたりが総括した同志たちの死は、どんなかたちでも報わ
れないのである。共産主義国家あるいは社会主義国家の現状はとても
かつて理想とされた国家像とは程遠いものである。しかしその観点から
彼らの行為を単なる"愚行"と切り捨て、一連の連合赤軍の起こした事件
を解釈していてはものごとの本質は見えてこない。

本当のところはいまの時代に生きる我々の世代にあの時代は理解する
ことは不可能だと思う。

イチローの精密検査の結果は出血性胃潰瘍だったという。
めまいをもよおすほどだから、出血もかなりひどかったと推測される。
イチローとはレベルがちがいすぎて比較するのも恐縮なのだが、野
球における『チームプレー』とはまず第一に自分個人でも技術を向上
できるための努力をして、その上でチームメイトとのこころと体の連
携を深めていくものだとわたしは思ってる。
現役時代わたしはそうしていたつもりだ。しかし努力はしていても結
果を残していないのにチームメイトの力になる余裕なんてわたしには
なかった。
結局最後まで結果を出せないまま高校野球は終わってしまったので、
チームメイトの力になることはなかった。逆にチームメイトの言葉に
は何度も励まされた。それがなければ最後まで野球を続けていたか
も怪しいくらいだ。だからわたしはチームメイトに借りを作ったまま引
退してしまったのである。
しかしイチローは自分でできる最大限の努力をしつつ、チームメイトに
も気を配り続けた。それは広島の栗原が緊急招集されたときのエピソ
ードが物語っている。
イチローは合流したばかりの栗原と長く話し込んだという。これも栗原
にはやくなじんでもらいたいという配慮だろう。そこで栗原の知人でイ
チローマニアのひとが『始動が遅いとか、トップが入りすぎだ』と言って
いたというのを伝え聞いたという。メディアを通じてのイチローの印象
は近寄りがたいというか、下手なことを言えない感じがするが、打撃不
振のイチローに対してこんな話ができるほどチームメイトにはこころを
開いているということに感心せずにはいられない。

イチローのことだから多少スタートがおくれてもまたいつものバッティン
グをメジャーでも観せてくれるだろう。ゆっくり治して帰ってきてほしい。

彼は単に日本を優勝させたかっただけではなく、アメリカでもよく知られ
ている自分が活躍することにより、WBCの開催意義をアメリカでも高め
たいという使命感を持っていたのではないだろうか?
あまりにも高い使命感のために彼は自分と戦い続けた。そして最終的
には自分との戦いにも勝つことができた。本来ならもっと長い休息が必
要だろう。やはり大会の開催期間は再考を要すると思う。

イチロー、精密検査の報を聞いて彼のような野球選手が日本にいて本
当によかったと思う。確かにメディアの側からは扱いづらい選手だろうが、
あそこまでストイックに自分を追い詰め、しかも決してチーム内で孤立し
た存在にならないよう気を配って、そして最後に最高の結果を残す、本
当に素晴らしい選手だ。

イチローの頭に見えた白髪はやはりメンタルな原因だろう。逆にそれす
らも彼らしくてかっこよく見える。

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野球がいちばんおもしろいのはやっぱり投手戦だと思う。
わたしは投手のピッチングにも"芸術"を求める。
躍動感あふれる投球フォームときっちりとコースに投げ分けるコントロール
があれば球なんておそくてもわたしは十分楽しめる。
スコアなんて二の次。投手の一球一球が芸術なのだ。

今日の決勝戦は左右の好投手がそろい息詰まる投手戦となったが、ふた
りとも疲れのためか球が高めに浮いていた。おそらくふたりとも本来の調子
ではなかったと思う。

花巻東・菊池には運がなかった、それだけだ。

地上波デジタルテレビ放送への完全移行まで2年半を切ったというの
にデジタルチューナー(デジタル対応テレビを含む)の普及率は49.1
%だという。
そもそもテレビ放送のデジタル化を"お上の押し付け"とぶった斬るメデ
ィアもあるが、おそかれ早かれデジタル化は国際的にも時代の趨勢で
ある。そんなことを言っているメディアこそ頭が"アナログ"だと思う。
しかしわたしが望ましいと考えるテレビ放送のデジタル化は政府が目
指しているものとはちがう。
いまCMでも宣伝しているが、都市部ではすでにNTTの光回線でテレ
ビ放送が観られるようになっている。これは『IPテレビサービス』といっ
て、以前は放送業界の事業を通信業界が乗っ取ってしまいかねないた
めか法律上の規制がかかっていた技術である(現在行われているサー
ビスがその法的な面をクリアしているかはいまだ議論されているようだ)。
NTTの光回線の敷設には電気会社の電柱が使用されているので、従
来の放送用電波を受信することにより視聴するタイプのテレビとちがい、
原理的には電気の通っている家庭にはこの方法でテレビが視聴可能に
なる。山間地など電波の受信環境の悪い地域でも、この方法ならあらゆ
るチャンネルの視聴が可能になる。
そのような問題を抱えた地域は自治体レベルで主にCATVで対応して
いるようだが、こうした自治体の自発的な活動に頼らず、総務省が中心
になって"公的な"IPテレビサービスに力を入れればこういう問題は解決
するはずである。

地デジの完全移行がひと段落したころには、都市部ではほとんどIPテレ
ビに取って代わられているなんてことになっている可能性がある。
総務省の方、もう一度考え直してみてはどうだろうか?

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