遅咲きのチャンピオン・花形進

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芸術的な防御テクニックでその戦績以上に高く評価する声も高い元W
BA世界ミニマム級チャンピオン・星野敬太郎。彼自身にも非常にドラ
マチックなバックグラウンドがあるのだが、今回はそんな彼の師匠であ
る元WBA世界フライ級チャンピオン・花形進について語ってみたいと
思う。

花形のボクシング人生は決して"名前どおり"ではなかった。10回戦へ
進むまで実に31戦、4年もかかっている。戦績も15勝8敗8分、5割に
も満たない平凡なものだった。
しかし、これを境に花形のボクシングは飛躍的な進歩を遂げる。のちの
伝説的世界王者・大場政夫に判定勝ちすると日本フライ級王者に挑戦、
チャンピオン・スピーディ早瀬に判定勝ちした。
そして69年6月19日、ロサンゼルスで"メキシコのサソリ"WBC世界フ
ライ級チャンピオンのアラクラン・トーレスとノンタイトル戦をおこなう。世
界的にはまったく無名の花形が、当時チャチャイ・チオノイと並び評され
ていた名チャンピオン相手に大金星を挙げる。
それを受けておこなわれたタイトル戦では大差の判定負け。その敗戦
を含めて、花形は4度世界戦挑戦に失敗した。
そしてむかえた5度目の挑戦、チャンピオン、チャチャイは体重オーバー
により王者剥奪となっていた。花形はチャチャイを6回KOに破りついに
念願の世界チャンピオンとなった。
しかし初防衛戦でエルビト・サラバリアに不可解な判定負けを喫しタイト
ルを失う。再戦も実らず、最後は"希有のテクニシャン"ミゲル・カントに敗
れ、ついに引退を決意する。

花形はその後焼き鳥屋の店員などを経て、ジムを開設する。前述の星
野は元世界王者が経営するジムが初めて輩出した世界王者となった。

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このページは、nissyが2009年1月30日 23:14に書いたブログ記事です。

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