2005年6月アーカイブ

今日はコンフェデ杯決勝のことを書こうと思ったのですが
寝過ごしてしまったので、スカパーの再放送を観て明日
書きたいと思います。
今日はわたしのサッカー経験について書きます。
どうでもいいですか? まあまあ、そういわずに。

わたしの住んでいた町は県内でも特にサッカーの盛んな
土地でした。でもわたしはサッカーにはまるで興味がなくて
野球とボクシングのことばかり考えていました。
でも友達の話を聞いているうちにサッカーシューズが
ほしくなったんです。小4のときです。
オニヅカ(アシックス)の「ボンバー・シリーズ」知ってる
方いますか?
それにはサッカー・スクールに入る必要があったのです。
入団してまもなく小学校の行事でサッカー大会があって
わたしはBチームのキーパーをやりました。
サッカーなんて興味ないからキーパーの動きなんて知りません。
サッカー・スクールでもキーパーなんてやってないですし
ほとんど本能のおもむくままプレーしていました。
それがどういうわけか上級生に認められ、サッカー・スクール
のミニサッカー(いまでいうフットサル)大会で5年生主体
チームのキーパーをやりました。
それがコーチの目に留まり、5年生になるとき町の選抜チーム
に抜擢されました。
ほかに小学校の同級生に選ばれた子はいません。第1号だった
のです。
でもホントサッカーに身が入らなくて名誉なことだとも、
うれしいとも思わなかったんです。やな奴ですね。

結局選抜チームの練習には5回くらいしか行ってなかった
ですかねぇ。そしてサッカー・スクール自体も5年終了時に
辞めてしまいました。
そのあと、中学や高校の授業ではだいたいFWをやって
ましたね。どちらかというとウイング的なポジションが
多かったような気がします。だんだんサッカーの面白さ
奥深さがわかってきた時期です。

サッカーに決定的な興味を持ったのは恥ずかしいことに
アメリカW杯アジア最終予選のときなんですよ。
そう「ドーハの悲劇」のときです。
あのときあっさりアメリカに行けたら、サッカーの見方が
まったく変わってたでしょうね。

W杯本選はメキシコW杯から観ていますがアメリカ大会からは
ほとんどくまなく観るようになりました(仕事の邪魔で観れな
い試合は多かったですが)。
そのころ大学の教職員とミニサッカーみたいなことしてましたね。
不思議なもので、サッカーは観ているだけでもうまくなるんですね。
明らかに高校時代のサッカーより上達してました。

それで日韓W杯のあと、本格的にサッカーをやろうとネットで
知り合ったひとたちとユニフォームを作ってやりました。
しかし何でしょう? 本コートは疲れる、疲れる。
とりあえずということでセンターバックをやらせてもらったん
ですが、システマチックに守るというのは面白いですね。
だいぶミスで失点しましたが面白かったです。
いちどボランチをやらせてもらったのですが、とんでもない!
5分で足が止まっていました。DFの方にはたいへんご迷惑を
おかけしました。

最近ジョギングを毎日欠かさずやっているので、このまま続けて
いけばまたやれますかね?
あっ、でもピッチャーもやりたいな。
ボクシングもやりたい。

わたしの母が教育委員をやっている関係で、家に歴史の教科書の見本が
置いてあったのですが、それがなんとあの「新しい歴史教科書」だった
のです。
恐ろしいことに、母はその教科書がやり玉にあげられているということ
など知らずに教育委員をやっていたのです。
これはいい機会だと思って、その教科書にざっと目を通してみました。
しかし思っていたほどに“極端な表現”はなく、一見したところでは
大きな問題のある教科書には見えませんでした。
そしてつい最近、母は『中学校「歴史教科書」の採択に際し知って
ほしいこと』と題された冊子を渡されたとのことでした。
これは「在日本大韓民国民団」と名乗る団体が発行しているもので、
それによると、問題点は“表現”ではなく記載されている“史実”に
意図的な彎曲が多数存在するということらしいのです。
“史実”が正しく記載されているかということは、わたしには判断でき
ません。ですからわたしには「新しい歴史教科書」が本当に中学校の
歴史教科書として不適切かどうかはほとんど判断できないというのが
本当のところです。

一方、韓国の教科書はどうなんだろう? とわたしは興味を持ちました。
韓国は国定教科書、つまり全国どこの学校でも同じ教科書を使っている
のです。
わたしは韓国の高校で使われている教科書の日本語訳版を入手しました。
そしてその中身は予想どおり、極めて“民族主義的”な“表現”がされて
いました。
「わが民族は」という表現がいたるところに出現し、とくに「抗日運動」
についてはかなりのスペースを割いて記載されていました。
このことから、少なくとも韓国では政府主導で民族主義的な歴史教育を
行っているということが読み取れます。記載されている“史実”については
もちろん正誤の判断はつきかねますが、あのような民族主義的な表現を
している日本の教科書は少なくとも存在しないはずです。

前にも言いましたが、わたしは韓国が大好きです。ひとりの日本人として
韓国国家そして韓国の方々とは友好関係を持っていきたいと思っています。
しかし「歴史」という教科で“民族主義的”な教育を行うべきではないと
思います。それは日本もしかりです。
民族主義を否定する気はありません。実際に国家が危機にさらされたとき、
国を守るために重要な働きをすることがあるからです。また自己のアイデ
ンティティを確立する上でも欠かせない場合もあります。しかし一方で、
国際社会において排他的な思考過程を持ちかねない危険性もはらんでいる
のです。

わたしがプロボクサーのチャン・ジョングのことを知ったおかげで韓国の
ことが好きになったのは、彼が激闘を交わした対戦者に対して、たとえ
相手が日本人でも最大級の賛辞を惜しまなかったからです。
韓国人は日本人を嫌ってばっかりだと思っていたわたしに考えを改めさ
せてくれたからです。

「新しい歴史教科書」を実際に採択した学校はほとんどありません。しかし
韓国の国定教科書は当然100%の確率で採択されるのです。どちらの
影響力が大きいかはおのずと結論が出ています。
日本人として、また世界の中の1個人として、韓国の国定教科書が変わって
くれることを望みます。

最近気になるのですが、テレビのニュース番組でテロップが間違ってたり、
原稿が間違っていてアナウンサーがそのまま読んでしまったりというミスが
多いような気がするんです。酷いときには被害者と加害者の名前が入れ
替わっていたなんてこともありました。
わたしの知る限り、以前はこんなに頻繁にこの手のミスはなかったような
気がします。アナウンサーが言い間違えてしまうというのは一発勝負だから
たまにあっても仕方がないと思いますが、この手のミスはきちんと確認作業
をすれば防げるはずです。出したもん勝ちで間違ってたらあとで訂正すれば
いいと言う性質のものではないと思います。
以前ガセネタ(?)に振り回されすぎているという話をしましたが、それ以前に
こういう基本的なことをきちんとやってほしいと思います。

コンフェデレーションズ・カップ準決勝、アルゼンチン対メキシコは
退場者もでる激戦の末、PK戦でアルゼンチンがメキシコを下しました。
わたしが観る限り、アルゼンチンは相当“本気モード”だったように思います。
それをあそこまで苦しめたメキシコは賞賛に値すると思います。

メキシコ・サッカーの特徴をあげると、まずフィジカルにあまり恵まれて
いないかわりに、組織的に数的優位を作ってボールを奪い、素早く攻撃に
繋げる。つまり攻守の連動がスムーズなのです。個々人のテクニックは
決して高いとは呼べないけれども、組織として成熟している印象を受けます。
身体的特徴が近い日本が手本にすべきスタイルなのではないでしょうか。

94年のアメリカ・ワールドカップ、メキシコはメヒア・バロンという
監督が率いていて非常に戦術的なサッカーをしていたのを覚えています。
ホルヘ・カンポスという小柄なキーパーに話題が集中していましたが、
チームとしても非常に成熟していたと思います。あれから11年、監督が
代わっても基本的なディシプリンは変わっていないと思います。

余談ですが、メキシコ国歌は世界一カッコイイと思います。
リカルド・ロペスに似合うんだなぁ、これが。

暴論覚悟!

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今日はおとなげない疑問をぶつけてみたいと思います。

なぜ電車の中で携帯電話でしゃべってはいけないのでしょうか?
電車の中のひととひと同士の会話が許されて、携帯電話の会話が
許されないのはなぜなんですか?
あとなぜポータブル・オーディオ・プレーヤーの音漏れが
許されないのでしょうか?
ひと同士の会話のほうがよっぽど大きい音だと思うんですけど。
どなたか説明できるかたいますか?

もちろんわたしもふだんは守ってますよ。
ただ、合理的なことが正しいとされないとイヤなんです。

NFLのエースQBクラスになると、だいたいドラフト1巡目あたりで指名され、
チームの大きな期待を受けて入団してくる選手がほとんどである。
しかし彼は無名大学出身だったためかスカウトの目にとまらず、
アリーナ(室内)フットボールのチームに入団する。その収入だけでは
生活できず、彼はスーパーのアルバイトをしながらプレーを続けていた。
そのときにトイレットペーパーをカート(かご)に“パス”する遊びをして
いたらしく、同僚の間ではその“パス”の正確さから「カートはいつか
きっとすばらしいQBになる。」とみな信じていたという。
アリーナでの活躍が認められ、NFLの下部組織にあたるNFLヨーロッパで
プレーする機会が与えられる。ワーナーはこのチャンスを生かして、
1998年、ついに本家NFLのセントルイス・ラムズに入団する。
もちろん初めからスターターではなかった。しかし2年目エースQBの
負傷で出場するとチームはあれよあれよの快進撃。プレーオフを
勝ち抜き、ラムズはついにスーパー・ボールを制する。
ワーナー自身もシーズンMVPとスーパーボウルMVPをダブル受賞し、
「これぞ“アメリカン・ドリーム”」と言われた。
2年後もシーズンMVPを獲得し、スーパー・ボールに進むが、伏兵
ニューイングランド・ペイトリオッツに破れてしまう。

そこからがワーナーの苦難の始まりだった。

翌シーズンもスターターとして開幕を迎えたが、怪我で先発の座を
奪われてしまう。
その翌年には完全に先発の座を奪われ、ポスト・シーズンに
ニューヨーク・ジャイアンツに移籍する。
しかし、そこにはイーライ・マニングがいた。
父親のアーチはラムズの伝説的なQB、兄ペイトンはもはやNFL
最高ともいわれるQB。
ワーナーとは経歴も血統も違う。
しかしワーナーは実力でスターターの座を勝ち取る。
ところがチームの成績は振るわず、チームは翌シーズンから
マニングを中心としたオフェンス作りをする方針を打ち出す。
そして今シーズン、ワーナーはアリゾナ・カージナルズでプレーする。
しかし完全にスターターの座が約束されているわけではない。
ワーナーは若くない。ジョン・エルウェイのように「有終の美」を
飾ることができるだろうか?
いや、確かに若くはないが、まだまだ数年は十分プレーできる歳だ。
彼のような苦労人がこのままフェイド・アウトしてしまうのは
あまりにも残酷だ。
ぜひとも彼がヴィンス・ロンバルディ・トロフィーを掲げる姿を
もう一度観てみたい。

カート・ワーナー

たばこ訴訟

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喫煙が原因で肺がんなどの病気になったとして、患者らがJTと元社長2人、
国を相手に起こした訴訟で、東京高裁は22日1審を支持し、患者側の
控訴を棄却した。
タバコを吸うことで健康を害したとしてもそれ以上に本人にとって利益は
あったと思うのだが(わたしはタバコを吸わないのでよくわからないが)
なんだかよくわからない訴えである。
タバコを一度も口にしたことのないわたしにとっては、正直喫煙者の行動は
気味が悪い。会社などで勤務時間中に堂々と喫煙室に行き、喫煙する姿を
見ていると、「ああ、このひとたちは侵されてるな。」と思う。
客観的に考えて、勤務時間中にまで喫煙という行動を抑えることができない
なんて異常だと思う。わたし個人としては受動喫煙を別になんとも思わない
のだが、その喫煙者の“中毒的”行動が気味悪くてならない。明らかに
非喫煙者と平均的な喫煙者の労働時間は1日あたり30分は違う。
それでも我慢ができないから喫煙するのだろうからまさに“中毒”としか
言いようがない。

前述の裁判だが、非喫煙者から見れば「そんなの自己責任じゃないか。」と
思うひとが多いと思う。しかし、喫煙者の“異常な”行動ぶりを見ていると
そうとばかりも言えないと思う。人間があんな“異常な”行動を恒常的に
行うように仕向ける「喫煙」という悪魔に呪われるのは本人だけの責任では
ないように思える。「喫煙」という行為にもっと高いハードルを設定する
(例えば自動販売機やコンビニでの販売を禁ずるとか)責任がJTや国には
あるのではないだろうか。
損害賠償うんぬんはともかく、その部分は理解できる。

ジーコも言ってたけど、加地へのパスはオフサイドじゃないですよね。
もしかしたら勝っていた? まっ、まさか???

予想どおり、1対1の局面ではブラジルは一枚上手でしたね。
でもよくフォローしてボールを獲っていたと思います。
相手の決定的なチャンスも意外と少なかったし、チャンスを確実に
決められた感がありますね。
ブラジルの攻撃陣のタレントを考えれば、2失点はしょうがない感じが
します。

問題は攻撃陣。柳沢、玉田両選手とも動き回るプレースタイルで、
ほかの選手を生かす動きをするタイプだと思います。
ボールをもらう位置が浅く、ドリブルで抜こうとするんだけど止めて
MFにバックパスというパターンが多かったと思います。
あるいは外へ開いてウイング的な動きをする場面もよく見受けられました。
ここで重要なのは2列目、すなわち中村、小笠原の動きです。
彼らにゴール前に飛び出す動きがあったでしょうか?
おそらくほとんどなかったでしょう。
元来、2人はそういうプレースタイルではないはずです。
わたしなら1人をトップ下において「シャドー・ストライカー」として使います。
3-4-1-2のかたちですね。3バックです。
中盤はウイングバック2人とボランチ2人となって負担は大きくなりますけど
日本には攻守両面で能力を発揮できる選手が多いので(中田英、小野など)
可能なんじゃないでしょうか?
トップ下の理想はもちろんリトマネンですけど、本山とかならできるかな?

しかしなんで日本代表のFWはキーパーと1対1でも決められないんで
しょうかねぇ。

ずいぶん前に「トリビアの泉」でやっていたのですが、
「一青窈の歌の再生速度を80%にすると平井堅に聴こえる。」
というのです。
わたしも実際にPCで「もらい泣き」をサンプルにやってみたんです。
そしたらビックリ! どこからどう聴いても平井堅なのです!!
さらに驚くことに、平井堅の「瞳をとじて」の再生速度を
125%にすると一青窈になってしまうのです。

個人的にはもう20へぇですね、これは。
聴いてみたいひといましたら、連絡ください。

ダウンタウン

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大学生のころ、ダウンタウン・松本は“神様”でした。
「ごっつええ感じ」、「ガキの使いやあらへんで!!」は
わたしにとって“バイブル”のようなものでした。
とくに「ガキ使」は3年間ぐらい毎週欠かさずビデオに
撮り続け、次の週の放送まで何度も“復習”しました。

わたしはこれでフリー・トークの勉強をしていました。
実際には当時はバイトに明け暮れていて、ひとと話す機会
といえば、うちのアパートでの「ガキ使」鑑賞会のとき
ぐらいだったと思います。バイトは月~金or土なので
鑑賞会は必然的に日曜が多かったですね。

当時はあんなに勉強してたのに、芸人になろうという気には
ならなかったんです。あまりにもひとと接するのが苦手だった
のと、先日お話した「チ○コの会」の存在が大きかったんです。
中途半端なことはできない。彼らぐらい面白いことをやらねば…。
という思いがあったので、普通の漫才やコントを超えた“何か”
をやってみたいという思いがあったのです。
実際「チ○コの会」とは高校の卒業式の件(日を改めて書きます)
と「チ○コの会」副会長との“文通”で深い絆が生まれつつあった
ので、彼らが女子大の学園祭でパフォーマンスをやるという話の
打ち合わせメンバーとして呼ばれたのでした。
当時は携帯もないので、待ち合わせがうまく行かず参加することは
できませんでしたが、行っていたら何かが変わっていたかもしれません。
大学全体を見渡しても「チ○コの会」よりすぐれたパフォーマンスを
する団体の存在など考えられなかったですからね。
でも「チ○コの会」のビデオを観て感動したという友人の友人が
いたくらいですから、「チ○コの会」は単なるローカルなヒーローでは
なく、「普遍的なメッセージ」を持っていたということだと思います。

話がだいぶそれましたが、いまの「ガキ使」はスタッフが前に出すぎて
腹が立ってしょうがありません。たぶんダウンタウンの2人の
フリー・トークに対するモチベーションが下がってしまったので
スタッフに頼った企画を多くして、フリー・トークの時間を
少なくしようとしてるんじゃなしでしょうか。
明らかに10数年前のトークのほうが面白かったです。
「きらきらアフロ」を見習ってもらいたいものです。
いまでは「ガキ使」鑑賞はわたしの一週間のスケジュールに入ってません。

でもたまに観る「HEY!HEY!HEY!」で観せるトークはさすが
だと思います。私感ですが、松本は浜田のツッコミに飽きてるん
じゃないかと思うんです。浜田にはくりぃむ上田のようなある種
ハングリーなツッコミ哲学みたいなものが感じられませんもの。

関西じゃ通用するかもしれねえけど、関東じゃ通用しねえぞ! 浜田!

ギリシャ、まかりなりにもヨーロッパ・チャンピオンですからね。
あそこまで完全にゲームを支配するとは思いませんでした。
フランス、チェコ、ポルトガルを撃破したときのオーラは
まるで感じられませんでしたね。
ワールドカップ出場も危ないんじゃないかな。
ハリスティアスもぜんぜん怖さがなかったし。
中澤抜きで170cm台のセンターバック2人で190cm台を
押さえるんだからそりぁたいへんでしょう。
そのまえのクロスを上げる時点でプレッシャーかけてたのが
良かったですね。
しかしフォワードは大黒しかいないのかよ(怒)。

オフ会

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「もしも、学校が…!?」ファンのオフ会があるそうです。
わたしはむかし椎名林檎ファンの埼玉県人会のオフ会に
参加していたことがあります。っていうか、いまも非公式な
行事は続いています。
わたしはオフ会参加はそのときが初めてで超警戒モードだった
のですが、初会合から2年くらいは毎月やっていました。
そのなかからカップルが生まれ、なんと結婚してしまった
方もいます。
いちおう林檎ファンという共通点はあるのですが、なぜか
その仲間でお笑いライブ行ったり、野球観に行ったり、
上野動物園に行ったり、なんでもありの関係になりました。
いまでもコアなメンバーとはたまに会ったりしています。

「もしも…」のオフ会もなんか期待できそう。
あのドラマに共感できるひとってきっといいひとだと思うんです。
行ってみようかな。

ビデオの整理

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今日はむかし撮ったビデオの整理をしていました。
段ボール箱2箱分くらいあるのですが、だいたい、
ダウンタウンの「ガキの使い…」、ボクシング、サッカー、
高校野球、音楽番組それぞれが約2割といったところでしょうか。
けっこう貴重な映像もあるんですよね、これが。

ここからDVDに焼きなおす素材と圧縮コーデックでファイルに
保存する素材、廃棄はしないけど押入れの奥にしまってしまう素材
に分けるわけですが、全部終わるのにはたいへんな時間が
かかりそうですね。

ビデオのときは撮るだけでしたが、DVDにするとメニューやラベルを
作らないといけないので骨が折れます。
でもDVDはかさばらないからいいですね。
値段も最近はずいぶん安くなったし。
でもDVDの普及率に比べると、レンタルビデオ屋ではまだまだ
ビデオのほうが多いですよね。
そのうちCDみたいにアナログ素材でもDVD化していくように
なるんでしょうね。

以前まあちゃんさんに「男のホームページ」みたいだと
言われてから、いっそう“男化”が進んでしまったような
気がします。
どんなことをテーマにしたら、女性も食いつくのでしょうか?
どなたか教えてください!
でもすでに女性訪問者ゼロだったりして。
手遅れ!?

「中盤でトリッキーなことするなよぉ」は
“女性にやさしいプログ”を目指します!

わたしの通っていた高校は、わたしが入学する4年前に
甲子園に出場している。
県予選の決勝ではあの斉藤雅樹を打ち崩し、甲子園の
一回戦では、1-0の完封勝ちで甲子園で校歌を歌っている。
二回戦では、仲田幸司擁する興南に1-2で敗れたが
最終回はあわや逆転か? というところまで追い詰めた。

そんな○○高校野球部(もうこの時点で伏せる意味も
ないのだが…)にわたしが入部することになった。
甲子園出場3回、うち準優勝1回という“名門野球部”に
入部するのである。
いろんな意味で「厳しい」生活が待っているであろうと
覚悟して初めての練習に望んだ。

ところが…、である。

これがあの“名門野球部”かと思うくらい“ユルい”のである、
いろんな意味で。
練習内容はとてもハードとは呼べないし、特にピッチャー陣は
ほとんど自主練習同然であった(もちろん自分なりにまじめに
練習には取り組んだが)。
しかしなんといっても驚いたのが、先輩が“優しい”ことで
あった。そのことについては以前にも書いたが、練習中も、
練習後も怒鳴られることなどなかったし、いわんや「シゴキ」
などもってのほかであった。

その野球部を率いていたのが「Iさん」ことイシカワ監督であった。
4年前、○高を“甲子園に導いた男”である。
「Iさん」の呼び名の由来は、実はイシカワだからではなくて、
自宅の屋根の色が「ヨウ素」(元素記号「I」)色だからだと
いう。ホントかよ?
「Iさん」は硬式野球の経験はなく、ほぼ独学で“指導”(?)
していた。「Iさん」の存在が目立つのはノックのときぐらい
だった。
しかし守備練習のときの個々人の動きについて、考えを
まとめるのは選手自身の仕事だった。
まるで“ジーコ”のような指導方針(?)である。

しかし彼こそが“○高を甲子園に導いた男”なのである。

アナウンサー、サッカー選手、ボクサー、お笑い芸人、ミュージシャン、
高校球児ときて、今度はNFLのチームである。
我ながら引き出しが多いというか、なんというか…。

ピッツバーグ・スティーラーズは過去4回、スーパー・ボールを制して
いるNFLの名門チーム。49ナーズが80年代を代表するチームなら、
スティーラーズは70年代を代表するチームである。だが、49ナーズが
ジョー・モンタナに象徴されるように華やかなイメージがあるのに対し、
スティーラーズにはどこか泥臭い、日本で言うところの「バンカラ」な
イメージがある。プレースタイルもパスを多用するウェストコースト
・オフェンスに対し、ラン主体でゴリゴリ押し進むボールコントロール
・オフェンス。
ユニフォームも黒が基調で、なんとも「バンカラ」である。

95年シーズン、スティーラーズは久しぶりにスーパーボールに進出する。
前半はカウボーイズに試合を完全にコントロールされるが、後半は
逆にスティーラーズがペースをつかむ。しかし、17-20と追い上げ、
残り時間4分15秒、自陣32ヤードラインからの攻撃と、逆転の絶好の
お膳立てが整っていながら、カウボーイズにインターセプトを喫し敗れた。
ピッツファンには悔やんでも悔やみきれないプレーであった。

あれから9年、昨シーズンはなんと15勝1敗の好成績をあげながらも
プレーオフではダーク・ホース扱い。案の定チャンピオンシップで破れ、
スーパー・ボール進出にはならなかったが、QBロスリスバーガーが
今年2年目。戦力的にも大きな損失材料はなさそうだし、今年も期待
できそう。
でも、昨シーズンの成績が良すぎたので各チームは徹底的に研究する
だろうし、まったく逆のケース(プレーオフにも出れないとか)もありうるな~。

ジェローム・ベティス

ベティスは今年もやるらしいです。頼むぞ~、“バス”。

彼のボクシングは見ごたえがあった。スピードはあまりなかったが
パンチが重く、一発のパンチをきっかけに逆転KOを何度もしてきた。
試合後のインタビューもわたしは楽しみにしていた。たどたどしい
日本語でうまく話す内容が伝えられてるかどうかなんてお構いなしに、
一方的にしゃべりまくって喜びを表現する。
試合中のファイターとしての姿とのギャップが余計彼を愛嬌よく
感じさせた。

彼の名はグレート金山、本名イ・ドンチュン(李東春)韓国から
渡ってきたいわゆる“輸入ボクサー”である。韓国のボクシングジム
に所属していたときに2度の世界戦を経験しているが勝ちに恵まれず、
韓国にいてはもうチャンスはないと玄界灘を渡ってきた。日本に来て
からも決して恵まれた環境とはいえないボクサー生活を送っていた。
所属していたジムの会長が夜逃げしたこともあった。
彼は交通事故で負った腰の怪我とも戦いながらチャンスを待った。
そしてついに日本タイトルを賭けて戦うときがきた。
試合はチャンピオンペースで進み、最終ラウンドを迎えた。
そしてついに金山のパンチがチャンピオンを捕らえる。
残り20秒のKO勝ち。金山はリング上で喜びを爆発させる。

「やったじょ~。」

(韓国語には“ザズゼゾ”の発音がない)
その後も腰痛に悩まされながら、7度の防衛を重ねた。
そして迎えた8度目の防衛戦で敗れてしまう。
わたしはこの試合を観ていないので詳しくは書かないが、多くのひとが
「不当判定」と語っているような内容の試合だったらしい。
この判定に憤ったボクシング・ファンが再戦のための署名を募り、
かなりおおぜいのひとがそれに同調したという。
ある少年漫画雑誌(!)までもがこの一戦のことを特集し、再戦を
呼びかけた。そこでは韓国人、イ・ドンチュンの愛すべき人柄についても
触れられていた。
日本人はここまで異国人に対してもフェアな扱いができるように
なったのかと感心させられた。
その甲斐があったのか、再戦は実現した。
しかし試合は目を覆うような喧嘩マッチになったらしい(わたしは
この試合も観ていなかった)。
今度は明確な現チャンピオンの勝ち試合だったらしい。

わたしはそのとき再戦が行われたことも知らずに、いきなり金山の
死を知らされた。
あの試合後しばらくは意識があったのだが、その後昏睡状態となり、
治療の甲斐なく帰らぬひとになってしまったという。

彼には結婚を約束した日本人女性がいた。故郷のテグ(大邸)には
すでに彼がボクシングジムを経営するための土地が購入されていた。

前述の漫画雑誌で、「日本を恨んでませんか?」と聞かれた金山は
「とんでもない! 日本にきてほんとうによかったよ。」と答えて
いたのが日本人のわたしにとってのせめてもの救いである。

辰吉が奇跡の世界タイトル奪取をしたとき、

「亡くなった、亡くなった僕の親友である
 グレート金山選手に今日の事を伝えたいです。」

と涙ながらに語った。
辰吉と金山は「辰ちゃん」、「ドンチュン」と呼び合う仲だったのである。
辰吉が現役にこだわる理由のひとつに彼の存在があるような気がして
ならない。

これが7万円をはたいて買ったポータブル・マルチメディア・プレーヤー
である。
台湾製なので付いてきたユーティリティ・ソフトはまったく役に立たないが、
動画も音楽も問題なく再生してくれる。
動画はDVD1枚の容量フルに保存されているとすると、XviDという方式で
エンコーディングすると約10分の1のサイズに抑えることができるので。
本体のHDDの容量が40Gなので、単純に考えると約100本の動画を
保存できることになる。
音楽データはもっと軽いのでさらに多くのデータを保存することができる。

いまのところあまり電車移動する機会がないので、完全にもてあましている。

ポータブル・マルチメディア・プレーヤー

大橋のタイトル戦ビデオをDVDに書き換える作業を
していたら、途中のCMで水野美紀さんを発見。
92年の試合だから約13年前ということになります。
つい最近のテレビのトーク番組で30歳だと話していた
けれど、このCMのことが頭にあったのでそんなに
驚きませんでした。
彼女とか常盤貴子さんとか篠原涼子さん(実家が近い!)
とかジワジワと実力が認められてきた女優さんは
わりと好きです(みんな三十路ですもんね)。
永遠の理想の女性、田中美佐子さんもそのタイプですもんね。

好きな女性とかの話はまた改めてということで。

上下関係

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わたしははっきり言って年齢で上下関係を区別することが
好きではない。だから昨日言ったようにブルペンキャッチャーに
下級生を使わなかったり、自分の使ったマウンドは自分で手入れ
していた。マウンドの手入れのときは下級生はわたしの周りで
手をこまねいてる様子で、はっきり「先輩、ボクがやります。」と
言うでもなく、軽い雑談タイムのようだった。
下級生たちはこういうわたしの行為をどう思ってたのだろう?
ちょっと気になるところだ。

もっともうちの野球部はたぶん県内で1、2を争うほど学年間の
上下関係がなかったんじゃないかと思う。なんと同級生には先輩に
タメ口の奴までいたのである(全員に対してではないが)。
1年生は3年生が引退するまで、自転車置き場の広さの関係で
駅から学校までおよそ30分徒歩で通っていたのだが、練習後学校脇の
駄菓子屋に集まると3年生は1年生を自転車の後ろに乗っけて駅まで
行ってくれた(もちろん二人乗りはいけないことだが)。

中学のときの野球部はけっこうガチガチだったので、たいしたことでも
ないのにグランド走らされたり、水ぶっかけられたりしていたので、
それと比べるとうちの高校の野球部は“天国”のようだった。
もっとも中学のときもうちらと下級生はすごく仲がよくて、いっしょに
遊んでいたくらいだったのだが。

いまでもやっぱり露骨な上下関係は敬遠するなぁ。
たかが年齢を基準に上に立ってなにがいいんだ?と思う。

小さな大投手

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井口和人(京都商)

わたしはとにかくこのひとのようになりたかった。
昭和56年夏の甲子園でのことである。

左足を頭の上まで大きく振り上げ、全身をバネのように
大きく使う独特のフォームで、マウンド上の井口投手は
大きく見えた。けれど実際は168cm・64kgの小柄な体。
それゆえ“小さな大投手”と呼ばれた。初戦となった二回戦
・前橋工戦では4点を奪われるものの、味方の援護もあり
逆転勝ち。三回戦の宇都宮学園戦でも延長11回を無失点で
投げぬくものの、再三ランナーを背負う苦しい内容であった。
しかし、ここから持ち前の速球とカーブに冴えを取り戻し、
準々決勝・和歌山工戦、続く準決勝・鎮西戦と連続完封。
決勝で金村擁する豪打・報徳学園と相対することとなった。
試合は両投手の投げ合いが続き、両チーム無得点のまま
7回裏の報徳学園の攻撃、1死一・三塁のピンチからスクイズを
決められる。その後、緊張感が緩んだのか8回裏にも追加点を許し、
小さな大投手に栄冠が輝くことはなかった。

それ以来、わたしの目標は井口投手のようになることになった。
だから、あまり身長は大きくなりたくなかったし、フォームも
彼を真似して大きく足を上げるようにした。ところが彼に
そっくりのチームメイトに高校で出会うことになる。
身長は井口投手よりさらに小さく、足をダイナミックにあげる
フォームはまさに“小さな大投手”だった。もちろん彼はエース。
球威、制球力、精神力ともにエースにふさわしかった。例の「カーブ」
以外のすべての面において彼にはかなわなかった。ライバルとは
とても呼べない関係だったが、ふたりの仲はすごくよかった。
自己主張の強いわたしは、下級生でもブルペンキャッチャーは
やりたくないだろうと、エースの彼と交互にピッチャーと
キャッチャーをやったりしていた。ブルペンを使った後の手入れも
最上級生のわたしたちがやった。そして彼もそれに付き合ってくれた。

いちどでいいから彼と紅白戦で投げ合いしてみたかった。
そうしたら高校野球に悔いを残さずに生きていけたのに…。

井口投手

昭和63年













5414618835431930.59

先日の試合でもウズベキスタン相手にアウェーで苦戦してたし、
中東での試合は苦手としているというので、正直不安でした。
ガチガチにディフェンス固めてくるのかなとも思ったのですが、
とんでもない、3トップで積極的にゴールを狙ってきましたね。
パク・ジュヨン、とんでもない19歳ですね。まだ戦術に
なじみきっていない感はありますが、いずれヨーロッパで
活躍してもおかしくない逸材でしょう。
予想に反してクウェートが弱かったのか、好不調の波が激しい
韓国の調子のよいときにあたったのか、韓国のゴールラッシュ
を観ることができました(0-4)。

あいかわらずパク・チソンはスゴい!
気温37度のなかであれだけ動き回って、ディフェンス、オフェンス
ともに貢献し、しかも運動量だけじゃない、極上のテクニックを
披露してくれました。パクのゴールシーン、パスのフェイクを
いれてキーパーをつり出しといて角度のないところからシュート、
ちょっとロナウジーニョはいってます。
中継の最中、セルジオ越後はパク・チソンのことをずっと
褒めまくってました。そりゃあそうだよ。日本にあんな選手いないもん。
パク・チソンもイ・ヨンピョもクラブとは違うポジションなのに
ふたりとも適応性あるよなぁ。ユ・サンチョルもどこでも出来る
プレーヤーだし、韓国ではそういう風に教えられるのかなぁ。
でも絶対PSVでのポジションでやったほうが持ち味が生きると
思うけど。

パク・チソン

やりました!
またワールド・カップで日本代表の姿を観ることができます。
いままではさんざん苦労して、出れたり、出られなかったり
したので、今回のようにあっさり決まってしまうと複雑ですね。
ドーハのときは「ひとは本当に驚いたときは声もでないんだ。」
ということを学んだし、ジョホールバルのときはネット情報に
つられてわざわざ横浜までいって街頭テレビで見ず知らずの
ひとたちと喜びを分かち合ったりしましたが。今回はわたしと両親、
妹夫婦の5人でその瞬間を見守りました。正直あまり興奮しません
でしたね。っていうか前述の2回のときはほぼ極限の状況だった
ですから、これがふつうなのかもしれませんね。

前半の出来を観て、相手DFラインのウラを取るFWがほしいから
大黒を使ってほしいってハーフ・タイムに話してたんですけど、
みごと采配的中しました!

ホントは韓国、北朝鮮といっしょにドイツ行ってほしかったんだけど、
北朝鮮はまだ若いチームだしまだまだ強くなるでしょう。
韓国は今日引き分け以上なら決まるのかな?
イギョラ! ハングッ。 イギョラ! チョソン。

祝・ワールド・カップ出場決定!

わたしが韓国に異常な興味を持つきっかけとなった
ボクシングの世界チャンピオンである。
はじめて彼を観たのは大橋秀行との第2戦である。
1、2Rはほぼ互角、あるいは大橋のほうが打ち勝って
いたかもしれない。しかし3R、チャンのラッシング
・パワーに火がつく。大橋は3度のダウンを奪われ
絶体絶命。そこで大橋の起死回生の右ストレートが
チャンのアゴを直撃する。大きくグラつくチャンピオン。
大橋はラッシュを仕掛けようとするが、チャンは
なりふりかまわずクリンチにいき、なんとかこのラウンドを
切り抜ける。
ダメージはチャンのほうが大きく、その後しばらくは
大橋優勢に試合は進むが、チャンのダメージからの
回復とともに形勢は逆転、7Rには大橋から2度のダウン
を奪う。
8R、手負いの獣となった大橋は猛反撃に転ずるが
チャンの驚異的なタフネスの前に反撃を食らい、この
ラウンドついにTKO負け。激闘に終止符が打たれた。

チャンはその後マネージャーとのトラブル、家庭内の
ゴタゴタでタイトルを返上してしまう。そんなさなか
ストロー級でタイトルに挑戦が決まった大橋にチャンは
手紙を送っている。

「君との2試合を通じて、君が世界チャンピオンに
 相応しい男だとわかった。僕が君のパンチで倒れそうに
 なったとき、必死でクリンチしたように、君もすべてを
 かなぐり捨てて戦ってほしい。僕は韓国人だが、
 君を応援する。」

そして大橋はチャンの同国人、チェ・ジョムファン
(崔漸煥)を9RKOで破り、念願の世界タイトルを
獲得する。一方、チャンはタイトル返上後王者に
着いて非常に評価の高かったウンベルト・ゴンザレスに
挑戦するも判定負け。その後クラスを上げ、フライ級
で2度挑戦するが、最後はタイのムアンチャイ・キティカセムに
3度のダウンを奪いながらも生涯初のKO負けを喫し
引退した。

一見ラフなだけのコリアン・ファイターにも見えるが、
実際に手を合わせた選手(渡嘉敷、大橋など)は口々に
「チャンは凄い。」と言う。チャンの防衛戦のなかでは
屈指の名勝負となった渡嘉敷戦のあと、チャンは
「レフリーが試合を止めなければ、おれは試合を投げていた。」と
言っている。大橋への手紙の件とあわせて、チャンの
人間的な大きさをわたしは感じた。そして、つねに前に
出るボクシングスタイル。ただそれだけではなくサウスポーに
スイッチしたり、テクニックにも裏打ちされている。
ひょっとしたら、彼のファイトは韓国そのものをあらわしてるの
ではないか? そんな気がするのであった。

いろんな情報を聞いても、チャンの名チャンピオンらしからぬ
気さくな人柄が伝わってくる。いつかチャンに会って、
「わたしはあなたの大ファンです。」と言ってみたい、
そんな夢を持っている。

チャン・ジョング

昨日のエントリーに対するコメントをいただいたので、
今日はそれに関連したことを書きます。

以前ここにも書きましたが、歴史観というものはその国の
事情が大きく左右するので、すべての国で共通するものを
持てるようになるわけがないんです。
ひとつの提案として、わたしは朝鮮半島および中国へ
の侵略の歴史、そして在日朝鮮人・韓国人の存在に
ついては「道徳」の授業で教えたらよいのではないかと
思っています。
被差別部落についての教育と同じようにです。
これらの国々との関係については「歴史」とは別の枠組みで
教育すべきだと思うのです。
例えば、「歴史」という角度からでは、なぜ在日朝鮮人
・韓国人が帰化しないのかということがわからないと
思うのです。彼らの朝鮮民族(韓民族)としての
アイデンティティを理解させることは非常に大事だと思う
のですが、「歴史」という教科の枠組みで教えるべきでは
ないと思うのです。その点は韓国、北朝鮮、そして中国も
考えてほしいと思います。

話は変わりますが、マスメディアのなかでも新聞社に
ついてなのですが、多分どこの地域でも新聞の拡張員が
脅迫まがいの勧誘をしていると思います。
末端でそういう汚いまねをして読者を獲得しておきながら
正義づらした紙面を作っているのがどうにも腑に落ちません。
社員のひとはこの事実をどう受け止めているのでしょうか?
知りたいです。

なんか不確かな情報に振り回されすぎてるような気がするんですけど。
たとえばミンダナオ島の旧日本兵の情報とか、きちんと現地へ
行って取材していれば怪しい情報だってことは分かったでしょうに。
それとイギリスのピアノマンの報道。どうやら現地ではほとんどの
ひとが信用してない情報(でっちあげ?)らしいですね。
最後に埼玉県行田市に端を発したガードレールについた金属片の
情報。最初はほとんどのマスメディアがイタズラだと断定して
報道してましたよね。
ニュース・ソースの「ウラを取る」という作業は報道の「基本中の基本」
だと思うんですが、どうも最近その点がおろそかになっているような
気がします。
最近でこそわたしもマスメディアの報道をどの程度信憑性があるのか
吟味して受け取るようになりましたが、ほとんどのひとはそのまま
受け取っているのが現状ではないでしょうか。
なんかマスメディア全体が“東スポ化”しつつあるようで、危機感
を感じてます。

日本快勝!

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直前の小野の離脱もあんまり関係なかったみたいですね。
もっとも中盤に関しては選手層が厚いから心配は
してなかったですけど。

イラン戦のときもこういう戦術で戦ってれば、最低でも
引き分けでいけたと思うんですけどね。
なんで勝ちにいったんだろ? いまだに分かりません。

川口はあいかわらず不安定でしたね。
キッキングの正確さとシュートへの反応の速さは楢崎より
上だと思いますが、凡ミスとよくDFとカブるのが怖いですね。

ヒデはさすがでしたね。攻守によく働いてました。
精神的にもヒデがいることは大きいでしょうね。
あと中澤。空中戦の強さもさることながら、マークの位置が
常に的確。カウンター以外はホント安心して観てられました。

それにしても日本選手の持久力はすばらしかったですね。
最後はバーレーンの選手のほうがバテてましたから。

次は北朝鮮戦ですね。決して弱い相手ではないことは
いままでの試合を観てもわかるとおりだとおもいます。
楽に引き分けられる相手ではありません。
今回みたいな戦い方でいいんじゃないかな。

日本快勝!

昨日の晩に、なにを血迷ったかこのブログのデータベースを
削除してしまいました。
バックアップがあるはずなのですがなぜか全部使えず、
もう泣きそうになりました。
幸いにもhtmlファイル(直接ブラウザに表示するためのファイル)
が残っていたので、なんとか再生できました。
しかしなんと10時間の夜通し作業!
ほんとこういうことは気をつけなくては…。

浜田剛史

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このひとのことは、わたしがどんな言葉で表現しても安っぽくなってしまう。
わたしだけではない。どんなライターも彼のことを的確に表現
しきることはできないのではないか。
“カッコいい”なんて言葉では安易に片付けられない
人間としての深みが彼にはあるのだ。

最近よくお邪魔させていただいてる音楽アーティストの方のブログで、
見事な観察力で浜田のことを語っているのでぜひ観てほしい。

http://aisa.ne.jp/oasis/blog/index.php?cid=8

彼の魅力を表現するにはこれでもまだ足りないくらいである。
ひとつ言わせてもらうと、浜田氏はその風貌やボクシング・スタイル
からは想像のつかない理論派のボクシング解説者として現在活躍している。
WOWOWエキサイトマッチがここまで永く続いてきたのは、ジョー小泉氏と
浜田剛史氏にの名解説によるところが多い。

ぜひ、レネ・アルレドンド vs 浜田剛史 第1戦を観ていただきたい。
観たいひとはご連絡ください。

浜田剛史

二子山親方が亡くなりました。
ホントに不謹慎ですけど、バナナマンには追い風になるかも
知れないですね。
だって何度も子供のころの若貴の映像が流れてるじゃないですか。
いままでピンとこなかったひとも、「ああ、これかぁ。」と思うでしょう。
バナナマン、一気にメジャーへ浮上か?

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