引っ越しが完了した。引っ越し費用は上記のとおりである。
ほかにも23,000円の見積もりを出した業者もあったが、予約が埋まっ
てしまい2番目の業者にした。
引っ越し作業はたいへんな重労働である。作業員は2人で、あれだけ働
いてここから差し引かれるわけだからかなりわりに合わない気がする。
わたしには絶対できない。
ダンボール2個分の本をいっぺんに運ぶなんて。
引っ越しが完了した。引っ越し費用は上記のとおりである。
ほかにも23,000円の見積もりを出した業者もあったが、予約が埋まっ
てしまい2番目の業者にした。
引っ越し作業はたいへんな重労働である。作業員は2人で、あれだけ働
いてここから差し引かれるわけだからかなりわりに合わない気がする。
わたしには絶対できない。
ダンボール2個分の本をいっぺんに運ぶなんて。
明日引っ越ししますので、またサーバーがストップします。
これまでもたびたびご迷惑をおかけしましたが、今回は長引くかも
しれません。
でも、オフラインのあいだも日にち分はエントリーを書きますので、
復活したときまとめてご覧ください。
これからも末永くこのブログをよろしくお願いいたします。
わたしは国立大学に勤めていたことがあるため、センター試験の問題を
試験に係わる仕事の合間に解いたりしていた。
大学受験では文系なので受験しなかった物理はわりかし解けたが、実
際自分が受けたとき100点満点中98点だった日本史はまるでわからな
かった。
勉強する目的が受験のためだけである場合、必ずといっていいほどその
知識は身につかない。しかし受験を通して学んできたことをこれから先の
勉学に生かすつもりであればそれは生きた知識になる。
わたしの経験上まちがいなくそれだけは言える。
いまの学校制度は大学受験が最大の難関、入学してからは比較的緩い
仕組みになっている。
だいたいわたしのように卒論も書かない学生に卒業させたりしてはダメだ。
大学受験はあくまでも通過点にしないと先ほど言ったように受験のためだ
けの勉強法になってしまう。
日本の大学の、特に文系学部はその点大いに改善が求められると思う。
車の遠隔操作機能付きキーのネジがなくなってしまったので、某自動
車メーカーの営業所へ行ったら168円で直してくれた。
わたしはこんなのでも1000円くらい取られると覚悟して行ったのだが、
あまりの安さに愕然とした。
さらに驚くことに、ご丁寧な納品書と領収書までつけてくれたのである。
たった168円でコーヒーまでいただいてなんだか悪い気がした。
営業所とはこういうものなのだろうか?
かつて納品を遅らせといて消費税の値上がり分を払わせようとしたアホ
アホディーラーはいまどうしているだろう?
何年も前に買ったHDD内臓DVDレコーダーはいまも現役だ。
観たい番組をテープの心配をしなくとも即座に録画できる。
観終わって再度観る必要がない番組は論理的に消去できる。
パソコンを使えば編集をしてオリジナルのDVDライブラリが
できる。
そして機種によって容量の差があるが、ある程度の溜め撮りが
できる。
これがくせものなのである。その気になって観たい番組を録画し
て溜め込んでたら、HDDがパンパンになったなんてことになる。
これが次世代光ディスクになったらまたたいへんだ。ハイビジョン
に見合うHDDの容量が必要になる。
そしてこれが大事、HDDは壊れやすいのである。
大事なものははやめに光ディスクに保存したほうがよい。
わたしが中1のとき、クラスではやった言葉である。
原型は当時やっていたTBSラジオの『エド山口のまんてんワイド』で
23時ごろ流れたタイプライターのCMのなかで出てくる台詞であった。
当時はラジオの深夜放送を聴くのが流行りだしたころで、ラジオを聴
いているというだけで少し大人になった気分だった。
ただ、まだ自分には0時以降のラジオは未知の世界で(当然オール
ナイトニッポンも知らない)、いつもそのCMを聴くと寝る時間だった。
そのうちだんだんテレビでは聴けないラジオならではのおもしろさを知
って深夜放送にハマっていくのだが、おかげで授業中寝ることが多く
なった。
すると今度はカセットテープにとって聴くようになった。
通学途中でひとりで吹き出し笑いをしてドン引かせることがよくあった。
いまは『くりぃむしちゅーのオールナイトニッポン』が聴きたいのだが、
なぜかいまの部屋ではニッポン放送が雑音だらけなのだ。
引越し先では大丈夫だといいが。
セルフのガソリンスタンドのプリペイドカードになぜか100円の
残高があった。
うっとおしいのでこの100円を清算してカードを捨てようと思い、
1000円ほどの給油をした。
しかしなぜかこの100円は残ってしまう。
インターホンがあったので聞くことにした。
曰く、残高がゼロになると捨てられてしまうので100円は残す
ようになっている。引越しなどの事情があれば清算するとの回
答。
なんとスタンドに消費者を留まらせるための一方的で姑息な手
段だったのである。
わたしは実際近く引越しするので清算してもらったが、なんとも
後味の悪いやりとりであった。
こんな自分勝手なガソリンスタンドを許していいものだろうか?
そもそもプリペイドカードだって無理やり作らされたものなのだ。
それを理由がなければ清算を認めないという不条理はなんだ?
今日は珍しく声を荒げて言ってしまった。
でも、自分はまちがっていないと思う。
わたしはDVDも含めほとんど映画を観ない。
映画館で観たのなんて、高校生のとき課外授業で『ロッキー3』を
観た以来ないんじゃないだろうか?
自然と映画の知識も乏しくなる。
ニコール・キッドマンは男だと思いこんでいたり、ニコラス・ケイジは
刑事だと思いこんでいたり。
一般教養という点ではある程度自信があったのだが、映画に関し
てはお手上げである。
特に洋画はなにがおもしろいのか想像できない。
誰かいい映画紹介してくれませんか? DVDでもいいですから。
『中東の笛』のおかげでハンドボールがにわかに脚光を浴びている。
ふだんハンドボールなんて見向きもしないくせに、今回ばかりはわ
れわれもマスメディアも注目している。
ちょっと昨日の話とも似ているような気がする。
考えてみればかわいそうだ。『中東の笛』なる不公平なジャッジが
横行している事態をマスメディアはこれまでいっさい報じてこなかっ
た。
今回のような事態にならなければマスメディアは半永久的にハンド
ボールを大きく取り上げることはなかっただろう。
今回の再予選に勝ったとしてもオリンピックに出れるかどうかは流
動的だという。しかし、たとえでられなかったとしても、多くの国民の
あいだにハンドボールという競技をアピールできたということは大き
いだろう。
白い恋人は通常の3倍の売り上げ、船場吉兆は予約満杯、これらは
いろいろと問題があったことで逆にプラスの経済効果がもたらされて
いるという特異な現象だ。
本来経済的にマイナス要素のはずがプラスの効果をもたらしているこ
れらの現象、経済学的に解析されているのか興味深い。
人間心理のなかに『怖いもの見たさ』というのがある。それに近いこと
なのだろうか?
これらに共通して言えることは、どれももともとブランド力があるという
ことである。
不祥事が逆にブランドのネームバリューを上げている効果が見られる。
マスメディアで大きく取り上げられることでその動きはさらに加速する。
これではまじめにやっている業者が浮かばれないではないか。
大相撲でも不祥事が続いたが逆に初場所の入りは良いようだ。これも
おなじような現象と考えることもできる。
正直者が馬鹿をみる社会であってはならないと思うが、消費者行動と
は皮肉なものである。
インサイドセンターとアウトサイドセンターのあいだにフルバックを
ライン参加させる、いまではどのチームも当たり前のように使って
いるサインプレーですが、このプレーは早稲田大学が菅平の夏合
宿で考案し、『菅平』を音読みした『カンペイ』という名前を付けた
ことに由来するそうです。
話は変わりますが、わたしは高1のとき体育の授業でラグビーを
やっていました。
ポジションはいまで言うインサイドセンター、しかし当時はまだ左セ
ンター、右センターと左右固定なのが当たり前で、わたしたちのチ
ームのセンターが時代を先取っていたのは単にわたしが多くボー
ルを触りたかっただけなのです。正直BKを仕切っていたのは自分
だったので。
でもじつはそれがふつうだと思っていたんです。
結局わがチームは野球部中心の展開力のあるBK陣を生かすこと
なく、FW戦で劣勢を強いられ初戦で惨敗しました。
そのときわたしがカンペイのことを知っていれば、戦い方もちがった
ものになっていたかもしれません。そんなことないか。
今日ふとしたことで二次方程式の解の公式の記憶があやふやなことに
気がついた。
分子が-b±√b2-4acなのは思い出せた。
だが分母が思い出せない。そんな複雑なものではなかったはずだが…。
結局ネットに頼るのがいちばん手っ取り早い。分母は2aだった。
当時はよく理由もわからずただ暗記していただけだったが、この結果を
導き出すのに『平方完成』と呼ばれる手法を使うのだということもネットに
出ていた。確かそれで二次関数の変曲点の座標の位置がわかるという
ものだったはずだ。だんだん思い出してきた。
今日はセンター試験二日目だということで、こんな話題にしてみました。
なんだか無性に数学を復習したくなった。
みなさんは飛行機の窓から下の風景を観たことがあるだろうか?
もちろん運良く窓ぎわの席に座れないと観ることはできないが、
経験のない方はぜひご覧になることをお勧めする。
あれは確か山口宇部空港から羽田へ帰る便だったと思う。
離陸してしばらくすると下には瀬戸大橋が観えた。
しばらくすると百舌鳥古墳群の前方後円墳まではっきりと観えた
のである。
そしていつもとはちがう角度から観る富士山。
わたしは飛行時間の90分窓にかじりついてそれらを観ていた。
いい大人が窓にかじりつくのは勇気がいることだが、それだけの
価値があることは保証する。
みなさんもぜひ試していただきたい。
今年の箱根駅伝では3校が棄権するという異例の事態となった。
駅伝のプレッシャーの大きさはわたしにも経験がある。
高1のとき、駅伝大会の少し前におこなわれたマラソン大会でク
ラス4位だったわたしは、ほかのランナーより2キロ長い5キロの
コースを、しかもアンカーで走らされた。
ふだん部活で走っている距離に比べると短いのだが、もちろん競
って走っているわけではない。
今回はできるだけ速く走らなければならない。そんなプレッシャー
のなかでリタイアせずに走れるだろうか? この緊張感は競技が
スタートしてから自分が走り終わるまで続いた。
箱根駅伝で棄権したランナーもふだんなら走れる距離をプレッシャ
ーに押されてがんばって走ってしまったのだろう。
棄権したランナーがタオルにくるまれて抱えられているのを見るた
びそのことを思い出し、感情移入している自分に出会う。
俳優の小栗旬さんがこんなことを言っていた。
「KY(空気読め)って言葉、オレは許せない。どこまで知的レベルを落とせばいいんだ、この国は、って思います。オレだって勉強ダメですけど、でも自分の中に良い悪いの基準はちゃんとつくっているつもりだから」
わたしが思うに、『空気を読む』とはその場にいるにんげんで多数決を
とったとして多数派を占める“感情”という票を読むことだ。
小栗さんの言う主観的な『良い悪いの基準』とは次元がちがうと思う。
だいたい空気を読むことが『知的レベルを落とす』ことになるのだろうか?
ある『空気』が世の中においてスタンダードになるとそれは『マナー』あ
るいは『しきたり』になる。
だからマナーやしきたりにはひとにぜんぜん迷惑をかけていないにもか
かわらず忌み嫌われるものもある(列車内での化粧など)。
小栗さんの言わんとしていることはわからなくもないが、世知辛いこの
世の中、空気を読まなくてはにんげん居場所がないのである。
国際陸連はある義足の陸上選手のオリンピック出場資格を認めない
決定をした。
同選手は決定を不服として今後も争うつもりのようだ。
個人的な考えだが、選手の使う義足の性能によっては資格を認めら
れる可能性があってもいいと思う。しかし同選手の使用している義足
は明らかに“ばね”の役割をしている。それを証明する科学的なデー
タもあるらしい。
残念ながら競技の性質上、健常者と同等に競うことは不適当だと思う。
ノーマライゼーションの精神はスポーツでも尊重されてしかるべきであ
るが、それが障害者である競技者が健常者より有利な条件になっては
ならないと思う。
なのでこの選手を支持する気にはあまりなれない。
わたしは野球部出身だが、バッティングと守備は草野球以下のレベル
である。
まずバッティングであるが、中学高校通じて一本もヒットを打ったことが
ない。
いちおう送りバントを決めた経験はある。バントはけっこう得意だ。
ピッチャーのくせにセーフティーバントを狙ったこともある。
つぎに守備であるが、基本フライが苦手である。
とくに凡フライは嫌いである。
だからピッチャー以外のときは内野を守る。
ピッチングだって草野球レベルなのだが、いちおうカーブという武器が
あるのでまだましかと思う。
たぶんわたしは動体視力が鈍いのだろう。ピッチャーは動体視力は
あまり関係ないから。
うん、やっぱり野球やるならピッチャーに限る。
ゲームスタッツでは完全にカウボーイズのほうが押してたみたい
ですね。
途中から観たので全部は把握しきれていないんですが、ジャイア
ンツが前半の2ミニッツオフェンスをタッチダウンに持っていったの
が結局あとあとまでダラスには響いた感じでしたね。
ジャイアンツはなかなかいいディフェンスをしていました。
これでNFCチャンピオンシップはランボー・フィールドになりました
ね。
これはかなりパッカーズ有利に働くとみますが、ジャイアンツはロ
ードに強い。接戦になる予感がします。
AFCはコルツ負けたんですね。しかしチャージャーズはRBトムリ
ンソンとQBリバースが怪我をしたとか、やはりAFCはペイトリオッ
ツかな。
知ってるひとは知っている『ハマカーン』。
その芸風よりもツッコミのほうが神田うのの実弟ということが有名。
しかしなによりも、ふたりともわたしが約6年間勤めた東京農工大
学出身というのが個人的に親近感を抱く要因である。
東京農工大学は東京農業大学にあらず、国立大学である。
センター試験を受けないといけない大学である。
その大学の柔道部で知り合ったふたりなわけだが、姉ちゃんの力
を借りずにいま一定の評価を受けるに至る。
それまでの過程はふつうの芸人となんら変わらない。
ネタは確かにおもしろい。でも、大化けするにはなにかが足らない
ような気がする。
でも、なにかが足らないまま売れてしまった芸人もいる。
ふたりともすでに三十路なので、そろそろそのなにかをつかんで大
きく羽ばたいてもらいたい(無責任な言い方だが)。
オンエアバトルでオンエアされないことはまずないし、あとはチャン
ピオン大会で優勝すれば実力は広く証明されるだろう。
それにしても、農工大でふたりはなにを研究していたのだろう?
サンドウィッチマンは生活ががらりと変わってしまったらしい。
仕事の依頼がものすごく増えて、メジャーな番組にも顔を出すように
なったようだ。
マンションへの引越しの件はブログでは触れられていないが、おそ
らくいまはそれどころではないのだろう。
いままでの優勝者は大会前、みなそこそこは売れていたが、サンド
ウィッチマンは『エンタの神様』に出ていたとはいえほとんど知名度
のない状態。
お笑い好きのわたしの妹は、敗者復活で出てきたイカツいお兄さん
を見てがっかりしたそうだ。
わたしはサンドウィッチマンと聴いた瞬間、ガッツポーズをした。
2年半前のブログですでにその芸を推薦していたし、なによりも絶対
審査員に通じる笑いだと思ったからだ。
HGや小島よしおで笑うのもいいことだ。しかしお笑いを文化とした根
深く育てるためにはこういう実力派が日本には必要なのだ。
五輪真弓さんの曲、ほかはあまり興味ないのですが。
この曲にはハマりました。
たしかデビュー曲、当時のひとはさぞかしびっくりしただろうなあと
推測します。デビュー曲ですよ。
少女 / 五輪真弓
作詞: 五輪真弓 / 作曲: 五輪真弓
あたたかい陽のあたる
真冬の縁側に
少女はひとりで
ぼんやりと坐ってた
つもった白い雪が
だんだんとけてゆくのを
悲しそうに見ていたの
夢が大きな音を
たてて崩れてしまったの
あたたかい陽のあたる
真冬の縁側に
少女はひとりで
いつまでも坐ってた
木枯しがのぞいてる
垣根のすきまから
少女はいつも
遠くを見つめてた
かわいい仔犬たちが
年老いていくのを
悲しそうに見ていたの
夢が風の中で
あせて消えてしまったの
木枯しが通り過ぎる
垣根の向こうに
少女はいつか
行くことを知っていた
ここでは歌詞しか紹介できませんが、曲がまたいいんです。
少女 / 五輪真弓
五輪真弓ベストみたいのにはきっと入ってると思います。
ぜひお近くのレンタルCD店へ。
アイオワでの敗北からたった数日でニューハンプシャーでの勝利を
あげたヒラリー・クリントン氏。
連日報道された遊説先での『涙』、あれがどう投票に影響を与えた
か非常に興味深い。
映像を見る限り、クリントン氏は目を潤ませながらも涙を流すまでに
は至っていないように見える。クリントン氏の選挙対策としてどこま
でデザインされたものであるかは不明だが、少なくともこの目を潤ま
せるが涙は流さないという微妙な線が有権者に大きな影響を与え
たであることは想像できる。
あのシーンが、クリントン氏の『人間味』(目を潤ませる)と『強さ』(し
かし涙は流さない)をアピールするには絶好の映像であったと見て
も誤りとはいいきれないだろう。
それともわれわれが勘ぐるほど、アメリカの有権者はこんな映像に
は左右されないだろうか? それもまたあり得る。
むかし北海道を旅行したとき、宮の森、大倉山両ジャンプ台を
観にいった。
宮の森へ行ったときには「ここで笠谷が…」などと年甲斐のな
い感傷に浸ったものだった。
長野・白馬に行ったときもジャンプ台を観にいった。
夏季オリンピックにはほとんど興味を示さない(おなじ年に行わ
れるサッカー・ヨーロッパ選手権のほうが大事)のだが、冬季オ
リンピックには比較的関心が高い。
なかでもジャンプ競技への注目度は自分のなかでは相当高い。
中学時代、大雪が積もった公園の坂道にジャンプ台をつくり、
みんなでジャンプをやっていた。
わたしはいつも転ぶのを覚悟で大ジャンプをするので、みんな
呆れていた。
オリンピックでなくても、いつか本物のジャンプ大会を観にいき
たいと思っている。っていうか、わたしも飛びたい。
わたしの知人で(たぶんここをご覧になっていると思うが)フッカーながら、
見事ドロップゴールを決めた方がいる。
わかりやすくいえば、プロ野球のピッチャーがホームランを打つようなもん
である。
名門のラグビー部だったせいか、あとで監督にこっぴどくしかられたらしい
が、そんな固いこと言わずにむしろナイスジャッジと褒めてあげられないも
のなんすかね。
ラグビーの用語に『マイボー』、『ヤンボー』というのがある。
『マイボー』は『my ball』つまり自軍がボールを支配していること。
『ヤンボー』は『your ball』、敵軍がボールを支配していること。
よく考えると、『マイボー』は『our ball』、『ヤンボー』は『their ball』のほう
が正しい気がするが、おそらく和製英語だろう。
わたしはわりとラグビーの強い大学に行っていたのだが、一般学生のラグ
ビー知識は散々であった。やはり“ラグビーの街”の高校で育ったことは特
別の知識をわたしに与えてくれたのだろう。
時間はすでにロスタイムに入っていた。
モールを組んでも押し込めない。サイドを突いても止められる。
バックスへ展開してもゲインラインを越えられない。
東福岡の守備への集中力はすさまじかった。
「あとワンプレー」レフリーの声が響く。
もう絶対プレーを止められない伏見工、懸命の攻撃が続く。
それを必死のディフェンスで食い止める東福岡。
そしてついにノーサイドの笛がなった。
第87回全国高校ラグビー大会は東福岡の初優勝で幕を閉じた。
両校の表彰式がおこなわれるなか、荒井由実の『ノーサイド』が
心地よく流れていた。
勝てた試合だったなぁ…。
やはりランの出ないピッツの攻撃はいつものリズムではなかった。
前半の3インターセプトで一旦完全にリズムが崩れた。
後半はパス攻撃でよく盛り返したんだけど、いかんせんランが出
なかった。
それでも最後のジャクソンビルのギャンブルを止めていれば勝て
たのに…。
まぁ、今年はあまり期待してなかったけど、この負けは痛すぎる。
仕方がない、グリーンベイでも応援するか。
ファーヴ、がんばれ~。
実家に約長さ1メートルの棒切れがある。
種類はわからないが、直径1.5センチほどの太さで、角が丸く
削ってある。いまは亡き祖父に作ってもらったものだ。
これは保育所の年長組だったとき披露した『こぶとり爺さん』の
劇で主役の『いいお爺さん』をやったとき使ったものである。
当時の記憶もあやふやで、ただ主役を張ったという事実だけが
記憶にある。
あとにも先にも、文字通り“主役級”の役割を張ったのはこのと
きだけである。
いまから30年以上も前に使ったものだが、特に大事にされると
もなくいまも存在する。
この30年間変わらない棒切れとすっかり変わってしまった自分。
自分なりにこれまでせいいっぱい生きてきた。この棒切れはそ
れを静かに見届けてきたのかもしれない。
いじめのケースは軽微なものから深刻なものまでさまざまだ。
また、いじめの主体と客体がどんな性質かによって対処法はまっ
たく変わってくると思う。
たとえば自分の場合、中三のときのことだが、やたらちょっかいを
だしてきた(具体的になにをされたかは忘れたが、ほんのささいな
ことであったことは確かだ)ヤンキーを突き飛ばしてやった。
そのあと廊下に連れ出され、2、3発殴られた。
わたしはあえて反撃しなかった。かえって怒らせてネチネチとあと
あとまでやられたらたまらないと思ったからである。
結局そのあとちょっかいをだされることはなく、むしろ“骨のある奴”
と見られるような空気になった。
これは主体がそれほど悪質ではなく、客体もとりわけ弱いタイプの
にんげんでなかったケースである。
高校のとき自殺したOのケースはどうだろう? Oは中学生時代わ
たしとおなじ野球部で、ある程度理不尽な仕打ちには耐える能力
があるにんげんだった。
対する主体の側はOに対して執拗に金銭を要求したり、おそらくは
暴力も与えていたのだろう。
このケースではOひとりでは対処しようがない。Oが高校へ通い続
けるためには適切な対応のできる大人の介入がなければ無理だ
ろうし、最悪の場合、学校を辞めて一からやり直すこともひとつの
手段だろう。
相手が一方的に悪いのになぜいじめの客体の側が学校を辞めな
ければならないのか、それはとても理不尽なことではあるが、残念
ながらこの世の中正しいものが恵まれるとは限らないのである。
わたしをはじめとする元野球部の仲間も、学校の先生も両親も、結
局Oを助けることはできなかった。死を招くことは最悪の事態だ。そ
れを考えれば、Oが生き抜く道筋はいくつもあったはずだ。
たとえいじめから逃げ出すようなかたちだったとしても、死ぬことな
んかよりよっぽどましな人生がおくれたと思う。
もしそういうことで悩んでいるひとがいたら、そう考えてほしい。また
そうアドバイスしてもらいたい。
公務員時代の後輩に三鷹高校出身の子がいたので、特に気にかけて
観ていたのですが、ここまできましたか。
個々のレベルはお世辞にも高いとは呼べなそうですが、カウンターの仕
掛けの連携とか、かなり息が合っている印象を受けました。
まさにチーム一丸になっての勝利という感じがします。
そうそう、あの佐賀北高校、惜しくも負けてしまいました。
野球に続き、サッカーもというわけにはいきませんでした。
でもここまでこれただけでも立派なもんです。
今年度は進学校の快進撃が目立ちますね。
野球とちがい、サッカー、ラグビーなどは3年生はどうしてもインターハイ
後に引退してしまうケースが多いんですけど、自分だったらきっと残って
いるだろうな。
高校ラグビーでこういう事態は前代未聞なんじゃないでしょうか?
野上監督は大会実行委員会に意見書を出すともいっています。
自分としては試合を観ていないのでなんとも言えませんが、ラグ
ビーのレフリーは他のスポーツと比して絶対的な権限があります
から、レフリーが判断したことについては試合中は絶対服従なわ
けです。
そもそもラグビーのレフリーは役割が多すぎるきらいがあります。
ラグビーのレフリーが複雑なルールをひとりで判断することにそも
そも無理があるような気がします。
問題の試合のレフリーに意図的な判定の偏向があったかどうか
はわかりませんが、あとを引きそうな事態になりそうですね。
ちなみに大工大高のラグビーはあまり好きではありません。
うちの高校の野球部が、上下関係がユルかったことは以前書いた。
では中学時代はというと、まあそこそこシゴキみたいなのはあった。
後輩の動作にちょとでも気に入らないことがあると、グランドを走ら
せる、“回す”というものは常におこなわれていた。
それ以外にもバケツの水ぶっ掛けられたり、ボールを投げつけられ
たりした。
それでも少しも辛いとか野球部を辞めたいとかいう気にはならなか
った。
自分らが最上級生になったときはそういうことはいっさいやらなかっ
た。
それどころか、後輩とよく遊んでいた。
シゴキの連鎖が我々のところで寸断されていたのならうれしいのだ
が、実際のところわからない。
正月らしい話題でなくてすみません。