NFLのエースQBクラスになると、だいたいドラフト1巡目あたりで指名され、
チームの大きな期待を受けて入団してくる選手がほとんどである。
しかし彼は無名大学出身だったためかスカウトの目にとまらず、
アリーナ(室内)フットボールのチームに入団する。その収入だけでは
生活できず、彼はスーパーのアルバイトをしながらプレーを続けていた。
そのときにトイレットペーパーをカート(かご)に“パス”する遊びをして
いたらしく、同僚の間ではその“パス”の正確さから「カートはいつか
きっとすばらしいQBになる。」とみな信じていたという。
アリーナでの活躍が認められ、NFLの下部組織にあたるNFLヨーロッパで
プレーする機会が与えられる。ワーナーはこのチャンスを生かして、
1998年、ついに本家NFLのセントルイス・ラムズに入団する。
もちろん初めからスターターではなかった。しかし2年目エースQBの
負傷で出場するとチームはあれよあれよの快進撃。プレーオフを
勝ち抜き、ラムズはついにスーパー・ボールを制する。
ワーナー自身もシーズンMVPとスーパーボウルMVPをダブル受賞し、
「これぞ“アメリカン・ドリーム”」と言われた。
2年後もシーズンMVPを獲得し、スーパー・ボールに進むが、伏兵
ニューイングランド・ペイトリオッツに破れてしまう。
そこからがワーナーの苦難の始まりだった。
翌シーズンもスターターとして開幕を迎えたが、怪我で先発の座を
奪われてしまう。
その翌年には完全に先発の座を奪われ、ポスト・シーズンに
ニューヨーク・ジャイアンツに移籍する。
しかし、そこにはイーライ・マニングがいた。
父親のアーチはラムズの伝説的なQB、兄ペイトンはもはやNFL
最高ともいわれるQB。
ワーナーとは経歴も血統も違う。
しかしワーナーは実力でスターターの座を勝ち取る。
ところがチームの成績は振るわず、チームは翌シーズンから
マニングを中心としたオフェンス作りをする方針を打ち出す。
そして今シーズン、ワーナーはアリゾナ・カージナルズでプレーする。
しかし完全にスターターの座が約束されているわけではない。
ワーナーは若くない。ジョン・エルウェイのように「有終の美」を
飾ることができるだろうか?
いや、確かに若くはないが、まだまだ数年は十分プレーできる歳だ。
彼のような苦労人がこのままフェイド・アウトしてしまうのは
あまりにも残酷だ。
ぜひとも彼がヴィンス・ロンバルディ・トロフィーを掲げる姿を
もう一度観てみたい。


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