光市母子殺害事件最高裁判決に思う

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わたしはつねづね、刑事裁判というのはその犯罪の事実に
よってのみ判決すべきであると思っている。
ほとんど弁護のしようのない犯罪を犯したにんげんは、
決まって犯行当時の精神状態が異常であったことを主張
するか、それが不可能であれば犯罪者が真摯に反省して
いると主張する。
わたしはこれらのことは審理に反映されるべきではないと
思っている。
この事件は客観的にひとふたりが少年によって殺されて
いるのである。
判例によって、3人以上殺せば死刑という暗黙の了解が
あるようだが、これをこの事件に当てはめれば死刑は免れる
ということになる。
この基準は加害者側にとって甘いとわたしは個人的に考えるが
「被告は心神耗弱状態だった」とか「被告が反省している」
といったことで判決が左右されないことを希望する。

ただ、裁判員制度が実施されればわたしの希望することとは
反対の方向にいきそうだが。

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このページは、nissyが2006年6月20日 23:38に書いたブログ記事です。

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