マスメディアの使命とは端的に言って、「市民に正しい情報を
提供し、社会全般の発展・向上に貢献する」ということだと思う。
マスメディアの究極の使命は『社会全般の発展・向上に貢献する』
ことであって、『市民に正しい情報を提供』することではない。
これは使命ではなく手段である。
わたしがそんなマスメディアに初めて疑問を持ったのは、豊田
商事の永野会長刺殺事件である。
そのとき永野会長が籠もっていたマンションの周りには30人
ほどの報道陣が取り囲んでいた。
そこへ2人の男がやってきて、「永野をぶっ殺しにきた。」と
いう内容の発言をして、窓ガラスを蹴破り部屋の中に入っていった。
数分後、血まみれになった2人が出てきて、「殺ってきた、警察を
呼べ。」と言い放った。
その後、永野会長の死亡が確認された。
この間報道陣は何をしていただろう?これは記事になるとばかりに
その様子をカメラに撮り続け、明らかにこれから殺人を行うと宣言
している者に対してなんの引き止め行為もしなかったのである。
このとき、まだ若いわたしはマスメディアの本質をまざまざと知った
のである。つまりマスメディアはマクロの意味で『社会全般の発展
・向上に貢献する』ことを使命としても、ミクロの意味で、つまり
このような差し迫った犯罪を防ぐようなことには無関心なのである。
というより、“ひと”としてこのような状態を見逃す、いやむしろ
歓迎すらしている集団をどう捉えたらいいだろう?報道と関係ない
ひとのほうが逆に彼らを引き止めようとしたのではないだろうか?
わたしはまずそういう気質のひとたちがマスメディアを構成している
というフィルターを通して、彼らの発する報道内容を捉えることにしている。
永野会長刺殺事件以来ずっとそうしてきたつもりである。
豊田商事事件
80年代中ごろ、お年寄りを中心に約3万人から1200億あまりを騙し取った
「史上最悪の詐欺商法」と言われた事件。

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