辛抱の男、大熊正二

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むかし小熊正二というボクサーがいた。
世界チャンピオンとのノンタイトル戦での善戦が認められ、タイトル
マッチにこぎつけた。
小熊は名チャンピオン、ベツリオ・ゴンザレスから僅差の判定でタイ
トルを奪取した。
初防衛戦、小熊はのちに『リングの教授』と呼ばれるミゲル・カント
にわずかの差で判定負けし、タイトルを手放す。
その後、小熊は何度もタイトルに挑戦するがいずれも失敗、『小熊』
を『大熊』に変えても運は向かず、失敗の数は5度に及んだ。
そして(成功も含め)通算7度目の挑戦の相手はあのカントを大差
の判定で下した若きチャンピオン、パク・チャンヒ(朴賛希)。しかも
敵地韓国での挑戦だった。
さらに条件の悪いことに試合当日光州で民主化デモの大量弾圧が
あり、韓国全土に戒厳令が敷かれる事態となっていた。
そんな殺伐とした雰囲気のなかゴングが鳴った。序盤、チャンピオン
はやや速いペースで大熊に攻撃を仕掛けてくる。大熊はこれをうま
くかわしながら、ボディへパンチを返す。
第7ラウンド、ボディへのパンチが明らかに効いていたチャンピオン
はあからさまにクリンチで逃げようとする。それを振りほどこうとして
大熊はチャンピオンを投げ飛ばす格好になった。
場内から物が投げ込まれ、試合はストップ。チャンピオンにダメージ
回復の時間を与えてしまう。
続く第8ラウンド、執拗な大熊のボディ攻撃にチャンピオンがぐずぐ
ずとへたり込む。最初のダウンだ。
チャンピオンがなんとか立ち上がったところで第8ラウンド終了のゴ
ング。明らかにチャンピオンのダメージは深い。
そして第9ラウンド、フットワークとクリンチを使い逃げ回るチャンピオ
ンにまたもや強烈な左ボディが突き刺さると、チャンピオンは再びダ
ウン。レフリーが試合をとめる。大熊はこの状況で見事王者に返り咲
いた。最初の戴冠から実に5年7ヶ月の月日が経っていた。

あれから10年後、日本の水戸でまったくおなじような光景を目にす
る。
レパード玉熊が韓国人チャンピオンを執拗なボディ攻撃で倒し、タイ
トルを手にする。このとき特別コーチについていたのが大熊正二だっ
た。
玉熊も大熊とおなじサウスポー。大熊の伝授したボディ攻撃で玉熊
は見事花開いた。

日本のボクシングの歴史のなかで大熊の存在は目立たないが、玄
人好みのする名ボクサーだった。

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このページは、nissyが2008年6月25日 23:40に書いたブログ記事です。

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