いじめのケースは軽微なものから深刻なものまでさまざまだ。
また、いじめの主体と客体がどんな性質かによって対処法はまっ
たく変わってくると思う。
たとえば自分の場合、中三のときのことだが、やたらちょっかいを
だしてきた(具体的になにをされたかは忘れたが、ほんのささいな
ことであったことは確かだ)ヤンキーを突き飛ばしてやった。
そのあと廊下に連れ出され、2、3発殴られた。
わたしはあえて反撃しなかった。かえって怒らせてネチネチとあと
あとまでやられたらたまらないと思ったからである。
結局そのあとちょっかいをだされることはなく、むしろ“骨のある奴”
と見られるような空気になった。
これは主体がそれほど悪質ではなく、客体もとりわけ弱いタイプの
にんげんでなかったケースである。
高校のとき自殺したOのケースはどうだろう? Oは中学生時代わ
たしとおなじ野球部で、ある程度理不尽な仕打ちには耐える能力
があるにんげんだった。
対する主体の側はOに対して執拗に金銭を要求したり、おそらくは
暴力も与えていたのだろう。
このケースではOひとりでは対処しようがない。Oが高校へ通い続
けるためには適切な対応のできる大人の介入がなければ無理だ
ろうし、最悪の場合、学校を辞めて一からやり直すこともひとつの
手段だろう。
相手が一方的に悪いのになぜいじめの客体の側が学校を辞めな
ければならないのか、それはとても理不尽なことではあるが、残念
ながらこの世の中正しいものが恵まれるとは限らないのである。
わたしをはじめとする元野球部の仲間も、学校の先生も両親も、結
局Oを助けることはできなかった。死を招くことは最悪の事態だ。そ
れを考えれば、Oが生き抜く道筋はいくつもあったはずだ。
たとえいじめから逃げ出すようなかたちだったとしても、死ぬことな
んかよりよっぽどましな人生がおくれたと思う。
もしそういうことで悩んでいるひとがいたら、そう考えてほしい。また
そうアドバイスしてもらいたい。

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