今から22年前、夏の甲子園の決勝は取手二とPL学園の
対戦。取手二がリードしてはPLが追いつくという展開で
試合は延長戦へ。
延長10回表に取手二が3ランホームランなどで一挙4点を
奪い勝利を決定的なものにする。
その裏のPLの攻撃が2アウトになったとき異変が起こった。
実況のアナウンスがまったくなくなったのである。
そしてPL最後の打者が三振に倒れたとき実況は再開された。
このときのアナウンサーは明らかに意図的に沈黙の時間を
作ったと思われる。アナウンサーとしての役目を放棄した
ともとられかねない行為だったが、この“沈黙”は優勝決定
という劇的な瞬間をより引き立たせる効果があった。
アナウンサーはしゃべらないことも“技術”なのである。
一方、意図的でない“沈黙”を作り出したアナウンサーもいた。
いわゆる“ドーハの悲劇”のとき、テレビ東京のアナウンサーは
イラクの同点ゴールが決まった瞬間、30秒くらいの間
沈黙しつづけた。その後の第一声が「あぁ~~~。」だった。
アナウンサーが“ただのサッカーファン”になった瞬間で
あった。
どちらもケースはちがうが、“沈黙”がときに絶大な
“アナウンス効果”をもたらすというよい例であろう。

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