2008年11月アーカイブ

わたしは現役時代の津田をあまり好きではなかった。
いまの阪神・藤川といっしょで、コンビネーションを使わず、自分の
速球に頼り切っているように見えたからである。
しかし、津田はそのピッチング・スタイルとは裏腹に、本来気の弱
い男だったという。
きっとそれを克服するために、わざと大きなアクションでガッツポー
ズをとったりしていたのだろう。
わたしもまったくおなじことをしていた。三振など獲ろうものなら、よ
く雄たけびをあげて派手にガッツポーズをした。
それは弱い自分に負けないようになんとか自分に打ち勝つために
出た行動であった。
ブルペンからリリーフカーに乗らず走ってマウンドに向かっていたの
も、きっと自分に気合を入れるためだったんだろう。
いま観ると、ピッチングフォームも躍動感にあふれていてかっこいい。
脚の上げ方など、わたしが敬愛してやまない京都商の井口投手に
雰囲気が似ている。

彼の業績を称えるために創られた広島市民球場の『津田プレート
(通称)』は新球場に移されるという。
かつて"投手王国"と言われたあのころのカープ。いまは面影もない
が、広島の投手はいまも登板前にこのプレートに手を合わせるという。

不況で経営状態が悪化した企業のあおりを受けて、内定を取り消され
る学生が増加しているという。
あまりにもひどい話である。学生のほうにまるっきり否はないのだから。
景気動向の読みの甘かったツケを内定済み学生に押し付けるなんて
どう考えても腑に落ちない。でもまぁ長い目で見れば、そういう会社利
益中心主義のところに入らなくてよかったとも言える。その会社に入っ
ていれば、いずれなんらかのかたちで不条理な仕打ちを受けるだろう。
そう考えて新しい道へ進むしかない。まちがっても会社を訴えてやると
かそういう方向に向かわないほうがいいと思う。弁護士になってそうい
う会社を撃退してやろうというなら話は別だが。
わたしの時代も就職は厳しかった。ただ、わたしは景気がどうあろうと
大学在学中の早くから公務員を目指すことを決めていた。
世間では毎回講義に出てコツコツと勉強してよい点を取る学生と、先
輩や同級生のノートをかき集めておなじ点を取る学生とでは後者のほ
うが有能とされる(以前も書いたと思うが)。しかし公務員だけはちがう。
一所懸命勉強したものが報われる、そう信じていた。模擬試験では国
家II種、地方上級はすべてA判定だった。絶対希望していた埼玉県の
一般行政上級に合格できる自信があった。
しかし公務員ももはや学力だけを求められる時代ではなくなっていた。
わたしは大学4年のとき、1次試験に受かったが面接などがある2次
試験で落ちた。もはや民間に切り替えるなどという選択肢を見失って
いたわたしは卒論もほっぽり出して大学も卒業し、ひたすら勉強した。
そしてまた2次試験で落ちた。最終的に国家II種に合格し、国立大学
に採用になった。
まわりのにんげんと極力絡まず、勉学と労働に明け暮れる大学生活を
おくるようなにんげんは官民問わず受け入れられないというのが現実
だったのである。

ただ、あとで大学の人事課に聞いたところによると、最終的に採用に
なった国家II種の面接試験の評価は非常に高かったそうである。わ
たしはただ自分の殻に閉じこもっていただけだったのだ。やろうと思
えば友だちのノートを集めることだって得意になれるにんげんなのだ。

いまの仕事をしていて、すごくそう思う。

パソコン自作派

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円高のせいでCPU(中央処理装置、パソコンの心臓部)/メモリ/
HDD(ハードディスクドライブ)が安くなっているらしい。
いまメインで使っているWindowsマシンも5年も使っているので、
そろそろ買い替えを考えてもいい時期だと思うのだが、さしあたって
必要性を感じない。
ただ、エンコーディング(動画ファイルをコンパクトなサイズに変換す
るなど)にはやたら時間がかかる。だいたい寝る前にセットして朝で
きあがっているみたいな感じだ。でも別にそれを急ぐ必要もないし、
ある意味"スローライフ的"でいいんじゃないだろうか。

今年30周年をむかえた日本の代表的なフュージョン・バンドである。
わたしが高校生のころはまだ『ザ・スクエア』と名乗っていた。
当時はカシオペアや高中正義などとともによく聴いていたものだ。
伊東たけしさんの吹く『リリコン』という楽器がすごく印象的で、リリコ
ンといえばスクエアというイメージがわたしにはある。
ご存じない方はあのF-1でよく使われた『TRUTH』という曲なら聴
いたことがあると思う。

最近は使われているのかな? いまは全然F-1観ないし。

じつはずいぶん前の話なのですが、ここの電話回線をフレッツ光にし
たのです。そのときNTTかおそらくその下請け業者とのあいだに一
悶着あったのですが、客観的にわたしのほうに理があると言えるかど
うか迷っていたのでいままで書きませんでした。みなさんはどう思わ
れるでしょうか?
わたしはネットからフレッツ光を申し込んで指定された工事日に家で
待機していました。そして工事業者が来たのですが木が邪魔でケー
ブルが引けないと言うのです。
それで木を切ったら連絡してくれということでその日来た業者は帰っ
てしまいました。
ここでひとつ疑問。その既設のルートに電話線を引いたのは業者な
わけで当然うちがあとから木を植えたわけではありません。やがて木
が邪魔になることを想定せずに電話線を設置したのは業者に否があ
るのではないでしょうか? 当然電話線はわたしの所有物ではありま
せん。なのになぜ伐採作業をこちらがやらなければならないのでしょ
うか?
結局、わたしは自力で木を伐採したのですが、既設の電話線にその
木がのしかかってしまったのです(ここがわたしにも否があるかなと思
える点なのですが)。
このままではまずいので業者を呼ぶと、「これは弁償ものですよ」と言
い放ちました。そんな言い草があるのでしょうか? 少しはそちらの否も
認められないものか、そのときはそう思いました。
結局あらためてほかの業者(いままで来た業者はすべて別のにんげん)
がのしかかった枝をのける作業をしてくれましたが、そこでも「こっちに
通せばいいんじゃないんですか?」とまるでひとごとのように別ルートの
敷設の可能性をほのめかしていました。それじゃなんのために木を切
らせたんですか? 業者同士の意思統一がまるでできていなくて消費者
であるわたしがいいように振り回されたかたちじゃないですか。

やっぱりこんな田舎のNTTの下請けということで、競争のない業界にい
るからこんなふうになってしまうのでしょうか?
いや、アンタのほうが悪いという意見、甘んじて受けます。一般のひとの
感想が聞きたいです。

今日は少しばかり専門的な話を。
なにせわたしも"文系"なのでざっくり説明しますと、ふつうWeb
アプリケーションには大まかに言って、実際にユーザーの目に
触れる『ユーザー・インターフェイス』の部分と、その裏で入力さ
れたデータを処理する『プログラム』の部分があります。
『プログラム』はさらに『サーバーサイド・プログラム』と『クライア
ントサイド・プログラム』に分けられますが、ふつうプログラムと
言ったらサーバーサイド・プログラムを差します。クライアントサ
イド・プログラムは『スクリプト』という言い方をされることが多い
ようです。
ふつうユーザー・インターフェイスを制作するのは『デザイナー』
とそのひとのおこしたデザインをHTMLという言語で実際にWe
bページに表現する『コーダー』といわれるひとがおこないます。
この二役を兼ねることはよくありますが、デザイナーはスクリプト
やプログラムのことはあまり詳しくないことが多いです。またコー
ダーもデザイナーほどではないにしても"そっち系"はあまり通じ
てないひとが多いようです。
逆に『(サーバーサイド)プログラマー』はデザイナーやコーダーの
仕事(デザイン系と言っていました)のことはよくわかっていない
ひとがほとんどで、わたしの知っているひとはスクリプト(JavaScr
ipt)のこともまったく知識がありませんでした。
従来のサイト構築方法ではプログラマーがユーザー・インターフェ
イスの一部を担わざるを得ない構造になっていたので、最近よく
聞かれるユーザビリティとかデザイン性が損なわれる結果になって
いました。
そこでユーザー・インターフェイスの部分(ViewとControl)とプログ
ラムの部分(Model)をシステム設計上分離して、それぞれが自分
の担当分野に専念できるようにしたのがこのフレームワークです。

一見するとすごく合理的なように見えますが、わたしの知る限りそう
簡単にことはうまくいかないことが多かったように思います。
わたしもこのフレームワークを使ってシステムを創っていますが、結
局ある程度相互間の知識がなければ、システムがうまく動かないと
き、責任のなすりつけ合いが起こってしまうのです。以前わたしがス
クリプト作成を担当していたページに表示上の不具合が出たことが
ありました。わたしのスクリプトに問題がないことには絶対の自信が
ありましたが、わたしがエラーの原因を突き止めなければならなくな
りました。
結局、その不具合の原因はブラウザのバグに対処したスクリプトを
コーダーのひとがうまく組み込んでいなかったからでした。

わたしはいちおうデザインはともかくコーダー、スクリプター、プログラ
マーの経験を"広く浅く"持っていたので対処できましたが、そういう
ひとが最低ひとりはシステムに絡んでないと、このフレームワークも
思うように機能しないのではないかと思います。

ただ、わたしのように全部独りでやる場合も、非常に制作しやすい方
法だとは思います。

明日の神話

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今日、渋谷に行ってきたので、話題の岡本太郎さん作のこの作品を観
てきました。
かつて岡本太郎さんは、「グラスの底に顔があったっていいじゃないか
!」と言ってウィスキーのノベルティー・グッズとしてグラスのデザインを
手がけました。
一部の芸術家は「芸術の安売りだ!」と声を荒げました。しかし、岡本
さんにとって芸術とお金はリンクしないものなのでしょう。
この『明日の神話』という作品も、本来なら作品の劣化を防ぐため、気温
や湿度の調整などの設備の整った施設で保存されるべきではずです。
でも岡本さんはそういうのを極端に嫌うひとだったようです。
作品をガラス越しに展示されることを嫌い、「傷がつけば、俺が自ら直し
てやる」とさえ言っていた岡本さん。その意向を汲み、この作品はあえて
劣化の危険の高いかわりにみんなの目につきやすいこの場所に展示さ
れることになったそうです。
岡本さんはお茶の間ではエンターティナーでもありました。「へんなオジ
サン」をあえて演じてたような気がします。

ただ、正直この『明日の神話』を観ても、個人的にはなにも感じませんで
した。芸術センスが無いのかな?

明日の神話

2年前、県北の進学校・熊谷女子が県予選で全国的にも強豪校のひと
つに数えられる埼玉栄を抑え、全国高校女子駅伝に出場した。
さすがに全国大会ではよい成績を残せたとはいえなかったが、出場し
ただけでも快挙だと県内外で称えられた。
そして今年、女子の全国大会が第20回の記念大会のため、22日に行
われた関東高校駅伝で北関東の最上位校も出場できることになってい
た。熊女は県代表を埼玉栄に譲ったが、北関東代表として全国大会に
出場できることになった。
熊女と言えば、われわれ○高生の憧れの的であった。
かたや男子校、かたや女子高、話によると男ばかりの環境と女ばかりの
環境はけっこう共通するところが多いらしい。いまの時代、このような男
女別学が妥当なのかという議論はもちろんあるが、わたしは男子校の○
高の生活が楽しくてしょうがなかった。男女別学ならではの文化が存在し、
それは客観的に見て優れた部分があったように見えた。
確かに○高の3年間を経験すると、のちのち女性との接し方に戸惑うこと
もある。しかし、あの楽しかった日々はわたしにとってかけがいのないも
のだった。もし○高が共学だったらいまのわたしはなかっただろう。

やはり○高と熊女、男女別学の対になるふたつの高校が存在することによ
て、若き壮大なパワーがいまも生まれ続けているのだと思う。

緊急地震速報

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昨晩初めてテレビ画面で目撃した。
揺れの大きい地点は北海道道東ということだったので、北関東のここ
にはまったく関係なかったのだが、実際地震のあったところではどんな
感じだったのだろうか?
速報では北海道道東に地震が来ることが推定される旨のテロップと音
声が流れたが、どの程度の地震かどうかまでは伝えられなかった。こ
れだけでは過剰反応してしまうひともいるのではないかと推測される。

この緊急地震速報は地震の主な揺れの原因となるS波が各地に到達
する前に、その波の前兆となるP波をとらえて地震を予測するものだが、
P波だけでは実際のS波の規模を推測することは難しい。したがってこ
のように「地震が来る」程度の速報しか出せないのである。

緊急地震速報の該当する地域に当たったら、とりあえず最悪の事態を
想定して行動するしかないのであろう。

M-1大本命

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ナイツがお笑いホープ大賞に続いてNHK新人演芸大賞も受賞した。
昨年王者のサンドウィッチマンもM-1の今年の優勝候補にナイツを
挙げていた。
わたしもそう思う。っていうかM-1がガチンコならそうならなければ
おかしい。ナイツのネタは総じて優れているのだが、あえて苦言を呈
するとすれば、例えて言うと「通信簿の成績がよいネタ」だということ
だろう。つまりひとつひとつの技術は優れている。しかし最高点の『5』
を大きく超えるような項目がないのである。
ただ、これまで優勝したコンビはそういうタイプの芸人が多かった。
『5』を超える項目のあるタイプは笑い飯、南海キャンディーズなどだろ
うか。しかしやはり彼らは優勝に届かなかった。こういう芸人はコンテ
スト形式では不利なのだろうか?
対抗馬としては毎年着実に実力を認知されつつあるトータルテンボス
あたりか?

ただ、ナイツはマセキ芸能社というのが"裏システム(というのが存在す
るかわからないが)"で意味を持たないか心配ではある。

ショウ君

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『モヤモヤさまぁ~ず2』のナレーターを務める音声合成ソフトのこと。
もともとは正月特番として単発で放映されたこの番組だが、その時期
柄専門のナレーターはみな忙しく、しかたなくこれを使ったとされる。
しかしにんげんの言葉という"ごくアナログ"なソースをコンピュータを
使ってデジタルで表現するということは非常に困難な作業である。
にんげんの言葉を機械で表現するということは、現代の技術ではあれ
がせいいっぱいなのであろう。
しかしこの『ショウ君』その"開発途上"ぶりが逆に功を奏していい味を
出している。抑揚のない無機質なしゃべりが昨今のやたら大げさなナ
レーターが多いなか、じつに"モヤさま的"だと好評を得ている(と推測
する)。
ショウ君を使った理由を番組的にはこんな風に説明しているが、じつ
はこの効果はモヤさまスタッフの計算ではないかとわたしは思ってい
る。

モヤさまのモヤモヤ感に絶妙のエッセンスを注ぎ込むショウ君、りっぱ
な"4人目の出演者"である。

この型破りで印象的なフレーズで始まる井上陽水の『傘がない』。
筑紫哲也さんはこの曲を聴いてそんな若者が社会に関心を持ってもら
えるニュース番組を作りたいと考えたと言われています。

でも、それは本音かな? とわたしは疑っています。

筑紫さんはかつて『最後のニュース』のことを陽水さんに「あれは"ラブ
ソング"でしょ?」とたずねたことがあります。『最後のニュース』は『傘が
ない』の延長線上にある曲だと踏まえると、筑紫さんも本当は『傘がな
い』は"ラブ・ソング"だと思っていたのではないでしょうか?

筑紫さんに対しては左右いろいろな方から賛否両論がありましたが、個
人的には『ジャーナリスト』としてではなく、ひとりの『にんげん』としてバ
ランスのとれた方だなと思っていました。「社会を正す」(カギ括弧つき
の)『ジャーナリスト』としてよりも、むしろ情にあふれた一個人としての筑
紫さんにつねづね魅力を感じていました。
筑紫さんが『傘がない』を好きな理由は自分自身が『ジャーナリスト』であ
る前に『にんげん』であることをよく理解していたからではないでしょうか?

遅ればせながら、ご冥福をお祈りします。

余貴美子さん

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夏川結衣さんに似てません? っていうか逆ですね、夏川さんが余さ
んに似てるんですね。


余貴美子
この笑い方とか...


余貴美子
こんな表情とか...


余貴美子
ホントに52歳ですか? 美しすぎます!

BONNIE PINKは73年生まれの現在35歳。デビューは95年だから
ミュージシャンとしてはもうけっこうなキャリアと言えるだろう。幅広い音
楽性と楽曲の完成度は一部の音楽ファンから高い評価を受けていなが
ら一般的な知名度は一昨年の紅白に出たにもかかわらず現在もそれほ
ど高いとはいえない。
そのあたりにわたしはなんとなく"夏川結衣的"なものを感じてならない
のだが、そんな彼女の曲の中でドラマ『わたしたちの教科書』の主題歌
として書き下ろされたこの曲はエビちゃんのCMで有名になった『A Pe
rfect Sky』とはまったく対照的な曲調。これほど美しくそして正確にドラ
マの発するメッセージを表現した曲はないと思う。
じつはわたしにとってBONNIE PINKはまだ未開拓な部分ばかりで彼
女の音楽を語る資格はないのかもしれないが、おそらくこれから過去の
楽曲を掘り返して"新たなBONNIE PINK"を発見していくのだろう。

ちなみに現時点では『Thinking Out Loud』というアルバムに収録され
ている『Chances Are』という曲がマイ・フェイバリットである。

わたしの憧れの女性のひとり、真木よう子さんがご結婚されたそうです。
しかも懐妊されているようで、来年初夏には母親になられるようです。
女優としての評価も徐々に一般的になってきたこのごろ。でも彼女なら
ありうるなと妙に納得してしまう知らせではあります。
ただやっぱ"子育て"のイメージは真木よう子にはありえないっスよぉ。

とりあえず女優業はこれからも続ける(当然でしょう)らしいのでひと安心
なのですが、個人的にはプライベートは極力明かしてほしくないな。
ママになっても真木よう子は真木よう子らしくいてほしい。

やはり実力は深高が一枚上だった。
浦和のFWは健闘していたが、BKのハンドリングミスが目立った。
深谷はあまりBKに展開することはせず、自陣ではノータッチキック、
敵陣ではモールでじりじり前進する策をとった。
守りの堅い浦和FW陣も辛抱強く耐えていたが、やはり巧みな深谷
のドライビングモールの前には後退するしかなかった。
試合内容は点差以上に深谷が押していたように見えた。
おそらく浦高の勝つチャンスはほとんどなかっただろう。

浦高は埼玉県内の公立のなかでNO.1の進学校。残っていた3年
生のなかにはリザーブの者もいた。たとえ試合に出れなくても、最後
までいっしょにこの仲間とラグビーをやっていたかったんだろうな。
こんな経験はめったにできない。君たちは恵まれているんだ。なかな
か頭の切り替えはできないかもしれないが、ゆっくり休んでから勉学
に励めばいい。

浪人? いいじゃないか。それも人生経験だ。

仕切り屋さん

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振り返ってみると、わたしは決して集団でリーダー的な存在になること
はなかったが、わりとプロデュース的なことは多くやってきた。
古くは中1のときの『家ん中横断ウルトラクイズ』、中3のときの『激突!
関が原ギャグマッチ』
、高2のときの修学旅行では班長として旅行の
計画の具体的な詰めを引き受けた。高3のときの文化祭ではヨーヨー
釣り模擬店の事実上の責任者として他の野球部員に指示を出してい
た。

あっ、それってリーダーってことになるのかな?

社会人になってもオフ会の幹事は何度もやったし、職場でもお笑いライ
ブやボーリング大会開催の中心人物になった。

学生のうちはまわりが同級生だけのことが多かったのでかなりの権力
をもった存在としてまわりを動かしていたが、社会人になるといろいろ
なひとがいるのでけっこう苦労した。でも、それらのイベントの責任者と
して失敗と呼ばれるようなことはほとんどなかったと思う。
そういう役割っていわゆる"空気を読む"ことが大事だったりするので、
若いときに比べていまはむかしほど上手くはできないような気がする。

来年のM-1挑戦も基本的にはわたしがリードすることになると思うが、
むかしほど自信を持って望めないだろうと思う。でも、いまの若い芸人
を観ても笑えるうちはまだ感覚は若いと思うのだがどうだろう?

憧れの"野手"

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わたしは中・高と本格的に野球をしていたが、とにかく投手以外のポ
ジションには興味がなかった。高校のときは投手一本のメニューで練
習させてもらったが、中学のときはむりやり別のポジションをやらされ
た。
まぁ、投手としての才能がなかったのだから仕方がないが、とりあえず
ほかのポジションを探さなければならなかった。
そこで選んだポジションはサードだった。
サードにはプロ野球に魅力的な選手がいたからである。
それは掛布でも原でもなく、日本ハムの古屋英夫選手であった。
ゴールデングラブ賞に4度も輝いた守備の名手である。
とくに三塁線上のきわどい打球に対するフィールディングはもはや芸術
品と呼べるものであった。
当時サードをやっていた同級生はみな古屋のプレーの影響を受けてこ
のポジションを選んでいた。

古屋英夫、決して派手さはなかったが、いぶし銀の名選手であった。

globeの曲はよく言えばキャッチー、悪く言えば軽いというイメージ
が個人的には強いが、ドラマ『青い鳥』の主題歌として書かれたこ
の曲はちょっと趣がちがう気がする。一説によると、このドラマのプ
ロデューサーが脚本を小室のもとに持っていって創ってもらった曲
だという。
確かに歌詞のなかにドラマの一場面を連想させる箇所がいくつか
出てくる。しかしどちらかというと重いテーマのこのドラマの主題歌
をglobeでっていうのは、よほど勇気があったのか、歌い手の人気
にあやかりたかったのか、それともそのあたりの切り替えができる
という小室のセンスを見抜いていたのか、いずれにしてもこの曲は
『青い鳥』に妙にマッチしている。この曲を聴くとドラマの一場面が
連想されるし、逆にドラマを観るとこの曲を連想する。

個人的にはglobeの曲は肩がこらず楽に聴けるのでいまでもけっ
こう聴いていたりする。この曲はさっき言ったようにちょっと趣がち
がうが、globeのなかではいちばん好きな曲だ。

「家が貧しいから大学へいけない」、そんなことがあるだろうか?
もし両親かなにかが病気で、自分たちを養うことさえできないような
事情があればともかく、自分の分の生活費や学費はなんとかなるも
んだ。
時代はちがうが、わたしの父は長男で、まともに働かない両親と5人
の弟妹を高校のときから養っていた。そのあと二部の大学へ行って
最終的には高校の先生になった。
わたしは大学時代、鋳物工場で月~金を4時間、土を10時間の休
日出勤で月16万ほど稼いでいた。生活費や学費に困ったのはバブ
ルがはじけて休日出勤がなくなってからだ。それでも春休みなどはダ
ブルヘッダーをしてなんとかしのいだ。
わたしは公務員を目指していたが、それでも勉強時間に困ることはな
かった。医学部などはさすがに奨学金などの助けがないと無理かもし
れないが、それ以外のコースならこの時代でもなんとかなるはずであ
る。

本当に大学で勉強したいなら、本当になりたい職業があるのなら、働
きながら勉強すればいい。家が貧しいことは言い訳にならないと思う。

九州場所初日、横綱白鵬が安美錦に敗れた、大番狂わせだ。しかしな
にかがちがう。そう、座布団が飛ばないのだ。今回の九州場所からマス
席が『飛ばない座布団』に変更されたのだという。
変更の理由は「安全のため」だという。しかし実際に座布団で観客が負
傷したという事例はないという。
個人的には座布団が飛ぶ光景は趣があって好きだ。相撲ではないが、
かつて浜田剛史がレネ・アルレドンドをKOして世界チャンピオンになっ
たとき、両国国技館に飛び交う座布団のなか、独りロープにもたれかか
って動かない浜田のうしろ姿のなんと格好よかったことか。いまでもま
ぶたに焼き付いている。そういう光景が観られなくなると思うとやはり残
念だ。

"和製ジム・ケリー"・渡辺久信監督とともに埼玉のマスコットキャラ
『コバトン』も宙に舞った。80年代から90年代にかけて黄金期を築
きあげた西武ライオンズだが、こと地元・埼玉県民には人気がなか
った。それは所沢という県の中心部から非常に便の悪いところにホ
ームスタジアムを構えたこと(おそらく西武鉄道の利用者を増やそ
うという意図があったと思われる)に象徴されるように移転当初には
球団に"地元密着"というコンセプトはなかったようだ。
もともと"埼玉都民"という言葉に象徴されるように、埼玉県民には
地元に対する帰属意識が薄いと言われてきた。しかし、Jリーグ・浦
和レッズがその常識を覆した。また、同じく都内への通勤者の多い
千葉を本拠地とする千葉ロッテマリーンズは"地域密着球団"として
成功している。そういった流れを見てのことか、ライオンズもようやく
重い腰を上げたようだ。チーム名を『埼玉西武ライオンズ』とし、県営
大宮球場で公式戦を開催した。今回の優勝で西武としては初となる
優勝パレードも所沢市で行われる予定である。
"新生埼玉西武"を象徴するように、今回の日本シリーズ制覇に大い
に貢献した平尾博嗣は地元・大宮東高出身だった。

いまさら感は否めないが、この球団の方針転換で埼玉県民の西武フ
ァンは確実に増えたはずである。

決め球はカーブ

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今日の岸のカーブを観て驚いたひとはけっこう多かったのではないだ
ろうか。最近はフォークやチェンジアップ、縦スラが全盛で、ああいう大
きな曲がりをする縦カーブを投げるピッチャーはほとんどいなかったか
らだ。しかもあれだけ曲がってコントロールも抜群なもんだから、巨人
打線が手も足も出なかった。かつてのカーブボーラーとしてはカーブの
有効性がこの大舞台で改めて証明されて非常にうれしい限りだ。

それにしても今日の岸のカーブは切れていた。桑田の全盛期を彷彿と
させる曲がり方だった。あれを打てたら逆にスゴい。

なにがスゴいって『野坂昭如・三沢光晴ペア』で笑わせられると思う
センスがスゴい! ふつう思い浮かんでも「これ、おもしろいんか?」
と躊躇してやめてしまうと思う。バッファロー吾郎のネタってそういう
"実験的"なところが長所のひとつだと思う。
ただ、それってかなりの冒険だ。ましてやどちらかというと"ベタ"を好
む大阪を主戦場にしてこの芸風をいままで貫いてきたことは尊敬に
値する。芸風としては大阪よりも東京のほうがウケるような気もする
が『天素(吉本印天然素材)』でブレイクすることはなかった。
やはり芸能事務所が戦略的に芸人を売り出す手法は一か八かしか
ないと思う。芸人本人の実力とは無関係だ。天素の失敗で本当に
"全国区"になるべき芸人がしばらく大阪の狭いエリアでしか活動する
ほかなくなってしまったのは誠に残念である。

バッファロー吾郎の単独ライブがあるんだったら大阪へ飛んでもいい
っていうくらい個人的にはあの芸風は大好物だ。

独りでも行くぞ~っ。

先日行われた高校ラグビー埼玉県予選準々決勝に早大本庄、浦和、
慶応志木、川越といった高校が登場してきた。
これらの高校はいずれも埼玉県内では"超難関校"と言われるような
学校なのである。
早大本庄は第1シードの熊谷工と3-3で引き分け、抽選で準決勝へ
進んだ。第4シードの浦和は第5シードの進修館を10-0と完封。
慶応志木は前半トライのラッシュを観せたが、後半自力に勝る正智深
谷に追い上げられ辛くも35-31で勝利。川越は終盤追い上げたが、
17-14で深谷に惜しくも敗れた。
4校のうち川越だけが敗退してしまったが、第2シード相手によくがん
ばった。慶応志木はボールを圧倒的に支配されながら、キックをうま
く使い、見事に正智深谷ディフェンスを攻略した。後半も完全に流れが
相手にいっているなか、逆転を許さずよく耐えた。

準決勝は早大本庄対浦和、慶応志木対深谷。熊谷工の攻撃をPG1
本に抑えた早大本庄のディフェンスを浦和は崩すことができるか? 慶
応志木は正智深谷戦で観せたような効率のよい攻めを観せられるか?
準決勝は8日行われる。はたして彼らはどんなプレーを観せるだろう
か?

それにしても附属校の2校はともかく、公立の浦和、川越の3年生は浪
人確実だな。

ロスリスバーガーは試合の内外で怪我が多くて困る。控えQBのレフ
トウィッチが予想を上回るパフォーマンスを観せてくれたので勝てた
が、スティーラーズに移って間もないレフトウィッチはまだ攻撃システ
ムを熟知していない。ロスリスバーガーの怪我は一部では右肩の脱
臼だと言われている。そうなるとQBとしてはかなり致命的な怪我だ。
幸い、エースRBウィリー・パーカーが復帰してきて、地上戦での戦略
は立てやすくなった。ディフェンスは絶好調なだけに、伝統のランオフ
ェンスと"スティール・カーテン"でこの窮地をなんとか乗り切ってほしい。

まずはロスリスバーガーの怪我が軽症であることを願う。

今日は大統領選を押しのけて、どこのニュース番組も小室哲哉逮捕で
スタートしていた。それくらい衝撃的な話題であった。
ライブドアの堀江社長逮捕のときも驚いたが、彼の名前が大きく世間
に知れたのはたかがその数年前のことだった。しかし、小室氏のこれ
までの名声はそれとは比較にならない。ふたりの共通点はどちらもも
ともとの本業(堀江氏はウェブサイトの制作、小室氏は作曲などの音
楽活動)を忘れ、別の"楽しみ"に目がくらんでしまったことだ。ふたりと
も時代にさきがけ、新しい試みを成功させ(堀江氏はまだ一般的でな
かったウェブサイトの制作を手がける会社を設立、成功させた。小室
氏はDTM(デスクトップ・ミュージック)の急激な発展に合わせた精巧
なデジタルサウンドの世界を構築し、ヒット曲を次々と生み出した。)、
そしていつしか"副業"をメインに活動しはじめた。本業に飽きてしまっ
たのか? 副業がそんなにおもしろかったのか? じつはそういうことで
はなかったのだと思う。"時代"が彼らを追い越し、彼らの本業で生きる
道を狭めてしまったのだと思う。
いまやウェブサイト制作会社はたくさんあるし、クォーリティーなら堀江
氏の開業当時とは比べものにならないくらいレベルが上がっている。
日本中を席巻した『小室サウンド』もいつしかノスタルジックに聴こえる
時代になってしまった。彼らが副業に身をゆだねるに至ったのは上を
望むものの必然だったのかもしれない。なぜならその副業のほうが利
益効率がよかったからである。
彼らは確かに本業では類稀なる素質を開花させた。しかし副業に関し
ては彼らの本業ほどマッチしてなかったのではないか? だから最終的
にはふたりとも過ちを犯すに至ったのだと思う。

渡辺美里の『My Revolution』、最近まで小室氏の作品だと知らなかっ
たが、やはり非凡な才能を感じさせる一曲だ。
そして安室奈美恵の『CAN YOU CEREBRATE?』は結婚式で唄わ
れる曲の定番だ。

小室哲哉氏の音楽家としての才能を疑うひともいるが、やはり彼は優れ
た音楽家だと思う。

善意と悪意

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『善意』と『悪意』という言葉は、法律用語では特別な意味があるとい
うのをご存知だろうか?
『善意』とは、「ある特定の事情を知らない」ということで、逆に『悪意』
はそれを知っているということである。

むかし鈴木善幸元首相が『共和』汚職事件に絡んだ献金疑惑で国会
に参考人として出席し、「善意の保管者として預かった」などと釈明し
たことがあった。おそらく元首相はその意味で使ったのだろうが、一般
的にはあまり知られていない使い方なので、彼の意図とはちがった解
釈をされ、「善意とはどういうことだ!」と憤ったひとも当時おおぜいい
たようだ。
民法でも善意と悪意で取り扱いがちがってくるものはけっこう多い。
例えば所有権の取得時効(簡単に言うと、そのものの所有者と認めら
れるために必要な占有の期間)は善意の場合10年、悪意の場合20
年と決められている。
他にも『果実』というのも特殊な用語だ。「元物(収益を発生する元にな
る物)から生じる収益」のことで、例えば『賃貸用マンションの賃料』な
んてのも果実(法定果実)である。

なんてことをむかしはまじめに勉強したもんだ。いまやなんの役にも立
っていないが。

E=mc

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以前、『特殊相対性理論』についてやや強引な解説をしたことがある。
そのときは「相対的に光速に近い物体に流れる時間は遅くなる」とい
う結論で終わっていたと思うが、この理論の最終的な帰結はこの式だ
ろう。
この式の表していることとは「質量とエネルギーは等価である」という
ことである。この結論に至るまでの理論についてはとてもわたしに説
明できることではない。なのでこの式の持つ意味だけ説明してみよう
と思う。

たとえば原子力発電で持ちられるウランの核分裂反応を例にとると、
核分裂を起こしやすいウラン235(235は質量数)に中性子を1つ吸
収させるとウラン原子は2つ以上の原子核と高速中性子に分裂する。
例えば、

235U + n → 95Y + 139I + 2n

このように右辺と左辺の核子数は等しい。しかし、実際の原子核の質
量は一般に陽子と中性子の質量の総和よりも小さい。この質量差を
量欠損
と呼ぶ。
では、この失われた質量はどこへ行ってしまったのか?
そう、エネルギーに代わったのである。
アインシュタインは独自の理論構成のもとにこの数式を導き出し、やが
てそれは実験によって正しいことが証明されるのである。
しかしこの理論が実証されたために原子爆弾という恐ろしい兵器が開
発されてしまったわけである。

科学の進歩とはときに"負の遺産"を生み出すものである。

若いひとたちにとって『ドラえもん』とはどんな存在なのだろう?
やっぱりテレビアニメのイメージが強いのかな?
われわれの世代に比べると、『ドラゴンボール』のほうがポピュラー
な存在なのだろうか?

わたしにとってドラえもんというとどちらかというとコミックのイメージ
が強い。というのも、ドラえもんがアニメ化されるかなり前から、わた
しは小学館の学年誌で読んでいたからである。
小学生の低学年時くらいから小遣いをドラえもんの単行本購入につ
ぎ込み、友だちに貸し出していた。近所では有名な『ドラえもん博士』
だったのである。
だからドラえもんがアニメ化されるという話を聞いたとき、飛ぶように
喜んだ。ついにあの世界がブラウン管で表現されるときが来たのだ
と。
それにしても「ドラえもん=大山のぶ代」は大正解だったと思う。
声優が代わったいまでもドラえもんの真似といえば大山のぶ代の口
調になってしまう。その感覚は「ルパン=山田康雄」に近い。もっとも
声優が亡くなってもモノマネタレントがあとを次いだ例などルパンくら
いだろうが。

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