『ゲバラ人気』に想う

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かつてジョン・レノンが「世界で一番かっこいい男」と評したエルネスト
チェ・ゲバラ。日本でも彼の顔がプリントされたTシャツやポスターなど
をよく見かける。最近では彼を題材とした映画も数作公開され、世界
的にも彼のいまだに衰えぬ根強い人気が垣間見える。

さて、このゲバラという人物についてわたしはどう踏まえているか?
ひとことで言えば、"頑固な理想主義者"である。
ゲバラに本当に達観した分析力があったとしたら、自分がいま目指し
ている"革命"の行き着くさきが想像できたはずだ。彼はキューバで成
し得たこと(これはある意味確かに評価に値するできごとだと思う)が
世界で普遍的に可能であると勘違いした。
しかし実際には世界の国・地域には各々の社会的背景があり、とても
ひとつの価値観で覆いつくせるものではなかった。そこが彼の思想が
"理想"の範疇を超えるものでなかったと思う理由である。

また、彼の行動・思想に共感する者の心理をわたしはどう踏まえてい
るかだが、そのようなひとたちの多くは「"法治力"ではなく"政治力"を
求めている」と言えるのではないだろうか。
話をわかりやすくするために端的に言うと、国内のひとびとの行動は
"法(のり)"によって支配されている。しかし、国際関係になると各国の
行動は"政(まつり)"によって支配されている。
国際法という概念はあるが、それは各国間の条約や協定などの寄せ
集めででき上がる"仮の法規範"であり、それは各国のポリティカル・パ
ワー(政治力)によりいくらでもかたちを変える性質のものである。
本来"法"とは一定の改正手続きを経ない限り不変のものである。その
意味で現在の国際法は"真の法規範"たり得ない。
国際社会は各国のポリティカル・パワーのせめぎ合いにより成り立って
いる。例えばアメリカのイラク侵攻が"正しかった"かどうかは、国際的
にはなんとも言えない。国際政治に正しいかどうかという概念は本来
存在しないのである。あるのはポリティカル・パワーのせめぎ合いが残
した結果だけである。

いまの日本には日本国憲法という強大なロー・パワー(法治力)を持っ
た基本法が存在する。そしてその枠内でいまのところ政治は行われて
いる。憲法改正の論議も、ほとんどがその憲法内に定められた手続き
に則った範囲で行われ、その意味で法規範は十分に尊重されている。

ただ単にゲバラはカッコいいと思ったからそのTシャツを着ているのかも
しれない。ポスターを飾っているのかもしれない。でも、彼の支持者のな
かには亀井静香氏のような人物もいる。ひとことでポリティカル・パワー
と言ってもその定義は難しい。端的に言うとひとや国に影響力を与える
力と言おうか。ゲバラには40年の月日を越えてひとびとを引き付けるそ
の力があるのだろう。

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このページは、nissyが2009年3月11日 23:55に書いたブログ記事です。

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