危ないは地球ではなく人類だ

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新聞に掲載され、秀逸の評価のついた川柳だ。
地球の歴史は約46億年、人類の歴史はクロマニヨン人が出現して
から約5万年、まったく比較にならない。
地球にとって人類の所作など蚊に刺されたようなものなのだ。
仮に人類の所作が地球の歴史に大きな影響を与えたとしても、それ
自身が地球の歴史に吸収されるものなのだ。

では人類はなにを『地球環境保護』というのだろうか?
それはおそらく究極的に人類に有効なこととされることをすることだろ
う。
人類は地球を“自然のままに”しておくことを『地球環境保護』と言っ
ているわけではない。
“自然のまま”にしておくなら絶滅危惧種などほっておけばいい。
森林は間伐などせずほっておけばいい。
絶滅危惧種を守らなければならない。土壌の流出は防がなければな
らないという人類の価値観がそうさせるのである。

人類の価値観はひとつではない。だから衝突が起こる。
『地球環境保護』の道すじはひとつだけではないのである。

そもそも『地球環境保護』という言葉がおかしい。

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このページは、nissyが2008年3月 6日 22:57に書いたブログ記事です。

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