甲子園への道はなんて険しいのだろう。
埼玉大会決勝、春日部共栄 対 埼玉栄は
劇的な幕切れとなった。
4-1、3点のビハインドでむかえた9回表の春日部共栄の
攻撃は満塁ながらすでに2アウト、埼玉栄はあとひとり
で甲子園というところまでこぎつけていた。
バッターは春日部共栄の4番で主将の靏岡。
埼玉栄のエース・木村の投じた渾身の一球を打ち返す。
打球は追いすがるライトを越えてフェンス際へ。
走者一掃の3ベース。春日部共栄は一瞬にして
同点に追いついてしまう。
その直後、射手矢に投じた難しい内角低めの変化球を
ライト線にはじき返されついに逆転。
その裏マウンドに上がったのは背番号20をつけた
3年生今井。このチームの投手陣の中心は1、2年生。
ひょっとしたら彼は甲子園のベンチに入れない
かもしれない。この登板は本多監督のはからいだった
のだと思う。最後の打者を三振に獲った瞬間、
今井はひざまずき天に腕を突き上げた。
春日部共栄が埼玉164校の頂点に立った瞬間だ。
こういうのを観せられると体がウズウズしてくる。
シャドー・ピッチングのし過ぎで腰が痛い…。

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埼玉栄のピッチャーは2年生だったのがせめてもの救いです。
甲子園を目の前にして、あれが3年生のピッチャーだったら
一生こころの痛みとなっていたことでしょう。
べつに3年になって甲子園にいけなくてもあんな終わり方で
なかったら、悔しいけど納得できるでしょう。
木村投手には振り返らずがんばってもらいたいです。
そうだね、1・2年生の時は心の中で、又来年と考える隙間もあったような気が、今考えればあった様な気がするけれど、あの時は必死だったからね。僕は3年の時に一瞬の緩みで変ったかな?でも勝敗は勝敗であったしもうボロボロだったからね。手すりに掴まっていても電車が揺れると肩はずれる位だったなあ。懐かしいけれど、戻りたいと、色々な想いだね。
プロみたいに何度もチャンスがあるわけじゃないですからね。
一瞬にして世界が変わってしまうんですよね、負けた瞬間。
本当に同感です。違うスポーツをしていましたが、やはり気になって過去を思い出します。あの時に戻りたいと、不可能な事を思ったりね。そうすると今何をするべきなのか?何が出来るかと考えています。ただ今は怪我の治療に専念ですが、何か良い意味でしなきゃ。と今日も病院です~。