わたしの通っていた高校は、わたしが入学する4年前に
甲子園に出場している。
県予選の決勝ではあの斉藤雅樹を打ち崩し、甲子園の
一回戦では、1-0の完封勝ちで甲子園で校歌を歌っている。
二回戦では、仲田幸司擁する興南に1-2で敗れたが
最終回はあわや逆転か? というところまで追い詰めた。
そんな○○高校野球部(もうこの時点で伏せる意味も
ないのだが…)にわたしが入部することになった。
甲子園出場3回、うち準優勝1回という“名門野球部”に
入部するのである。
いろんな意味で「厳しい」生活が待っているであろうと
覚悟して初めての練習に望んだ。
ところが…、である。
これがあの“名門野球部”かと思うくらい“ユルい”のである、
いろんな意味で。
練習内容はとてもハードとは呼べないし、特にピッチャー陣は
ほとんど自主練習同然であった(もちろん自分なりにまじめに
練習には取り組んだが)。
しかしなんといっても驚いたのが、先輩が“優しい”ことで
あった。そのことについては以前にも書いたが、練習中も、
練習後も怒鳴られることなどなかったし、いわんや「シゴキ」
などもってのほかであった。
その野球部を率いていたのが「Iさん」ことイシカワ監督であった。
4年前、○高を“甲子園に導いた男”である。
「Iさん」の呼び名の由来は、実はイシカワだからではなくて、
自宅の屋根の色が「ヨウ素」(元素記号「I」)色だからだと
いう。ホントかよ?
「Iさん」は硬式野球の経験はなく、ほぼ独学で“指導”(?)
していた。「Iさん」の存在が目立つのはノックのときぐらい
だった。
しかし守備練習のときの個々人の動きについて、考えを
まとめるのは選手自身の仕事だった。
まるで“ジーコ”のような指導方針(?)である。
しかし彼こそが“○高を甲子園に導いた男”なのである。

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