この言わずと知れたボクシング漫画の大巨編が『週刊現代』でいま復
刻掲載されている。ぜひ若いひとたちにも読んでもらって感想を聞きた
いものである。
『あしたのジョー』は昭和42年から48年にかけて『週刊少年マガジン』
で連載された。わたしが生まれる前後のことである。しかしアニメの再
放送があったこともあって、わたしは小学生のとき小遣いを遣って少し
ずつ単行本をそろえていった。わたしのなかに形成された価値観の根
幹の部分はこの漫画の影響を受けたと言ってもいいだろう。
この漫画、いちおうボクシング漫画ではあるがボクシングはあくまでも
表現の手段でしかないと思う。おそらく原作の高森朝雄(梶原一騎)よ
りも作画のちばてつやの意図の影響のほうが大きいと思うが、この漫
画で読者に問いかけたことは「生きるとは何か」ということだと思う。
矢吹丈の価値観はたぶん歪んでいる。常人のものではないと思う。こ
の一瞬を生きることにあれほどの魂を込めることなどふつうできない。
ひとの幸せにはいろいろなかたちがある。ホセのように家族を持ち、明
るい家庭を築くこともそのひとつだろう。ジョーにとって幸せとはちがう
かもしれないが、リングの上で情熱を燃やし続け、そしてまっ白に燃え
尽きるのも彼の望んだ人生である。わたしはこの真っ正直な一秒一秒
を力いっぱい生きる人生のほうがいいと思っている。あくまでもわたしの
望む人生としてだ。万人に勧めているわけではない。そのさきになにが
あろうともわたしは恐れない。それがわたしの"青春"なのだ。
もうひとつ言っておきたいのがジョーと白木葉子の関係だ。これこそ"究
極の愛のかたち"じゃないかと思う。ただ単にプラトニックというだけでは
なく、そこには本当に相手の望むことと心中しようとする気持ちがある。
そこへ至るまでの長い過程が非常に繊細にかつリアルに表現されてお
り、ある意味『あしたのジョー』は壮大な恋愛漫画とさえ踏まえることが
できる。
最後の最後にお互いの本当の気持ちに気づいた。しかもそれは果てし
なく深い愛であった。ホセとの試合前の控え室のやり取り、崩壊寸前の
ジョーを励ます葉子、血のしたたるグローブを葉子に渡すジョー、言葉で
しか表現できないのがもどかしい。
『あしたのジョー』と言えば、「立て! 立つんだ! ジョー!」しか思い浮
かばない方、最初からでなくてもいいのでぜひとも最後の部分(単行本
の20巻にあたる部分)だけでも読んでいただきたい。

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