久間発言について

| コメント(4) | トラックバック(0)

わたしはこの発言について第三者の立場から見て不適切
極まりないとは思えない。
「勝ち戦と分かっている時に原爆を使う必要があったかどう
か、という思いは今でもしているが」
という前置きの上で、
「戦争になった場合はあり得るのかなと(思う)」
と語っているのであって、現実問題として戦争になったらな
んでも許されてしまう当時の状況からしてあり得ると言って
いるのである。歴史上許される行為であったかということを
論じているのではない。あくまでも当時の状況(真珠湾攻撃
への報復心も含めて)からしてアメリカ軍の選択肢として原
爆投下もあったのだろうということを言っているのだと思う。

わたしの解釈は誤っているだろうか?

トラックバック(0)

トラックバックURL: http://www.eda3gyo.com/cgi-bin/mt/mt-tb.cgi/811

コメント(4)

久間氏の発言は極めて情緒的で、歴史的な根拠に基づいていません。
ソ連の参戦はヤルタ協定ですでに決まっていたことですが、それは後世において
わかったことです。当時の日本国民が知るよしもありません。
久間発言が政治的な意味で大臣として不適切な発言であっただろうということは
認めます。
ただ一個人があの戦争を総括するとき、原爆投下が終戦の呼び水になったと
考えるひとは少なくないと思います。
もちろん被爆者のことを考えれば非常識な話ですが、少なくないひとが密かに
そう考えているのではないかと思います。
それを大臣が、しかもこの時期に言ってしまったのですから、“失言”とされて
やむをえなかったでしょう。
ふつうはそういうことは思っていても言わないんでしょうけどね。

ヤフーより抜粋;
久間防衛相は30日、千葉県柏市での講演で、太平洋戦争終結時に米国が広島、長崎に原爆を投下したことについて「米国はソ連が日本を占領しないよう原爆を落とした。無数の人が悲惨な目にあったが、あれで戦争が終わったという頭の整理で、今しょうがないなと思っている」と述べ、原爆投下を容認したと受け取れる発言をした。

「米国はソ連が日本を占領しないよう原爆を落とした」ここに彼の認識のズレを感じます。

あと、nissyさんの『日本国全体が「アメリカは原爆を落としてけしからん」という大々的な運動になることもありませんでした。苦々しくも、当時の日本国民は当時の状況を受け入れるしかなかったのです。』に関しても疑問を感じざるを得ません。

確かに敗戦後は、生きていくだけでも必死な時代でしたからそうでしょう。
でも、今は怒っていますよね。
韓国人ほどの感情的な爆発があればわかりやすいのですが・・・。

久間さんは、あの発言を改めて読み直すと、今、現在、そういう考えでいるとしか読み取れません。
たいへん嘆かわしいことだと思います。

しつこくて申し訳ありません。
重要な事柄ですので・・・。

本文でも述べているとおり、この発言は久間氏の原爆投下
に対する歴史的評価ではなく、当時の率直な感想を述べて
いるとわたしは解釈しました。
そしてそれは決して久間氏独自の感想ではなく、日本国全体
が「アメリカは原爆を落としてけしからん」という大々的な運動
になることもありませんでした。
苦々しくも、当時の日本国民は当時の状況を受け入れるしか
なかったのです。

もちろん歴史的にみて、原爆投下のような無差別殺戮が許さ
れるはずはありません。
その点は強調しておきたいと思います。

確かに戦争中は何でもありでしょう。
日本も中国、朝鮮に対して筆舌に尽くしきれないことを行いました。
ドイツもユダヤ人に対してしかり。
アメリカはベトナムで、そしてイラクで野蛮な行為を行いましたね。

でも、それらを「戦争だから何でもあり」と認めてしまっていいのでしょうか。
そんなことを認めたら、何でもありの世の中になってしまうと思いませんか。
戦争犯罪をどんどん暴いて追求していくのが、まともな人間の責務とは思いませんか。

アメリカはなぜドイツに原爆を落とさなかったのですか?
どうして、もう「死に体」であった日本に落とす必要があったのですか。
リメンバー・パールハーバーが理由ですか。

もう少し戦時下の日本史、世界史を見直す必要があると思います。

コメントする

このブログ記事について

このページは、nissyが2007年7月 1日 23:34に書いたブログ記事です。

ひとつ前のブログ記事は「料理屋の常識」です。

次のブログ記事は「進化する37歳」です。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。

Powered by Movable Type 4.261